どらごにっくないと

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Brunet Innocence

  • 2008-06-30T00:51:14
  • 姫野里美ライター
リンゴーン・・・・リンゴーン・・・・
 緑豊かな公園。その敷地内にある、小さな教会で,結婚を告げる鐘の音が、鳴り響いていた。
 人々が、次々に『おめでとう』と、祝福の言葉を投げ掛け、照れ笑いを浮かべた新郎が、それに答えている。
 だが。
 今日、一番幸せな筈の新婦は、今だ沈んだ表情のままだ。
「どうした? 嬉しくないのか?」
 気付いた新郎が、そう声をかける。と、その新婦は、やにわにベールをむしり取ると、叫んだ。
「嬉しいわけねーだろーが! この、どアホゥがッ!」
 その中から現われたのは、可愛らしい顔立ちだが、間違いなく男である。
「何が悲しくて、お前の所に、嫁行かなくちゃいけねーんだよッ!」
 続けて怒鳴る彼。
「相方とは、一心同体って言うだろ? 似合ってるぜ、てめえ」
「好きで似合ってるんじゃねぇッ!」
 耳の穴ほじりながら、ちっちっちと指を振る新郎に、新『夫』は、そう言い返す。
「まぁ、そう言うなよ。これも仕事なんだからよ」
「だったら、別の女の子に頼めよっ」
 なんで男の俺がやらなきゃいけんーんだよ。と続ける彼。
「だってよー。女の子じゃ、シャレにならねーし。てめーの方が、華やかなんだもーん」
「あああああ〜」
 悪びれもせず、そう言い切る新郎役のラッシュに、花嫁衣装のまま、頭を抱えるショウの姿があった・・・・。

 ラッシュ。本名、ラルラドール・レットリバー。探偵社『十七夜』のエージェントである。探偵と言っても、実際は、浮気調査から、結婚式の警備までこなす何でも屋と言っても良かったが。そして、そのラッシュに、半ば強引に、この世界に引きづり込まれた被害者が、ショウことショウ・シンジョウだ。
 話は、数日前に遡る。何でも屋稼業の傍ら、隠れ蓑のつもりなのか、はたまた本業なのか、学生を続けるラッシュから、ショウは声をかけられた。
 で、その日の深夜、多少の不安さを残しつつも、ショウは約束通り、ラッシュの待つホテルへとやって来ていた。
「相変わらず、リッチな暮らししてるよなぁ・・・・」
 その外観を見上げながら、彼はそう呟いた。どこにそんな金があるのかは知らないが、ラッシュはあちこちのホテルを根城にしている。ここは、そんな一つだ。
「あの・・・・」
 フロントで話を聞くと、仕事の打ち合わせで遅くなるから、先に部屋で待っていてくれとの事。
「来いって言ったの、あいつの方じゃねぇか・・・・。ったく」
 身勝手さに、多少憤慨しながらも、言われた通りの場所・・・・最上階のスゥイート・ルームだ・・・・へ向かう。
 部屋に入るとすぐ、大きな窓があった。なんの気ナシに、そこへ近付き、カーテンを開く。そこには、高いだけあって、『宝石を散りばめた様な』と言った表現がぴったりの夜警があった。
「あの野郎・・・・。毎日こんな景色見てんのかよ・・・・」
 ちょっとばかり羨ましくなって、思わずそう言う。
「綺麗だろ。俺様のお気に入りさ」
 と、その言葉に、呼応するかのように、聞き覚えのある声がした。振り返ると、扉の所にもたれかかる様にして、ラッシュがこっちを見ている。
「ま、てめぇ程じゃねーけどな」
 彼は、そう続けると、つかつかとショウの元に歩み寄った。
「ちゃんと、来てくれたんだな・・・・」
 口元に、真意の読めない笑みをうかべながら、こう言うラッシュ。その緋色の髪に彩られた姿が綺麗で、一瞬呆けるショウ。
「な、何の用だよっ」
「そう急くなって。しばらくは、夜景を肴に乾杯と行こうぜ」
 慌てて、つっかかる様にそう聞いた彼に、ラッシュそう答え、冷蔵庫の中から、よく冷えた赤ワインを注ぎ、彼へと手渡した。
「高そーなワインだな」
「安心しろ。クライアントの奢りだ。金はとらねぇ」
 いつもと同じ調子で、水か何かを飲み干すように、それに口を付ける彼。ショウも、同じ様に飲もうとして・・・・それがかなり強い酒である事に気付く。
「回るなー・・・・、この酒」
「ぶっ倒れたら、泊まって行けよ」
 ベットは余ってっから。と、差し示したのは、2人どころか、3、4人は転がれそうなキングサイズ。
「冗談。ここで倒れたら、お前に襲われちまうよ」
「よく判ってんじゃねーか」
 そう言ってラッシュは、グラスをテーブルに置いた。そして、子猫を招き寄せるような仕草で、彼を真向かいの席に座らせる。
「で、本題なんだけどよ」
 躊躇いがちに、こう切り出すラッシュ。何か言いづらい事情でもあるのだろうか・・・・中々、続きが出て来ない。
「どうしたんだよ。いつものお前らしくねぇぞ?」
「バカヤロウ。さすがの俺様でも、言いたくねー事の一つや二つあんだよ!」
 その言葉に、思わず大声で怒鳴ってしまうラッシュ。
「あ、すまねぇ・・・・つい・・・・」
 ショウがびっくりしていると、彼は向こうから謝ってきた。いつもなら、自分が悪くとも、責任をすっとばす筈なのに・・・・である。
 ややあって・・・・ラッシュはこう聞く。
「なぁ・・・・ショウ。お前、今から何言い出しても、怒ったり、驚いたりしねぇって、約束して、くれるか?」
「・・・・・・・・ああ」
 うつむいたまま、そう告げるラッシュの姿に、少しだけ『本気』を見たショウは、しばらく沈黙した後、そう答える。
 その言葉に、満足げに頷いた彼は、残りのワインを一気に飲み干すと、やおら立ちあがり、がしりと強い力で、ショウの両肩を掴んだ。
 そして。
「ショウ・・・・。俺と・・・・俺と結婚してくれッッ!!!」
「へ!?」
 余りと言えば、余りなラッシュの申し出に、文字通り石と化す彼。
 ぴしぴしぴし・・・・ぱりんっ。
「えええええっ!!!???」
 石化状態にひびが入り、まともな思考回路に立ち戻った彼は、思わずそう叫んでいた。
「ななな何で、俺がお前と結婚しなきゃいけねーんだよっ!」
「あー、お前、怒らねぇって言ったじゃん!」
 約束を破られて、怒るラッシュ。子供が拗ねた表情で、そう言い返す。
「ヤロウにプロポーズされて、怒るな、驚くなって方が、無理だろうがぁ!」
 ったく。人が真面目に聞いてりゃ、これだもんなぁ・・・・と、ぶつぶつ言うショウ。
「仕方ねーだろ! クライアントの指示何だからよー」
「お前、仕事かよ・・・・」
 ジト目で睨まれて、しまったと言う表情をするラッシュ。しかし、冷や汗一筋垂らしただけで、誤魔化す彼。
「とーにーかーくっ! お前の方が、そこいらの女より使えるし、美人なんだよっ!」
 だいたい、女顔のてめーが悪いッ! と、妙な所に文句を付けるラッシュ。
「なーなーなー。頼むよー。俺様と結婚してくれよー」
「断るッ!」
 なーごろごろと、喉を鳴らして、そう頼みこむ彼だが、ショウはぷいっと横を向くと立ちあがり、そのまま部屋を後にしようとした。
 だが。
(あ・・・・れ・・・・?)
 その瞬間、足元がおぼつかなくなり、彼はその場に崩れ落ちてしまった。
「あ、さっきのワインに、薬盛っといたから。しばらくは、足腰立たねーぜ♪」
「立たねーぜ♪ じゃねぇよ! お前はぁぁぁッ!」
 下半身の自由は効かなくても、頭だけは妙にはっきりしているせいか、その先は止まらない。文句を垂れ流すものの、ラッシュの方も、最早慣れたもので、ショウの罵詈雑言なんぞ、右から左へと筒抜けである。 
「気は済んだかー?」
 ややあって、ベットの上に陣取って、黙ぁって、BGM代わりに彼のセリフを聞いていた彼は、平然とそう言い放つ。
「お前、人の話、聞いてなかったな」
「おう。てめぇの戯言なんか、いちいちノーミソん中、留めておけっかよ」
 いつもと同じ調子で、からからと笑い飛ばした。
「なー、良いだろー? 協力してくれよー」
 そして、再びショウへと抱き付くラッシュ。
「えーい、肩に手をやるな。腰を抱くな。頬を摺り寄せるなぁぁッ!」
 このままだと、イエスと言うまで、離してくれなさそうだ。
「じゃあ、やってくれる?」
「やってやるよ! やってやるから、はーなーれーろぉぉぉッ! って、あ!」
 勢いで、そう言ってしまい、にやぁりと意地の悪い笑みを浮かべられて、はたと気付く。
「しまったぁぁぁっ! OKしてしまったぁぁぁっ!」
 あわてて、NO〜ッと首を振るが、時既に遅く、奴は今しがた取ったばかりのテープレコーダーをちらつかせている。
「ま、一日我慢すりゃいいからな。がんばろーぜ、お互い。な?」
 ぽんっと肩を叩かれて、励まされるが、全く嬉しくないショウだった。

(思えば、アレが全ての発端だったンだよなぁ〜)
 溜息を付くショウ。あの後、薬が切れるまで、爆睡していたら、いつの間にか、この有様である。
「ほれほれ。せっかく綺麗に着飾ってんだ。わざわざ崩す事ぁねーだろ」
 勢いに任せて、投げ捨ててしまったヴェールを拾い上げ、彼に被せるラッシュ。
「好きで着飾ってんじゃねぇや」
「花嫁が、ぶすくれんなよ。さ、中でお客が待ってるぜ」
 そして、その中でぷーっと頬を膨らませたショウを、彼はそのまま横向きに抱え上げた。
「お、おいっ! 何、恥ずかしい事してんだよ!」
 慌てる彼。
「良いじゃねぇか。お姫様抱っこ何て、中々やってもらえねぇぞ?」
「頼まれてもごめんだッ!」
 そうは言いながらも、重たいウエディングドレスでは、ロクな抵抗が出来ず、ラッシュのなすがままになってしまうショウ。
 で。
(うわぁぁぁッ、無茶苦茶ハズい〜)
 ヴァージンロードを歩かされると言う経験は、女性でも一生一度くらいしかあるものではない。大勢の人々に囲まれたそれは、さすがに肝の据わったショウと言えど、羞恥心を煽るものであったらしい。
「大丈夫か? 顔真っ赤だぞ」
「う、うるさいっ!」
 しかし、ラッシュの方はと言えば、平然とした・・・・否、むしろ彼を本当に娶ろうとするかの様な優しい表情で・・・・彼を見つめている。
「なんでお前、平気何だよ・・・・」
 恥ずかしくねーのかよ。と、小さく問いかけるショウ。
「別に。本当の式じゃねーもん」
 それに、仕事だしな。と、続けるラッシュ。しかし、本当に恥ずかしい出来事は、そのすぐ後にやって来た。
「・・・・汝は、この女を妻とし、生涯愛しぬく事を誓いますか?」
 そう。お約束の、『愛の言葉』とか言う奴である。
「誓います」
 すんなりと、何の澱みもなく、そう言い切るラッシュ。
「あああ〜っ。頼むから、そんな簡単に返事しないでくれぇ〜」
 どうやらこの男には、恥だの外聞だのと言うものは、存在していないらしい。いや、存在はしているかもしれないが、多分、自分の前では、絶対に出さないだろう。ラッシュがそう言う奴だとは判っていても、そう呟かずにはいられないショウ。
「では次に・・・・汝は、この男を夫とし、生涯愛しぬく事を誓いますか?」
 冗談じゃないぞ。誓ってたまるか。俺が愛を誓うのは、もっと清楚で可憐で、大人しい、貞淑な『女性』なんだ。お前みたいな、ワガママで身勝手で、俺の事なんか、ちっとも考えてくれない『男性』と、祝言を上げてたまるかぁぁッ!!
 なんぞと言う、彼の心の叫びなぞ、聞こえるハズもなく、ラッシュはただじっと、彼を見つめている。
「どうしたんだ? 俺の事、嫌いか?」
 その瞳は、本当に不安そうで。まるで、恐る恐る告白をして、答えを待っている、うら若き少年の様で。
「俺はてめーの事、好きだぜ」
 ゼミの教授ですら、馴れ馴れしくて。でも、誰にでも優しくて。八方美人と人は言うけれど、自分にだけは、そんな優しい所なぞ、いっさい見せないこの男が。
「き、嫌いって訳じゃ・・・・」
 普段は、さんざんっぱら、迷惑だのなんだのと言っているクセに、こう言う場面になると、拒む事が出来ない性格も。
「なら、うなずいとけ。それだけで充分だ」
 今は、な。ここで下手に何か言われたら、せっかく金髪にしてまで化けた意味が無くなるからだ。
 言われた通りにするショウ。その態度に、満足げに笑みを浮かべるラッシュ。と、壇上の処刑人・・・・神父サマの事だ・・・・は、こう告げた。
「では、誓いのキスを」
 とたんに、ショウの顔色が、さぁぁっと青ざめて行く。
「ちょ、ちょっと待てよ! 聞いてねーぞ、俺は!」
 確かに、替え玉の花嫁には、なってやるとは言った。だが、ここまでとは。
「てめ、何言ってんだよ。結婚式に、キスはつきもんだろ」
「ヤローと口付けなんか出来るか!」
「人口呼吸だと思え!」
 きっぱりと宣言されて、黙りこくってしまうショウ。どうやら、ラッシュが押し切ったらしい。上手く言いくるめた形となった彼は、まだブツブツと続ける彼に、唇を寄せる。
(さようなら、俺の純潔・・・・)
 だが、ショウが覚悟を決めて、るるるるるぅっと、滝涙を流した、その時!
 ちゅどぉぉぉぉんっ!
 いきなり、教会の扉がふっとんだ。
「来やがったな!」
 腕時計に隠し持っていたワイヤーを引っ張りだし、そう叫ぶラッシュ。
「何だよ、あれ!」
「今回のお邪魔ムシ! やっぱり乱入しやがったな!」
 ショウの問いに、こう答えながらも、ワイヤーを繰り出し、まるで手だれの暗殺者のように、確実に相手を仕留めて行く・・・・。
「なっ! お前! 襲撃食らうの判ってて、誘いやがったな!」
「言ったろ! てめーが一番適任なんだって!」
 そして、文句を垂れる彼に、そう叫び返し、転がっていた手すりの残骸を、投げて寄越す。
「ばぁろ! これじゃ動けねぇよ!」
「参加なんざしないでいい! 自分の事だけ考えてろ!」
 他の女じゃ、カバーする事も考えなくてはいけないが、あいつなら、自分の身は、自分で守れる。その分、ラッシュは、自らの仕事に専念できる。ショウをパートナーに選んだのは、その理由からだった。
「無事に生き残ったら、たらふく奢ってやるから、きっちり仕事しろよ!」
「お前となんざ、怖くて飲めっかよ!」
 憎まれ口を叩きながらも、きっちりそれで応戦するショウ。
「上等だ!」
 どの道、この日が終われば、任務は終了だ。
(肴は、こいつの女装写真だな)
 だからラッシュは、そう思って、にやりと笑うのだった・・・・。

【END】
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(パートナー:ショウ・シンジョウ)
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