どらごにっくないと

カウンターカウンターカウンター

Passion Bridal

  • 2008-06-30T00:54:25
  • 本田光一ライター
●悪夢(AKUMU)
 世の中には、勢いに任せた行動、発言が元で後々後悔するということが往々にしてある。
 シャリーア連合騎士団アラク方面部隊、王家の特別騎士団ヴォフ・マナの一騎士にしてヴィジョンコーラーたるショウ・シンジョウの立場が、今まさにそれだ。
「け・つ・こ・ん・し・き………」
 ソファに座り込んで頭を抱えるショウ。己の黒い髪を押さえるバンダナを引き抜いて、苦悶の表情の彼に、のんきな口調で話しかける人物が居る。
「おいおい、今からそんなに緊張してどうなる。5日間だけと言ったのは、そっちじゃん?」
 呆れた表情のラルラドール・レッドリバー。余裕の表情の人物は、実はショウの所属するアラク方面部隊の捕虜だったりするのだが……卑屈な様子も、役人であるショウに対するこびへつらいも一切無い。
 明るいラルラドールに対して失意に塞ぐショウ。室内の二人の様子は、取り調べを行っている捜査官ラルラドールと、容疑者ショウと言った図式に見えるから不思議だ。
「そもそも、これは、てめえが言い出したことじゃん」
 にやりと、笑うラルラドールを斜めに見上げてショウは怨嗟を呟くしかなかった。
 だが、そのまま一室で時間の流れるに任せていても問題は何も解決しないのだと言うことを思いだし、ショウは立ち上がった。
「何処に行くじゃん? 俺も……」
「ここで居ろ。おまえが自由に振る舞って良いのはあの老夫婦の前でだけだ。他では、俺がおまえの全てを決めるのだからな」
 苦虫を噛み潰した表情で振り返るショウ。
「……(もうすこーし、言い方変えると泣く女の子が増えるんだが……ここはまぁ、黙っておくのが賢明だろうな?) はいはい、判りました。部屋で寝ていますってば……」
「ああ、大人しく一人で寝ていろ」
 溜息を一つ、吐き出したショウはソファを立ち上がってマントを取る為に腕を伸ばした。
「二人でねっ……と」
「うん? ……え?」
 壁に掛けられたマントに手が届く瞬間、ショウの足下をラルラドールがさらった。
 視界が横転して、倒れる寸前で気付いた気配に反応する間もなくショウの身体はベッドの上に転がっていた。
「ラッシュ! 何をするんだ!」
 手をついて立ち上がろうとしたショウに、ラルラドールの体重がかけられる。
「ん〜〜何をと聴かれると、やっぱりこれは練習じゃん。3日後には俺達結婚式を挙げる訳で……簡単に他の人達に見抜かれたら、あの二人に悪いじゃん」
 言いながらラルラドールは爽やかさ八割、フェロモン二割の笑顔で押し倒したショウに迫る。
 肩を押さえられ、開いた手で上着の裾に手をかけられた瞬間、ショウの足が跳ね上がった。
「ふざけるな!」
 膝がラルラドールの腹部に命中する。
 ショウ達は例えどのような状況であっても、相手に切り返す訓練は欠かしたことがない。
 だが、流石に崩れ落ちる愉快犯の身体の下から抜け出すだけの時間はなかった。
 その結果として、ラルラドールによってベッドに潰される形になるショウ。
 と、その時………。
「おやおや、お邪魔だったかのぉ」
 赤いラルラドールの髪の向こう側。
 好々爺と言った表情の人物が部屋にいた。
「……………………………!」
 開いた口が塞がらなくなるショウ。
「のぉ、母さんには刺激が強いからな、昼間からは見せつけるんじゃないぞ」
「……………………………? …………………………………………………!!」
 今、ショウの身体はベッドの上に仰向け状態。
 その上には老人が息子と信じているラルラドールが一体。
 黒髪のショウの上に赤い髪の男が倒れ込み、その拍子に裾を掴んでいた腕が服を胸元まで露わにしてしまっている。恐らく、老人から見てもショウの腹部くらいなら肌が露出して見えているだろう。
 オマケに重石をどけようと、ショウがラルラドールの身体に手をかけた、いわば抱き合った姿で固定されている、そのポーズでただ室内の時間だけが無情にも流れていた。
 ショウの脳内にそれらの情報が流れるには刹那の時で十分であった。
 だが、情報を理解して現状自分の置かれた状況が非常に気まずい物であると思い知るまでに数秒思考が停止した。
 更に数十秒間思考が家に帰りたくない家庭恐怖症の旦那のように結論の周りを周回して、ようやく辿り着いた答えはショウの顎を外すには十分な衝撃だった。

「!?!!! !?!????!!!」
 青年の喉から空気が激流となって抜けるのだが、それが音を成すには至らない。
 声にならない叫び声を上げるショウを後目に、老人はすっかり後方に後退した髪の毛をかきながら、開かれた扉の向こうに去って行く。
「いやいや、恥ずかしがる必用はないんじゃよ。いやいや………」
 言いながら、何故か頬を染めて退室する老人を、ショウは叫んで止めようとしたが、同じ様な背で体格の良いラルラドールを押しのけるには体力不足だった。

 ―――――――――キィ
 パタン。

 乾いた音を立てて閉じられた扉に向けて、力無く伸ばされていたショウの手がベッドに落ちる。
 肩が、ベッドのシーツと失神した男の間で振るえだす。
「退けーーーー! いい加減に、起きろーーーーーーーーーーーーーー!!」

 叫んでも、ド突いても、ラルラドールはショウの上から起きあがろうとはしなかった。
 もしも気が付いているとすれば、かなりの忍耐家だっただろう。


●現実(GENJITU)
 時間は少しさかのぼる。
 ティエラのフレイアース世界、カード大陸マグリブの東部にシャリーア連合騎士団が訪れていた。点在するオアシスの一つを有する村落に、彼らが到着したのは夕飯の時間も過ぎた黄昏の終わりの時刻だった。
 司令官のショウと、傭兵扱いのラルラドールが情報収集のため村を訪れた。気さくな村長の家で予想外の歓待を受けた二人は、陣営に帰るのが遅くなってしまった。
 明かりの灯る村の通りで、歩くのも辛そうな老人とその介護をしているのだろう同年代の女性に出会った。ショウもラルラドールも、敬老精神過剰と言う程ではないのだが、目上の者を敬う気持ちは持ち合わせている。
 歩くことさえおぼつかない男性を見ていて、その介護の老婆の姿も気になった二人は、どちらが先と言うまでもなく老人の腕を取ってやろうとしていた。
「なぁじいさん。そんなんじゃ、ばぁさんにも苦労かけるじゃん。俺達が送ってやるぜ?」
 ぶっきらぼうに言ってのけるラルラドールに一瞬眉根を寄せたショウだったが、口調はともかく相手に対しての気持ちは良い心がけだと、黙することに決めた。そして、女性に向かって家まで送りましょうと言おうとして、二人の視線が話しかけた自分ではなく、ラルラドールに集中していることに気が付いた。
「あの、すみません。この男が何かしたのでしょうか?」
「おい、こら。人聞きの悪……い……」
 思わず小声になるショウに突っ込むラルラドールだが、元々彼が所属しているものがものだけに、細められたショウの瞳に宿る鋭い刃の様な輝きは赤い髪の青年を黙らせるに十分だった。
「……」
 黒髪の騎士の視線をかわし、明後日の方向を見るラルラドールの腕に力が込められたのは老人のか細い腕からだった。
「何?」
 痛いとは思わなかったが、思いがけず強い老人の力に顔をしかめながら見下ろすと、二人が彼の顔を凝視していた。
「おまえ、よく、無事で……」
「生きて帰ってくれたね……」
 涙目で見上げる二人に対して、大きく見開いた目を閉じては開くラルラドール。
 彼を胡散臭そうに見ていたショウの目の前で、ただ困惑するだけの赤い髪の青年。
「…………はい?」
 どうにも、相手が自分のことを知っている誰かと誤解しているのだと、ラルラドールとショウが納得したのは翌朝だった。
「戦争に出て、帰らぬままなか……」
 隣家の娘と立ち話をして判った内容を要約すると、ショウ達が一夜の宿を借りることとなった老夫婦の一人息子がベル=バ・アールの兵士として戦に赴いたまま帰らないのだそうだ。
「ふん、お国の事情って奴でまた俺は一仕事じゃん」
 爽やかさ九割、フェロモン一割の笑顔で話を聞いた娘に別れを告げると、ショウに対して軽く愚痴るラルラドール。
「一仕事だ? それが、あんな嘘で塗り固めた話を口からでまかせで喋る奴の言う台詞か!?」
 憤慨するショウを後目に、ラルラドールは朝食の準備が出来たと息子………間違われたままの彼を呼びに来た老婆に直ぐに行くと答える。
「なぁに、仕方がないじゃん? せめて夢を見せてあげよう……一人息子が嫁を連れて帰り、故郷で式を挙げるって言うのはなかなか良い美談じゃんか」
 明後日の方向を見て微笑む赤毛の男に、ショウは砂漠の夜もかくやと言う程に冷たい視線を投げかけた。
「結婚相手が…………相手が、俺じゃなかったらな」
 尻上がりに吐き出した剣のような鋭い台詞も、ラルラドールには通じていない様子だった。


●請福(KOUHUKU)
 5日間という日時は、砂漠に水の一滴が消えるよりも早く、砂漠の蠍の毒が全身に回るよりも苦しいものだったと、ショウ・シンジョウは純白の装束を目の前にして考えていた。
「俺が、着るのか………これを?」
 屈辱・困惑・恥辱・苦悩・悲哀・混乱………様々な心情と思考の渦が彼の中を流れていく。
 階下には既に花婿気取りの……いや、この場合は本当に新郎のラルラドールが今か今かと新婦を待っている。ともに人生を分かち合うことを喜ぶためではない。
 面白おかしく笑うため、ただそれだけにしかショウには感じられない。
「フ………」
 ニヤリと、ショウの唇が歪む。
「フフフ………ハハハハハ………」
 肩を震わせて笑うショウ。
 誰かが見ていたとすれば、ここ数日の精神的な軋轢によって思考に負担がかかりすぎたのだと思ったかも知れない。
「見ていろよラッシュ! 俺が、この程度でお前に負けるとでも思っていたのか!」
 乾いた笑いを張り付けて、ザックに手を伸ばしたショウが取りだした物は―――――――。

「……ほ〜。そう来た? そう来ると……」
 爽やかさ七割、フェロモン二割、企み一割のラルラドールの笑顔。
 ショウが式場に現れたとき、ラルラドールは心身共に絶好調。今後、この話をネタにしてどれだけ遊べるかと考えただけでもワクワクしていたのだ。
 だが、最後の詰めに来て相手は反撃を行う様子。
 ショウの姿は誰も準備していなかったはずの、白い男性用の衣装だった。
「フッ……あの服を着るとは約束していないからな」
「そうだったな……約束はしていないけれど……」
 勝ち誇った笑みのショウの横に立つラルラドール。真っ直ぐな赤い瞳がショウを映している。
「これでも全然問題なし!」
「な?」
 ひょいと、いとも簡単にショウの身体を抱き上げると、そのまま祭壇の前まで歩き出すラルラドールにショウの方が慌てだした。
「ちょ! 一寸待て! 俺は男だぞ!」
「な〜にを今更」
 暴れようにも、膝の裏に腕を回されては力が出しづらい。体格と腕力の差も手伝って、無駄なあがきを続けることにも疲れたショウが腕の力を抜いた。
「うんうん、良い傾向じゃん。今夜は朝まで眠らせないじゃん」
 祭壇の前にかしこまりながら不気味な一言を添えるラルラドールに、ショウの唇が薄く笑みに開かれる。
「甘いな……」
 微かな呟きは、果たしてラルラドールでさえも聞き取ることは出来なかった。


 そして………つつがなく進められた式、交わされた誓い。
 短くて長い、悪夢の初夜が終わった。


「おい、起きろラッシュ! ここでの仕事は終わった。移動するぞ!」
 寝台の上にまだ転がっている男を蹴り飛ばすショウ。老夫婦の為にとった時間の間にも、命を与えた部下達が村で補給や情報伝達、周辺警護に旅立ちの準備を整えていた。
 出立準備良しの報を聴き、司令官の表情に戻ったショウは既に帯剣した姿で砂漠の移動用にマントも準備してある。
「う〜ん、もう少し寝ていてもいいじゃん……昨日はあんなに激しかったのにぃ〜」
「…………ほざけ」
「うん?」
 ショウの声色に、焦りの色がないのに気が付いたラルラドールは気怠げに体を半分起こした。
「お前は知らなかっただろうが……この村にも宮廷画家を志す絵師が居た。その人物に頼んで描いてもらったのが、これだ」
 勝利者の笑みで広げて見せた物は、赤い髪の男が純白のドレスを着た人物を抱きかかえている絵画だ。
「へー。まるで俺の結婚式みたいじゃん」
「そうだな。お前が化けた、この家の息子の結婚式の様子だ。だが、現実は他の者にどう写るかな?」
 ショウの準備した策。
 それは、結婚式を挙げるラルラドールの肖像画だった。
 付き合いも長くなると、それなりに相手の気心が知れてくる。もしも、ラルラドールなら肖像画の状態で結婚式の図を広められれば、少しは大人しくなるだろうと言う考えだ。もちろん、新郎はラルラドールだが、新婦が自分であるとは誰にも気付かれない様に細工をしてもらっている。
「嘘っぱちじゃぁなぁ〜。やっぱり、真実の方が楽しいじゃん」
 悪びれもぜずに、ラルラドールは寝台の下からショウの持つ絵画と同じ大きさの巻物を持ち出して、広げだした。
「……こ、この………」
 広げられた物は、ショウの持つ物と非常に構図の似通った絵画だった。
 違う部分は、赤い髪の男に抱えられた純白のドレスの人物が、紛れもなくショウ本人であると判るようにトレードマークの白いハチマキに上着の部分だけ赤く塗られていると言うことだった。
「フッフッフ………どっちが楽しいか、判ってるかなぁ?」
 半眼で笑いながら再びまどろみの中に没していくラルラドール。
「勝手にしろ!」
 互いにカードは五分と五分。
 決着の付かない勝負は置いて、ベッドに新郎を置き去りにして歩き出すショウ。
 唯一の救いは、老夫婦がその後静かに息を引き取るまで、彼らの行為をお芝居と知っていても喜んでくれたこと位だと、後の二人は語った。


【END】
COPYRIGHT © 2008-2024 本田光一ライター. ALL RIGHTS RESERVED.
(パートナー:ショウ・シンジョウ)
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。
第三者による転載・改変・使用などの行為は禁じられています。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]

Copyright © 2000- 2014 どらごにっくないと All Right Reserved.