どらごにっくないと

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思い出は未来の向こうに……

  • 2008-06-30T00:56:05
  • 高原恵ライター
●捕虜の悲劇(問答無用)
 砂漠と荒野に覆われている火の世界フレイアース。その中のマグリブ大陸に連合国家シーア・ハスは存在する。現在は他国との戦争状態にあり、銀の世界シルバーフロストのメタルマンたちの登場もあって、いつ終わるともしれない戦争は混迷状態にあった。
 そんな状況の連合国家シーア・ハスの盟主国ベル=バ・アール。今回の事件はそこで起こった。
 さて、戦争状態であることはすでに述べた。当然ながらそこには戦闘が発生するわけだ。戦闘が発生すれば間違いなく負傷者や死者が出てしまう。それは分かり切ったことである。それらに加えてもう1つ出る物がある。捕虜だ。相手に投降したり生きたまま捕らえられたりすれば、大半の場合はこの状態になるだろう。もっとも、殺害されなければの話だが。
 一口に捕虜といってもその扱いはピンからキリまでだ。それこそゲスト並みに丁重に扱われる場合もあれば、強制重労働に投入される場合もある。慰み物にされてしまう可能性もないわけではない。そして次のような例もある――。
「……何だ、ここ?」
 ラルラドール・レッドリバーは連れて来られた広い室内を見回してつぶやいた。190前後の背丈に、床にまで付くんじゃないかというくらいに長い紅い髪。はっきり言って、同じ室内に居る他の者からの注目が集まっていた。いや、集めないわけがない。
「見て分かるだろ? 研究所さ、魔道アイテムの」
 その傍らに居たショウ・シンジョウがラッシュの疑問に答えた。白いハチマキに紅い上着、背丈もラッシュとほぼ同じ、そしてやや女顔といえばこちらも視線を集めないわけがない。もっともショウの場合はここには何度か出入りしているので、注目の度合はラッシュより低いのだが。
 さて気になる2人の関係だが、フレイアースの砂漠に負けないくらいに熱い熱い恋人同士……ではなくて。ショウはベル=バ・アール騎士団の者であって、ラッシュはその敵である。では敵であるラッシュが何故ここに居るのかといえば、先の戦闘で捕虜となってしまったからだ。捕虜とはいえ、厳重に拘束されているというわけでもなく、比較的自由に動くことができた。もちろん捕虜であるから1人で動き回らせるはずがない。ラッシュの保護者として、ショウが一緒に付いて歩いているのだ。
「魔道アイテム?」
 再びラッシュは室内を見回した。なるほど、言われてみれば部屋のあちらこちらでそれらしき物品や、それらが封じられていたであろうクラウシルク製のスペルカードが見受けられる。
「こんなとこがあるんだな」
 素直に感心するラッシュ。その表情には好奇心が現れていた。と、その時。
「おうおう、よく来たの」
 2人の背後から声をかけた者が居た。2人が振り返るとそこには初老だが色黒で大柄な体格、そして立派な顎髭をたくわえた男性がにこやかに立っていた。
「ああ、所長。どうも」
 ショウはその男性に軽く頭を下げた。
「所長? このおっさんがか?」
「ラッシュ、失礼だろ」
 所長を指差し意外そうな表情を浮かべたラッシュをショウがたしなめた。
「いやいや構わん構わん。そうじゃそうじゃ、わしがここの主じゃな」
 怒ることもなく、笑顔で所長は言った。
「で、ショウくん。この彼がかね?」
「あー……ええ」
 所長の問いかけにショウが苦笑いして答える。どうやらラッシュのことをすでに所長に話していたようである。
「ほう、そうかねそうかね……」
 そう言って所長はまじまじとラッシュを見つめた。その視線は何やら値踏みしているようにも見えた。
「ふむ、立派な体格じゃな。これなら多少不測の事態が起きても大丈夫じゃろう」
 満足そうに頷く所長。それを聞いたショウはただ苦笑いをしていた。ただ1人、ラッシュだけがその所長の言葉の意味が分からなかった。
「何の話だ? 不測の事態とか何とか……」
「なーに、簡単なことじゃよ」
 楽しそうな声の所長。
「君にはちょこーっとだけ、実験台になってもらうだけじゃからの」
「なるほど、ちょこっとだけ実験だ……」
 そこまで言って、ラッシュははたと気付いた。
「……おい、こら。実験台たぁどーゆーこった、おっさん」
 ぎろっと所長を睨み付けるラッシュ。だが所長はさらりとこう切り返した。
「言葉の通りじゃよ。何、痛くはないから安心するがいい」
「嘘吐き……」
 聞こえるか聞こえないかの声でショウがつぶやいた。
(……そう言って何度騙されたことか……)
 ショウも過去この所長の餌食になった被害者の1人であった。だが所長には反論しない。何故なら分かっていたからだ。下手に割込めば、矛先は自分に向かうということに。つまりそれは、また所長の餌食になるということで――。
「俺は断る! 嫌に決まってるじゃねーか、そんなん!」
「ほう、断るか。そうかそうか……まあそれもよかろう」
 えらくあっさりと引き下がる所長。
(あれ?)
 その所長のあっさりとした態度にショウは疑問を抱いた。
(俺の時は無理矢理にでも実験台にさせたのにな……)
 自分の時と違うなとショウが思った時だった。所長が決定的な言葉をラッシュにぶつけたのは。
「そうじゃそうじゃ、君は確か捕虜になっておったんじゃの? ふーむ、君くらいの体格じゃったら、さぞかし重労働が似合うじゃろうなあ……瞼の裏にその姿が浮かんでくるわい」
 しみじみと所長が語った。ちなみに人はこれを『脅迫』と呼ぶ。
「……喜んで実験台にならせてもらう」
 両手のこぶしを思い切り握りしめ、悔しそうにラッシュは言った。重労働に送られるよりは、今の状態の方がましだと判断しての決断だった。

●実験の悲劇(突然の喜劇)
「おう、そうかそうか。素直でよろしい。それでさっそくじゃが……」
 所長は懐をごそごそと探ると、何やら古ぼけた腕輪を取り出して2人に見せた。
「君にはこれを着けてもらいたいんじゃがな」
 そう言い腕輪をラッシュに差し出した。ラッシュは腕輪を受け取ると、訝しげに首を捻った。
「所長、何ですこれ?」
 腕輪を指差し尋ねるショウ。だが答えの代わりに、所長は無言で首を傾げた。
「……効果が分かってないんですか?」
 唖然とするショウ。
「分かってないからこそ実験台になってもらうんじゃ」
 のんきに所長はそう答えた。理屈は間違ってはいないのだろうが、どこかずれている。
「……とにかく着ければいいんだよな。とっとと済まそうぜ、こんなんはよ」
 そう言い、ラッシュは腕輪を自分の腕に装着した。着け心地は特に悪くはなかった。
「普通の腕輪だよな……」
 ぽつりとつぶやくラッシュ。今の所、差し当たって何かが変化したようには見えなかった。
「普通の腕輪じゃないんですか?」
 何事も起こっていないことにほっとしたショウが所長に言った。
「ふーむ、そうは思えんのじゃがな……む?」
 何かに気付いたのか、所長がラッシュの着けている腕輪に視線をやった。腕輪が青く淡く光っている。
「はて、これは……」
「ああっ!」
 ショウが叫んだ。その声に所長のみならず、他の者の視線も一点に集中した。集中した先はラッシュだ。しかも、その身体は急速に縮みつつあって――。
「腕輪!」
 はっと気付いて、ショウはラッシュから腕輪を外そうと試みた。だが、何故か腕輪が外れない。悪戦苦闘しているその間にも、ラッシュの身体は縮んでゆく。着ていた衣服が次第にだぶだぶになってくる。
「くそっ! どうなってるんだ……!」
 腕輪が外れないことに苛立つショウ。突然の事態に他の者も周囲に集まってくる。所長は唖然としてその成り行きを見つめていた。
 そして――ようやく身体が縮むのが止まった。そこにはだぶだぶの衣服を身にまとったラッシュの姿があった。背丈120程度、約10歳くらいの姿で――。

●保護者の憂鬱(退屈な少女)
 1時間後の研究所。平然とした表情の所長と、難しい表情をしたショウが向かい合って話し合っていた。
「俺の責任ですね……」
「ショウくん、君が責任を感じることはなかろう」
「けど俺が所長にラッシュのこと話さなきゃ……」
 ショウはちらりとラッシュの方を見た。ラッシュはといえばぱたぱたと室内を走り回っていた。誰が着せたのか、フリフリの付いた可愛らしい茶色のドレスを身にまとって。紅く長い髪とのコントラストはその姿を西洋人形のように感じさせていた。
 実はただ縮んだだけではなくて、性別も変わってしまい――つまり今のラッシュは10歳くらいの少女になってしまったのだ。
「俺、どうすりゃいいんですか? 元には戻せないんですか? それ以前に、元には戻るんですか?」
 矢継早に質問を投げかけるショウ。
「わしにも分からんよ。まあ、当分はこのまま見守るしかないじゃろうな」
「そうですか……」
 所長の言葉を聞いて、ショウは深く溜息を吐いた。
「ショウおにーちゃん、あそぼー」
 いつの間にそばにやってきていたのか、ラッシュがショウの服の裾を引っ張った。
「……後でね。今、お兄ちゃんは大事なお話してるから、あっち行ってるんだよ」
 ショウは裾からラッシュの小さな手を放した。ラッシュはしゅんとして、ショウに背を向けて離れていった。
「のんきなもんだなあ……」
 再びショウは溜息を吐いた。
「仕方なかろう。何が起こったのか理解してないようじゃし」
「それは分かってるんですけど……今のあいつ、記憶も年齢相応になってるようですし」
 話してみて分かったのだが、どうも約10年近くの記憶が見事に抜け落ちているらしかった。ずっとこのままだとすれば、ラッシュは10歳程度の少女から人生をやり直すことになるだろう。
「……育て直せば、立派なレディーになるじゃろうな」
 本気とも冗談とも区別の付かない発言を口走る所長。
「不謹慎でしょう」
 むっとして、ショウは所長を睨んだ。
「こんな形で人生をやり直すのは間違ってる……」
 自分が望んでやり直すのならともかく、訳も分からないままやり直すのはおかしい。そうショウは思っていた。
「……ちょっとラッシュと遊んできます」
 憂鬱な気分を変えるために、ショウはラッシュと遊んでやろうかと思い、その姿を探した。だが、何故か見当たらない。あの格好なら目立つはずなのに、だ。
「大変です!」
 所員の1人が2人に駆け寄ってきた。その手には紙を持って。
「何じゃ?」
「これ見てください!」
 そう言って所員は2人に紙を見せた。そこにはつたない文字で『おうちにかえる』とだけ書かれていた。名前はないが、恐らくラッシュが書いたのだろう。
「書き置き……のようじゃな」
「ラッシュ……!」
 ショウは突然出口に向かって走り出した。ラッシュがどこへ向かったのかも分からないのに。だが、考えるよりも先に身体が動いてしまったのだ――ショウという奴はそういう性分なのだから。

●父親の決意(朝の奇跡)
 そして5時間後――すっかり夜になっていたが、ショウは自身の私室に戻ってきていた。眠っているラッシュを抱きかかえて。
 結論から話せば、ショウは無事にラッシュを街中で保護することができた。しかしそれは危ういものだった。発見したのは路地裏で、今まさに人相の悪い男たちが嫌がるラッシュを連れ去ろうとしていた瞬間だったのだから。
 どうにか男たちを撃退してラッシュを保護すると、ラッシュはショウにしがみついてわんわんと泣きじゃくった。知らない土地・知らない人・そして怪しい男たち……よっぽど怖かったのだろう。何といっても、今のラッシュは単なる少女に過ぎないのだから。
 泣きじゃくるラッシュを背負い、ショウはあやしながら街中を歩いていた。そしてそのうちに泣き疲れたのかラッシュはそのまま眠ってしまった。そこでショウは自分の部屋にラッシュを連れてきたわけだ。
 ラッシュを自分のベッドにそっと寝かせると、ショウはそばに椅子を置いて座った。
「ずっとこのままなのかな、こいつ……」
 ラッシュの寝顔を見つめながらショウがつぶやいた。
(……もしもこのままだったら……俺が責任持って育てないと……)
 父親になる決意を固めるショウ。そしてラッシュを捜しまわった疲れが出てきたのか、そのままうとうととし始め眠りについた――。
 やがて夜が明け、朝がやってきた。その日のショウの1日は、頭部への痛みから始まった。
「いてっ!」
 不意の一撃で目を覚ますショウ。
「てめえ……起きやがったか、この野郎!」
 懐かしい声――という程に間隔は開いていないのだが――がショウの耳に飛び込んできた。そしてその目にも。
「ラッシュ……?」
 ショウの目の前にはラッシュが立っていた。少女のラッシュではない、大人のラッシュだ。その身には大きくなった衝撃でビリビリに破れたのだろう、ドレスの端切を身体のあちこちに着けたままで。
「何がラッシュだ、寝ぼけてんじゃねー! てめえにこんな趣味があったとは思わなかった!! 普通にならともかく、俺にドレス着せて……どういう趣味だ、てめえは!!」
 端切を指差し怒るラッシュ。だがショウはそんなことにはお構いなしに、喜びを露にした。
「元に戻ったんだな! よかった……本当によかった!!」
「は? 何言ってんだ?」
 激しく喜ぶショウをラッシュはきょとんと見つめた。ベッドにはいつの間に外れたのか、例の腕輪が転がっていた。

●失われた記憶(未来に封じられし過去)
「ふーむ、どうやら朝になれば自動的に外れるようじゃな。効果もそこで解除されるということか」
 研究所。所長が例の腕輪を手にして言った。
「本当よかったですよ。ずっとあのままかと思ってましたから……」
 憂いの種がなくなり、晴々とした表情のショウ。
「ともかく元に戻ることは立証されたわけじゃから、どうかねショウくんも?」
「丁重にお断りします」
 苦笑してショウは言った。ただでさえ女顔と言われているのだ。これを着けた翌日、皆から何と言われるか容易に想像がつく。
「おい、ショウ……」
 訝しげな表情をしながら、ラッシュが2人に近付いてきた。
「何だ?」
「何で今日は俺の顔を見て、皆がにこやかなんだ? 妙に視線が微笑ましいんだぜ? それに昨日のこともよく覚えてねえし……」
 ぶつぶつとつぶやくラッシュ。どうやら昨日自分の身に起こったことを覚えていないようだ。
 疑問を感じているラッシュに対し、ショウはただ無言で微笑んだ。この時に何が起きていたのか、それをラッシュが思い出すのは遥か遠い未来のことである――。


【おしまい】
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(パートナー:ショウ・シンジョウ)

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