どらごにっくないと

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居残り大作戦!

  • 2008-06-30T00:59:39
  • 高原恵ライター
●宴
 ファンシィウッズ世界にあるオルテリア大陸の中心・エクローゼ。オルテリア王家が住まう王宮のある樹上都市だ。
 夕刻・エクローゼのとある家で、今まさに宴が催される所であった。
「それでは、兄君の帰還を祝って……」
 赤髪でおかっぱの少女、コールティア・レッドリバーがワインの入ったコップを手に、集まった者たちの顔を見回した。皆一様に嬉しそうな笑顔を見せている。……いや、1人だけむすっとしている男が居たが、それはさておき。
「乾杯!」
「かんぱーいっ!!」
 コールティアの音頭で、皆が一斉に乾杯をした。和気藹々とした雰囲気の中、やはり1人だけむすっとしたままの男が居る。それもコールティアの隣に。
 その不機嫌な顔の張本人、ラルラドール・レッドリバーは無言でワインを口にした。コールティアと髪の色こそ同じだが、長さは段違い。床に届くかどうかといった所か。
「……兄君。どうしてそのような顔をされているんです? せっかく、親戚一同が兄君の帰還を喜んでいるというのに」
「だから何度も言ってんだろ! てめぇと兄妹だなんて、そう簡単に信じられてたまるかよ!」
 コップを叩き付けるようにテーブルに置き、ラルラドールが言った。
「なら、兄君のお尻にある星型の痣はどう説明されるというのです? さあ、どのように説明を? 兄君、どうぞお答えを」
 ラルラドールをきっと睨み付けて言うコールティア。
「う……」
 ラルラドールは言葉に詰まった。理詰めでこられると、どうにも対処がやりにくかった。
「納得のゆく説明ができない以上、やはり兄君は兄君ですわ」
「信じられないって言ってるじゃねえか……たくよぉ……」
 ぶつぶつと文句を言いながらも、ラルラドールはコップに残っていたワインを一気に飲み干した。

●兄妹?の経緯
 ラルラドールのことを『兄君』と言い張るコールティア。それに対して『信じられない』と言い張るラルラドール。そもそもの経緯は次のような感じだった。
 コールティアは5年前から、子供の頃に生き別れとなった兄を捜していた。故郷ファンシィウッズを離れ、フレイアース世界にてようやく捜し当てたのがラルラドールだった。
 しかし見ず知らずの相手――例え本当に兄妹だったとしても、記憶がなければ見ず知らずだ――に、突然『兄君』と呼ばれても普通は信じられない。ゆえにラルラドールの反応も不自然ではない。
 だがコールティアにしてみれば、単に『信じられない』と言われても納得がいかない。こちらにしてみれば、兄に違いないと思い感じたからこそ『兄君』と言っているのだから。
 そこで、ほぼ確実にラルラドールが兄であるという証拠をコールティアは出した。それが尻にある星型の痣の話だ。その話を母親から聞いていたコールティアは、ラルラドールにその有無を確認させるよう頼んだ。しかし大人しくラルラドールも見せるはずはなく、逃げ回る毎日だった。
 そんな日々が繰り返されたが、ある日ようやくコールティアはラルラドールの尻に星型の痣があることを確認するのに成功した。ラルラドールが『兄君』だという可能性がぐんと高くなったのだ。
 そして先日、ミラージュゲートを通ってフレイアースから故郷ファンシィウッズに戻ってきたのである。嫌がるラルラドールを、コールティアが無理矢理引っ張って。
 そして今日、ラルラドールが帰ってきた祝いの宴が催されているのだ――。

●居残り大作戦・序章
「いやあ、ラッシュが無事に帰ってくるとは……長生きはするもんじゃなあ」
「旨いな、この料理!」
「やはりこれは聖獣の加護に違いない」
「こっち、もっと酒回してくれ!」
「ラッシュが無事戻ってきてくれただけで……もう、もう……」
「ほらほら泣かないでよ」
「ま、ま、飲んで飲んで。目出たい席なんだから!」
 酒も進み、てんでばらばらに歓談する親戚一同。直接ラルラドールに話しかけてくることは少なかったが、少なくともラルラドールが戻ってきたことに関して素直に喜んでいる様子は皆から感じられた。
「兄君もどうぞ飲んでください。せっかくのお祝いの席なんですから」
 コールティアが空になったラルラドールのコップにワインを注いだ。すでにコールティアの頬には朱が差していた。
(……こりゃ、とっとと酔うしかねえな……)
 ラルラドールはこの場で否定することを諦め、早く酔っ払ってこの宴を乗り切ることに切り替えた。
 注がれたワインをぐいと飲むラルラドール。一気に半分近くがなくなっていた。
(そろそろ作戦開始ですわ……)
 コールティアが周囲の親戚たちに目配せをした。数人が顔を合わせ、小さく頷いた。『ラルラドール居残り大作戦』の開始だった。

●居残り大作戦・第1章(色恋編)
「……そういやあラッシュ」
 親戚だと思われる男がラルラドールに話しかけてきた。無言で視線――友好的とは言い難いが――を向けるラルラドール。
「その、何だ……あれだ。もういい人なんかは居るのか、お前は?」
「……いや。別に……」
 少し思案してからラルラドールは答えた。そして再びコップに口をつける。まあ……種々の問題を無視するのならば、居なくもなくはないのだが。
「俺の知り合いの妹が、なかなか可愛くてな。どうだラッシュ、そういう相手が居なけりゃ、その娘と付き合ってみるってのは?」
「ごほっ!」
 ラルラドールが大きく咳き込んだ。
「……なっ、何をいきなりっ!」
「そう恥ずかしがるなって。お前も年頃なんだから……な、どうだ? その娘と一緒になって、このままこの街で暮らそうや」
「断る! 興味ないんだ、そんなこと!」
 即座に断るラルラドール。すると驚いたようにコールティアが言った。
「ええっ! 兄君……薄々は感じていたんですが、やはりそうだったんですか……」
「?」
「兄君は女性には興味がないのですね……ああ、何てことでしょう……!」
 コールティアが大きく頭を振った。
「待て! 何でそんな結論になるんだよ! 今はまだそんなこと考えられないっつーか……な」
 言葉を濁すラルラドール。
「でしたら、今のお話をお受けになられてはいかがですか?」
「絶対嫌だ」
 目を輝かせて言ったコールティアに対し、間髪入れずラルラドールが答えた。
「……作戦失敗ですわね……」
「おい……てめぇ、今何て言った?」
 コールティアのつぶやきに、突っ込みを入れるラルラドール。コールティアはそれを無視して目の前の料理を口に運んだ。

●居残り大作戦・第2章(金銭編)
「ねえラッシュ。商売に興味はないかしら?」
 別の親戚の女がラルラドールに話しかけた。
「はあ? 興味も何も、やったことねえよ、そんなもん」
「だったら今から始めてみるのもいいんじゃないかしら。開業資金は私たちも援助するし、今ちょうどいい物件が表通りにあってね……」
「断る」
 女の提案を一蹴するラルラドール。
(……またしても失敗ですわね……)
 コールティアは小さく溜息を吐くと、ワインをこくこくと口に運んだ。

●居残り大作戦・第3章(勝負編)
「ラッシュ!」
 また別の親戚の男が言った。
「俺とジャンケンで勝負だ! 俺が勝ったらここへ残れ、いいな! そら、ジャン、ケン……」
 ラルラドールの返事も聞かず、勝手に話を進める男。いい感じに顔が赤い。仕方なくラルラドールもジャンケンの体勢に入る。
「……ポン!」
 ラルラドールはグーを出した。対して男が出したのは……?
「うおーっ、負けたーっ!」
 男が激しく頭を振った。つまり男が出したのは、チョキだった。わざわざ出しにくい物を選ぶというのはどうかとも思うが……ともあれ、ラルラドールの勝利である。
「何だこりゃ……馬鹿馬鹿しい」
 呆れてつぶやくラルラドール。骨付きの肉を手に取って、大きくかぶりついた。
(……3回目も失敗……)
 コールティアは大きく溜息を吐くと、ワインをごくごくと飲んだ。

●居残り大作戦・第4章(直球編)
「ラッシュ、いいからここへ残りなさい!」
 理由付けも何もなく、親戚の女が言った。こちらもほどよい酔い加減だ。
「嫌だ!」
 ここまで断り続けて、急に態度を変える奴はまず居やしない。当然のごとく、女の言葉は一蹴された。
(…………)
 さすがに何とも思えず、コールティアはワインをがぶがぶと喉へ流し込んだ。

●居残り大作戦・終章
 それからしばらくして、トンッという音が響いた。
「兄君!」
 コールティアが、持っていたコップをテーブルに叩き付けるように置いたのだ。
「つまりは何ですか……どうあっても、ここには残られないおつもりなんですか!」
 噛み付くように言うコールティア。その顔は、頬に朱が差す所か、すっかり真っ赤に染まっていた。先程からワインを飲み続けていたせいである。
「最初っから言ってんだろ? 俺は残らねえって。それに、その『兄君』ってのも止めろ!」
「どうしてです! 兄君は兄君ではありませんか! 兄君、兄君、兄君、兄君、兄君、兄君……!」
「だーっ、うるせえ! そうやって、何度も連呼するんじゃねえっ!!」
 叫ぶラルラドール。周囲の親戚たちは、もう関わらないようにしようと、めいめいで盛り上がることを決め込んだ。おろおろしているのは母親だけだった。
「だいたいな、言ってることがそもそも乱暴じゃねえか! 星型の痣があったからって、それだけで兄だと決め付けんじゃねえ! それとも何か? 痣ある奴だったら、みんな兄だって言うのかよっ!」
「そうですわ! 痣ある方は、皆私の兄君ですわよ! ですから、兄君は兄君に決まってるんですわ! 分かってますの、兄君!」
 論理の破綻したことを言い出すコールティア。どうやら酔いが完全に回り切っているようだ。
「そんな無茶な……」
 酔っ払い相手では、ラルラドールもこれ以上言い争う気にもなれなかった。
「……分かりましたわ」
 急に声のトーンを落とすコールティア。
(おや? 諦めたか?)
 ラルラドールはコールティアの次の言葉を待った。コールティアの口が開いた。が――。
「私に魅力が足りないから、兄君は残ってくださらないんですわ!」
 酔いのためか、さらにとんでもないことを言い出す始末だった。
「……はあ?」
「私が可愛くて可愛くて仕方がないと思える程の魅力を持っていれば、きっと兄君はこの世界へ残ってくださるんだと思います!」
「それはちょっと違うんじゃ……」
 困ったようにラルラドールが言ったが、全く聞く耳を持たないコールティア。何故か自らの衣服に手をかける。
「兄君、見てください私の魅力。これでも、脱いだら凄いんですわ!」
「わーっ、馬鹿、止めろぉーっ!」
 衣服を脱ぎ去ろうとするコールティアを、ラルラドールが慌てて止めた。
「……でしたら兄君。今のままでも残ってくださるんですね?」
 にっこりと笑顔を見せてコールティアが言った。
「それとこれとは話が別だ」
 きっぱり言い切るラルラドール。
「やっぱり私の魅力を見ていただくしかっ……!」
 再び衣服に手をかけるコールティア。
「だーっ! だから、止めろっつってんだろーがっ!!」
 またしてもコールティアを止めるラルラドール。この後、何度もこんなやり取りが繰り返された。
 母親が、そんな2人を困ったような嬉しいような表情で黙って見つめていた。


【おしまい】
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(パートナー:コールティア・レッドリバー)

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