どらごにっくないと

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Remembrance Loss

  • 2008-06-30T10:38:47
  • 姫野里美ライター
 フレイアース地方ベル・バ・アール対メタルマン戦線‥‥。
 シルバーフロストとの激しい戦いが繰り広げられているかの地では、今日も勢いのある怒鳴り声と、そして悲鳴とが響き渡っている。
「てンめぇぇぇっ! 待ちやがれぇぇぇぇっ!」
 もっとも、その怒声は、敵であるメタルマンに向けられたものではなく、味方の1人へと向けられている様だったが。
「待てと言われて、待つバカがどーこにいる♪」
 一応上司である筈の司令官に追いかけられていると言うのに、顔色一つ変えず、むしろそれを楽しんでいる様相を見せる赤髪の青年。燃えるような深紅の長い髪を持つ彼は、名をラルラドール・レットリバー‥‥通称ラッシュと言った。
「ほーれほれ、司令官殿、捕まえてごらんなさぁい♪」
 ひょいひょいひょーいッと、前線キャンプの中を逃げ回るラッシュを、血相かえて追いかけ回す司令官。
「飽きないねぇ、あの二人」
「だから面白いんじゃないの」
 見守っていたシフール二匹が、きゃあきゃあとそう悲鳴を上げている。そう、やっぱりこっちも向けているのは、敵ではなく味方のほうだった。
「それに‥‥もうすぐ来るわよ。保護者さんが♪」
 彼女達の言う通り、そうして追いかけっこを続ける二人の前に、テントの向こうから、姿を見せた人影がある。この前線基地で、司令官と並ぶ双璧と評される将軍で、名をアーシエル・エクストと言った。
「いやぁん、アーシエル様ぁ。司令が苛める〜」
 身体に似合わぬ可愛い子ぶった作り声で、ラッシュはそう言いながら、アーシエルにすり寄った。もちろん、器用に喉をごろごろ鳴らしながら‥‥である。
 が! 仮にも将軍職。そんなに甘い訳がない。
 どげしっ!!
 無言で剣の柄での一撃を食らわせるアーシエル。おかげで、ラッシュの頭には、でっかいこぶが出来上がっていた。
「まったく‥‥。遊んでいる暇があったら、訓練にでも付き合え」
 ただでさえ、隣国エデッサとの紛争で、頭の痛い同国である。戦力は幾らあっても足らない。
 ところが。
 そう文句を付けるアーシエルに、何も答えないラッシュ。いつもなら、すぐに起き上がって、ブツブツと言う筈である。だが、今日に限っては、いつまで立っても目を覚まさなかった。
「‥‥おいラッシュ。いつまでひっくり返っている」
 業を煮やしたアーシエルが、そう言いながら、ラッシュを蹴っ飛ばすが、彼はぴくりとも動かなかった。
「おーい、ラッシュー???」
 司令もつんつーんと剣の先で突っついてみるが、反応はない。
 良く見ると、殴り付けた頭から、だらだらと血が流れていたり。
 どうやら、当たり所が悪かったらしい。
「うわぁぁぁ、大変だー! 医者はどこだー!! 医者―!!!」
「全く手間のかかる‥‥」
 二人が、ブツブツ言いながら、彼をテントの中に運び込んだのは、その直後の事である‥‥。

 数時間後。
「大した事は無いと思いますよ」
 頭に包帯を巻かれ、寝台の上に眠っているラッシュを見下ろしながら、その医師はそう言った。
「そうか‥‥」
 一応責任は感じているらしいアーシエルが、側に付き添っている。
「もうすぐ目を覚ますと思いますから、後はよろしくお願いします」
 医者がそう言って、席を立つ。狭いテントのなかに、二人っきりとなった直後、ラッシュの口から小さくうめき声がもれた。
「ん‥‥」
 薄く目を開く。どこかぼんやりした寝起きの表情は、その時だけは『美形』のオーラをかもしだしている。
「気がついた様だな」
 そんな彼の姿に動じる様子もなく、アーシエルはそう言った。
「ここは‥‥」
「医者の所だ」
 まだ、頭が回転していない様子のラッシュに、そう教えてやる彼。
「医者‥‥? 僕はいったい‥‥?」
 怪訝そうなラッシュ。その一人称が変わっている事に、アーシエルの表情にも、疑問符が宿っていた。
 その疑問は、次の一言で、確定事項に変わる。
「君はいったい‥‥誰‥‥?」
「貴様、ふざけるのもいい加減にしろ」
 こめかみに血管を浮かび上がらせて、苛ついた様に言うアーシエル。いつもならば、軽薄そうな笑みとともに、『わっかんなぁい♪』何ぞと言い出すはずだが、この時は、目を伏せこう言った。
「ごめん‥‥本当にわからないんだ‥‥。君は誰‥‥? 僕は‥‥僕の名前は‥‥?」
 どうやら、自分の名前すら思い出せないらしい。
 と、その時だった。
「なんのつもりだ」
 身を起こしたラッシュの襟首を片手で掴み、自分の方へと引き寄せながら、低い声音で睨み付けるアーシエル。
「や‥‥くるし‥‥はなし‥‥て‥‥」
「言えば離してやる」
 半ば持ち上げられるような格好でしめつけられて、ラッシュは弱々しく首を振った。
「‥‥」
 しばしの沈黙。呼吸のままならない生きぐるしさからか、ラッシュの瞳が潤む。
「‥‥め‥‥て‥‥」
 言葉にならない声。そこまで追い込まれてもなお、目覚めてからの態度を崩さない彼に、アーシエルはようやく手を放した。
「げふ‥‥っ、くふ‥‥ッ」
 胸のあたりをおさえ、苦しげに咳き込むラッシュ。鍛えた身体は,この程度ではくたばらないだろうが、ぜいぜいと呼吸を乱すその姿は、どこか女性めいてみえた。
「ひ‥‥酷いよ‥‥。僕が‥‥何を‥‥?」
「貴様、本当に自分が何者かわかっていないのか?」
 アーシエルの言葉に、こくんと頷くラッシュ。
「ごめんなさい‥‥」
 まるで10代前半の子供のように、素直な彼。
「わかった。少し大人しくしていろ。その内何か思い出すだろう」
 その様子に、アーシエルはそう言って、席を立とうとした。
「あ、あの‥‥っ、どこへ‥‥?」
「貴様のその様子では、メタルマンを相手になど戦えまい。その事を報告してくる」
 慌てた様子のラッシュに、そう告げる彼。
「ごめんなさい‥‥」
 申し訳なさそうに、再び謝るラッシュに、アーシエルは答える言葉を、持ちあわせていなかった。
「しまった‥‥っ。やられたか‥‥」
 そのラッシュが、姿を消した事に気付いたのは、彼が司令の元から戻って来た直後である‥‥。

 それから、1ヶ月がたった。
「ふぅ‥‥」
 前線にほど近い町、フボルの娼館。その一室で、憂いに満ちた表情で、溜息を付く異国風の衣装を纏った赤髪の青年がいる。そう、ラッシュである。
「こんなもの‥‥かな‥‥」
 しどけなく乱れた格好の彼の隣には、反対側を向いたまま休んでいる客の姿がある。よく見れば、衣装に隠れてはいるが、あちこちに赤い行為の痕が残っていた。
 上着をなおし、部屋を後にするラッシュ。懐には、今の客から貰った小遣いがたっぷりと入っている。記憶を無くし、暗殺者としての経験すら忘れたラッシュだったが、その恵まれた美貌ゆえ、かの地で男娼として、生計を立てていた。
「おや、ラル。どこへおいでだい?」
「少し‥‥買物にいってきます」
 入り口の女店主の問いに、そう答えるラッシュ。だが、時間は深夜。こんな時間に開いている店と言えば、酒場か宿屋程度だ。明らかな嘘だったが、女主人は、何も咎めなかった。
 ラッシュの足が、向かった場所。それは、町はずれ‥‥そう、前線基地に1番近い街の入り口である。
「アーシエルさん‥‥、今‥‥どうしているんですか‥‥?」
 昇る月を見上げ、そう言うラッシュ。黙って出て来てしまった事を、いまでも後悔しているのだろうか。いや、今だに迎えが来ない所を見ると、きっと自分は必要とされてはいない。それは、あの時、半ば脅迫するような態度だった事からもわかった。
 それでも、心に残るしこりは、こうしてすぐ近くの町で、彼の後ろ姿を追い求めている。それが、失った記憶の奥底に眠る『信頼』だと、彼自身が気付いていたかどうか。
「おやおや。こんな所にプリンスお一人とは。この町も、ずいぶん治安が良くなったものですね」
 もの思いに耽っていたラッシュに、そう声をかける男。
「誰?」
「つれないですねぇ。こんな所で、人を誘っといて」
 その言葉に、ラッシュは、彼が声をかけて来た意味を理解する。
「僕、安くはありませんよ?」
「一夜の恋に、値段など関係ないでしょう?」
 丁重な物言いだが、やや強引とも思える仕草で、ラッシュを抱き寄せるその男。
 仕事として、その申し出を受けるか否か。それを判断し様とした時だった。
「見付けたぞ、ラッシュ」
 聞き覚えのある声に、ふり返る。
「アーシエルさん‥‥」
 前髪を人房だけ白く染めた青年。そう、アーシエルだった‥‥。
「何をしている‥‥」
 不機嫌そうにそう言って、睨み付けた先は、自分ではなく、その向こうに居る客。
「何って‥‥有名な『紅蓮のラル』を口説きに来ただけですけど?」
 翡翠色の髪をした彼は、くすりと笑って、こう答えた。
「残念だが、こいつは既に予約済みだ。これ以上ちょっかいを出すのなら、次は本当に斬るが?」
「ふふふ‥‥仕方がないねぇ。そんなに言うのなら、この場は退いて上げるよ‥‥」
 アーシエルの言葉に、闇に溶けるようにして、ラッシュから身を離し、そのまま姿を消す青年。
 刹那、まるで糸が切れた人形の様ように、ラッシュがその場に崩れ落ちる。
 それを、アーシエルが地面に落ちる寸前で抱きとていた。

「遅くなったな‥‥」
 宿に戻った二人。部屋に入るなり、アーシエルは思い出したかの様にそう言った。
「どうして‥‥」
 今頃になって‥‥。忘れかけた頃になって‥‥と、続けるラッシュ。
「戦をしている現状では、貴様一人を探し出すのに、人員を裂く訳にもいかなかったからな‥‥」
 やむなく、ほったらかしの状態にしてしまった‥‥。と、そう説明するアーシエル。
「それに、私がいつ、貴様が役立たずだと言った?」
「それは‥‥」
 言葉に詰まるラッシュ。と、その彼にアーシエルは静かに言った。
「戻って来い。無くした記憶も、そのうち思い出す」
「でも‥‥僕は‥‥」
 戻る訳にはいかない。こんな‥‥自分の身体を切り売りしているような今では。
 だが、首を振ったラッシュに、アーシエルはこう言った。
「いい加減にしろ! 私が今までどんな思いで貴様を‥‥」
「ごめんなさい‥‥」
 そんなに大きな声でもなかったが、ラッシュはその内側に孕んだ怒りに、思わず首を竦めてしまう。
 だが。
「謝るな。悪いのは私のほうだ‥‥」
 ラッシュの頭を抱き寄せながら、アーシエルは意外なほどあっさりとそう謝っていた。
「アーシエル‥‥」
 驚いた表情で、彼がアーシエルを見上げると、彼はこう続ける。
「つまらない事で、貴様をこんな目に合わせてしまったな‥‥」
 キャンプにいた時よりも、幾分細い肩。筋肉が落ちた訳でもなかろうが、何故こんなにも頼り投げに見えるのだろう。
「いいよ‥‥気にしていないから‥‥」
 その思いは、そう言いながらも震えた身体が示している。この1ヶ月の間、相当に酷い目にも会ったであろう彼を、アーシエルは強く抱きしめていた。
「アーシエルさん‥‥っ。僕は‥‥っ、僕は‥‥っ・・・・」
 そのとたん、まるで少年の様にわぁわぁと泣きじゃくるラッシュ。
「泣くな‥‥。泣いてる貴様なぞ、見たくはない‥‥」
 流れ落ちて行く彼の涙を、そう言ってすくい取るアーシエルだった‥‥。

 翌朝。
「あれ?」
 身を起こしたラッシュは、自分が何も身に付けていない事に気付き、そう言った。
「ああ、目を覚ましたか? 具合はどうだ?」
 目の前には、アーシエルがいる。だが彼は、既に身支度を整え終っていた。
「俺‥‥、今まで何を‥‥?」
「ぶっ倒れたのを運んでやったんだ。少しは感謝してもらおうか」
 目をしばたかせるラッシュに、そう言うアーシエル。
「その割には、なんか身体がだるい様な‥‥」
 コキコキと肩を回すラッシュ。「寝過ぎだ。その様子だと、もとに戻ったようだな?」
 きっぱりとそう言った彼の言葉を聞き咎めたラッシュが、問い返す。
「元‥‥?」
「なんでもない。こっちの話だ」
 後ろ向きのままで、その表情は見えない。だが、ラッシュは、彼の声が、心なしか少しだけ、優しくなったような気がしていた。
「うーん‥‥なんかとっても良い夢見たような気がする‥‥」
 ぼそりと呟く彼。
 と、そんなほのぼのとした雰囲気をブチ壊すような、司令官殿の声がした。
「おい、アーシエル。いい加減起きろ‥‥って、あーっ! ラッシュ! 今までどこほっつき歩いて‥‥」
 おまけに、よけいな事を言おうとした彼を、慌てて黙らせるアーシエル。
「ってー‥‥」
「をい、てめぇ何しやがる」
 頭を抱えてうずくまる情けない司令官殿の姿に、ラッシュがそう文句をつけた。
「黙れ。とっとと服を着ろ。終ったら、偵察に行く。付き合え」
「えーっ、ボク、今日具合悪いから、お仕事したくなぁい♪」
 すかこけんっ。
 わざとらしく可愛い子ぶる彼を、軽く小突くアーシエル。音が軽いのは、前回の反省からか、手加減をしているせいらしい。
「ったく。んなにぽんぽん殴るンじゃねぇよ‥‥」
 そう言いながら、結局また寝台へと潜りこもうとしたラッシュの布団を、はぎとるアーシエル。
「だーっ! 疲れてんだよ、俺は!」
「文句を言うな!」
 そのまま、ころがっていた上着を、ラッシュに押し付ける彼。
「わぁったよ! わかりましたよ! 耳引っ張るンじゃねぇ!」
 そして、そのままずるずると外に連行される彼だったが、その行為の半分が、照れ隠しである事は、アーシエル本人しか知らない事実だった‥‥
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(パートナー:アーシエル・エクスト)

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