どらごにっくないと

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ルビー・リング・ファッシネイション

  • 2008-06-30T10:52:50
  • 姫野里美ライター
事の起こりは、何の変哲もない朝の風景からだった。
「ふぁぁぁぁぁ」
 うーんと朝日に伸びをするショウ。身支度を軽く整えると、そのまま隣のラッシュの部屋へ向かう。
「ラッシュー! 朝だぞ! いい加減起きろ!! おーい!」
 寝起きの悪い彼。それを毎日起こしにいくのが、ここ最近、彼の朝の日課だった。
「ッたく、まだ起きてねぇのか‥‥。入るぞ!?」
 いつもの通り、返事はない。また今日も爆睡こいているらしい。ショウは彼のそんな態度にため息をつくと、ノックもせずにそのまま扉を開けた。
 だが。
「あれ?」
 怪訝そうな表情を浮かべている彼。いつもなら、ぐーぐー高いびきをしているはずのラッシュの姿はなく、ベットもきちん整えられていた。
「うーん、あいつが俺より早く起きるなんて、珍しい‥‥」
 昨夜は帰ってきているはずである。いつものように遅くなった夕食は、朝きちんと平らげられているのを確認してもいる。小首をかしげながら、「今日は雨かな?」なんぞと呟くショウ。砂漠のこの国で、そんな事などありえない例えを持ち出すあたりが、その状況の珍しさを物語っているといえよう。
「おはよ」
「うす」
 食堂に戻ると、案の定、すでにラッシュは食事を終えていた。
「何だ、今日は早いじゃないか?」
「ああ、そうだな」
 冷やかし半分で、そう言うショウに、そっけなく答えるラッシュ。いつもなら、『俺様が早起きしちゃ悪いのか』とか、『おー、徹夜明けだ』なんぞと言う答えが帰ってくるはずだが、今日に限ってはそれさえもなかった。
「なんかまた拾い食いでもしたのか? ずいぶん大人しい事で」
 ショウがそう言うが、ラッシュは『別に』とだけ答え、がたんと席を立つ。
「もう行くのか?」
「ああ。エネルギーの補給に時間をかけている暇ねーんだ」
 しかも、その表情はいつもと違い、何か思いつめたようなものになっていた。
「そーか? 飯くらい落ち着いて食ったほうがいいと思うけどな。よく噛んでくわねーと、身体にわりぃぜ?」
 ウィンナーを齧りながら、心配げに‥‥けれど努めて明るさを装いながら、そう言うショウ。と、ラッシュは「じゃあ、とろとろ食ってろ」と、吐き捨てるように言いながら、不機嫌にさえ見える態度で、食堂をあとにしようとする。
「あ、おい! 待てよ」
「まだなんか用があるのかよ。俺は忙しいんだよ」
 さすがに気になったショウが、思わず呼び止めると、彼は振り返りもせずにそう言う。その姿に、「うーん‥‥。なんか調子狂うなぁ‥‥」と思いながら、ショウはこう言った。
「あー‥‥。えーと‥‥。なぁ、もしかして、またなんか企んでるのか?」
「してねーよ」
 あっさりと即答するラッシュ。そのまま、扉の向こうへ消えてしまう。
「やっぱり何か隠してるな‥‥。あれは‥‥」
 しかし、その後姿を見送りながら、そう思うショウ。
「気になるのか? ショウ」
「一応頼まれてるしな。このままほうっておく訳にも行かないだろう。俺、確かめてくるよ」
 彼がラッシュの後を追いかけて行ったのは、それから間もなくの事である‥‥。

 追跡は、街の外れまで及んでいた。
「ラッシュの奴‥‥。一体どこまで行こうってんだよ‥‥」
 だが、目の前のラッシュは止まる気配はない。やがて、だいぶ中心部から離れたエリアにある一軒の酒場に入って行った。
「いるか?」
「ああ、来てるよ」
 マスターがラッシュの言葉に、一番奥のテーブルを示す。そこには、一人の先客がいた。姿からして、女性らしい。フードの下からのぞく長い銀髪が印象的な女性だった。
「あれは‥‥。やっぱり、何か企んでやがったな‥‥」
 その姿に、ショウも、気付かれないように、少し離れたテーブルへと座る。
「よぉ」
「ずいぶん、遅かったな」
 低く抑えた声で、そう言う女性。
「苦労したぜ。奴らの目を盗んで探すのはよ」
「ふん。何のために貴様をわざわざ残したと思っている。少しは役に立ってもらわんと、その甲斐がないだろうが」
 ぶっきらぼうな態度に、「相変わらずだな、その性格」とそう言っているラッシュ。女性のほうも、「でなければ、ここまで生き残れなどしなかったさ」などと答えている。
「で? 何かわかったのか?」
「ああ」
 その女性の問いに、ラッシュはそう答えて、話しはじめる。だが、周囲を気にしているのか、その詳しい内容までは聞き取れなかった。 と、しばらくたって、ラッシュは女性にはっきりとこう言う。
「あと、さ。てめぇに渡すものがあって」
「何だ?」
 そして、その女性にきらりと光る緋色の宝石のついたものを差し出した。
(あれは‥‥。まさか‥‥指輪‥‥!?)
 遠くからでもはっきりとわかる指輪。宝玉はルビー。それは、このフレイアースでは、『永久に変わらぬ愛情』を意味する。
「これを‥‥、てめぇにだってさ」
「そうか‥‥」
 静かにそう言って、その指輪を受け取る女性。大切そうに眺め‥‥、やがて、握り締めた拳で隠すように額にもって行く。
「おいおい、泣くなよぉ。まだ早いぞ」
「見るな‥‥。頼むから見ないでくれ‥‥」
 暗い中、反射したあかりで光る‥‥涙。驚いたのは、ショウのほうだ。
(うわーーー!!! 泣かせてる!? ラッシュにそんな甲斐性があったのか!?)
 唖然とするショウ。
「あーあーもー。なんでも一人で背負い込みすぎなんだよ。あいつにもそう言われただろう?」
 と、ラッシュはその女性の肩を抱き寄せながら、こう言った。
「いくらなんでも放っておけないだろ。半分は俺様の責任なんだから」
「ああ‥‥。わかっている‥‥。わかっているさ‥‥。お前が悪いわけじゃない‥‥」
 女性のほうは、抵抗するわけでもなく、ただ身を預けている。
(抱き寄せてるし‥‥。て事はやっぱり‥‥、そうなのか‥‥? いや、そうだとしたら‥‥)
 その光景を、やはり信じられない表情で見つめているショウ。彼が傷心のまま帰路についたのは、その直後のことだった。
 その日の夜のことである。
「ただいまー」
「あ、やっと帰ってきた」
 帰って来たラッシュを出迎えるショウ。
「どうした? そんな顔して」
「ラッシュ、こないだ、町のはずれで、きれーなエルフの女の人と、会ってただろう」
 まるで尋問するような厳しい口調で、そう続けると、ラッシュは平然とこう答える。
「何だ、見てたのか。ああ、会ってたぜ。それがどうかしたのか?」
「水くさいじゃないか‥‥。なんで教えてくれなかったんだよ」
 彼女がいる事を。つい咎める様なそれになってしまうショウの姿に、ラッシュはその頭をぽふんと軽く叩きながら言った。
「別に、教える事のほどでもねーし。それに、相手ちょっとワケアリでさ」
「そっか‥‥」
 かいぐりかいぐりと撫で回す彼。いつもと同じ態度。普段なら、『子ども扱いすんじゃねぇ』だの、『だーっ! うっとおしい!!』だの叫んでいるはずのショウだが、今日はそんな気分になれなかった。
 それもこれも、自分に内緒で付き合っていた彼の姿に腹が立って。
「おいおいショウ。どうしたんだよ。そんな、何もかも裏切られたような表情して」
 その様子に、ラッシュがそう聞くが、ショウは首を振ってこう答える。
「別に‥‥。自分の胸に手ぇあてて聞いてみろよ」
「いや‥‥ここの所は手ぇ出してねぇし」
 実際に胸に手を当てながら、そう言う彼。ぼそりと誰かが「だから問題なんだと思うがなー」とか言っているが、聞こえていないようだ。
「大体、なんだよ。あの女は!」
 気付かない様子のラッシュに苛立ちを覚えながら、ショウは思わずそう怒鳴ってしまう。と、彼はその刹那、今まで浮かべていた軽い態度を引っ込め、厳しい表情を浮かべながら、こう言った。
「余計な詮索すんなよ。てめぇ」
「したくもなるわ!」
 怒鳴り返すショウ。
「はいはい。俺、歩き回って疲れたから、先に寝かせてもらうぜ」
「ラッシュ! おい、説明しろよ! あの女の事‥‥」
 さっさと自分の部屋に戻ろうとするラッシュにショウが追いすがる。だが彼は、部屋に入り際、こう言った。
「だーかーらー。ちょっとワケアリだっつっただろ。そのうち話すから、今は何も聞くな」
 パタン‥‥と、扉が閉められる。鍵のかかる音が聞こえ、締め出されたことが、はっきりとわかる。
「ラッシュ‥‥」
 動かないドアノブと、返事の返ってこない部屋の主に、ショウは悔しげに唇をかみ締めながら、そう呟く。
「って、納得出来るか! だいたい、誘ってきたのはあいつの方じゃないか!!」
 考えて見れば、理不尽な話である。さんざん言いように弄ばれて、挙句の果てには他に女を作って、自分はぽい。これじゃあ遊ばれたも同然だと。
「‥‥決めた。ラッシュの奴をあの女から、奪い返してやる」
 直後、ぼそり、と呟くショウだった‥‥。

 その日の深夜のことである‥‥
「ん‥‥」
 窓の外から入ってくる気配に、ラッシュは目を覚ました。
「誰だっ!?」
「俺だけど‥‥」
 外の月明かりに照らされて、窓際に立っていたのは、ショウだった。
「何だ、ショウか。どうしたよ、こんな夜中に‥‥」
「あの‥‥さ」
 改まった表情で、彼はこう切り出す。
「あの女の事、なんだけど‥‥」
「まだ言ってんのか。だから、あれはワケアリで‥‥」
 余計な詮索すんなって言っただろう? と続けるラッシュ。その態度が、気に食わなくて。
「納得できるか! そんな理由で!」
 思わず、怒鳴ってしまう。
「ショウ‥‥?」
 怪訝そうな表情を浮かべるラッシュの目の前で、ショウはこう言った。
「お前から誘ったんだろが‥‥」
「ショウ‥‥」
 小さな声に、ラッシュが怪訝そうなそれを浮かべる。と今度ははっきりと、彼は言った。
「今更‥‥。別れるなんて‥‥。ひでぇだろうが‥‥」
「おいおい‥‥」
 その言葉に、意外そうな表情をするラッシュ。と、ショウはさらに続ける。
「人をこれだけ悩ませておいて‥‥。こんだけ泥沼にひきづりこんどいて‥‥。今更、彼女居るだなんて‥‥。なに勝手な事抜かしてんだよ!!」
「はぁ?」
 意味がわからないと言った感じのラッシュのそれに、彼はその襟首を引っつかんで、さらに言い募った。
「すっとぼけてんじゃねぇ!! お前、あの女に指輪渡してただろうが!!」
「見てたのか‥‥」
 こくんと頷く。そして、唇をかみ締めながら、こう告白する。
「見てたよ! 最初から! 全部!! 最後までは‥‥見てなかったけど‥‥」
 見れなかった。見ていたくなかった。
「でも‥‥。それでも‥‥納得できねぇ‥‥」
 他の女といちゃつくラッシュ。それを見て抱いたのは、嫉妬。
「ラッシュ‥‥。俺‥‥」
 けれど、そんな感情を、知られることすら怖くて。
「バカだなー‥‥。てめーは」
「悪かったなー! どーせ単純だとか言われるよー」
 顔を真っ赤にしながら、そう叫ぶショウ。と、ラッシュはその彼をベットの上に抱き寄せながら、こう言った。
「別に、あの女は彼女とか恋人とかそーゆーんじゃねーよ」
「へ‥‥?」
 否定された言葉に、今度はショウのほうが、意外そうな表情を浮かべる番だった。
「あの女には、行方不明になった彼氏を探してくれって頼まれてただけだよ」
 事情を話すラッシュ。
「本当か‥‥?」
「ああ。お前には、嘘は言わないよーにしてる」
 それでもなお、信じられないと言った表情を浮かべるショウを見つめて、ラッシュはそう言ってくれる。
「でも、だったら何で、隠れてこそこそ‥‥」
「あいつもその彼氏も、エデッサの軍人」
 疑問をぶつけられて、彼はあっさりとその答えを言った。
「バレたら、やばいだろ? お前らに頼むわけにも行かないしな」
「そう言う事だったのか‥‥」
 それならば、わかる。ラッシュは、イまでこそベル・場・アールの一員だが、もともとは敵国エデッサの人間。その彼が、エデッサの軍人と接触したことがバレれば、どうなるかは火を見るより明らかだ。
「まったく‥‥。何かと思えば‥‥。俺がそう簡単に乗り換えると思ったのか?」
「思ったから、こうしてきちまったんだろうが!!」
 今度は逆に襟首をつかみ返し、突っかかるショウ。
「怒鳴るなよ。まったく‥‥」
 その彼を、ラッシュがそう言いながら、抱きしめる。
「ラッシュ‥‥? おいっ!!」
 そのまま、押し倒す彼の姿に、さすがにショウは抗議の声を上げた。
「わかってねぇみたいだから、今からたーっぷり教えてやるよ」
 耳元で、ささやかれる。
「あんまり‥‥、痛くするなよ‥‥」
 いつもなら、必死で逃げるところだが、今夜に限ってショウは、すんなりとそんな事を言う。
「拒まないのか?」
「断ったって‥‥、お前、聞かねーだろ‥‥」
 覚悟は、完了しているらしい。
「ああ、そのつもりさ」
 満足げにそう言って、ラッシュは自分の服を脱ぎ捨て、彼の身体へと重ねるのだった‥‥。
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