どらごにっくないと

カウンターカウンターカウンター

還らぬもの

  • 2008-06-30T13:47:04
  • ALFライター
「‥‥失いしものを得、されど失いしもの得る事あたわず、再びそれを失う」
 街路の端に敷かれた紫の敷物の上に足を組んで座り、手前に置いた水晶球をじっと見つめていた褐色の肌の健康的な娘‥‥占い師は、ややあって顔を上げるとダグラス・アインにそう言った。
「失せもの‥‥それがある場所は?」
 思わず身を乗り出すディー‥‥彼にとって、失われたものは一つしかない。だが、彼の問いへ、答は返らなかった。
「場所? 何言ってるの。そんなの知る必要は無いじゃない」
 占い師はニッコリと不敵に笑うと、教えを説くかの様に言う。
「あのね。運命が導いている以上、必ず会えるの。貴方は必ず、会いたい人の元へと辿り着く。ま‥‥気の向くままに歩き回ってみなさい。運命は絶対と信じてね」

 破壊の魔獣ヴォルガがフレイアースに君臨した当時‥‥ディーは過ちを犯した。
 大事な妹から目を離してしまったのだ。
 猛火に包まれた街の中、妹は失われた‥‥
 死したものと諦めていた。
 だが、未来を見通す占い師の告げた運命では、ディーは失ったものを得ると出た。
 ならばそれは妹ではないのだろうか?
 だとしたら‥‥もう二度と離さない。たとえ、運命がその後の別れを定めていたとしてもだ。
 ディーはそう心に決め、諸国を旅する日々を再び送り始めた。
 そして‥‥半年あまりが経とうとした日の事。立ち寄った街でディーは少女を見つけた。

「まさか‥‥」
 街路、立ちつくすディーの前、一人の少女が歩いている。
 似ている‥‥あの頃よりも髪は長くなっていたし、時間相応に成長してもいるが、確かに少女は妹に似ていた。
 それに、少女の首にかけられたペンダント。それは、母の形見として持たせてあった物だ。
 間違いない‥‥
 ディーは少女に駆け寄り、声をかけた。
「君‥‥待ってくれ」
 ディーは、振り返る少女が自分を兄と呼ぶのを期待する。だが、少女は不思議そうに小首を傾げ聞き返した。
「何?」
 違うのか? ディーの心中に落胆が満ちる。
 だが、少女は妹によく似ている。それに、ペンダントは確かに妹に渡した物だ。それは近寄った事で確認できた。
「その‥‥ペンダント」
 言った声は微かに震えている。
 混乱している頭の中、僅かに冷静な部分が、今の自分が酷く不審な人物に見えているだろうと評価を下していた。
 だが、少女はディーに何の不審も抱かないのか、逃げだそうとすることもなく、笑顔でディーに答えた。
「このペンダント? ‥‥綺麗でしょ?」
 少女はペンダントを一度手に取って見ると、それをディーに向かって捧げ持つ。
 ディーはそれと少女を見比べるように視線を彷徨わせながら問うた。
「これ‥‥どこで手に入れたんだい?」
 少女が本当に妹なら兄からもらったと言うだろう。もし仮に違うにしても、何かの情報が手に入るかも知れない。
 だが、ディーのそんな期待はまたもうち砕かれた。
「わからないの。ごめんなさい」
 少女は翳りのある笑みを浮かべる。
「私‥‥昔の事、憶えてないの」
「え?」
 思わず戸惑いの声を漏らすディー。そんな彼に、少女は苦笑混じりに言葉を続けた。
「ヴォルガって魔獣がいたじゃない? あれが暴れた街に私もいたの。で、ヴォルガの崩した建物の側に倒れてたんだって。ほら、頭の後ろにちょっとだけ傷が残ってるでしょ? パパは破片が当たったんだって言ってた」
 少女は髪の毛を手でたくし上げて見せた。
 見ると、一部分だけ毛の生えていない部分があり、そこには醜い傷跡が残されている。
「うん‥‥そうだね」
「それでね。頭を強く打って、昔の事は忘れちゃったんだって」
 そう言う少女は何処か寂しげだった。
「ペンダントは、その時に持っていたの。何となく大事な物なんだってわかるけど‥‥何の意味があるのかはわかんない」
 それが寂しいのだと‥‥少女は言う。
「きっと、大事な物なの。でも、どうしても思い出せない‥‥」
「‥‥‥‥」
 ディーは、すでに確信した。この少女が、自分の妹である事を‥‥
 生きていたのだ。あの炎の中から、無事逃げ延びていてくれたのだ。
 記憶など、すぐにでも取り戻させてみせる。妹の事は全て知っているのだから‥‥
 ディーはそのペンダントは母の形見であり、自分は兄なのだと告白しようとした。
「それは‥‥」
 が、その瞬間、少女が視線を逸らした事でそれは未遂に終わる。
 少女は、ディーの後ろの方を見ながら言った。
「あ、ママだ」
「ママ?」
 疑問の声を上げながら、ディーは振り返る。
 人の良さそうな中年の女性が、こちらに向かって歩いてきていた。
 ディーに、訝しげな視線を向けているのは、当然の事だろう。娘が流れの旅人と一緒にいるのを疑問に思わないはずがない。
 そんな事を考えているディーに、少女の声がかけられた。
「本当のママじゃないよ。助けてくれたの‥‥さっき、ヴォルガの暴れた街にいたって教えたでしょ? あの時、ママとパパが燃えてる街から助けてくれたの」
「そう‥‥か」
 ディーは現実に気付く。
 妹は、自分の知らない時間を、妹を守れなかった自分の代わりに妹を救ってくれた人と過ごしていた。家族として‥‥
 自分が兄だと告げて何になるだろう? 死んだ家族の事を告げて何になるだろう?
 それは自己満足ではないか?
 最も大切な時に妹を守らなかった自分を、誰に家族と認めさせる事が出来るだろう。
 それはやはり許されない事だったのだ。
 運命に示されたとおり、それは既に手に入れる事は出来ず、そして自ら手放すべき‥‥
「パパとママは優しい?」
 ディーが聞くと、少女はニッコリと微笑んだ。
「怒ると怖いけど、優しい時は優しいよ」
「そうか‥‥」
 少女の笑顔には幸せが溢れている。
 もはや思い残す事はない。妹が幸せであるなら‥‥それで。
 ディーは何も語らずに去る決意を固めた。
「いや、御免。そのペンダントが綺麗だったから、見せてもらいたかっただけなんだ。色々聞かせてくれてありがとう」
 無難な事を言いつつ、ディーは少女に背を向ける。と‥‥その背に言葉が投げかけられた。
「お兄ちゃん‥‥」
「え?」
 自分が兄である事を思い出したのかと、驚いてディーは振り返る。
 だが、少女の方はただディーの事を呼び止めたつもりでしかないようだった。
「お兄ちゃん。この街に来たらまた会おうね」
「‥‥どうして?」
 戸惑いながら問い返すディーに、少女は微笑んで返す。
「何だか‥‥お兄ちゃんの事、知ってるみたいな気がしたの」
 だから色々と話した。記憶の中では初対面であるディーに‥‥誰とも知れぬ旅人のディーに。
 記憶は失われても何処かで、ディーの事を憶えていたのか‥‥
「はは‥‥それは光栄だな。じゃあ、また次に来た時は、必ず君の所へ行かせてもらうよ。それに‥‥」
 ディーは静かに付け足す。
「君が危機に陥った時には、必ず助けに来るから‥‥」
「本当に!? ありがとう! お兄ちゃん、まるで騎士様みたいね☆」
 少女ははしゃいだ声を上げる。
 ディーはしっかりと頷いた。
 それはディーの決意。再び失いはせぬとの、固い決意であった。
COPYRIGHT © 2008-2024 ALFライター. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営するオーダーメイドCOMで作成されたものです。
第三者による転載・改変・使用などの行為は禁じられています。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]

Copyright © 2000- 2014 どらごにっくないと All Right Reserved.