どらごにっくないと

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偽りの姿を暴け

  • 2008-06-30T15:04:29
  • 七海真砂MS
【オープニング】
白昼堂々、札幌の街角で人々が襲われるという事件が起きた。その現場を、偶然にも周囲の者たちが携帯電話の撮影機能で捕えた映像は、テレビや新聞で一斉に流れ、人々に犯人が誰なのかを知らせた。
 獣の耳を持つ女性、悪魔の角を持つ男、石の翼を持つ子供‥‥。
 そして、彼らとともにあったのは、刻印をその身に刻む男女‥‥魔皇。
「この事件では十数人が怪我を負った。魔皇というのは、これほどまでに卑劣で悪事に手を染める連中なんだ。‥‥絶対に、奴等を許してはいけない!」
 とある地域ローカル番組に出演したグレゴールは、そう画面の中で拳を握り、見ている人々に呼びかけた。

「‥‥この事件は勿論、魔皇様や私たち逢魔の行なった事ではありません。ですが、その姿は‥‥」
 この事件の犯人の姿は、変装したとしても、ここまで似せられるとは思えないほどだった。魔皇や逢魔から見ても、その姿は本物にしか見えない。
 だが、数名の逢魔が情報を集めに向かい‥‥そして尻尾を掴んだ。
「これは全て、グレゴールの策略によるものです。見た相手になりすます事が出来る『ドッペルゲンガー』というサーバントに魔皇と逢魔に成りすませさせて、人々を襲わせたのです」
 相手の姿を写し取るドッペルゲンガーを利用すれば、人々はその姿を、魔皇達以外の何者とも思わないだろう。なにせ、魔皇や逢魔ですら本物としか思えなかったほど、それは似ているのだから。
 そうして、魔皇が凶行を働いたという事を宣伝し、魔皇に対する怯えや怒り、そして反感を引き出す事が、グレゴールの目的だったようだ。
「そして、グレゴールは今日も、ドッペルゲンガーに人々を襲わせようとしています。皆さんには、これを止めて頂きたいのです」
 このままでは、グレゴールの策略に巻き込まれて、今日もまた犠牲者が出る。そして、世間での魔皇の立場は悪くなる一方だ。なんとしても食い止めなければならないだろう。
「逢魔からの情報によると、場所は狸小路の三丁目。時刻は午後の五時です。‥‥かなりの人通りが予想されますが、どうか人々をお救い下さい、魔皇様」


【本文】
●戦いは情報から?
 逢魔の伝から依頼を受けた魔皇のうち、來島・真崎(w3a420)はファーストフード店の一角に腰を下ろしていた。
「順調みたいだな」
 二階の窓際の席から、狸小路の三丁目と手元のノートパソコンを交互に眺め、真崎は笑みを浮かべる。
 伝からの話を聞いてすぐに、真崎はパソコンを使って『大通公園で五時から××がプロモを撮影する』という趣旨の書き込みを、各所の掲示板に行なっていた。人気のあるアーティストのファンサイトや情報系のサイトへの書き込みは、すぐに人の目に触れて広まったらしく、普段に比べて狸小路の人出は少ないようだ。
 この作戦が上手く行くかどうかは博打だったが‥‥真崎は、賭けに勝ったと言えるだろう。
「そろそろ、良い頃合いだな」
 腕時計に目を落として、五時が近い事を確認すると、真崎は荷物をまとめて立ち上がった。
「‥‥よし」
 一方で、電光掲示板を見上げていた如月・冬馬(w3e114)は、そこに現れた文字を眺めて呟きを漏らした。
『本日、午後五時より狸小路四丁目の特設会場で、現金掴み取りの挑戦権をかけての抽選が行なわれます。ふるってご参加ください』
 そこに表示されているのは、冬馬が狙った通りの文字。細工するのには苦労したが、何とか成功させる事が出来た。
 五時までは、あと五分。この文字をどれだけの人が見て、それを信じるかは解らないが‥‥一人でも多くの人が移動し、三丁目から遠ざかる事を祈りながら、冬馬は三丁目へと足早に向かうのだった。

「こーんな街中じゃ、存分に力を使えないよぅ。‥‥つまんないのぉ〜」
 その頃、狸小路の三丁目にいた三雲・咲羅(w3d471)は、頬を膨らませて呟くと、路上に転がっていた空き缶を蹴飛ばしながら歩いていた。
 狸小路は決して暴れ回るのに適した場所ではない。それを実際に目の当たりにして、機嫌を斜めにしてしまったのだ。
「それに、待ってる間が長くてつまんないよ〜」
 暇つぶしにと取り出した携帯も、待ち時間が長ければ次第に飽きが来る。不満を露にしていた咲羅だが、ふいに何かを思いついたように、指先を動かして画面を変える。
(「真崎お兄さん、嘘のロケ情報を流すって言ってたよねぇ‥‥」)
 口コミ情報の集まる掲示板を巡りながら、映画やドラマのロケで有名人が来ている事を次々と書き込んでいく。
 何ヵ所かに書き込んで、最初に書き込んだページを確認してみれば、そこでは既にいくつかの反響が書き込まれていた。
 驚き、好きな芸能人に会えるかもしれないという喜び、逆に行くことが出来ない人の残念ぶり‥‥。
「‥‥おもしろーい♪」
 次々と嘘に引っかかる彼らの様子に無邪気な喜びを口にすると、咲羅は先ほどまでの機嫌を直して、携帯の操作を楽しそうに続けていった。
「ねえ、大通公園でロケやってるんだって。見に行こうよ〜」
 そんな咲羅から少し離れた場所では、全身黒ずくめにサングラスという、ある意味怪しげな格好をした胡・蝶蘭(w3b945)の腕を、逢魔の囁きが引いていた。ちなみに囁きの方は、どこで用意したのかセーラー服姿である。
「ロケ? ‥‥わしは、そのような物には興味は無いのだがのう‥‥」
「えー!?」
 蝶蘭の返事に不満そうな顔を見せると、同じようにロケを見に行こうと繰り返す囁き。‥‥これもまた、情報操作の一環である。実際に、囁きが大きな声で語るロケの内容を耳にした者達は、それを話題に登らせると、ちょっと行ってみようかと話しながら蝶蘭の前を横切っていく。
(「あと僅か‥‥少しでも人を遠ざけられれば良いがのう」)
 目の前を通る者達を眺めながら、蝶蘭は心の奥で思い‥‥そして、時計の針は五時を指した。

●魔皇来襲
「きゃああっ!」
 目の前を通り過ぎて行く、幾人もの女性を眺めていた皇華・式(w3a607)は、突如上がった悲鳴に顔を上げた。
「やかましいなぁ‥‥」
「大丈夫ですわ、魔皇様。全て黙らせてしまえば良いのですもの」
 頭を掻く男の掌には、魔皇の刻印。その後ろに立つ女性には、獣の耳と尾‥‥立ち並ぶ六人の男女の姿には、それぞれ魔皇と逢魔の特徴が現れている。
(「あれが‥‥」)
 その姿は、今回一緒に行動している者の誰とも一致する事は無く‥‥式は、彼らこそが魔皇になりすましているサーバント・ドッペルゲンガーだと確信する。
「さあて。神帝の支配を受け入れているような連中には、お仕置きしてやらないとなぁ」
「きゃああっ!」
 偽魔皇の一人は剣を握ると、逃げ惑う人々を追いかけ始めた。その剣先は、逃げる途中に転んで倒れた一人の少女、佐伯・柚子禰(w3d572)に伸びる。
 柚子禰は体を捻り、その一撃を辛うじて避けた。――人化している魔皇は一般人と同じ能力しか持たない、か弱い存在。そのため、ドッペツゲンガーの一撃を避けるのは容易ではない。
 万が一に備えて動きやすいように、ジーンズ姿で来たのは正解だったと、柚子禰は心の中で胸を撫で下ろす。
「なんて事を‥‥」
 そんな柚子禰に駆け寄り、彼女を助け起こしたキャンベル・公星(w3b493)は、偽魔皇達を見上げてキッと睨むと、強い口調で問いかける。
「あなたも人であった時があるなら‥‥その心があったのなら、なぜ人を傷つけるのです?!」
「お前! 魔皇様に向かって生意気だぞっ!」
 元より返答などは期待していなかった問いではあったが‥‥偽逢魔の一人は、怒り心頭といった様子で鞭を振り上げた。それを見たキャンベルは、手にした巾着の中から香水の小瓶を取り出すと、それを偽逢魔の顔面へと投げ飛ばす。
「いたっ、うわっ!」
 鼻に当たった小瓶は、その拍子に蓋が外れて、中身が偽逢魔に降りかかった。ツンと喉奥に突き刺さるかのような香りに、偽逢魔は思わず苦しげな声を上げる。
「この‥‥」
 キャンベルを睨みつけて、偽魔皇達は前へと進み出る。だが‥‥
「!?」
 その足は、どこからか放たれた冷気の塊によって凍てつき、固まってしまう。それは人化を解いた水薙・響(w3a368)が撃ち込んだ、凍浸弾によるものだ。
「そこの偽物っ!」
 手にしたジャンクブレイドをドッペルゲンガー達にビシッと指し示した式は、力強い声で言い放つ。
「今まで人を襲ってたのは貴方達ですね? 今から、成敗してあげますっ」
 そして、狼風旋で素早く詰め寄ると、式は音速剣でドッペルゲンガーの身を切り裂く。
「お前ら‥‥」
 偽魔皇は腕を抑えて顔を青くする。目の前に現れたのは、本物の魔皇達。彼らを相手にするのは、ドッペルゲンガーの身には少々辛い。
 だが‥‥それならそれで、方法がないではない。ドッペルゲンガー達は顔を見合わせ‥‥一瞬、ドロドロのゲル状の塊へと転じたかと思うと、その姿を一斉に変化させた。
 その目の前に立ちはだかる、魔皇達のものへと。

「今まで、そうやって悪事を働いていたのだな? 俺たちを悪者に仕立て上げるためなんかに、民間人に苦痛と恐怖を与えるとは‥‥許せない!」
 自分達の姿を写し取ったドッペルゲンガーに、獅子皇・凱(w3d384)は指先を突きつけると、大声を張り上げる。自分でも、芝居がかかっていると思わないではないが‥‥その姿は、人々に驚きを与えるのには、とても効果的だった。
「偽物‥‥?」
「い、いま、なんかグニャグニャしたものに‥‥!」
 偽物、という言葉。そして姿を変化させた奇妙な生き物‥‥化け物の姿。人々は驚き、思わず顔を見合わせる。
「奴らは、わしらの名を陥れるため、魔皇になりすまして皆を襲っておったのじゃ。‥‥奴らはわしらが何とかする。おぬしらは、今のうちに避難するのじゃ!」
 蝶蘭は人化を解くと、彼らを振り返りながら呼びかけた。今回の事件は全くの濡れ衣であることを主張し、それを信じてもらうために。
「そ、そうだ。現に彼らは俺達には何もして来ないし‥‥」
「とにかく私達は逃げよう。このまま、ここにいては危険だ」
 人化したままの真崎が声をあげ、一ノ瀬・秋保(w3a625)は立ち上がると、ドッペルゲンガーがいる場所とは逆の方へと皆を促しながら、早足で移動していく。最後尾には冬馬がつき、足の遅い老人や震えて動けない女性の手を引いて、彼らが怪我をしないよう、最新の注意を払いながら避難していく。
「俺も心配だから一緒に行きますね」
「おっと。‥‥偽物を行かせる訳にはいかないな」
 どさくさに紛れて、そのあとを追おうとする偽の式だが、その前には響が立ちはだかると、即座に魔炎剣を振るう。
 別の場所では式と凱が偽の響を二人で打ち倒し、咲羅は瓜二つの逢魔・朔良と二人で、残りのドッペルゲンガー達を混乱させて翻弄している。
「おいたをする子は、壊しちゃおうねぇ♪」
 目の前にいるのが全て偽物だと察知すると、咲羅はそれらを魔力弾で滅多打ちにしていく。一度ではそれほどのダメージを与えられない魔力弾だが、朔良の背後から連続で攻撃していけば、その短所は気にならなくなる。
「やあっ!」
 そこに、アーケードの内側をよじ登った葉芭舞・皐月(w3g311)が、飛び降りながらクローを振るってドッペルゲンガーに襲い掛かる。落下の勢いを生かしたその一撃は、見事にドッペルゲンガーの息の根をとめ、皐月は軽やかに着地する。
「一体どうやって‥‥」
 ドッペルゲンガーは一人、また一人と、魔皇の手によって倒されていく。姿を写し取ってしまえば、魔皇達は同士討ちを恐れてマトモには戦えないはずだと、そう踏んだというのに‥‥。
「香りで、見分けたんだよ」
「!」
 人化を解いた柚子禰は、仲間に意識が向いている間に敵の後ろに回りこむと、握った短剣を、その首元に突きつけた。
「魔皇の嗅覚は常人の十倍。微かな香りでも、確実に嗅ぎ分けられるからね」
 それは姿を写し取るというドッペルゲンガーの能力を聞いて、魔皇達が考えた対策だ。キャンベルが用意した香り袋を予め懐に隠しておき、その微かな香りで敵と味方、本物と偽物を判断したのである。
「く‥‥」
 ドッペルゲンガーも、また、彼らに指示をしたグレゴールも、そこまでは考えていなかったのだろう。してやられたという顔の偽魔皇の首元を、柚子禰は切り裂く。
「貴方で‥‥終わりです!」
 式の燕貫閃が最後の一体となったドッペルゲンガーの急所を貫き、魔皇達は彼らを完全に撃破したのだった。

●事件は過ぎて
「被害は少なくて済んだようだな」
 響は周囲を見回して、安堵しながら呟きを漏らす。
 一般人の評価は、魔皇か否かではなく「何を為したか」にあると思った響は、この場への被害を抑えて人々を無傷のまま守りながら、敵を倒し去ることが一番だと考えていた。
 そしてそれは、達成されたと言って良いだろう。建物への被害は殆どなく、人々の怪我も、逃げる途中で転んで負ったかすり傷くらいだ。
 被害が出なかった一番の理由は、おそらく、囮を引き受けた柚子禰とキャンベルに、目論み通りにドッペルゲンガーが喰らいついた所にあるだろう。ここで失敗していたら、多くの被害が出たに違いない。
「ありがとう、ございました。あなたたち魔皇は‥‥恐ろしいだけの存在では、ないのですね」
 その片割れであるキャンベルは、最後まで人化した姿を貫いたまま、逃げ送れた一般人に扮していた。そして、騒ぎを聞きつけて現れたテレビ局のカメラを目にすると、彼らにも見えるように、仲間達へと礼を述べている。
「わしは、もう帰るぞ。‥‥店を空けてきているのでな、心配なんじゃ」
 蝶蘭は仲間への挨拶もそこそこに、留守にしているバーの心配をしながら、囁きと共に歩き去って行く。
「そうね。いつまでもいてグレゴールなんかが来たら厄介だし、あたし達も帰るわ」
 近くで待っていた逢魔・雅烙と合流した柚子禰も、長居は無用とばかりに身を翻す。
 確かに、グレゴールと鉢合わせるのは避けたい所だ。他の者達も頃合いを見計らって、それぞれ狸小路をあとにした。

 翌朝、この事件は『野良サーバント、人々を襲う』という小さな記事として新聞に掲載された。グレゴールが手を回したのか、そこに魔皇が関与した事は、全く記されなかった。
 だが‥‥グレゴールも全ての人々の言葉までは抑える事ができない。あの場にいた者達の口から、事実は語られて人々の間を巡っていくだろう。
 自分たちを助けてくれた魔皇もいた、という言葉と共に。
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