静かなる混乱
- 2008-06-30T15:12:27
- 本田光一MS
【オープニング】
「えーー!? マジ? それ、マジ?」
とある魔皇の悲鳴が響き渡った。
再来月、彼は岡山であるコンサートに遊びに行く予定で車を借り、友人と共に行く予定だったのだが、それは瀬戸大橋の交通費用が8月から値下げされると聞いていたからだった。
既に往復用のハイウェイカードも買い込んでコンサートチケットも取ってしまった。
既に、退路はない。
いや、ここで頭を切り換えて、ハイウェイカードをチケットショップに売り、架橋線である鉄道のマリンライナーを使えばよいのだが、頭に血が上った状態では魔皇といえどその解決策は見つからなかった。
「やべぇよ、あいつらの交通費使い込んでるから、車が駄目なら、俺‥‥」
動機は兎も角。
グレゴールが提示したリミットは7月末。
それまでに、地元住民の5割以下の投票しかない場合には、交通費はそのまま、永久に値下げされないのだ。
ちなみに、橋の交通費はおよそ40キロ弱で4500円強。
東京から東名高速で170キロ強の焼津まで走れる価格である。
「いよーっし! 地元住民にアッピールして、本土の良さを知って貰うんだーーー! え? テンプルム探りに行ってこい? え? 俺、他の仕事‥‥‥えーーーー!?」
逢魔に襟首を掴まれて、引きずられていく情けなさ。
しかし、グレゴールの陰謀があることは変わらない。
瀬戸大橋周辺住民、特に架橋の掛かる島である与島を中心に住民達の意識を架橋問題に直面させ、グレゴールの野望を打ち砕け!
・
・
・
訳の分からない作戦が、ここに始まるのであった。
【本文】
静かなる混乱
●与島の人々
「高いでござるに‥‥高いでござるに‥‥高いで‥‥」
念仏を唱えるようにしている城之内丈二(w3g239)の横で、少し困った表情で居る彼の同行者穣歌。
「ここ、以前家族でこの橋渡った事があって‥‥うん、覚えあるなぁ‥‥確か、明け方にここを渡って、与島のパーキングで休憩した覚えが‥‥」
何時の記憶を探っているのだろう、かなり思い出すのに苦労して見える郭杏露(w3a004)が、ポンと手を叩いて思いだしたと頷く杏露。
「高すぎるよ! あの時と、全然変わって無いじゃない!? 高速って、何時か無料になるんじゃなかったの? 値下げをして貰わなきゃ、このまま交通量が減る一方だわよねぇ‥‥」
過去の記憶で蘇った価格と、現在を比較して自分には関係ないはずの土地の暮らしに思わず溜息を吐き出す少女。
「にゃ?」
全く何も考えていないのか、冷やしうどんを『冷たくて美味しいにゃー』と、ふーふーしないで良いことを理由に食べて食べて食べまくっている小学生位の少女が居る。
「ちょっと、ヴィー。あんたも手伝うのよ。判ってるの?」
「うにゃ?」
判ってなかったらしい。
「うにゃーう゛ぃー、まだおうどん食べるーーーー!!」
小首を傾げる連れの襟首を捕まえて、ズルズルと歩き出す杏露。
「あれは何とかならんのか? 目立ち過ぎだ」
「無理だと思いますよ‥‥」
苦虫を噛み潰したような川島英樹(w3w3a170)に、タイムラグ無く帰すのは色白の少女、雫。
黙っていれば可愛らしいお人形さんの様な‥‥だがしかし、秀樹と並ぶとヴィオレ、杏露コンビと同じ‥‥別の意味では二人以上に派手に目立っている。
それもその筈。秀樹の服装はアロハシャツと短パン。加えてグラサンというこれでもかという遊び人風。
その横に控えている雫が着ているのは抜けるように青い蒼地に「汚職、談合、天下り、三権分立くそ食らえ!」汚職官僚と白文字で抜いてある、100m先からでも読めそうな目立ちよう。加えて、それを着ている雫が可愛らしいと来れば‥‥危ない兄ちゃんと、別の意味で危ない少女のコンビで周囲から浮きまくっていることを秀樹は理解したくないけれど理解していた。
「で。まだ喰うのか?」
「はいです‥‥」
目下の処、秀樹の一番の悩みは雫が美味しそうに食べ続けている与島SA名物の一つ、マグロ、チリメン、イカ、エビのアイスだろう。小型のカップ一個で300円のそれを、雫は既に‥‥‥
「腹、壊すぞ‥‥」
と、秀樹でさえも見ていて気分が萎える程に食べている。
お子様達の楽しそうな様子を、柚ソーダを飲みながら頬杖で見ていた女性がふと顔を上げて尋ねた。
「それにしても、瀬戸大橋の架橋問題にかこつけたグレゴールの野望って、どんな野望なのでしょうねぇ〜〜」
モデル並みの長身で、ゲリラ的にビラ配りを行っていた白鳳院昴(w3a531)が眼鏡の奥の瞳に好奇の輝きを灯している。
女性の筈だが、ハンサムといいたくなる理知的な人。そして身長もある彼女が手渡すことで、普通なら素通りの筈の街頭のビラ配りでも充分に手応えがあるように思えた。
彼女のビラ配りだが、その前に藤城仲辰(w3c261)達が観光協会に話を持ちかけていた為にスムーズに行った。
「しかし、今更値下げしないなんて、アリかよ‥‥」
地元民でもある仲辰にとって、瀬戸大橋はマリンライナーこそ主流に使う物であるが、高速の方が閑散としているというのは誰に聞くまでもなく知っていた。
「萓草ちゃんもね、『特撮退魔官』のコンサートに行くのにゃ♪ 行く為には交通料の値下げが欠かせないにゃ」
「ああ、はいはいはい。良い子だから‥‥萓草、ホッペタにアイス付いてるぞ」
「うにゃ!?」
年の離れた兄妹という雰囲気だが、仲辰と萓草も間違いなく見えぬ絆で結ばれた者同士である。
「なぁ兄、こあかった?」
「ん? 別に怖くはなかったけど‥‥」
萓草に問われて、橋脚の管理用通路の歩行体験に参加していた仲辰は頬を掻いた。
快速、特急の通る横を歩くだけなのだが、それがなかなか海風が激しくて、女性など、何か間違えている人がスカートを押さえる為に下を向き、遙か彼方の海面を見て目を回しそうになるというハプニング続きだったのだ。
「うん、下で見てたら楽しかったにゃ。ほら、なぁ兄!」
見て見てと、誇らしげに画用紙を取り出した萓草。彼女の見せた物は、橋の下に何人か人が居て、何か叫んでいるように、踊っているように見える物だった。
「なんだ、これ?」
「なぁ兄だにゃ」
「‥‥‥」
頑張ったにゃと、何にもない胸を張る萓草を、流石に怒り付ける訳にもいかない。ムンクかピカソかと言えないでもない超越感のあるクレヨン画は、利用促進キャンペーンの絵画コンクールに出すのだと萓草が言っていたからだ。
「ほっほっほ。善哉善哉。神帝の者が何を考えておるのかまでは計り知れぬが、地元に何の恩恵もない物を、世論が許すはずがないからのぉ」
「そうだぜ! アニメ見に行くんだ!」
和三盆を抹茶で楽しみながらの芭神司(w3c191)と、うどんの小鉢を両手で抱え込んでいる司郎が合いの手を入れる。
どうみても、誰が見ても観光客御一行様、それ以外の何ものにも見えない魔皇御一行様に、人々は余り関心も寄せていない。
「住民投票という奴では、無効票をいかに救うかが決めてとなるのじゃろうな。はて、何処まで興味を持って貰えるか‥‥」
髭を押さえながら流し込む抹茶の味に、和三盆の甘みが緩和されて‥‥という、ひとりグルメツアーを満喫している神司と、おじいちゃんに付いて食べ物をおねだりしている孫の図の司郎である。
「あー働いた働いた。コンサートのチケットもらえるよね?」
「結夏、ですからまだ成功と決まった訳でもありません。それにコンサートはこれが成功しなくても‥‥」
源真結夏(w3c473)が小腹が空いたと言って、仲間達の待つSAに戻ってきたのに、一緒に歩き回っていた御国が子を諭す父親のように言って聞かせるのだが、結夏には通じない。
「だってーー。あーんなヘンテコな指令を出すグレゴールよ? みみっちいってば‥‥」
「女の子が、そんな言葉遣いを‥‥」
「はいはいはいはい、判りましたわよ、オホホのホ」
やけっぱちの結夏に、思わずこめかみの辺りを押さえる御国。
「あれ? あの屋台って‥‥わぁ‥‥」
大きく口を開けたままの結夏を、既に御国は諭すことも置いて、彼女の見つけた屋台に視線を移した。
「なんと‥‥」
常に冷静沈着が売りの筈の御国までもが、口を開けたままで固まりそうになった。
「ほらヴィー! もっと回転!」
「うにゃーーーー。もう眼がグルングルンにゃ〜」
お騒がせの屋台では、杏露がへらを握ってお好み焼きとたこ焼き焼きそばの連続製作大作戦中。
その店の前では小綺麗に着飾ったヴィオレがニャンコ空中大回転の連続演技中。流石に、元の姿に戻ってない状態での身軽な動きは辛いのか、本当に目が回っている。
「大変そうだねぇ。結夏姉、新しいチラシ、車の中に置いてきたよ」
「ん? ありがと」
風海光(w3g199)の言葉に、結夏はヴィオレの動きに冷や冷やしながら生返事を返してきた。昴達とも一緒にビラ配りを始めて数日、その効果が出ているのかどうか微妙な所だが、日々を瀬戸大橋の周辺と香川の繁華街に出て判ったことは少なからずあった。
既に、諦めて声を発しない人物が多いのだ。
だから彼女達がビラを撒けば何らかの反応はある。だが、それで何か具体的に見えてくるのかと言えば、それはまた別の問題だった。
「おおう、こんなところに、さ、早速次の公演を‥‥」
「わ、やるきですね? やる気、出まくってるじゃないですか〜〜!!」
怪人ロボロボスキーに襟首を掴まれて、簡易ステージに引きずり出される正義の味方、エレメンタルファイブのコスチュームが泣いている。
「強く生きなさいよーーー」
ロボロフスキー公星(w3b283)に拉致られてゆく光を合掌で見送ると、ふっと遠い目で彼等を見送るもう二人を見つめてみた。
「ねぇねぇ、恭夜。やっぱり漫才だよ、マ・ン・ザ・イ!」
本人達にそのつもりはないのだろうが、大きな瞳で見ていた紅の指さすヴィオレに光は、どう考えても一人パフォーマンス状態である。
「馬鹿言うな‥‥‥あーあれでも、多分、一生懸命なんだぞ‥‥‥きっとなだから、腕を取るな、暑いだろ‥‥腕が駄目だからって、服の胸を掴むな!」
「何処を掴めば良いんだヨーーー変なトコ掴むぞ?」
「‥‥ば、ばか、な、何言い出すんだお前!」
紅との夫婦漫才だけは逃げなければと、斎木恭夜(w3a901)は懸命に無い知恵を絞るのだが、端から見ているとガールフレンドにおねだりされて困っている‥‥ただのバカップル状態。
「はい皆さん、御静聴〜。えーとね、この鉄面皮の男。ボクの彼氏なんだけど、無い脳味噌使って人集めしてるわけ。理由は当人から‥‥もがもが」
慌てて口を塞いだ恭夜に、息が苦しくなった紅は見えない所で反撃開始。
「‥‥‥‥やめっつ! 変なトコ舐めるな!」
「えーだってーきょーやってば、いきなりボクの口を塞いで〜まだお日様も高いのに〜」
「!!?!」
掌を舐めて窮地を脱した紅に、恭夜は既に無気力脱力状態だ。
「ああ、可哀想に恭夜‥‥あんなに面白く弄ばれて‥‥」
思わず笑いの涙を流しながら、かなり失礼な評価を下す結夏だった。
●闘い済んで火が暮れて
疲れた身体に鞭を打つように、魔王達は投票へのアピールを終えて帰途についた。
「経費削減、地元への還元と‥‥」
密かに商工会や販売店舗に忍んでいたロボロフスキーの貢献で、ある意味でおかしな協力体制が地元民達との間で結ばれていた。
ヒーローショーで生傷の絶えなかった光や、夫婦漫才でド突きまくられた恭夜、ニャンコ空中大回転で本人も知らず知らずの内にカメラを構えたお兄さん達にサービスしまくっていたヴィオレと、かなり困った意味合いで人を集めるのには成功していた。
「おい、どうした紅? 一応漫談したじゃないか‥‥」
何故か元気のない紅に声をかけて、皆と一緒に帰るぞと腕を取った恭夜に、紅は溜息と共に呟いた。
「はー‥‥きょーや、そんなに嫌? ‥‥恋人扱い‥‥」
「い・や・だ」
即答で、こめかみに血管を浮かばせながら歩き出す恭夜。
とりあえず、恋人と言うよりは変人扱いの1日だったからなのだが‥‥
「すう、はぁ、すう、はぁ‥‥‥じょ、じょーじはん!」
「何でござるか、その変な気合‥‥」
紅とは別の意味で気合いの入った穣歌が、丈二に向かって息を撒く。
「デ、ッデデデデ‥‥でぇとしませう!」
たった一言の筈なのに、地球を切断する位に力の籠もった穣歌の気合い。
「‥‥いいでござるが‥‥今度は、自分から誘わせて欲しい物で御座るな?」
微苦笑しながら、穣歌の手を取って歩き出す丈二だった。
しばらくして。
住民投票の結果が発表された。
その投票数はかろうじて瀬戸大橋交通料金値下げ案無期延期を止めることには成功したのだが、その理由が普通に考えるのとは別な意味と、ネットに変な勢いで流れ回ったネコ招き姿の美少女と愛らしい少女達の与島SAでの画像が関係しているとは、世の誰も気が付かない真実であった。
【おしまい】
「えーー!? マジ? それ、マジ?」
とある魔皇の悲鳴が響き渡った。
再来月、彼は岡山であるコンサートに遊びに行く予定で車を借り、友人と共に行く予定だったのだが、それは瀬戸大橋の交通費用が8月から値下げされると聞いていたからだった。
既に往復用のハイウェイカードも買い込んでコンサートチケットも取ってしまった。
既に、退路はない。
いや、ここで頭を切り換えて、ハイウェイカードをチケットショップに売り、架橋線である鉄道のマリンライナーを使えばよいのだが、頭に血が上った状態では魔皇といえどその解決策は見つからなかった。
「やべぇよ、あいつらの交通費使い込んでるから、車が駄目なら、俺‥‥」
動機は兎も角。
グレゴールが提示したリミットは7月末。
それまでに、地元住民の5割以下の投票しかない場合には、交通費はそのまま、永久に値下げされないのだ。
ちなみに、橋の交通費はおよそ40キロ弱で4500円強。
東京から東名高速で170キロ強の焼津まで走れる価格である。
「いよーっし! 地元住民にアッピールして、本土の良さを知って貰うんだーーー! え? テンプルム探りに行ってこい? え? 俺、他の仕事‥‥‥えーーーー!?」
逢魔に襟首を掴まれて、引きずられていく情けなさ。
しかし、グレゴールの陰謀があることは変わらない。
瀬戸大橋周辺住民、特に架橋の掛かる島である与島を中心に住民達の意識を架橋問題に直面させ、グレゴールの野望を打ち砕け!
・
・
・
訳の分からない作戦が、ここに始まるのであった。
【本文】
静かなる混乱
●与島の人々
「高いでござるに‥‥高いでござるに‥‥高いで‥‥」
念仏を唱えるようにしている城之内丈二(w3g239)の横で、少し困った表情で居る彼の同行者穣歌。
「ここ、以前家族でこの橋渡った事があって‥‥うん、覚えあるなぁ‥‥確か、明け方にここを渡って、与島のパーキングで休憩した覚えが‥‥」
何時の記憶を探っているのだろう、かなり思い出すのに苦労して見える郭杏露(w3a004)が、ポンと手を叩いて思いだしたと頷く杏露。
「高すぎるよ! あの時と、全然変わって無いじゃない!? 高速って、何時か無料になるんじゃなかったの? 値下げをして貰わなきゃ、このまま交通量が減る一方だわよねぇ‥‥」
過去の記憶で蘇った価格と、現在を比較して自分には関係ないはずの土地の暮らしに思わず溜息を吐き出す少女。
「にゃ?」
全く何も考えていないのか、冷やしうどんを『冷たくて美味しいにゃー』と、ふーふーしないで良いことを理由に食べて食べて食べまくっている小学生位の少女が居る。
「ちょっと、ヴィー。あんたも手伝うのよ。判ってるの?」
「うにゃ?」
判ってなかったらしい。
「うにゃーう゛ぃー、まだおうどん食べるーーーー!!」
小首を傾げる連れの襟首を捕まえて、ズルズルと歩き出す杏露。
「あれは何とかならんのか? 目立ち過ぎだ」
「無理だと思いますよ‥‥」
苦虫を噛み潰したような川島英樹(w3w3a170)に、タイムラグ無く帰すのは色白の少女、雫。
黙っていれば可愛らしいお人形さんの様な‥‥だがしかし、秀樹と並ぶとヴィオレ、杏露コンビと同じ‥‥別の意味では二人以上に派手に目立っている。
それもその筈。秀樹の服装はアロハシャツと短パン。加えてグラサンというこれでもかという遊び人風。
その横に控えている雫が着ているのは抜けるように青い蒼地に「汚職、談合、天下り、三権分立くそ食らえ!」汚職官僚と白文字で抜いてある、100m先からでも読めそうな目立ちよう。加えて、それを着ている雫が可愛らしいと来れば‥‥危ない兄ちゃんと、別の意味で危ない少女のコンビで周囲から浮きまくっていることを秀樹は理解したくないけれど理解していた。
「で。まだ喰うのか?」
「はいです‥‥」
目下の処、秀樹の一番の悩みは雫が美味しそうに食べ続けている与島SA名物の一つ、マグロ、チリメン、イカ、エビのアイスだろう。小型のカップ一個で300円のそれを、雫は既に‥‥‥
「腹、壊すぞ‥‥」
と、秀樹でさえも見ていて気分が萎える程に食べている。
お子様達の楽しそうな様子を、柚ソーダを飲みながら頬杖で見ていた女性がふと顔を上げて尋ねた。
「それにしても、瀬戸大橋の架橋問題にかこつけたグレゴールの野望って、どんな野望なのでしょうねぇ〜〜」
モデル並みの長身で、ゲリラ的にビラ配りを行っていた白鳳院昴(w3a531)が眼鏡の奥の瞳に好奇の輝きを灯している。
女性の筈だが、ハンサムといいたくなる理知的な人。そして身長もある彼女が手渡すことで、普通なら素通りの筈の街頭のビラ配りでも充分に手応えがあるように思えた。
彼女のビラ配りだが、その前に藤城仲辰(w3c261)達が観光協会に話を持ちかけていた為にスムーズに行った。
「しかし、今更値下げしないなんて、アリかよ‥‥」
地元民でもある仲辰にとって、瀬戸大橋はマリンライナーこそ主流に使う物であるが、高速の方が閑散としているというのは誰に聞くまでもなく知っていた。
「萓草ちゃんもね、『特撮退魔官』のコンサートに行くのにゃ♪ 行く為には交通料の値下げが欠かせないにゃ」
「ああ、はいはいはい。良い子だから‥‥萓草、ホッペタにアイス付いてるぞ」
「うにゃ!?」
年の離れた兄妹という雰囲気だが、仲辰と萓草も間違いなく見えぬ絆で結ばれた者同士である。
「なぁ兄、こあかった?」
「ん? 別に怖くはなかったけど‥‥」
萓草に問われて、橋脚の管理用通路の歩行体験に参加していた仲辰は頬を掻いた。
快速、特急の通る横を歩くだけなのだが、それがなかなか海風が激しくて、女性など、何か間違えている人がスカートを押さえる為に下を向き、遙か彼方の海面を見て目を回しそうになるというハプニング続きだったのだ。
「うん、下で見てたら楽しかったにゃ。ほら、なぁ兄!」
見て見てと、誇らしげに画用紙を取り出した萓草。彼女の見せた物は、橋の下に何人か人が居て、何か叫んでいるように、踊っているように見える物だった。
「なんだ、これ?」
「なぁ兄だにゃ」
「‥‥‥」
頑張ったにゃと、何にもない胸を張る萓草を、流石に怒り付ける訳にもいかない。ムンクかピカソかと言えないでもない超越感のあるクレヨン画は、利用促進キャンペーンの絵画コンクールに出すのだと萓草が言っていたからだ。
「ほっほっほ。善哉善哉。神帝の者が何を考えておるのかまでは計り知れぬが、地元に何の恩恵もない物を、世論が許すはずがないからのぉ」
「そうだぜ! アニメ見に行くんだ!」
和三盆を抹茶で楽しみながらの芭神司(w3c191)と、うどんの小鉢を両手で抱え込んでいる司郎が合いの手を入れる。
どうみても、誰が見ても観光客御一行様、それ以外の何ものにも見えない魔皇御一行様に、人々は余り関心も寄せていない。
「住民投票という奴では、無効票をいかに救うかが決めてとなるのじゃろうな。はて、何処まで興味を持って貰えるか‥‥」
髭を押さえながら流し込む抹茶の味に、和三盆の甘みが緩和されて‥‥という、ひとりグルメツアーを満喫している神司と、おじいちゃんに付いて食べ物をおねだりしている孫の図の司郎である。
「あー働いた働いた。コンサートのチケットもらえるよね?」
「結夏、ですからまだ成功と決まった訳でもありません。それにコンサートはこれが成功しなくても‥‥」
源真結夏(w3c473)が小腹が空いたと言って、仲間達の待つSAに戻ってきたのに、一緒に歩き回っていた御国が子を諭す父親のように言って聞かせるのだが、結夏には通じない。
「だってーー。あーんなヘンテコな指令を出すグレゴールよ? みみっちいってば‥‥」
「女の子が、そんな言葉遣いを‥‥」
「はいはいはいはい、判りましたわよ、オホホのホ」
やけっぱちの結夏に、思わずこめかみの辺りを押さえる御国。
「あれ? あの屋台って‥‥わぁ‥‥」
大きく口を開けたままの結夏を、既に御国は諭すことも置いて、彼女の見つけた屋台に視線を移した。
「なんと‥‥」
常に冷静沈着が売りの筈の御国までもが、口を開けたままで固まりそうになった。
「ほらヴィー! もっと回転!」
「うにゃーーーー。もう眼がグルングルンにゃ〜」
お騒がせの屋台では、杏露がへらを握ってお好み焼きとたこ焼き焼きそばの連続製作大作戦中。
その店の前では小綺麗に着飾ったヴィオレがニャンコ空中大回転の連続演技中。流石に、元の姿に戻ってない状態での身軽な動きは辛いのか、本当に目が回っている。
「大変そうだねぇ。結夏姉、新しいチラシ、車の中に置いてきたよ」
「ん? ありがと」
風海光(w3g199)の言葉に、結夏はヴィオレの動きに冷や冷やしながら生返事を返してきた。昴達とも一緒にビラ配りを始めて数日、その効果が出ているのかどうか微妙な所だが、日々を瀬戸大橋の周辺と香川の繁華街に出て判ったことは少なからずあった。
既に、諦めて声を発しない人物が多いのだ。
だから彼女達がビラを撒けば何らかの反応はある。だが、それで何か具体的に見えてくるのかと言えば、それはまた別の問題だった。
「おおう、こんなところに、さ、早速次の公演を‥‥」
「わ、やるきですね? やる気、出まくってるじゃないですか〜〜!!」
怪人ロボロボスキーに襟首を掴まれて、簡易ステージに引きずり出される正義の味方、エレメンタルファイブのコスチュームが泣いている。
「強く生きなさいよーーー」
ロボロフスキー公星(w3b283)に拉致られてゆく光を合掌で見送ると、ふっと遠い目で彼等を見送るもう二人を見つめてみた。
「ねぇねぇ、恭夜。やっぱり漫才だよ、マ・ン・ザ・イ!」
本人達にそのつもりはないのだろうが、大きな瞳で見ていた紅の指さすヴィオレに光は、どう考えても一人パフォーマンス状態である。
「馬鹿言うな‥‥‥あーあれでも、多分、一生懸命なんだぞ‥‥‥きっとなだから、腕を取るな、暑いだろ‥‥腕が駄目だからって、服の胸を掴むな!」
「何処を掴めば良いんだヨーーー変なトコ掴むぞ?」
「‥‥ば、ばか、な、何言い出すんだお前!」
紅との夫婦漫才だけは逃げなければと、斎木恭夜(w3a901)は懸命に無い知恵を絞るのだが、端から見ているとガールフレンドにおねだりされて困っている‥‥ただのバカップル状態。
「はい皆さん、御静聴〜。えーとね、この鉄面皮の男。ボクの彼氏なんだけど、無い脳味噌使って人集めしてるわけ。理由は当人から‥‥もがもが」
慌てて口を塞いだ恭夜に、息が苦しくなった紅は見えない所で反撃開始。
「‥‥‥‥やめっつ! 変なトコ舐めるな!」
「えーだってーきょーやってば、いきなりボクの口を塞いで〜まだお日様も高いのに〜」
「!!?!」
掌を舐めて窮地を脱した紅に、恭夜は既に無気力脱力状態だ。
「ああ、可哀想に恭夜‥‥あんなに面白く弄ばれて‥‥」
思わず笑いの涙を流しながら、かなり失礼な評価を下す結夏だった。
●闘い済んで火が暮れて
疲れた身体に鞭を打つように、魔王達は投票へのアピールを終えて帰途についた。
「経費削減、地元への還元と‥‥」
密かに商工会や販売店舗に忍んでいたロボロフスキーの貢献で、ある意味でおかしな協力体制が地元民達との間で結ばれていた。
ヒーローショーで生傷の絶えなかった光や、夫婦漫才でド突きまくられた恭夜、ニャンコ空中大回転で本人も知らず知らずの内にカメラを構えたお兄さん達にサービスしまくっていたヴィオレと、かなり困った意味合いで人を集めるのには成功していた。
「おい、どうした紅? 一応漫談したじゃないか‥‥」
何故か元気のない紅に声をかけて、皆と一緒に帰るぞと腕を取った恭夜に、紅は溜息と共に呟いた。
「はー‥‥きょーや、そんなに嫌? ‥‥恋人扱い‥‥」
「い・や・だ」
即答で、こめかみに血管を浮かばせながら歩き出す恭夜。
とりあえず、恋人と言うよりは変人扱いの1日だったからなのだが‥‥
「すう、はぁ、すう、はぁ‥‥‥じょ、じょーじはん!」
「何でござるか、その変な気合‥‥」
紅とは別の意味で気合いの入った穣歌が、丈二に向かって息を撒く。
「デ、ッデデデデ‥‥でぇとしませう!」
たった一言の筈なのに、地球を切断する位に力の籠もった穣歌の気合い。
「‥‥いいでござるが‥‥今度は、自分から誘わせて欲しい物で御座るな?」
微苦笑しながら、穣歌の手を取って歩き出す丈二だった。
しばらくして。
住民投票の結果が発表された。
その投票数はかろうじて瀬戸大橋交通料金値下げ案無期延期を止めることには成功したのだが、その理由が普通に考えるのとは別な意味と、ネットに変な勢いで流れ回ったネコ招き姿の美少女と愛らしい少女達の与島SAでの画像が関係しているとは、世の誰も気が付かない真実であった。
【おしまい】
COPYRIGHT © 2008-2024 本田光一MS. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
第三者による転載・改変・使用などの行為は禁じられています。
第三者による転載・改変・使用などの行為は禁じられています。
[mente]
作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]