どらごにっくないと

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ソリチュード

  • 2008-06-30T15:16:09
  • 宮本圭MS
【オープニング】
「もうっ。なんで見つかんないんだよっ」
 腹立たしげにぼやく少女に、前橋駅の改札から吐き出されてきた通行人たちが奇異の目を向ける。
 視線に気づいた逢魔・サテラがぎろりとにらみ返すと、誰もが顔をそらし足を早めた。
「あーあ。やっぱ県内にはいないのかな‥‥」
 サテラは今、自分の魔皇を探している。
 『逢魔の密(ひそか)』。それが今の彼女の肩書きである。人のふりをしてテンプルムのお膝元に潜りこみ、さまざまな噂や情報を聞き込んで魔皇たちのサポートをする。ほとんどの場合、まだ自分の魔皇がいない者や、すでに魔皇を失った逢魔がこの役割につくのが慣例だ。サテラの場合は前者であった。
 蒼嵐の結界が破壊され、各地にあった隠れ家への『道』も使えなくなった。
 どれだけ仲間が心配でも、うかつには戻れない。他の密たちも、蒼嵐が今どうなっているか案じていることだろう。
 駅から出て見上げると、空を覆う雲は重たげな灰色の中、前橋テンプルムが浮いている。
「‥‥魔皇さまが見つかってさえいれば、神帝軍の奴らなんか、みんなまとめて片手でポイなのに」
 近くにいればかならず分かる。ジャッドはそう言った。
 ジャッドは、サテラをはじめとする群馬県前橋地区の密たちのリーダー格である。彼は神帝軍が地上に襲来するすこし前、自分の魔皇となるべきだった人を病気で亡くしている。
 不死に近い強靭な生命力を持つ魔皇だが、それでもパートナーの逢魔と出会って覚醒を果たすまでは、普通の人間と何も変わらない。車にはねられて死ぬことだって、ジャッドのあるじのように病気で死ぬことだってあるのだ。
「もたもたしてたら、ボクの魔皇さまだっていつそうなるか分からない」
 サテラの懸念も、まあ、故なきことではない。
 逢魔の密も立派な役目だ。間近でジャッドたちの働きぶりを見ているから、それはわかる。けれども今回のように敵が軍勢を率いてやってくれば、主人のない逢魔はほぼ無力だ。
 神帝軍に蒼嵐を蹂躙されるなんて。緋雨さまが命を賭けて守ったものを、滅茶苦茶にされるなんて。
 何よりそんな大事なときに、何もできないなんて。
「だから絶対、うんと強くて格好いい魔皇さまをゲットして、一緒に神帝軍を蹴散らしてやるんだ!」

「困ったことになった」
 連絡を受けて集まってくれた魔皇たちを前に、逢魔の密がひとり、獅子のシャンブロウのジャッドは深いため息をもらした。
「前橋地区の逢魔の密のひとりに、サテラという凶骨の少女がいる。‥‥そのサテラが、神帝軍の蒼嵐攻めの報せを受け、姿を消してしまったんだ。『今度こそ魔皇さまを探し出す』という言葉を残して」
 彼女は小さな頃から蒼嵐育ちだ。
 それに常日頃から、自分の魔皇に会えるのを楽しみにしていた。今回の戦いの話を聞いて、いてもたってもいられなくなってしまったのだろうというのが、ジャッドの推測であった。
「今のところ前橋神殿のグレゴールたちは、最低限の人数を残し、ほとんどが蒼嵐攻略のために出払っている。大事になることはないと思う。だが、サテラはまだ密としては新米だ。外界にもあまり慣れていないから、下手なことをしでかさないとも限らない」
 サテラの振る舞いが人々の目にとまり、今後の密の活動がやりにくくなることも考えられる。
「あれもはねっかえりだからな。同じ密の俺では、連れ戻すのが難しいと思う。魔皇さまや、すでに主人を得た逢魔の言うことならば、多少は聞いてくれるだろうと踏んでいるのだが‥‥。俺の監督不行き届きのために世話をかけてしまうが、よろしく頼む」


【本文】
『似顔絵お描きします』。
 駅前に立てた小さな看板前、色とりどりのイラストボードたちに囲まれて、ロボロフスキー・公星(w3b283)が座っている。神帝軍の感情搾取のため、人々の好奇心も普通より乏しくなっているのだろう。あまり人の入りはよくない。
 もう店をたたもうかと考え始めたとき、制服姿の女子高生が二人近寄ってきた。
「似顔絵一枚、いい?」
「ええ、もちろん。じゃ、そこに座って?」
 促された少女が、友だちとじゃれあいながらパイプ椅子に座る。
「おねーさん、美人に描いてね。本物そっくりに」
「バカ言ってんなって!」
 テンポのいい会話に、公星も思わず笑ってしまう。どちらかといえば男らしい体格の公星が女の格好をしていても、まったく気にせずに『おねえさん』と呼んでいる。こんな子たちもいるのね。
「あれ? この子、さっきの」
 見本として立てた絵のひとつに、二人組の片割れが首をかしげた。ジャッドから預かったサテラの写真をもとに、公星が描いたクロッキーである。
「あら、この子知ってるの?」
「知ってるっていうか、見たんだよね」
「ね。目立つ子だったから、覚えてる。へー、やっぱ絵上手い。似てる似てる」
「ありがと。ね、この子のこと、どこで見かけたの? 忘れ物を預かっているの」
 公星の言葉に、女子高生たちは顔を見合わせた。

「もーっ、離せよなっ」
「いいじゃん、キミ可愛いからさあ、気に入っちゃったんだよ俺」
 そのやりとりに真っ先に気づいたのは、結城・心時(w3c683)だった。
 公星から連絡を受けてやってきた、駅から盛り場へと続くアーケード。ゲームセンターやボーリング場など若者向けの遊び場も揃っている。そこにできた人だかりから聞こえてきたのは、確かに年若い少女の声だ。
「ちょっと遊ぶ暇くらいあるだろ? なあなあ」
「ボクは忙しいの! あんたらに構ってる暇なんかないんだから、放っといてよ」
 軽薄そうな若者の手を振り払うツインテールの少女のほうは、いかにも気が強い。周囲の人々は少年少女のいさかいになど構っていられないのか、ちらちらとそちらを窺いながらも通り過ぎていく。
「‥‥もしかして」
 公星の声を肯定するように、凛とした啖呵が響き渡った。
「このサテラさまを甘くみるんじゃないよっ! たとえ退屈で死にそうなときだって、あんたみたいな頭の軽い奴についてくもんか」
「なにィっ」
「‥‥案の定揉め事か」
 頭痛をおさえるような仕草で、心時は眉間に指をやる。やはり凶骨を相棒にしている関係上、サテラの気の強さは彼にとって他人事とは思えないらしい。
「なんでこう、凶骨には自分勝手な奴が多いんだ‥‥?」
 パートナーが聞いたら激怒しそうなことを呟き一歩踏み出した心時を、公星が呼び止める。
「待って。どうするの?」
「見たところただの人間みたいだからな。少し痛い目を見せてやれば‥‥」
「そこまですることもないさ。まあ、見てろ」
 鷲羽・セイントビル(w3g208)が苦笑しながら、まったく普段どおりの歩調で彼らに歩み寄る。
 茶髪にピアスの若者の肩を叩く。相手が振り返る。百八十センチを越える鷲羽の長身に、若者がひるむのがわかった。
「悪いな。私の連れが迷惑をかけたようだ」
「あぁ?」
 すごむ若者を尻目に、サテラのほうはさすがに状況を察知したようだ。
「そ、そうそう! ボク、この人のこと探してたんだよねっ」
「すまないな。だが、こちらも探していたんだぞ」
「もー、困っちゃうな、ボクってばすぐ迷子になっちゃって。あはははは」
 サテラの芝居は学芸会以下だが、かえってそれが良かったのかもしれない。毒気を抜かれた若者に背中を向けて、サテラを連れた鷲羽は悠然と公星たちのもとに戻ってきた。
「‥‥お見事」
 公星は軽く手を叩いて、にっこりと笑った。

「ええと‥‥どうですか、オーナー」
 おそるおそるといった感じでカーテンを開き、笹川・璃生(w3a395)が顔を出す。着替えを待っていた王・星光(w3a287)は、彼女の姿を見て口元をほころばせた。
「思った通りだ。そういうスカートも似合うじゃないか」
「は、はあ‥‥」
「もちろん、いつもの格好も魅力的だけど、ね」
 はにかんで璃生が身を縮めると、ひらひらとスカートの花柄が揺らめく。流行に詳しい王の見立てだけあって、スカートもカットソーもデザインが上品で、しかも華やかだ。彼女の普段の服装とは趣が違うけれども、似合うといわれて嬉しくないはずはない。
 勇気を出して、王の微笑に笑い返す。
「じゃあ‥‥これに決めます」
「折角だから、このまま着ていったらどうだい? 水鈴みたいに」
「うんうんっ。璃生、すっごく似合ってるもん」
 はしゃぐ逢魔・水鈴(w3a395)の服も、真新しいAラインのワンピース。これも先ほど、別の売り場で王が選んだものだ。
「水鈴も可愛いよ」
「えへへー」
「しかしこれだと、バッグも必要かな?」
「え?」
 言われた意味を璃生が把握するより早く、王は店員を呼び止めていた。なかなか靴を履かないあるじに、焦れたように水鈴が急かす。
「璃生、はやくはやくー。このあとはデパ地下で食べ歩きするんだからー」
「あの、オーナー、いくらなんでもそれは」
 焦って呼びかけた璃生に、王は手の中の携帯電話を示し笑ってみせた。
「サテラはさっき見つかったそうだから、急ぐことはないと思うよ」
 その後、王は新しい服にあわせてバッグを選び、靴を見立て、果てはアクセサリーまで見つくろって、ふたりの全身を完璧にコーディネートしてしまったのだった。

「そのぶんでは、朝から何も食べておらんのだろう。ほら」
 ルーリェ・アスクォル(w3e635)が差し出したサンドイッチを見たとたん、サテラの腹から豪快な音が聞こえてくる。きまり悪そうに、凶骨の少女は彼女の手からそれを受け取った。
「‥‥ありがと。魔皇さま」
「おおっ、そのようなよそよそしい物言い!」
 ここだ、ここが痛むのだと言わんばかりの大げさな身振りで、ルーリェは胸を押さえて嘆く。
「確かに私は魔皇、お前は逢魔。しかしここで会ったは何かの縁。残念ながら私にはすでにパートナーがいるが、魔皇さまなどという他人行儀な呼び方ではなく、是非『お姉さま』と‥‥」
 空腹で、ルーリェのもって回った科白など耳に入らないのだろう。サテラはあっという間にサンドイッチを平らげている。
「あー、食った食った。魔皇さま、ごちそうさまー」
「‥‥ぜ、是非『お姉さま』と」
「なんかよくわかんないけど」
 口についたパンのかけらをぬぐいながら、サテラは面倒くさそうに答えた。
「でもそういう特別な呼び方はやっぱ、自分の魔皇さまのためにとっておきたいかなあ」
「わかりますわ。私も、『主様』と呼べる魔皇様は主様だけですもの」
 深くうなずいた逢魔・計都(w3g208)に、鷲羽が思わず顔をしかめた。
「‥‥計都。人前で『主様』はやめてくれ」
「どうしてですか? 主様」
「どうしてもだ! まあ、そうだな‥‥『兄さん』とでも呼べ」
「はい、主さ‥‥ええと、お兄様」
「‥‥まあ、それでも構わん」
 お互いの譲歩ラインを見つけて、鷲羽は仕方なさそうに肩をすくめる。その様子を見ていたサテラがため息をついた。
「いいなあ。仲良さそうで」
「む‥‥」
「はい。お兄様は本当にお優しくて‥‥」
 魔皇の心、逢魔は知らず。あるじの表情などどこ吹く風で、計都は本当に嬉しそうに答える。
「ボクも早く、魔皇さまに会いたいよ。会って、たくさん話をして、一緒に戦いたい」
「だから、密の方たちのところを飛び出したんですか?」
 逢魔・ルサールカ(w3b283)の問いに、サテラはうなずく。
「すぐに見つかるもんじゃないのは分かってるけど‥‥やっぱり、じっとしてられないもん」
「そうですね‥‥僕もロボさんが魔皇様だってわかってたけど‥‥神帝軍が来てすぐいなくなっちゃって、すごく心配したことがありました」
 当てこすられたように感じたのか、その台詞に公星がちょっとばつの悪そうな顔をする。
「焦ることはないさ。時が来ればきっと、お前の魔皇が現れる」
「でもさあ‥‥」
「結城さまのおっしゃるとおりですわ」
 心時の言葉を継いで、計都はおだやかにサテラの手をそっと押し包んだ。
「大丈夫。いずれサテラ様もきっと、私の主様のような素晴らしい魔皇さまとめぐり合えます」
 サテラはしばらく、計都の白い小さな手をじっと見つめていた。
「‥‥計都ちゃん」
「はい?」
「『お兄様』って呼ぶんじゃなかったっけ?」
「あら。いけない」
 思わず口をおさえた計都に、サテラの口元に笑顔がこぼれた。
「あるじとは探して見つかるものではない」
 いつの間に復活したのか、ルーリェがどこともしれない空の向こうを指差す。
「信じて待つのだ! 互いの心が共振するとき‥‥道が開かれる瞬間を!」
「はいはい、お姉さま」
 どこまでも演技過剰な魔皇を軽くあしらう凶骨の少女を、ルサールカは見上げる。
「いつかスピリットリンクを感じたら、教えてくださいね。一緒に探しに行きましょう」
「うん!」

 なんだか出る幕がなかったかなと、ちょっと離れた場所からその様子を見ながら、王は苦笑する。
「サテラちゃん、もう元気みたいだね」
「そうだね。まあ、丸く収まったのならいいことだ」
 水鈴とそんな会話をかわしていると、璃生が息をきらして駆けてくる。
「すいません! 時間かかっちゃって」
「いや、構わないよ。何を買ったんだい?」
「あの‥‥これを」
 ほとんど押し付けるようにして差し出したのは、秋の花の花束。コスモス、竜胆、われもこう。結局これしか思い浮かばなくてと、璃生は顔を赤くした。
「嬉しいよ。ありがとう」
 いい匂いだね、と、背をかがめ花に鼻先を寄せる。間近で見るオーナーの顔に、璃生はますます赤面して顔を伏せた。
 そんな彼女の狼狽を気づいているのかいないのか、王はそっと、花の香の向こうからささやいた。
「せっかく洒落こんだんだから、このままデートといかないかい?」

●ソリチュード
 六本の弦の奏でた音韻が消えて、人々の間からぱらぱらと拍手が流れる。どうもどうもー、と袴田・美貴(w3h205)は、軽く手を上げてそれに応えた。
「さてさて、これまで皆さんのリクエストにお答えして歌ってきたわけだけど」
 ちょっとしたMCを入れながら見渡せば、いつのまにか人の輪の最前列に陣取っていたルーリェと目が合った。ぐっと親指を突き出してきたサインで、ルーリェの隣の小柄な娘が、探していた凶骨の少女だと知った。
「ここで、私のオリジナル行ってみようかな」
 じゃらん、とギターをかき鳴らし呼びかける。
「タイトルは『まだ見ぬ君を求めて』。みんなは『運命の人』って信じる? 私は信じてる。子供みたいだって笑われちゃうかもしれないけど」
 おどけた科白に、さざめくように笑いが起こる。
「もしそういう相手がいたとしても、人間なんてそれこそたくさんいるわけだから、探すのは大変だと思う。でも、焦ることないよね。いつもと心の感じが違うな? って思ったら、その時は直感で進めばいいんじゃないかな」
 柄じゃないかな、と照れたように笑って、美貴は楽器を構え直した。
「じゃあ一丁、よかったら聞いてってください」
 クラシックギターの音にのって、美貴のよく伸びる声が、シンプルな音階を朗々と歌い上げる。
 ゆったりとした曲調は耳にやさしい。
 まだ見ぬ君を求めて‥‥という歌詞に、ふと、サテラの歌声が唱和した。
 自分の声がちょっと音がはずれているのも気づかずに、少女はとても楽しそうに歌っている。
 美貴は笑ってリフレイン部分を繰り返す。それにあわせて最初はおずおずと、だんだんと大胆に、他の人々も歌い始める。ばらばらの歌声がひとつになる。

 まだ見ぬ君を求めて、僕はどこまでも行くよ。
 繰り返す歌声はいつのまにか、秋の空の下でコーラスになっていた。道を往く人々が奇異な目で振り返っても、歌っている者たちは誰も気にしない。
 どこまでも行くよと、魔皇も逢魔も、人間たちも歌い続ける。
 まだ見ぬその人と出会う、ただそれだけの奇跡を、祈るように。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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