どらごにっくないと

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黄身は生き延びる事が出来るか?■

  • 2008-06-30T15:18:36
  • 本田光一MS
【オープニング】
「朝食に納豆。玉子の黄身もまぁるい玉子ご飯‥‥」
 密の逢魔の言葉だが、魔皇達の空腹が微妙になりそうな気配。

 最近、何故かグレゴールが鶏卵の回収に躍起になっているのだ。
 秋が急に来て、寒さの為にあちこちの養鶏場では鶏が玉子を生まなくなってきたためだ。
 こう言う状況になると、養鶏業者は鶏卵業者から孵化させて180日以上経過したメスを購入して、養鶏場を活性化させうと言う方法をとる場合が多い。
 残された、玉子を産まなくなった鶏の多くは動物園で餌になるか、廃棄処分を待つのだが‥‥。
 とりあえず、今は玉子だ。

「どうやら、さぬき市の養鶏場から出荷される玉子が根こそぎパーティ用として抑えられてしまったようです」
 販売されたわけではないのが微妙だ。
 クリスマスシーズンはまだ先なのだが、そろそろケーキの準備の為に押さえにかかる業者も多くなる。
 家庭での朝食や料理に欠かせない鶏の玉子が、何故パーティで必要なのかは押して知るべしだが、魔皇達にも朝食を美味しくとる権利はあるはずだ。

「では、神帝軍が卵を押さえてしまう前に‥‥」

 しかし、例え玉子を抑えても、それを誰かに渡すとなると、かえって渡された側が迷惑を被る可能性もある。

「その点も考えて、玉子の奪還と、その後を‥‥」

 随分と、無謀な依頼だった。
 だが、この作戦がもしもうまく行かない場合‥‥。しばらくの間、人々の朝食に登るのは、納豆だけになるだろう。
 健康には、あまり問題はないはずだが‥‥。

 考えられる作戦は大きく分けて2つ。

1.出荷される前に抑える事。
2.輸送中のトラックを押さえる事。

 どちらを選択するかは、魔皇達にゆだねられていた。

「で?」
「はい?」

 どんぶりに白米を盛りながら、何やら楽しそうに待っている密の逢魔だった。


【本文】
●タマゴ・たまご・卵
 ガタゴト、ゴトガタ。
 トラックの荷台に積まれて行くプラスチックの保護材の中、少し匂いのする付着物が付いたままの卵達が薄い茶白色の殻を揺らしている。
「ハイハイハーイ! やっぱり、あたし的にはタマゴの出荷前に押さえちゃいたいな!」
 水洗いを行われていないタマゴには母鳥から出る際に付着した物が付いたままで、それが汚いと感じる者も多いのだが、魔皇達には新鮮に映った様子だった。
 元気に挙手したネフェリム・ゆきと(w3d226)は一緒に情報収集していた美凪の逢魔、涼霞に向き直って同意を得ようとじりっとにじり寄っている。
 情報収集にかこつけて、生まれたてのタマゴを触らせてもらったゆきとは、あの固い殻になる前の、まだ少し柔らかくて、ほんのりと暖かい温もりを持ったままの卵の感触を知ってしまい、心ここに非ずというまでに浮かれていた。
「それについては、私に良い考えがありましてよ」
 ゆきとの勢いに負けそうな涼霞に、救いの手が差し伸べられた。
 小首を傾げて、声の主に向き直ったゆきとに、白鳳院・昴(w3a531)は細いフレームの眼鏡を少し上げてやってゆきと達を見渡した。
「私的には、卵を持ち出される前に養鶏場に潜り込んで、グレゴールさんを迎えうつ準備を整える事ができれば‥‥と、考えていましたのですが‥‥」
 養鶏場、その中でも卵を出荷している場所だけでも押さえることはかなり難しいことを知らされた。
 電話帳だけでなく農場試験場などにも問い合わせて判った養鶏場はさぬき市内だけで大小9カ所、加えて『烏骨鶏卵』の様に少数で金額の得られる商品を扱っている農家、農業学校を併せると40カ所を超えていた。
「でも、数はあっても押さえるべき場所は判ってるぜ? 何しろ、主要幹線がこれだけじゃな」
 雷駆・クレメンツ(w3a676)は道路マップを見ながら二カ所を指をさしていた。
「どれ‥‥」
 ロボロフスキー・公星(w3b283)がマップを覗き込んだ。
「あら、長尾街道と11号パイパスね。本当に、この二本位しか東西の交通がないのよね‥‥」
「ロボさん‥‥」
 うっと、涙を詰まらせる逢魔・ルサールカ。
 この暫く、さぬき市内を東奔西走して養鶏場を片っ端から巡ること、巡ること。
 それに付き添っていたルサールカも地図を覚えないまでも体がこの界隈の道という道を覚え尽くしていたのだ。
「自転車って、偉大ですよね‥‥」
「そうね‥‥良い脚になってくれたわ」
 ロボロフスキーも同意する。
 近い様で遠く、遠い様で近いこの界隈を巡るには自転車の方が便利だった。
 思い出してみても、農家のおばちゃん達のくれたバイト代の代わりの菜っぱ(間引きだけど)や型が悪くて出荷できなかったのだろう柿の甘さが身に染みる。
「美味しかったですねぇ。渡る世間に鬼はないと言いますけれど‥‥」
 ほうと、良い思い出に溜息の少年。
「‥‥ええ」
 つい、感傷的になってしまうルサールカとロボロフスキーだが、事態と神帝軍は魔皇達を待ってくれない。

 チャンピラポロラ

 と、誰かの携帯が小気味よい(?)メロディを奏でて、受けた耳元に
『メイ・デイ! メイ・デイ! SOSだよーー!』
 逢魔・陽子の明るい声が飛び込んでくる。
「‥‥メイ・デイ‥‥こういう時に使うのか?」
 野乃宮・美凪(w3g126)が呆れる様な声で腕組みしている。
 勿論、違うので美凪の呟きは当然の物なのだが‥‥。
『代わって‥‥もしもし?』
 刀根・香奈(w3g543)が逢魔に代わって電話に出た。お陰で会話がスムーズに進み始めた。
『急いで来て頂けますか? こちらは‥‥11号バイパスの南にあった‥‥ええ、そこですわ。そこから西に行った郊外型の店舗にいますの』
 場所を聞いて、魔皇達は畑の向こう側に見える国道と、そこに虚しく立つ派手な緑と青の看板を見つめて頷きあった。
「直ぐに行きます。3‥‥いえ、2分で」
 浅倉・マコト(w3a634)が乗り付けたトラックの荷台に飛び込みながら、美凪が携帯電話に叫んだ。
 扉が閉ざされて、アンテナが消えた携帯からは不通の音だけが響いてくるのだった。

●駐車場のアトラクション(決戦?)
「やったー! ホントに出てくるし!」
 陣内・晶(w3c605)の嬉しそうな声。
 相談していた時から心待ちに‥‥同時に半信半疑だっただけに、《結社グランドクロス》の『せんべい怪人ガチガッチー』がトラックの荷台から飛び出てきた瞬間から晶はお店の特売で買ってきたスナックとペットボトルの炭酸飲料で観戦モードに心が切り替わっていた。
「あの‥‥晶様、そこまで露骨ですと‥‥」
「ん? リアンナも食べる?」
 心配そうに晶に声をかける逢魔・リアンナに、晶は比較的のんびりと開けたばかりの『じゃがバター味』のスナックを差しだした。
「いただきます」
 にっこり笑って袋から菓子を取るリアンナ。
 左手には紅茶のペットボトルと、彼女も既に準備は万端だ。
「どっちが勝つかなぁ?」
「さぁ? 正義の味方が勝つのがお約束ですわね〜」
 のんびりと一般監修に紛れている二人を見つけられないのか、『ガチガッチー』は彼なりに真剣にトレーラーの上に仁王立ち。
 運転席と助手席から出て来た作業服姿の3人と、トレーラーと併走していた(香奈の情報によると)車両から出て来たリーマン姿の3人に向かって啖呵を切っている最中だ。
『貴様ら! 人様の卵を勝手に強奪、その根性は俺達グランドクロスよりも卑怯で嬉しいぜ!』
『そーだよーっ! みんなの玉子を一人じめするなんて許せないっ! 結社いちの常識人を誇るせんべい怪人ガチガッチーとこのあたし、サポート怪人骨っ娘ダンサーズV3が卵のカラを割るよーにパキっと成敗してやるぅっ! 観念するよーにっ!』
 ガチガッチの横に(影のハシゴ伝いに上ってきて)ヒラリと飛び上がり、かなーり恥ずかしい服装のオイロケ担当女幹部風の人物が肌寒い曇り空の下でビッシと指さす繋ぎ姿のイケメンその壱が携帯電話を手に取った。
「あーもしもし本部? 魔皇じゃなくて変態が‥‥緑の救急車を‥‥」
 余りの出来事に硬直していたロボロフスキーが、美凪、涼霞、マコトと言った硬直組に声をかける。
「やばいわ! 神帝軍の動きの前にトレーラのタマゴを奪い返すのよ!」
「どうしてですか?」
 あくまでマイペースを崩さない白鳳院・昴(w3a531)が小首を傾げるのを、ロボロフスキーは大物なのかしらと半分悩みつつ、結論を先に言う。
「魔皇として処分されるなら兎も角、任務なのに身内がその手の施設に送られるのは恥ずかしいから嫌じゃない?」

「「「「納得‥‥‥‥‥‥‥」」」」

 納得して良いのか定かではないが、その時の魔皇達の心は一つだった。
「では〜お借りしましてぇ‥‥‥」
 トコトコと、マコトの借りてきたトラックに乗り込んで、神帝軍らしからぬ服装に身を包んだ一団のトレーラにこっそりと貨物室を横つける昴。
 その間にも、ガチガッチーこと雷駆は怪獣の割に比較的視界の効くメットの中で冷や汗をかいていた。
『‥‥』
『どーしたの?』
 肌寒くなって鳥肌が立ち始めたティレイノアもヒソヒソと雷駆の耳元に語りかける。人化をとこうかどうか、悩んでいたから同じ寒くなってきた仲間が出来たと勘違いしたのだ。
『いや‥‥ヘリウムの効果が‥‥』
 段々薄れてきているのが判る。
 流石に大型店舗の駐車場、端の方にあると言ってもトレーラーの上で担架を切っている彼等には衆人からの注目度も抜群で、素に返る自分を見せることに抵抗が高まってくるのだ。
「どうした変態! そろそろ車を出すが、危険だから下りてこい」
『ぐ‥‥』
 神帝軍であることは先程の通信などから考えても明らかだ。
 だが、スーツ姿にフルフェイスのヘルメットとマントという雷駆とビキニ姿のティレイノアに向けられた明らかに『可哀想になぁ、まだ若いのに』という視線が非常に不愉快だ。
 いや、神帝軍がそのような感情で彼等を見ること自体無いのかも知れないが‥‥周囲の観衆はどう考えてもそれである。
「わーい」
『‥‥‥あ、晶だ‥‥(怒)』
 逢魔と共に並んで見上げている晶を見た瞬間に、雷駆の中で何かが弾けた。
「俺はミセモンじゃねーーーっ!」
「切れたな‥‥」
「切れたわねぇ」
 美凪とロボロフスキーが溜息でトレーラの中での作業を続ける。
 有り難いことに、タマゴはプラスチックのケイジに入れられた状態でコンテナに積まれ、コンテナは荷物搬送用のコンビに入れられて壁に固定用の太いゴムで固定されているだけだ。
 暴れ出した雷駆達の活躍(?)に神帝軍の6名が気を取られている間に、トレーラーの中の籠は軒並み運び出されてしまった。
「良いのかしら?」
「らしいな‥‥出すぞ?」
 昴を助手席に、マコトはゆっくりとトラックを走らせた。
 その間にも‥‥

『しゃらくせーーーーーっ! 消えろよっ!』
 追い込まれながら、何とか駐車場の一角に出来た空白地帯に走り込む雷駆が人化を解いた力で一気に神帝軍らしき者達に戦いを挑む。
「あのーすみませんが」
「はい、何でしょう? 今立て込んで‥‥え?」
 3人組の一組が雷駆に向かったのを見て、リーマン姿の3人に近付いた香奈がにっこり笑う。
「あの、最近お店の卵が高くなってきてお願いがあるのです。卵を12個ほど安く分けてもらえませんか?」
 ニコニコニコ。
「はぁ、そう言われましても‥‥」
 無表情のハズなのだが、眼鏡をかけた相手の瞳が狼狽している様に見えた。彼等がタマゴを扱っているとは誰も知っていないはずだろうに、尋ねた香奈を疑いもしないのは明らかに焦りが原因だろう。
 その間に、追い込まれた形の雷駆の元にコアヴィークルが二台、風を切る様に疾走する。
「はーい。プレゼントよ!」
 両手でも支えきれない様な桶を片手で扱うロボロフスキーが神帝軍達に桶中の粒状の物体をぶつけて行く。
「遅れてご免ネー。はい、オシオキーーー!」
 ネフェリムがほんの少しだけ減速して、タンデムに乗せてあった籠の中身をぶちまける。
 すると、中身が羽ばたいてロボロフスキーの奇襲にアワを食っていた神帝軍の3人目がけて舞い降りて行く。
「な?」
 余りに思索外の出来事に、まとわりつく鳥達を追い払おうとするグレゴール達。
 文字通り、彼等は作業服の上から粟を喰らっていた。
「回収っ!」
「サンキュー!」
「おーーーーーーーーっほほっほ!!」
 ロボロフスキーとネフェリムが、すり抜けざまに雷駆とティレイノアに戻っている元ガチガッチーと骨っ娘ダンサーズV3(ぶぃ・すりゃぁ〜)を廃品回収よろしく掴んで逃げ去った。
 ついでに、トレーラーの前輪にコアヴィークルをかすらせて破壊することも忘れない。
「あらあらあら‥‥大変ですわね‥‥」
 悲惨な状況を驚きの表情で見ていた香奈が眼を丸くする。
「くっ! すみません、これで失礼します」
 走り出した3人を尻目に、そそくさと撤収する香奈。
「はい、どうぞ〜私もこれで〜」
「?! 逃がすな!」
 鳥の餌を被っていた一人が、香奈達を指さして続ける。
「! 失礼!」
 一瞬の集中でコアヴィークルを呼び出して、香奈も逃避行に移る。
「‥‥お教えしておかないといけませんわね‥‥油断していなければ、こちらが狩られていたのかも‥‥」
「そうかなー?」
 小首を傾げる陽子のカメラの中に、ロボロフスキー達の乗ったコアヴィークルと接触しかけていた神帝軍の騎士の様子が写っていたのを、魔皇達は脱出後に知ることになる。

●朝食大戦
「うっぷ‥‥‥」
 流石に朝夕晩とタマゴ漬けでゲンナリの晶。
「おかわりでーす!」
「ネフェリムさんは元気ですわねぇ‥‥」
 お代わりのお椀を差し出すネフェリムに盛ってやりながら、新しいタマゴでタマゴご飯を喜んで食べているネフェリムを嬉しそうにして見ている香奈。
「捌ききれるか、こんなもーーーーーーん!」
 雷駆が、あのままグレゴール達にぶつけてやれば良かったぜと毒づく横で、美凪、ロボロフスキー、昴達は逢魔と一緒に黙々とスクランブルエッグに目玉焼き、オムライスにオムレツ、う巻きのオンパレードを胃袋に収めている。
「グレゴール、あの一瞬で反撃の体制が整っていたんだって?」
「写真には写っていたらしいわね。危なかったわぁ」
「今度は気を付けましょうねぇ」
 反省会も一瞬だ。
「ただい‥‥」
 帰って来た所で回れ右して逃げだそうとしたマコトが、直ぐ背中に付いてきていた香奈と陽子にぶつかった。
「おお、良い所に‥‥」
「トラックの協力有難う‥‥ここはもう一つ、協力を‥‥」
 にじり寄る魔皇達。
「い、いや‥‥あれはその‥‥」
 いつもとは違う意味で有り難がられているのを、マコトは肌で実感した。
 雷駆のコネだけでは捌ききれなかった卵達。
 それが今、秘密基地の者達の全ての胃袋を浸食しようとしていたのだ。
 勿論、マコトも例外ではない‥‥。
「き、君達、人間じゃない!」
 出口は香奈と陽子に固められ、逃げ場を失ったマコトの前にそれぞれ思い思いの卵料理を盛って並ぶ一同。
「うん。魔皇だし」
「逢魔ですから」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 あっさり返して、微笑み返す魔皇達が神帝軍よりも恐ろしく感じた一瞬だった。

●任務失敗‥‥
「ほう? 魔皇達が少なくとも6人か‥‥陽動としては充分だった訳だ‥‥」
 テンプルム内部の最奥部。
 静寂なその場所に染み入る様に響くのは、硯の上で墨を作り出すグレゴールの作業の音だけだ。
「人化している間には飯も取る、か‥‥成る程‥‥無駄な様で、面白い。収穫だったと言える」
 作戦許可書の隅に『可』と書き付けて、グレゴールは書類を片付けた。
「では、次の任務に向かわせる者を‥‥」
 テンプルム内部に、再び動きが見え始めたのは年の瀬の迫った頃であった。

【おわり】
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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