どらごにっくないと

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オークション

  • 2008-06-30T15:20:49
  • 宮本圭MS
【オープニング】
「ようこそ。今宵も流伝の泉へ‥‥」
 この科白もひさしぶりですねと、逢魔の伝(つて)の顔がうれしそうにほころぶ。
 『黒き古城』の探索もひととおり終わり、すでに古の隠れ家への移住は始まっている。拠点を失ったことによって行き場を失っていた蒼嵐の逢魔の伝たちも、古の隠れ家内で流伝の泉が発見されたことにより、ふたたび情報収集の任を再開したようだ。
「これからまた皆様にお世話になりますが、よろしくお願いいたしますね」

「群馬県前橋市にて、神帝軍主催のオークションが開かれるそうです」
 逢魔の伝は語る。
「出品物のほとんどは、地元の人間による価値の低い骨董品などですが‥‥目玉の品として、神帝軍からもいくつか美術品が出品されているそうです」
 逢魔の伝がさしだしたリストには、出品される品が表にされている。
 美術に興味のない魔皇たちには見てもさっぱりだが、どうやらかなり価値の高いものも混じっているらしい。
「私はこういうものにはあまり詳しくありませんが、本物だとしたら総額で何百万、いえ、何千万‥‥。長い間行方不明だった絵画なども混じっているようで、美術の愛好家であれば、興味をひくことは間違いないということです」
 出品物が発表された当時、これらは本物なのかと、鑑定家の間でも物議をかもしたらしい。だが結局、美術品はすべて本物という鑑定結果が出て、ぶじ出品ということにあいなった。
 もっとも神帝軍ならば、鑑定書を偽造するくらいのことはわけもないだろう。
「その筋ではちょっとした話題になったようで、県外からも多くの好事家が、これらの美術品を見にやって来るようです。売り上げはすべて公共の福祉のために寄付するそうですが、おそらく神帝軍の狙いは、珍しい品物を競らせることによって、オークションの客から感情を吸い上げることではないかと」
 手に入りにくいものほど燃えるというのが好事家というものだ。高額がつくのは間違いないし、我先にと競り合った結果、とんでもない高値になってしまうこともありうる。
 美術品を競り合う興奮や緊張感、手に入れたときの満足感、競りに敗北したときの落胆などをテンプルムに吸い上げるのが、このイベントの目的というわけだ。
「今回皆様には、このオークションでの感情摂取を防いでいただきたいのです。
 ですが、くれぐれもお気をつけくださいね。噂によれば、このオークションにはテンプルムの幹部も顔を見せるという話ですから‥‥」


【本文】
 腿までスリットの切れ上がったチャイナドレスなんてものを着こなせるのは、余程体型に自信のある者だ。そう、たとえば、談笑する人々の間隙を縫い、裾をひるがえしながらこちらへやってくる永来・彩夏(w3h253)のように。
「あーやっと見つけた。探しちゃったッスよ」
「そうかい? こちらはすぐ分かったよ」
 失礼、と、会話していた相手に断ってから、王・星光(w3a287)が手にしていたグラスを置く。
「ドレスが目立つから?」
「ドレスの中身もね」
「まったまたー。言っとくけど、王サンたちだって負けず劣らず目立ってんの、自覚ある? ドレスコードなんつーものがあるだけあって、ここ、ジジババが多いし。璃生嬢もいるし」
「そ、そんなに目立ちますか‥‥この服」
 会場を飾るシンビジウムに隠れるように首をすくめた笹川・璃生(w3a395)はといえば、大きく襟ぐりの開いた純白のカクテルドレス。鎖骨どころかほとんど肩までむきだしなのが落ち着かないのか、ちょっと首をすくめる。
「ズバリ、王サンの見立て?」
「わかりますか」
「だっていつもの服の趣味と全然違うし。目立つ、大いに結構じゃない。オークションなんて、目立ってナンボっすよ」
「失礼? お知り合いで」
 会話に割り込んできたのは、四十ほどと見える、さっきまで王たちと話しこんでいた紳士である。
「ええ。彼女も美術品が好きで、よくこういう場所で会うんですよ」
 王の説明に、紳士はさもありなんと頷く。
「掘り出し物があるという話ですからね。知り合いに会っても不思議はないでしょう」
「贋作って噂もあったらしいですケド、噂は噂でしょ? 絶対落としてみせますさぁね!」
 彩夏の声はよく通る。ホールが一瞬、しんと静まり返った。そこへ王の言葉が追いうちをかける。
「出品物のうち、いくつかの出所は神帝軍という話ですからね。まさかとは思いますが‥‥」
「でも、永来さんの耳にも届いていたとは、結構その話も広まっているのですね」
 逢魔・琉璃(w3b167)ももっともらしく頷く。
「万が一本当だとしたら、ここでお金を使ってしまっていいものかわかりませんね‥‥」
「ほ、本当ですか? その噂は」
「さあ」
 気の弱そうな紳士に詰め寄られ、璃生は困ったように笑ってみせる。
「私はこちらの王さんの連れというだけなので、あまりよくわからなくて‥‥。もしかしたら、会場内の他のお客の中にも知ってる方がいるかもしれませんけどね」

 ルー君、頼むわね、とロボロフスキー・公星(w3b283)は言った。なんとか私の絵をオークションに出品して、客では目の行き届かないところに潜りこんでほしいの、と。
 彼の用意した絵数点は、すべてロボ手ずからの、有名絵画の模写だった。
 知識のない人間には、贋作と模写は混同されがちだ。加えて、『たかが』模写と侮られることも多い。だが場合によっては、模写も本物に負けないほどの価値がつくこともある。
 そんな細かい事情を逢魔・ルサールカ(w3b283)は知らなかったが、心配なんてしていなかった。だって、ロボさんの描いた絵だもの。
「ロボロフスキーには感謝しなくてはな」
 おかげで入り込むことができたのだから‥‥ホテルの職員が前を歩いている手前そうは口にできないが、凪刃・凍夜(w3b167)は首をのばしながら、ルサールカのあるじを褒めてみせた。
 出品者でもなければ、作品の保管場所に近づくのはかなり難しかっただろう。
「凍夜さん、首、どうしましたか」
「いや‥‥こう、窮屈で」
 首を絞められてるみたいだ、と、しきりにネクタイのノットを緩めようと苦心している。ドレスコードがある以上、すっかりほどいてしまうわけにもいかない。空しい努力であった。
「作品はこちらで保管されております」
 廊下の突き当たりで、ホテルの職員が慇懃にドアを開けてみせる。警備らしいグレゴールと目が合ってルサールカがちょっと緊張する様子を見せたが、向こうはこちらの正体に気づいた様子はない。
「様子が見たいんだが、構わないか?」
「どうぞ」
 あまりいい顔はされなかったが、それは予想の範囲内だ。
 さほど広くない殺風景な部屋の中に、白い布をかけられたイーゼルが並んでいる。適当に布をいくつかめくって中身を覗いていると、表のほうから先ほどのグレゴールの声が聞こえてきた。
「搬入か?」
「出品物。これ、最後‥‥です」
「‥‥わかった。取り扱いには注意しろよ」
 どうも、と無愛想に頭を下げて入ってきたホテルのボーイは、人化して髪を黒く染めてはいるが、逢魔・仙姫(w3a287)に間違いない。急な搬入物らしいその荷物を抱えて、部屋の奥のへと歩く途中で、凍夜やルサールカと一瞬だけ視線がからみあう。そしてその体が。
 ふらりと傾いた。
「危ない!」
 イーゼルの倒れる音。
「何だ!?」
 グレゴールが飛び込んできて、中の様子に目を瞠る。
 転んだ仙姫をかばったふりをして、凍夜は手近な絵を引き倒したのである。ただでさえ手狭な部屋なので、イーゼルは将棋倒しになってひどい有様だ。グレゴールはあわてた様子で凍夜たちを押しのけ、そのうちの一枚をとって愕然とする。
 大判の風景画のひとつに、倒れる拍子に手でもついたのか、大きく穴が開いていた。
「なんてことをしてくれるんだ!」
「つい咄嗟に手が出て‥‥本当にすまない」
「さっさと出ていけ!」
 悪かった、と頭を下げ、凍夜は素直に引き下がる。
 目的どおり作品のうち一枚に傷をつけられたものの、こういう顛末があった以上、今後他の絵に近づきにくくなるのは仕方がない。ため息をついて、凍夜は胸の裡で呟く。
 成果はあったんだ、ま、よしとしよう。

「落札!」
 カン! 木槌の乾いた音が鳴り響き、作品が運び出されていく。
 その絵が大した価値がないことは、綾小路・雅(w3g677)の目にも明らかだった。市民の出品物なのだろう。画家は無名に近く、技法にも目新しいものはなし。競りは当然元気のないものとなり、ほとんど二束三文に近い価格で落札となった。
「なにやら、不穏な噂が出回っているようだね。なんでも、贋作とか」
「らしいっす‥‥そうらしいですね」
 うっかり出そうになった地のしゃべりを喉の奥に押しこみ、雅は愛想よく笑う。服装こそシンプルな型のダークスーツだが、両耳の計五つのピアスのせいでどうにもヤクザな印象である。
 痩せて腰の曲がった目の前の老人は、どうやらその筋では有名な美術蒐集家らしい。らしい、というのは、それが逢魔・伊珪(w3a983)の祖霊招来による情報だからで、雅自身はまったく知らなかった。
「インターネットでも噂が流れてるようですよ」
 御影・涼(w3a983)も適当に話をあわせた。そのネットの噂を流したのは他ならぬ当の雅や伊珪なのだが、それはひとまずおいておく。
「どう思われます?」
「大作が世に出てくれば、必ずこの手の噂は流れるものだよ。どれだけ鑑定技術が発達しても、必ずそれに対抗して贋作の技術も発達する。鑑定家と贋作画家は永遠のイタチごっこをしているようなものだ」
「その口ぶりだと」
 涼は首をかしげた。「今回の出品物は『怪しい』とお考えなんですか」
「僕は鑑定に関しては素人だけど、ま、少し不自然だとは思うね。ここに来る前に知り合いの古物商のところに寄ったんだが、やっぱり今回の競売には彼も首をひねっていたし」
 それはおそらく、事前に逢魔・景(w3h253)が市内を回り、疑惑となるような話を持ちかけていたせいだろう。スキャンダラスな噂は、時としてとんでもないスピードで広まるものだ。
「近々別のオークションが開かれるという噂もありますが」
「ああ、それも聞いたね。何とかいう資産家が破産したとか‥‥なんて名前だったかな。年をとると忘れっぽくなっていかんが、あまり聞かん名前だった」
 老人に真実がわかるわけはないのだが、涼はその言葉に冷や汗をかく。
 これも魔皇たちの流した偽情報である。実在の資産家の名前を借りるわけにもいかないので、名前は適当に捏造したのだが、そのためさほどの効果はなかったようだ。出品される具体的な作品もなく、競売の具体的な期日もわからないのだから、客もよくある噂話としてしか聞かなかったようだ。
 次の作品が運ばれてくる。手元のパンフレットを見れば、次は神帝軍の出品物だ。
「‥‥どのぐらいの値がつくでしょうね?」
「さてね」
 涼の言葉に、老人は肩を竦めた。「今回は皆、財布の紐が固そうだねえ。こういう疑惑が出回っている以上、出所が神帝軍というところが実に微妙だ」
「万が一本当に贋作だったとしたら、下手にクレームもつけられね‥‥ないですからね」
「でも、それならなおさら再鑑定が必要ですわ」
 逢魔・魅闇(w3a516)が口をはさんだ。
「しかしねえ、一度本物と結果が出たものを、もう一度鑑定させるのは並大抵のことでは」
「あら。そんなことおっしゃらないで‥‥ね?」
 身を摺り寄せるようにして魅闇が耳元に囁くが、年寄りをからかわんでくださいよ、と老人は笑いながら、さりげなく彼女から距離をとった。
 『魅了』の行使も考えていた魅闇だが、人化したままでは逢魔も魔皇も本来の能力を発揮できない。こんなに人の多い、しかもグレゴールが警備する会場内で人化を解くのは自殺行為だ。あまり粘るのも不自然なので、仕方ありませんわね、と魅闇はあきらめる。

「次は、こちらです!」
 オークショニアが木槌を叩くと、周囲がしんと静まり返った。美人画で有名な画家なのだろう。赤系統の色でまとめられた画面の中、絵の女性の着物の青だけが鮮やかに映えている。
 簡単に絵についての説明したあと、オークショニアはひときわ大きく声を張り上げた。
「六十万からスタートいたします。さあ、どうぞ!」
「七十万!」
 間髪いれずに彩夏が手を挙げる。やる気まんまんである。
「七十五万!」
「七十八万!」
「九十万!」
 負けじと彩夏が大きく値を吊り上げると、かすかにどよめきが起こる。さらに別の客が手を挙げようとしたとき、暁・夜光(w3a516)が隣にささやく声が聞こえた。
「‥‥あの品、確か、先日のオークションでは半値以下をつけたはずでは?」
 小さな声だったが、絶妙なタイミングで落とされた爆弾は客席にざわめきを落とす。間髪入れずに、今度はもう少し声のボリュームを上げて追いうちした。
「無意味に額をつり上げようとする方でもいらっしゃるのでしょうかね?」
「そこ! 静粛にお願いします」
 注意が飛んで、夜光はすました顔で口を閉じた。
「き、九十五万!」
 別の場所から声が飛んだ。だが、その声にはいまひとつ張りがない。夜光はすこし目を細めてそちらを見やる。やはり、値を吊り上げるためのサクラがいるのだ。まだ競売ははじまったばかりだというのに図星をさされ、大きく値を上げるのをためらっているのだろう。
 贋作の噂、サクラ疑惑。客たちもここに来て、競売にきな臭いものを感じ始めたらしい。値を吊り上げようとする者はいなかった。
「九十五万。九十五万より上の方はっ?」
 しらけた空気を感じとったのか、必死に盛り上げようとするオークショニアの言葉をさえぎって、間の抜けた電子音が響き渡る。お昼の三分料理番組でおなじみの着信メロディは、彩夏の携帯電話だった。
「おっと失礼」
 悪びれず電話をとり、何事か話し始める。言葉少なに通話を切る。チャイナドレスの美女は、手近にいた客に神妙な顔で話しかけた。
「あの、オタクも聞いてます? 例の贋作の噂」
「は?」
「ああ、いいや。やっぱいいです。用事思い出しましたんで、失礼!」
 さっきまでの強気な値段提示はどこへ行ったのか、彩夏はぱっと踵を返す。
 思わせぶりな態度は、ますますそれを見ていた客の疑惑を深め始める。
 あれだけ強気の値段提示をしていたあの女性が、なぜいきなり掌を返すように帰ってしまうのか。さっきの電話は、この競売に関してなにか確かな情報をつかんだのではないか?
 この後の競売は、値段すらつかず流れた品が続出したという。

「こっちの非常階段から出られるよ。急いでっ」
 逢魔・水鈴(w3a395)がはっぱをかける。
 事前情報では『魔看破』はないと聞いていたが、それでも神帝軍は、オークションをひっかきまわしたものの正体に遅かれ早かれ気づくだろう。厨房のバイトとして潜入していた水鈴は、すでに脱出経路を用意していた。不自然に思われないよう、何人かに分けて会場を抜け出してきている。
「あっ、璃生っ。お料理とっておいてくれた?」
「もう、こんなときに」
 胸に抱えた包みをパートナーに発見されて、璃生は苦笑した。
「だっておいしかったんだもん」
「つまみ食いしたの? もしかして」
「うん。あとで見つかってすっごい怒られたけど」
 いたずらっぽく舌を出す水鈴に向かって、雅があきれたように肩をすくめた。
「ま、確かにメシは美味かった」
「でしょー?」
「正装でなきゃもっとよかったんだがな」
 雅のおどけた言葉に、まったくだと何人かが頷いた。

●インタールード
「失敗か」
「そのようですね」
「悪くない策だと思ったのだが‥‥」
 地上へと下りるエレベーターの中で、フードを目深にかぶった人物は小さく肩をすくめた。
「美術品の価値というのは流動的なものだ。状況によって不当に安くなることもあれば、不自然なほど高値がつくこともある。安くなればなったで今後の話題となるし、高ければ競り合う者たちが闘争心を燃やす。どちらにしろうまく感情を吸い上げられるはずだった。‥‥こんな風に竜頭蛇尾に終わるのは、さすがに予想していなかったがな」
「時には計画通りに進まないこともございます」
 白髪のグレゴールが言うと同時に、エレベータの扉が開いた。フードの人物がロビーを横切ると、歓談していた客も職員もそれを振り返る。マントとフードの下からでもにじみ出る神々しい気は、グレゴール、いや、それ以上だろうか?
 ロビーの反対側から歩いてくるボーイがいる。仙姫だった。黒く髪を染めているので、注意しなければそれとわからない。無表情のまま、仙姫はそのふたりとすれ違う。
 その人物がふと振り返ると、仙姫はエレベータに乗り込むところだった。扉が閉まるのをフードの奥からじっと凝視していると、側近のグレゴールが不審そうに声をかける。
「どうなさいましたか。アタナエル様」
「いや」
 大天使は首を振って、少しだけ口元をゆがめた。
「‥‥きっと気のせいだ」
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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