どらごにっくないと

カウンターカウンターカウンター

偽りのパラダイス

  • 2008-06-30T15:22:47
  • 姫野里美MS
【オープニング】
数週間前から、各地で拉致騒ぎが相次いでいた。
 浚われるのはいずれも、物書きで何らかの収入を得ている様な方々ばかりである。
 しかも、普通の‥‥いわゆる『小説家』ではなく、どちらかと言うと、若者向けのマンガチックなノベルを多数書きあさっている『ライター』と呼ばれる方々だ。
 むろん、中にはイラストを描ける人々も含まれており、被害にあった人数は二桁に及ぶ。
 周辺住民への聞き込み調査の結果、彼らは白昼同道、ある公民館へと連行されていた事が分かった。
 その公民館は、今神帝軍の命により閉鎖されており、この時点で、何らかの陰謀が働いているのは明白である。
「この事件を境に、東京・お台場で、自費出版物の展示即売会が行われたのですが、そこで、こんな本が出回っていたそうです」
 NOAHが差し出したのは、薄い小冊子。表紙に、大ヤコブの半脱ぎセクシーなイラストが描かれている物だ。
「何でこんな所に同人誌があるのよ‥‥しかも、18禁エロだし。あーあーあーあー、しかも受だよ。アスくん、顔見せないから、好き勝手描かれてるよぉ?」
 中身をしっかり熟読しつつ、そう感想を述べるサラ。アスモデウスは、『あくまでもフィクションだろう? 気にすることはないよ』と言っているが、本心はどうだかわからない。ちなみに内容は、大ヤコブをヒーローに見せたい為なのか、拷問の挙句、押し倒されると言うストーリーだ。
『中身はともかく‥‥。最後の見開き見てごらん』
 その本の後ろを広げてみると、そこには『次回予告』と称して、こんな文字が躍っていた。
『大ヤコブ様アンソロジー発売。有名イラストレーター&ノベルライターによる、超豪華永久保存版』
 わざわざ、綴じ込みカラー印刷料金払って、見開き使っての大宣伝である。これだけなら、数ヶ月前の同じ場所でも、似た様な本が出回っていそうな物だが、そんな文字はそれまで欠片もなかった。神帝軍と言う足かせの為、出版業界も、もっぱら天使を賛美する風潮が受け入れられている。しかし、非・営利出版物である同人誌は、その限りではない。オマケに、奥付住所は、ライター達が強制召集されている場所だった。
 ところが、その数日後。
『偵察へ向かったサラ嬢からの報告では、見張りと護衛をかねた奉仕種族、それから、数人程度のグレゴール達が居るようだ』
 サラ不在のまま、アスモデウスがそう告げる。
『ここまで状況証拠がそろえば、もはや目的は1つと言ったところだろう。諸君らの役目は、彼女を含め、捉えられたクリエイター達を救出して欲しい』
「現地の状況は‥‥」
 集まった密たちの1人が、そう言った。と、彼は、メールに添付されている地図を見るよう支持し、こう説明する。
『表向きは、住宅街にある元・公民館と言った風情だ。近くに第一京浜は通って居るが、大通りに面しているわけではない。隣にあるグラウンドも合わせて接収されており、ブルーシートですっぽりと覆われている。中で、何らかの作業が行われている事だろう。ただ、小手先のテクニックは通用しないのでな。心して掛かってくれ。以上だ』
 果たして‥‥彼らは無事生還する事が出来るだろうか?

 そして、その頃。公民館では‥‥。
「本当に必要な事なのだな?」
「はいっ! 大ヤコブ様の完璧な肉体美は、世の女性達からばかりでなく、男性にとっても羨望の的! 是非、御協力をお願いいたしますわ☆」
 脱ぎ易い衣装を身に着けた大ヤコブの問いに、カメラとスケッチブックを手にした女性グレゴールが、不必要なくらいの笑顔を浮かべている。
「わかった。ただし、うまく描けよ?」
「無論ですっ! これも感情搾取のためですわッ!」
 そう言ってはいるが、その視線は都合が悪い事でもあるのか、明後日の方向を向いている。
「ねぇ、私達こんな所で、書いていて良いのかしら‥‥」
「‥‥‥‥気にするな」
 拉致られた一部のライター達が、ペンを動かしながらそう呟くが、今更どうしようもないのもまた、事実である。


【本文】
偽りのパラダイス
 川崎の某公民館・・・・。
「え、えと! 私達、制作された本にいたく感銘を受けたものですから!! 新作の製作を、少しでもお手伝いがしたいんです!!」
天草・姫子(w3f885)は、『グレゴールに下手に逆らうと、魔皇だとばれる』と言う藤倉・ミサト(w3f426)の忠告どおり、頭を下げながら、そう切り出していた。だが、そのグレゴールは取り付くしまを持たない。
「そんな事言わないで〜。ほら、サンプルの短編持ってきたんですよぅ」
「それに、イラストだってかけますし〜」
 柏葉・郁人(w3b232)とリューン(w3b234)が、ホッチキスで止めた小冊子を、グレゴールへと差し出す。しかし、彼はそれを一瞥すると、きっぱりとこう答えていた。
「どこで聞きつけたかは知らんが、ここで働く者達は、全て厳正な審査をパスしている。飛び入りは不許可だ」
 やはり、そう簡単に中に入れてもらえないようだ。しかし、姫子は、そのグレゴールにごろごろと喉を鳴らす。むろん、その程度で許可を出すほど、彼も甘くはない。
「どうしたのよ」
 と、騒ぎまくる姫子に対して、そう尋ねてきたのは、目の前のグレゴールよりも、一段格上だと思われる女性だった。グレゴールが事情を説明すると、彼女はいぶかしげに、姫子を頭のてっぺんから下まで、じろじろと眺めてくる。疑われているな‥‥と思った姫子は、先手を打つべく、その彼女にこう切り出した。
「あなたがこれ作った人なんですね!」
「似たようなものかしら‥‥」
 はっきりそうだとは言わないが、かなり重要な任務を任されている者の様だ。そう判断した姫子は、彼女に頬を摺り寄せる。
「大ヤコブ様の、この完璧な肉体美を表現されているなんて、尊敬しますわ! お姉様☆」
「ひっつかないでちょーだい。喉鳴らしたって、入れないものは、入れないの!」
 腕を絡ませてきた彼女を、振り払い、そう告げるグレゴール。
「どーしてよー! いいじゃない! やる気はあるんだし」
 納得いかない3人に、そのグレゴールは呆れた表情で、こう理由を述べていた。
「あのね。ウチはどこぞの馬の骨を、わけもわからず入れるほど、甘くないのよ」
「そんなぁ‥‥」
 ここで入り込めなかったら、作戦そのものがパーである。しかし、そんな理由など知る由もないグレゴールは、よってきた子犬でも追っ払うかのように、しっしと手を振りながら、続ける。
「わかったら、さっさと帰ったらんかい。ここは関係者以外、立ち入り禁止なのよッ!!」
 そのまま追っ払われる3人。話が違うとばかりに、顔を見合わせる。
「どうしよう‥‥。ここからだと、脱出ルートもわからないし‥‥」
 姫子が、頭をひねっていたその時だった。
「あれ? 今のラッシュさんじゃ‥‥」
 目の前で、タクシーから降りてくる、ラルラドール・レッドリバー(w3a093)達の姿。
「ホントだ。ペインとリーファも一緒だし」
 彼だけではない。その後ろから、何か衣装をたっぷりと詰め込んだバックを持つペイン・シヴェーアト(w3f719)と、リーファ(w3f719)の姿もあった。
「ねー、なんであの人たちは良くて、私達はダメなのよー!」
「ん? あれは、正式に招待されたモデルとスタイリストだ。お前達とは違う」
 納得できない姫子がそう尋ねると、彼はそう言った。どうやら、ラッシュが言っていた『策』とは、この事だったらしい。
「差別だー! ちょっと、入れてよー!」
「うるさいなー。何やってんだよ、一体」
 通りすがりのラッシュ、姫子に気付くと、いかにもええかっこしいと行った態度で、そう聞いた。女グレゴールの方が「気にしないで」と、先に進ませようとしているが、姫子はすかさずこう言った。
「このお姉さんが、中に入れてくれないのー」
「入れてやりゃあいいじゃねぇか」
 泣きそうな表情を作る彼女に、そう言うラッシュ。やんわりと断ろうとしたグレゴールに、彼女たちは再度の攻勢をかけた。「いれて」と大合唱してくる3人に、グレゴールは両耳をふさぎながら、迷惑そうな表情を浮かべている。
「わかったわよ! ただし! 少しでも勝手な真似したら、速攻叩きだすから! 大人しくしてんのよ!!」
「はーい☆」
 大喜びの姫子は、グレゴールの告げた忠告など、半分も聞いちゃいないのは、お約束と言う奴である。

 だが、中に入った魔皇達が見たモノは、凄惨な光景だった。
「あたし、ちょっと気分悪くなっちゃった‥‥。トイレ、どこ?」
 澱みきった空気に、胸のあたりを抑えながら、姫子がそう申請すると、グレゴールは黙って廊下の先を指差した。と、その女子トイレに入り込んだ姫子は、個室には向かわず、トイレの窓を開け、階下で待っていたミサトに手を振る。
「ミサトくーん。こっちこっち」
 窓を全開にして、入り込みやすいようにする彼女。配水管を伝って、器用に中へと踊りこんだミサトは、待ちくたびれたと行った表情で、こう言った。
「ずいぶん時間が掛かったなー」
「ちょっと予定外のトラブルが発生してねー。でも、ラッシュさんのおかげで、万事OK!」
 親指を立てて、にやりと笑って見せる姫子。あとは、何食わぬ顔をして、戻るだけだ。ところが、戻ってきた二人を出迎えたのは、首根っこを押さえられた五色・流火(w3h605)だった。
「離せよー! ちょっと遊んでただけじゃねーかー! 使ってないなら、貸してくれよー。何でもするからさー」
「だってさ。どうする?」
 じたばたと暴れる彼を見て、そう尋ねる姫子。
「本当に何でもするのね?」
「ああ。こう見えても、棚の修繕とか得意だし、力仕事だろうが何だろうが、何でもOKだぜ」
 グレゴールの問いに、腕を捲り上げて、その筋肉を示して見せながら、自己主張する流火。
「なら絡ませちゃえ」
 と、姫子がそう言って、上着を脱がしにかかっている。
「ちょっと待て! なんで周りが‥‥。俺はそこのお姉さんに‥‥あだっ!」
「うちらの事を信用させる為なんだから、文句言わない」
 文句をつけようとした流火の頭をぶん殴り、黙らせてから、そう脅しかける彼女。
「絡ませるにしても、このままでは美しくないぞ。やはり人に書かれると言うのなら、身なりもそれなりにしておく必要がある」
 と、スタイリストとしてもぐりこんでいたペインが、そう言って、あれやこれやと持っていた衣装を選びはじめた。
「相手役はどうしましょう?」
「ここにいるじゃん」
 リューンがスケッチブックを片手に聞くと、いつの間に紛れ込んでいたのか、パルファ(w3b232)が、それを眺めていたラッシュの腕をつんつんとつついた。
「って、俺かよ! 聞いてねーぞ! どうせなら、こっちのお姉さんの方が‥‥」
 しかし、別にその筋の方でも何でもない彼は、冗談じゃないとばかりにそっぽを向いてしまう。ペインが何とか引きずり込もうとしているが、本人は頑として首を縦に振らない。
 ところが。
「「ラッシュさーん。お・ね・が・い☆」」
「ま、まぁ。可愛いお嬢さんの頼みだし、『振り』だけならOKしよう。『振り』だけなら」
 姫子とリューンが声をハモらせて、おねだりポーズを取ると、今まで散々どうこう言っていた筈なのに、ころりと態度を変えてしまう。
「と言う事だから、大人しく脱げ」
「ちょっと待てーーーー!」
 納得いかないのは、流火だ。
「何で俺ばっかり! 脱がすくらいなら、お前がやれよ!」
「冗談じゃねぇ。男の裸なんざ見たかねぇが、自分が脱ぐくらいなら、お前を脱がす!」 騒ぎに乗じてちゃっかり紛れ込んだミサト、咎められない事を良いことに、彼のシャツを引っぺがそうとする。危うし、流火。
「ちょーーーっと、お待ち!」
「ほへ?」
 ところが、その大ぴちんを救ったのは、グレゴールの苛立ったような一言だった。
「私を差し置いて、ずいぶんと楽しい事をしようとしているみたいだけど、どさまぎで潜り込もうったって、そうは行かないのよ!」
 こめかみに青筋揚羽を止まらせながら、そう言う彼女。
「あ、お姉様も混ざりますぅ?」
「何も入れろって言ってんじゃないのよ! どっかで見たことがある奴が紛れ込んでると思ったら‥‥。おひさしぶりね。え?」
 その突き刺さるような視線を向けられているのは、ミサトだ。
「どっかで会いましたか? 僕」
「湾岸では、世話になったわねー。まさか忘れたとは言わせないわよ!」
 予感的中。どうやら、忘れていたわけではないらしい。「ヤバい‥‥」と、後ろ頭に冷や汗をかきつつ、状況を打破しようと、脳味噌を高速回転させるミサト。
「ここであったが百年目! どう料理して差し上げようかしらぁ?」
「まずいな‥‥。ここで戦っちゃったら、サラちゃんはともかく、クリエイターさん達も助けられないよ」
 相手は1人だ。負ける気はさらさらなかったが、ここで戦闘を起こせば、計画は総て水の泡。郁人が、そう呟くと、聞きつけたグレゴールは、さらにこう続ける。
「そこっ! 何をごちゃごちゃしゃべってんの? さては、こいつの仲間ね!?」
「ち、違いますぅ」
 ぶんぶんと首を横に振る姫子。しかし、彼女はふんっと見下した視線で、剣を抜く。
「どおりでおかしいと思ったわ。変にしつこいし。さて、それじゃ、三人まとめて、叩きのめして差し上げますから、覚悟なさいッ!」
「あちゃー‥‥」
 向こうはやる気まんまんだ。これ以上は誤魔化しきれないと悟った魔皇達が、それぞれの言葉で、困惑の表情を浮かべたその時だった。
 突如鳴り響く、非常ベル。ついで、流れてくる煙の匂い。
「誰よ! この大切な時に、鳴らしたバカは!」
「あー、俺々。時限式発火装置仕掛けて置いたんだ。こんな怪しい本、なくなった方が世間の為だからな」
 そう答えたのはミサト。本当は、単に伊珪(w3a983)がグラウンドの方から、発煙筒を焚き、火災報知機をわざと鳴らしていたのだが、嘘も方便。口先三寸と言う奴だ。
「どうやら、あんたってば、この場で一寸刻みにされたいみたいね‥‥」
 だが、それは逆に、彼女の怒りの導火線にも火をつけてしまったらしい。
「余計な事を‥‥」
 タイミングの悪さに、舌打ちするラッシュ。やれやれといった表情で、グレゴールにこう問うた。
「おいおい。そんな事していていいのか? せっかく作った本やらゲンコーやらが、灰になっちまうぞ?」
「く‥‥ッ。そこ動くんじゃないわよ!!」
 魔皇などいつでも倒せると思ったのか、彼女はそう言って廊下の向こう側へと踵を返す。
「だってよ。どうする?」
「言う事素直に聞くわけねーだろ。姫子と郁人は、周りの人間を外に出しといてくれ」
 ラッシュの言葉に、流火がそう言った。と、彼はぎゅっと拳を握り締めながら、ジェットコースターか何かに乗るときの表情そのままで、続ける
「せっかく大ヤコブをナマで見られるんだ。こんな面白い見世物、滅多にねーし。行ってみようぜ」
 彼らが後を追いかけたのは、言うまでもない。

「離せよー! ちょっとした出来心じゃねーかー!」
「お黙んなさい。人ンちのサークル荒らした罰よ。少しはそこでさらし者になってなさい」
 魔皇達が向かった先に居たのは、4センチはあろうかと言う鎖で縛られ、『井出屋』と書かれた弁当屋の白衣で変装した伊珪だ。
「見つけたぞ!」
 扉を蹴り飛ばして乱入してくる自らの主、御影・涼(w3a983)。続いて、彼をここまで案内してきたシーヴァス・ラーン(w3b234)魔皇達ご一行様が、姿を見せる。
「ちょっとあんた達! 何勝手にうろついてんのよッ! 控え室で待ってなさいって、言ったでしょーが!」
「てめぇなんざに、誰が従うか」
 不敵にそう言って、ニヤリと笑う流火。
「クリエイターのお姉さん達は、逃がしておいたぜ。年貢の納め時だな」
 続けてそう言うミサト。だが、女グレゴールは、逆にこう指摘していた。
「あら。その割には、大した騒ぎになっていないみたいだけど?」
 彼女の言葉どおり、その割には階下は静まり返っている。
「残念でした。皆さん逃げてくださいって言って、簡単にトンズラこくような連中は、この中には入れていないわ。第一、話の盛り上がったヲタクは、行動に前後2時間の幅を取るものなのよ!」
 勝ち誇ったようにそう言うグレゴール。
「だったら、その間、足止めすりゃいい話だ!」
 と、御影がそう言って、彼女へと挑みかかった。だが、そのグレゴールは、それまで浮かべていた我侭な女王様然とした雰囲気をがらりと変え、短く「冗談」と呟く。
「何!?」
 クロムブレイドで切りかかった彼のそれは、彼女の日本刀によって弾かれる。
「あたしだって、グレゴールの端くれなのよ。魔皇の1匹や2匹や10匹くらい、大した事はないわ」
 片手で、短刀を扱うかのような体勢で、そう告げるグレゴール。
「このぉ!!」
 シン・クサナギ(w3f104)が、彼に続けとばかりに切りかかるが、彼女は、勢いだけで突っかかってきた彼を、一刀両断に切り捨てていた。
「クサナギさんっ!」
 パルファが、重傷を負ってしまった彼を支えつつ、香夜・リィッヒザール(w3h577)の元へと運ぶ。
「どうやら、ナメてかかる相手ではなさそうですね‥‥」
「だから、そう言ったはずよ? 大ヤコブ様ほどではないにしろ、ね」
 嫣然と微笑む彼女。どんなにお笑いに見えても、その筋の好きな嗜好の変わった女に見えても、グレゴールはグレゴールと言う事だ。
「て事は、あんたが大ヤコブか。へぇ、いい男じゃん。むかつくなぁ」
「だったら、どうするつもりだ?」
 残っていた大ヤコブに対し、不敵に笑って見せるシーヴァス。
「倒したいと思ってたんだよ! 大ヤコブ! 覚悟!」
 クロムブレイドで矢継ぎ早に攻撃し、獣刃斬の後、狼風旋で突っ込む流火。
 だが。
「ふん。雑魚め」
 その程度の攻撃力では、大ヤコブに髪の毛一筋ほどの傷を負わせることもできない。
「無傷だと!? そんな! 最大パワーで食らわせたのに!」

「をほほほ。大ヤコブ様は、その程度ではお倒れにはなりませんわよ!」
 何も語らない彼の代わりに、そう告げる女グレゴール。
「どうすれば‥‥。そうだ!」
 このままでは、一番目の前にいる流火が、今手当てをしているクサナギの様に切り捨てられかねない。そう判断した香夜は、流火を抱き寄せていた。
「どんなに美麗に書いていても、しょせんは妄想。真実にはとても敵わない‥‥」
 そのまま、流火の顎を持ち上げ、目の前でキスしてみせる。まさか、人前で生をやるとは思わなかったのだろう。その場にいた魔皇の表情が凍りついた。
「どうです? 13使徒ともあろう方が、こんな妄想にまみれさせられて、御気分は?」  何か勘違いしているような気もしないでもないが、香夜はそう言ってのけた。
ところが。
「茶番だな」
 大ヤコブは顔色ひとつ変える事なく、平然とした表情を見せている。
「て、てめー! み、見損なったぞ! 雷皇と呼ばれる程の男が、こ、こんな‥‥!」
「涼くんってば、純情」
 顔を真っ赤にしながら、本をかなぐり捨て、それを避難する涼に、伊佳がからかうようにそう言った。彼が持っているのは、さっき、姫子の所から分捕ってきた大ヤコブ本。どうやら、本の内容が真実だと思っているようである。と、そんな彼らに、大ヤコブはこう言った。
「何を考えたかは知らんがな。人の趣味嗜好で、いちいち驚いていたら、13使徒はつとまらん」
「重要なのは、神帝様のお役に立つか否かって事なのよ。おちゃらけ魔皇サマ☆」
 だからこそ、この作戦を実行に移したのよん。と、そう言うグレゴール。それなりに、頭は働くと言ったところだろうか。攻撃を加えかね、その場に奇妙な緊迫感が漂う。
「皆! クリエイターさん達の運び出し、終わったよ!」
 それを打ち破ったのは、姫子の明るい声だった。
「本当か?」
「ああ。中々動かないから、全部台車で運んだ」
 続いて郁人が、姿を見せる。後ろの方でリューンが濃紺の浴衣に鎖付き首輪のまま、伊達眼鏡も外さず、『良いのでしょうか・・・・』と言った表情を浮かべていた。
「おっと。動いてもらっちゃ困るぜ。いいのかい? はだけちまっても!」
 足かせは外れた。後は、速やかに脱出するだけだ。そう思ったシーヴァスは、大ヤコブに向かって、鞭を振るおうとした。
「困るのはどちらかな」
「何!?」
 だが、彼はその鞭を片手で捉えてしまう。
「見くびるなよ。いくら部下がバカな事をしでかしたとは言え、そんな拙い攻撃を受ける私ではない」
 大ヤコブの肌は安くはないと言った所か。だが、そんな彼に、涼がこう言った。
「だからって、こう言うのが外に出てしまっても、あなたはいいのか?」
 このまま戦ったら、被害は甚大だ。怪我をしたクサナギの事もある。出来るだけ、戦闘は回避したかった。大ヤコブもまた、こんな下らない作戦で、自らの剣を抜くのは、下策だと思っているらしい。ややあって、こう告げる。
「ならば、こうしようか。この場は目をつぶってやる。大人しく帰るが良い」
「・・・・わかった」
 その言葉に、魔皇達は、あまり納得の行かない表情ながらも、それぞれ引き上げていくのだった。
COPYRIGHT © 2008-2024 姫野里美MS. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
第三者による転載・改変・使用などの行為は禁じられています。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]

Copyright © 2000- 2014 どらごにっくないと All Right Reserved.