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犬猫の飼い主募集してます!(横浜テンプルムより) 

  • 2008-06-30T15:24:21
  • 龍河流MS
【オープニング】
 その容れ物を眺めて、グレゴールの早川航太郎は随分と小さいと思った。中身が通常より少ないからかと考えて、係の人に尋ねてみる。
「もしかして、関西の方ですか? 関東はあちらに比べると小さいものを使っているようですが」
「なるほど。確かに実家は兵庫です」
 そういう違いがあるとは思わなかったと、早川は妙なことで感心してしまった。とりあえず変なことで特別扱いされたわけではないとわかって、安堵する気分がなくもない。
 それから彼は紫色の風呂敷で『荷物』を包み、それをボストンバックに入れて、その業者を辞退した。
 次の約束がある。

 学校を終えて、名瀬賢也は南区某所の空き地にやってきた。横浜市内、しかも私鉄沿線から徒歩五分に、どうしてこんなに広い空き地があるのか不思議だが‥‥ただ同然で借りている身としては有り難い。更に通学路の途中で、定期券で通えるのが更に嬉しい。
 ただ申し訳ないのは、当初は犬四匹、猫十匹のはずだった保護ペットの数が、十日で倍になったことだ。
 先日の横浜テンプルム攻撃の際、テンプルム本体は海に墜ちたが、地上での被害も少なくはなかった。特に県内グレゴール最年少の犬塚瑠璃亜が住んでいたマンションは、落下物により全壊、死者六名を出している。うち二人は、ルリアの両親だった。
 もちろんルリアをはじめ、被災した住民の当座の落ち着き先は横浜市などが世話したが、困ったのはペット達だ。このマンションはペット飼育OKだったのに、飼い主の移転先にはつれていけない動物が多数出た。
 たまたまこの空き地を管理している不動産屋が、空き地の草刈りとゴミ拾い、動物の世話を確実にすることを条件に、一カ月間使わせてくれることになったのだ。
 そうして、これらのペットの世話は名瀬やルリアなど、未成年のグレゴールが当たることになっている。ルリアはともかく、名瀬は違う役目に回りたかったのだが、誰もその希望は聞いてくれなかった。
 彼は大変に不満である。
 しかし名瀬はメンバーの中では最年長。同じ高校生は他に女子しかおらず、中学生の男子も一年生では、大型犬二頭は世話し切れない。毎日通える者も限られている。それで、やむなく次の飼い主が見付かるまで‥‥と、毎日世話に通っていたら。
「早川さんっ、また捨てられた! 警察で取り締まってくれよっ!」
「今度はゴミですか、それとも犬猫?」
「ハムスターだ。ほら」
 別に宣伝していたわけではないが、ファンタズマ連れの子供達が出入りすれば、空き地は嫌でも目立つ。しかも最初にグレゴールやらその家族やらで枯れ草と投げ込まれていたゴミを綺麗にしたから、多少注目されていたこともあったのだろう。
 三日目に最初の猫が捨てられてから、一週間で犬猫は倍になるわ、今日はハムスターが籠ごと捨てられているわで、名瀬は腹を立てていた。他のグレゴール達だって、同様だ。
 そんなところに様子見にやってきた早川は、子供達に一斉に食ってかかられたが、まるで動じない。ボストンバックを名瀬に持たせて、犬猫の数を確認し、しばらく何事か考えていた。
 この間に、猫をマッサージしていたルリアがやってきて、勝手にボストンバックを開け始めている。彼女は早川を見ると、動物の餌を持ってきたと信じているらしい。犬好きの早川は確かに餌代も一番提供してくれていたから、この認識は間違っていないのだが。
「あ、ルリアさん。今日は餌じゃありませんよ。開けないでください」
 すごく大事なものが入っているからと言われて、名瀬達高校生集団と中学生一部は興味津々になった。早川の『すごく大事』はなんだろうかと、誰も思い付かなかったからだ。
 それに、色々あってグレゴールは皆が落ち込み気味の中、早川がこんなことを言うとは思ってもみなかったという理由もある。
「そんなに重くないけど、何が入ってるんだ?」
「私の婚約者です。‥‥これこれ、揃って逃げないように」
 ボストンバックに入る婚約者って、それは何か怪しげなものなのではっ。
 そう思って逃げ腰になった高校生と中学生とは違い、勝手にバックを開けていたルリアは早川の手に戻ったバックの中身を撫でている。紫の地味な風呂敷を見て、名瀬もようやく中身に思いが至った。
「それ‥‥誰?」
「吉元奈津子さんですよ。そうそう、名瀬君が名簿を預かってくれたんでしたか」
 名瀬に横浜テンプルムのグレゴールの名前や個人情報を記した名簿を預けた奈津子は、テンプルムが墜ちた後に、難を逃れたファンタズマのオリンピアにテンプルムから引き摺り出されてきた。その時にはすでに死亡していたが、遺体の発見は相当早かったほうだ。 ただし家族は誰も葬儀に来なかったし、いるのかどうかすら名瀬は聞いていなかった。その頃は、彼自身、それほど落ち着いてはいなかったし。今だって、落ち着いた振りをするのが上手くなっただけだ。
「ご家族とは疎遠だと聞いていましたし、実際引き取りの意志はないと連絡も来たので、私が」
「いつ婚約してたんだ?」
「してませんよ。そうでも言わないと引き取れませんから。一応、気も合って、深い仲でしたしね」
 今度は別の意味で驚いた子供達を前に、早川は『刺激が強かったですか』としゃあしゃあと口にした。
 そうではなくて、あなたとあの吉元奈津子がそういう仲だったのが不思議なんだと、名瀬のみならず全員言いたかったが、揃って声も出ない。
「ま、マジで?」
「失礼な。‥‥名瀬君が大人になったら、お酒の席で聞かせてあげましょう」
 ようやく確認をした名瀬に、珍しく苦笑気味で応じた早川は、バックを抱え直すと空き地を見渡した。彼が前回来たときより、犬と猫は確かに増えている。
「これ以上不心得ものが出ないうちに、飼い主を探さないと駄目でしょうね」
 そうして名瀬は、グレゴールの誰かが作ってくれたポスターを、コンビニでコピーすることになった。

 その翌日。レストランバーKouにも、そのポスターはやってきた。ついでにハムスターも。
「サチエさん。うちは飲食店だから、動物は飼わないって言ってたのに‥‥」
「ルリアが持ってきて、飼ってくれって言うんだもの。でも犬は駄目よ。そもそもあのマンションでは飼えないの」
 犬が好きなユキトは、グレゴール達がペットの飼い主捜しを始めたと聞いて、ちょっと胸がときめいた。でも幸恵は猫好きだし、そもそも彼らはマンション住まいだし、更にユキトは居候だ。実家もマンションで、犬は飼えなかった。
 それで諦めていたら、ネズミがやってきたのだ。彼はハムスターより、やっぱり犬が良かった。だってハムスターって、やっぱりネズミ‥‥
 そんな世のハムスター好きから蹴り殺されそうなことを考えながら、ユキトはポスターを店の入り口に張った。
「でも、うちの店のお客さんに引き取ってもらうのって、どうなんでしょう」
「きちんと飼えるなら、いいんじゃないの」
 何か企んでいそうな幸恵の態度に不安は覚えたものの、すっかり知り合いが増えてしまったグレゴール達が苦労するのも忍びなくて、ユキトはテンプルム攻撃とは無関係の人達が飼い主に立候補してくれますようにと、天など拝んでみたのだった。
「早く犬猫の飼い主さんが見当たらないと、また新聞の取材が来たりして、グレゴールのみんなは頑張ってますって宣伝されちゃうんだから、伝の皆さんも飼い主探しに協力してくれますようにー」
「そうそう。ユキトも分かってるじゃない」
 この話を伝から聞いた魔皇や逢魔がいるとしたら、それはこの二人が伝にわがままを通したからだろう。
 しかし、ユキトの言うことは至極もっともなのである。市民の注目をグレゴール達に向けないためにも、犬猫の飼い主は早く見付かるに越したことはない。
 もちろん当のペット達にとっても、だ。


【本文】
『犬と猫の飼い主募集』のポスターを見て、キャサリン・フィッツガルド(a674)は小型犬を引き取ろうと考えた。ペット飼育可の外国人向けマンションで飼うなら、部屋の広さと世話の手間を考えても小型犬が良い。でも突然帰国することになった場合を考えて、健康なのは必須条件だ。
 後は間違っても自分より長生きしないように、子犬はお断り。
「ところで、今回の斡旋はグレゴールの手柄を取り上げたいだけなのだな?」
 何事か企んでいそうなレストランバーKouの安村幸恵に詰め寄ったキャサリンは、高笑いする幸恵に偏頭痛を禁じえなかった。
 思うことは『ああ、やっぱり』だ。
「普通に動物愛護の精神だと思うのは、確実に現実逃避だろうな」
「失礼な。皆まとめて楽になるには、これが一番いい方法でしょう?」
 勘繰られて悲しいわと、態度の一転した幸恵を信じるつもりは、キャサリンにはない。

 犬猫の引き取り手を決める当日。飼い主のいないペットの数は微増していた。それでも微増で済んだのは、不心得者が一人逮捕されたからだ。犬を捨てるのを見咎めた女性を突き飛ばしため、新聞にも囲み記事で載ってしまった。これが効いたらしい。
「まぁ、幸恵さんを突き飛ばしていくなんて命知らずですわぁ。逆なら幾らでもありそうですけれどねぇ」
 当人にこれまた命知らずなことを尋ねているのは、白鳳院昴(a531)だった。脇で笑い転げている剛の者は万里・ウェッジウッド(a405)で、連れの逢魔萩乃は顔を強張らせて紙袋をぎゅっと抱きしめていた。
「お姉ちゃん、強いんだ?」
 愛くるしい笑顔の主は音羽千速(d155)だ。こちらも逢魔氷華こと愛称月華と手を繋いでやってきた。でも台詞はかなり問題ありげ。
 しかし悪気はなさげな千速と一緒になって、ビッグ・ロシウェル(h815)とその逢魔で弟との触れ込みのスモールとも幸恵を見上げている。ところが。
「にいちゃ〜ん、へいはちとられた〜」
 種類はなんともつかない大型犬が、スモールが小脇に抱えていたパンダのぬいぐるみを奪って、歩き出したのだ。スモールは取り返すより先にビッグに泣きつき、犬は今度は犬同士でぬいぐるみ争奪に夢中になっている。
 ちなみに小学校二年生と幼稚園児の自称兄弟は、大型の弟が兄を押しつぶす形で地面に転がっていた。そもそも名前に反して、スモールのほうが拳二つ分も背が高い。
 足下で二人が転がったので、非常に仕方なさそうに成岡悠真(f958)と、その逢魔のエチカが助け起こしている。成岡は渋々だが、エチカは土ぼこりを払ってやったり、かなり甲斐甲斐しく世話をしてやっていた。
 この間に、グレゴールの少年少女が犬を追いかけ回して、ぬいぐるみを取り戻している。本日、グレゴール側は八人の少年少女に安村幸人と須藤豊がやってきている。彼らには当然ファンタズマがついているから、人数は全部で二十人だ。
 萩乃と幸恵が、万里の買ってくれた肉饅が全員に行き渡るか数えている。匂いに寄ってくる犬猫を追い払うのはファンタズマという、非常に変わった光景が展開されていた。
 それを横目に、ラルラドール・レッドリバー(a093)は幸人と須藤に今後の対策を聞いていた。今いるペットの落ち着き先を決めてやっても、この空き地にまた動物が捨てられることになるかも知れない。一度捨てるに適したと認識されると、不思議と遠くからも不心得者が集まるからだ。
「それと病気や予防接種の有無は確認させてほしいな」
「それは獣医に全部面倒見てもらったから万全。ただし肥満は解消できてないけど」
「来月から、ここマンション建設が始まるから、それまでは続けて見回らないと駄目かぁ」
 須藤が先程無理矢理歩かせていた肥満はなはだしい猫は、ラルの逢魔のアゼルがかまい倒していた。しかし動くのも億劫と言った感じで、猫はアゼルの歓声にも顔すら上げない。
 この怠惰な姿に、実は西九条空人(i753)も心魅かれるものを感じたのだが‥‥アゼルがピッタリついているので諦めた。ちょうどいればいいな思っていた、白と黒の猫が二匹、目に入ったことでもあるし。
「ボク、この猫がいいなっ。もう首輪も用意したもん」
 アゼルがひしと肥満猫を抱きしめて宣言したので、会話は一気にどのペットを引き取れるかに移った。ちなみに何人かが予想した通りに、引き取り手はきちんと住所や氏名をグレゴール側に伝えなくてはならない。後日問題が発生した場合の対応に必要だから、とは先方の言い分である。
 皆が犬猫と自分の相性など見極めている間に、西九条はグレゴールの須藤に住所を尋ねられていた。だが‥‥
「根無し草って、車上生活なんかだとお譲りできませんからね」
「運転はしない。バスで出掛けて夕飯までに帰れなくなり、静葉にイヤというほど怒られたことなら何度か」
「なんだ、いいところに住んでるし」
 『根無し草じゃなくて道草』と突っ込んでほしかった西九条の気分は、全然通じなかった。ついでに白と黒の猫二匹は、引き取りを断られる始末だ。
 これには、すでに真っ白な猫を飼っていて、黒猫を狙っていた千速と月華も落胆を隠さなかった。でも西九条がグレゴールの女の子に噛みつかれたので、それは長く続かない。
「子供のしつけが悪いぞ」
 キャサリンが非常に冷静に感想を述べたが、年少のグレゴール達は『まただー』とか叫んで、話にならない。幸人と須藤が西九条から犬塚瑠璃亜を引き剥がして、謝罪していた。服の上からで、傷にならなかったのが幸いだ。
 いったい何事かとの千速や月華のみではない疑問に答えてくれたのは、今まで一心不乱に犬のブラッシングをしていたユキトだった。
「あの猫、彼女の飼い猫なんですよ。盗られると思ったんでしょうね」
「それにしたって、乱暴だわ。何も言わずに噛みつくなんて、尋常じゃないでしょう」
 子供のしつけには一家言ありそうな万里も加わってしまい、ユキトはしばらく言葉に悩んでいたようだ。幸恵もルリアに掛かり切りなので、散々困った末に‥‥幸恵のよく言うことだと前置きして、言った。
「同業者が突然二百人殺されたら、情緒不安定にもなるって」
「しかも犯人が一人も捕まらないしね。萩乃ちゃん、肉まん配っちゃってくれる?」
 カクテルパーティー効果だと言いながら、突然戻ってきた幸恵が白黒の猫二匹を抱え、女の子一人を背負って会話に割って入った。背負われているのが話題の主だ。
 とりあえず萩乃が肉饅を配り歩き、千速と月華は、それを片手に猫達の様子を伺っている。今の飼い猫との相性が大事だと、真剣に眺めていた。
 対してビッグは肉饅の匂いで、肥満の猫の気を引こうとしている。彼もアゼルと同じ猫が気に入ったのだが、それに気付いたアゼルが唇を尖らせて猫の首を抱え込んでいた。猫は肉饅には反応している。
 そうして頭一つ分くらい背丈は違うが、結局は子供同士の舌戦が始まる。いかに自分のほうが、この猫を引き取るのに向いているかと主張し始めたのだ。
 例えば家が広いとか、家族も動物好きだとか、他にもあれこれと取り留めない。その際、アゼルがラルの親戚の家では、他にも色々動物が引き取れるんだと言い出した。だから自分が有利だと言いたかったのだろうが‥‥
「そこのおじさん、動物大好きなんだよ。逢魔だって可愛いって言ってくれるもんっ」
 『オウマ』と聞いて、グレゴールが一人を除いて全員振り返った。魔皇と逢魔は大半が思わずといった感じで動きが止まる。ラルが仕方なさげに溜め息を吐いて。
「馬と猫は違うだろう。乗馬用の馬を飼ってるんだが、こいつはそれが気に入りなんだ」
 頼めば乗せてもらえるしと場を取り繕ったラルに、それ以上の疑いはグレゴール達も浮かばなかったらしい。幸恵がその『家』の人を知っていて、以前に人形を貰っただろうと口添えしたためもあるだろう。
 後は肉饅を噛りながらの場合もあるが、真面目にどの犬や猫を引き取るか、皆がそれぞれに考えていた。
 例えば昴は、様々な騒ぎにも動じずマイペースで、奇妙に踏ん反り返った様子の偉そうなチンを見て言ったものだ。
「この仔‥‥幸恵さんにどことなく似ていますわね。決めましたわ。この仔を引き取りますわ〜。あら、女の子」
 じゃあ名前は幸恵から貰って『サチ』と上機嫌な昴だったが、この点にはクレームがついた。もとの飼い主が『サキ』と名付けていたので、そちらで呼んでくれるように、とだ。
「名案だと思いましたのに〜」
 残念がる昴を眺めて、ユキトは真っ青になっていた。彼はそのチンが、犬の中で一番性格が悪いと皆に評されていたのを知っている。
 同じ頃、エチカは幸人に大学名を言い当てられて、それはもう驚いていた。同行している成岡も非常に怪訝そうな顔をしているのに、幸人も気付く。
「俺も同じ学校。ポスターを二人で見てたのを目撃したもんで」
 学生だけどペット大丈夫かと思ったと言われ、成岡はすでにチワワを飼っていることを伝えた。先程から、一匹の大型犬とじゃれあっているのがそれだ。
「あの犬の名前は? あんなに懐いたのなら、引き離すのも可哀想だ」
 本当は小型犬が良かったのにと心中呟きつつ、成岡は幸人とごく普通に会話していた。ただし返答には、眉をひそめる。
「親子揃って捨てるなら、最初から飼わなければいいのに」
 吐き捨てるように呟いた成岡に同調して、幸人は頷いている。たぶん親子と思われる二匹が捨てられたのは、ほんの三日前のことだ。
 で、学生にしては高級だがペット不可のマンション住まいのエチカは、親のほうを引き取ることにした。彼女の場合、実家の庭で飼ってもらう約束を親としてあるのだ。
 自分の家の犬と成岡の犬が親子なら、それにかこつけて家を訪ねても親は文句を言わないはず‥‥なんて気持ちも、多少はあったかも知れない。
 こうすんなりと話がまとまればいいのだが。
「古いマンションはペットが飼えない? そんな馬鹿な話があるか」
 高校生と意見の相違を見たキャサリンは、自分のマンションの管理人を電話で呼び出している。彼女が抱き上げているのは、明らかに雑種の小型犬だ。しかも八歳。
 しかし成犬がいいと最初から明言していたキャサリンは、管理人の証言も得て、意気揚々とその犬の引き取り書を記入していった。
 ものすごい勢いで言い負かされた高校生が、傍らでむくれている。
 さて千速と月華は、ようやく良さげな猫を見付けていた。彼らの小猫を見てもゆったりと構えた成猫は、悪くなさそうだ。大人にしては体が小さく、これ以上大きくならないところもいい。
 問題は、この猫を気に入ったのが自分達だけではないと言うこと。万里と萩乃が、同じ猫がいいのではないかと相談しているのだ。
「あら、やっぱりこの猫、他の猫にも寛容だから。困ったわね」
「あのね、小雪は小さいから、大きな猫じゃないほうがいいんだ。おばさん、他の猫じゃ駄目、ですか?」
 でも千速が一生懸命頼んだら譲ってもらえたので、千速と月華は万々歳。代わりに万里と萩乃は別の犬猫の間を巡り直して、飼い猫との相性がよいものを探している。
 その頃。西九条は運命の出会いをしていた。
 色んな犬種がミックスされたような謎の顔付きをした犬は、猫のような目付きをしていた。ペット本の写真コーナーでも採用されそうな不可思議さだ。しかも、ちょっと頭を撫でたら腹を出して転がる。
「なかなかインパクトがあるな」
 人見知りの激しい同居人のためにも、多少インパクトがあるものをと思っていた彼にはうってつけ。デモ引き取りの手続きでは、先程のおイタが印象強かったのか、きちきちと素性の確認をされる羽目になった。
 でも、そうして話がまとまれば、多少の時間は問題ない。ビッグとアゼルは、未だに肥満の猫をどちらが引き取るかで、にらみ合いを続けていた。
 あんまり長いことかかっているので、スモールは先程へいはちを強奪された犬と仲良くなっている。なんとかお手とお座りがやってもらえるくらい。ラルは幸恵とカクテル談義に花を咲かせている。髪を一房、物珍しげにルリアに握られているが。
「バレンタインだからって、チョコレートにこだわらなくてもいいわよねぇ」
「そうだな。しかし‥‥それならどうして、グレゴールが動物愛護団体の真似をする?」
 さっき昴が不思議がっていたと、ラルが不意に話題を変えた。三つばかりバレンタイン仕様のレシピも覚えたので、その話には満足したこともある。でも昴の意見ももっともだと考えたからだ。
「あちらは一杯なの。この一月、急に引き取り希望者が減って、捨て犬猫が増えたから」
「‥‥わかった。可能な限り、引き取ればいいんだな」
「‥‥ボク、この犬にしてもいい?」
 一向に決着がつかないビッグとアゼルにしびれを切らし、スモールが友情芽生えた犬を引いてきた。しかし彼らは子供だけで来たので、大人と一緒に出直しと言われてしまう。まあ、動物好きの兄が、電話すればすぐに飛んできてくるだろう。すると引き取る数が増えるかも知れない。
 そうしてラルも、時計を眺めて決断したらしい。アゼルを件の猫から引き剥がすと、別の猫二匹の引き取り手続きを始めた。他に犬や猫を引き取るのだから、一匹は譲ってやれと言われたアゼルはぶーっと膨れているが。
 後はようやく座敷犬の引き取りを決めた万里達が手続きを済ませて、犬と猫の行き先が決まった。ラルの親戚宅が、一番多数の犬を引き取っている。
「幸恵さんは、引き取らないんですの〜?」
 昴の質問に、幸恵はにかっと笑った。
「あたし、この面々にご飯食べさせようと思って。誰か一緒に食べに来る?」
 グレゴール達と会食と聞いて、同行を希望した者はいなかった。そもそも動物づれでは飲食店の大半は入れない。
 いいように使われたかもと思う者もいたが、自分が引き取った動物がどうして飼い主を失ったかを思って‥‥素直に家に帰っていった。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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