どらごにっくないと

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強制された精神修養

  • 2008-06-30T15:31:03
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 夜が明け切るより先に鳴き始めていた蝉の声が、頭上から降り注ぐ。
 常ならば、暑さを相乗させる煩さも、まだ涼しさの残る木立の中では夏の風情を感じさせて良いものだと、彼は思った。
 足元には、しっとり湿った土の感触。
 日差しを遮る木々の枝と瑞々しい葉。
 茹だるような暑さが増す前に、清々しい心地を存分に味わうもよかろう、と。だが。
「あ、パパぁ〜☆」
 大きな声で叫び、手を振ると、少女は彼に駆け寄った。ぴょんと勢いよく飛びつく少女を受け止めて、溜息をつく。
「アリア‥‥。そのパパというのは止めてくれと‥‥」
「パパはパパでしょ?」
 にっこり悪びれなく天使の笑みを浮べる少女に、溜息も深くなる。
「よろしいではありませんか。そうしていると、本当の親子のように見えなくもありませんし」
 ほんのり、嬉しさを滲ませて口元に手を当てた女性に、がっくりと肩を落とす。
「だから、洒落にならないのだろう?」
 彼の年齢からアリアの年齢を差し引くと、若いお父さんねと納得されてしまっておしまい、になりかねないのだ。
 なのに、アリア大事のこのファンタズマは、彼の名誉はどうやら二の次らしい。
 こほんと咳払いを1つして、彼は少女の体を地に下ろした。
「そう言えば、アリアはどうしてここに?」
「シアとお散歩なの!」
 可愛がっていたサーパント達を魔皇に殺されて落ち込んでいましたからと、こっそり、フェリシアは彼に耳打ちする。
「そういうパパは?」
「私? ‥‥私も散歩だよ。静かな場所を散策しながら色々と‥‥」
 唐突に、3人に押し寄せるざわめき。
 彼はちらりと時計を見た。苦虫を噛み潰したように、顔を顰める。
 開門時間が訪れ、待ちかねたように早足で綺麗に掃かれた石畳を踏みつけていく観光客達に、アリアは辟易したように息を吐いた。
「全く、観光客って‥‥」
 苦々しく、彼は呟く。
「この街にはこの街の持つ雰囲気というものがある。観光客とは言え、この街に滞在するならば、僅かばかりでもそれに倣うべきだな」


 その館の前に立つと、流伝の伝(つて)は魔皇達を促した。その先に何があるのか、知る者は館の中へと入り、知らぬ者は戸惑ったように伝を見る。
「館の奥の扉は、京の街へと続いております」
「そう、喫茶店にね」
 片目を閉じて告げるのは、一度、そこを訪れた事がある者か。
「翠月茶寮。京の街で、その店はそう呼ばれておりますが、この館自体が翠月茶寮。京の街で活動する魔皇様達の宿となり、憩いの場としてお使い頂く場所でございます」
 伝の言葉が終わらぬ内に、ハタキを持ったうぇいとれす、イレーネが姿を現した。
「なんだ。また、何か事件か」
 伝は微笑んで、留まったままの魔皇の背に手を添える。
「1日に、南禅寺に訪れる観光客の数をご存じですか?」
 魔皇はイレーネと顔を見合わせる。そんなもの、知るはずもない。
「先頃、グレゴールが触れを出しました。南禅寺を訪れた観光客は、まず座禅を行い、精神を高めるように‥‥と」
 座禅、と魔皇は呟いた。
「はい。座禅の時間は約3時間。通常の観光客用のコースが座禅20分を2回ですから、約3倍の時間です」
 げげ‥‥と、魔皇は頬を引き攣らせた。
 聞いているだけで、足が痺れるような気がする。
「しかも、修行僧と同様の警策がございます。気が緩んだと判断すれば、容赦なく肩を叩かれるのです」
 物見遊山の観光客は苦痛しか感じないだろう。
「つまり、その観光客達を、座禅から解放さればいいのか」
 魔皇は伝とイレーネを交互に見た。
 神帝軍が絞り取っている観光客の苦痛を消す。それが、今回の任。
「ただ、問題が1つ」
 伝は1枚の写真を魔皇に渡した。年を重ねた穏やかな僧侶が、そこに写っている。
「彼はグレゴールではなく人間です。人々に精神修養の場を与えたグレゴールに感謝して、その言いつけを忠実に守っています。仲間の僧侶と共に」
 人間に攻撃は加えられない。ならば、説得しかないのか。
 しかし、グレゴールに感化された人間が、魔皇の言い分に聞く耳を持つはずがない。まずは彼らの心を開く事が先決だ。
「そして、彼の手助けをする為にと、グレゴールはサーパントを与えました。不心得者を罰する、不気味なゲル状のサーパント、そして、庭に巨木を‥‥」
 厳しい僧の目だけではなく、サーパントの目もあると言うのか。
「任は、南禅院に居着いたサーパントの除去と僧の説得‥‥か」
「サーパントは建物のどこかに、ばらばらに潜んでいるようです。屋根裏、柱の影、床下‥‥潜む所はいくらでもございますから。それらを1つ1つ倒していては時間が掛かります。魔皇の襲撃と通報されれば、神帝軍の増援が訪れないとも限りません」
 分かったと魔皇は頷いた。
「とりあえず、必要なものがあるなら葵に言え。出来る限り、相談に乗るだろう」
 顎で奥の扉を示して、イレーネは手にしたハタキで掃除の続きを始めたのだった。


【本文】
●準備
 汗ばむ手に握り締めた小さな袋。歪な形のそれに、足りないものは後1つ。
「うっし!」
 気合いを込めて、葛城伊織(w3b290)は深く息を吸い込んだ。目指すはカップを丁寧に拭いている、この店の主。電池の切れかかったおもちゃのロボットを思わせる動きで、彼は、それでもさりげなさを装って、軽く手を挙げようとした。
「‥‥何をしている」
 緊張が最高に高まった所を背後から肩を叩かれ、伊織は半ばまで挙げた手をそのままに固まった。まるで、本当に電池が切れたかのように。
「なんだ?」
 怪訝そうに覗き込むうぇいとれすに、曖昧な笑みを浮かべて返した伊織は、ふと閃いてイレーネの耳元に何事かを囁いた。
「別に構わないが」
 淡々と答えて、イレーネはカウンターの中へと戻る。主の後ろへとまわると、彼女はその髪をまとめているバレッタを取った。
「何?」
 突然に落ちて来た髪に月見里葵が振り返るよりも早く、イレーネの手が動く。
 ざくりと小気味良い音が響き、伊織は驚愕に言葉を失った。
「これぐらいでいいか?」
 と、イレーネは切り取った髪の一房を掲げて示す。伊織はと言えば、ぱくぱくと口を動かすものの、言葉が出ない。そんな彼へと視線を巡らせて、葵は微笑んだ。
「伊織さん‥‥皿洗い、1週間で許して差し上げますわ」
「何やっているんだか」
 呆れて肩を竦める天壌まりあ(w3a798)に、伊織はバツが悪そうにそっぽを向いた。
 盛大な溜息をついて、まりあは首を振る。
「皆、準備に動いてるっていうのに」
 南禅院での強制座禅を排する為に、仲間達は既に動き出している。後発組のまりあと伊織は翠月茶寮に残ってはいるけれど。
「おっ、俺だってな、準‥‥」
 もごと口ごもるのは、葵がちらりと見たからだ。伊織は黙って、香り袋に似た小さな布袋にイレーネから渡された髪の束を詰め込んだ。
「そういうまりあは何の準備してるんだよ」
 無言で示すのは、ドラッグストアの名がプリントされたビニール袋。中を覗き込んで、伊織は眉を寄せる。
「なんだ? 痺れ防止クッション?」
 怪しげなクッションやらプラスチックの器具やらを見る伊織に、まりあは得意げに笑む。
「探せばあるものよねぇ」
 一応は科学的根拠に基づいて開発されているらしいそれらを袋の中へと戻して、伊織はコーヒーカップを手に取った。
「なるほどな。‥‥でも、知ってるか?」
「何を?」
 ずずっとコーヒーを啜って、伊織は中空に目を向ける。
「出来ねぇ理由がない限り、座禅は足を組んで行うもんだ」
 今日のまりあの服装はサーパントとの戦いを想定して動きやすく、寺に対して失礼にならない程度にくだけたパンツルック。スカートであればまだしも、これでは座禅が出来ない理由にはならない。
 そう、つまり「正座」対策グッズは役に立たない。
 声にならない絶叫を上げたまりあに、彼女の逢魔、闇紫は額に手を当てる。
「何の為に特訓して差し上げたのだか」
 正座対策グッズを買い込んでいる魔皇が意図する所を察し、それに見合った特訓を施して来た闇紫の苦労は、魔皇自身の勘違いによって水泡と帰したのだ。
「ん〜‥‥、ま、ご苦労さんって事で」
 ぽんと肩を叩いた伊織に、闇紫はがっくりと頭を垂れた。

●不気味な静寂
 大抵、座禅は20分前後で終わる。間に休憩を挟み、もう1度足を組んで更に20分。僧による説法や茶の接待を含んで、所要時間は約1時間。それが通常であった。
「時間が長ければ良いってものではないだろうに」
 流石猛(w3b246)は痺れた足をゆっくりと伸ばしながら息をついた。彼の隣りでは逢魔のアンモが顔を顰めている。いくら間に休憩を挟んでも、3時間はきつい。
「さようでございますわね」
 和服の為、正座で行に参加しているキャンベル・公星(w3b493)は猛に同意して周囲を見回した。
 3時間の座禅を強制されても、観光客がいなくなるわけではない。ツアーに参加した者達は、訪れて初めて南禅寺に多くの時間が割かれている理由に気づくのだ。もっとも、知ろうという気さえあれば、情報を得る事は簡単なのだが。
 見知った顔の混ざる観光客から茶器を配る僧へと視線を動かしたキャニーは、その天井に張り付く異質なモノに気づき、不快そうに眉を寄せた。
 ゲル状のサーパントだ。
 周囲の者に気づかれぬようにそっと手を伸ばして、猛の足を突く。
「うぁぁっ」
 突然に間近で上がった奇声に、キャニーは目を瞬かせた。仰け反って悶える猛に、アンモが猛然と抗議しようと立ち上がりかけ、ふにゃあああっと声を上げて床に手をつく。
「あ‥‥あの?」
 2人の身に何が起きたのか把握出来ずに首を傾げたキャニーに、茶器を盆に乗せた僧が苦笑いで彼女達の前に膝をつく。
「足が痺れたのでしょう」
 僅か20分。3時間強制されるとは言え、合間に休憩を挟むので1回に座禅を組むのは以前と変わりない。慣れた者はさほど苦痛を感じない、のだが。
「め‥‥面目ない」
 すまなさそうに猛が顔を上げるのに、僧はいいえと穏やかに笑んだ。
「修行の僧も、時には痺れる事がございます。慣れていない方ならば尚の事でしょう」
「その慣れてない人達に強制的に長時間座禅させて、それで何が得られるのでしょうか」
 疑問は、何の前触れもなく落とされた。
 静かに茶器を戻して、秋篠真紀(w3f005)は真摯な瞳で僧を見上げる。
「他人に強制された座禅は、観光客達に苦痛をもたらしています。それは、禅修行が目指すものとは異なっているものではありませんか?」
 狼狽する僧に、真紀は畳みかけるように続ける。
「それに、あの木」
 真紀の位置からでは影しか見えない。だが、建物の脇に立っていた巨木は遠目にも奇異に映った。日本庭園に椰子の木が生えているような、そんな違和感。
「あの木が、素晴らしいお庭を台無しにしています」
「昨今、慮外者が多いのですよ、娘さん」
 静かな声に、冷や汗をかいて彼女達の応対をしていた僧が安堵を見せて振り返った。
「慮外者‥‥ですか。それが、禅修行の強制や木と何の関係があるというのですか」
「真紀」
 僧に詰め寄る真紀を嗜めるように、彼女の傍らにいた娘が手を引く。体を動かすと足の痺れに響くのだろう。僅かに顔を顰めている。
「それは、あなた方が知らなくても良い事ですよ。修行は‥‥雑念を払い、浮ついた心を顧みる機会となれば、と思っております」
 さあ、と僧はやんわりと周囲を見渡し、座禅に戻る事を促す。
「もう1度、己を見つめ直す事と致しましょうか」
 ちらり、キャニーが窺い見た天井から、サーパントの姿は消えていた。

●囮作戦?
「あぁ、あれか。伝の言っていた木ってのは」
 建物の脇に、にょきりと生えた巨木に野乃宮美凪(w3g126)は目を留めた。
「大きいですねぇ」
 背後から顔を出した小夜真珠(w3c314)の感嘆に、そりゃまぁと相槌を打って息を吐く。
「あのな」
「はい?」
 小首を傾げた真珠の被っていた帽子を深く下げて、美凪は涼霞に視線で意志を伝える。察しのよい逢魔は苦笑を浮べて何処かへと走り去った。
「もう少し変装しろ。一応は有名人なんだから」
「あら、ちゃんとしてるじゃない」
 頬を膨らませた真珠に、どこがと美凪は彼女が鼻先に引っ掛けていたサングラスを奪う。
「帽子とサングラスなんて、定番中の定番で変装のうちに入らないんだよ」
「ご近所のコンビニに行っても、ばれないのよ」
 ぐったりと傍らの木に体を預けて、美凪は1から順に数を数えた。それは、ばれていないのではなくて、知らないフリをしてくれているのだと、こんこんと説教したくなる衝動を辛うじて押し留める。
「どうしたの? 暑さにやられちゃったの? 大丈夫?」
「いや、だから‥‥」
 観光客と思しき数人が彼らを横目に見て過ぎる。
 寺の片隅の、宮司と素顔を晒した女優の取り合わせは、さぞかし奇妙に映るであろう。しかも。
「お待たせしました!」
 駆け寄る巫女とくれば。
「‥‥申し訳ありませんが、別行動させて頂けますか‥‥」
 そそくさと、その場から立ち去ろうとしたキャニーの逢魔、スイの腕をしっかりと捕まえて、伊織の逢魔、久遠は鬼気迫る笑顔を向けた。
 ‥‥のも束の間、今度は久遠自身が腕を掴まれる。
「だからさ、真珠。ここまでやれとは言わないが、変装というものは最低限、正体がばれないようにしなければならない」
「あの、わたくしを引き合いに出すのは止めて頂けますか?」
 金髪アメリカーンな久遠は、好き好んでこんな格好をしているのではない。魔皇の命令であるから、仕方なく変装しているのだ。
 星条旗模様で描かれた「I LOVE U.S.A」のロゴ入りTシャツにジーンズ、手には炭酸飲料水の缶。首にかけたヘッドホンからは、ただでさえ耳に喧しい音楽が最大音量で鳴り響く‥‥。
 キャニーが一目見た途端に、欧米人に対する偏見かと静かに怒りを爆発させたように、久遠自身もこれは幾ら何でもあんまりだと思っていたのだ。
「んー? 私、一応女優だから〜、あんまり変な格好は‥‥」
「ですから」
 ざわりと、周囲の気配が動いた。

●誘導
 ごくごく普通の観光客を装い、小道具兼お土産の生八橋の紙袋まで下げて、離れた場所で成行きを見守っていた園田瑞希(w3a602)は、魔皇、逢魔入り乱れての混乱に、ふいと視線を逸らしてしまった。
 見なかった事にしていいですか? そう彼女が思ったのと背を向けていた南禅院から何かが飛び出して来たのは、同時。
「サーパント!?」
 咄嗟に避けた瑞希の頭上を、太い枝が掠める。建物の脇に植えられていた巨木が動き出したのだ。
 突然に暴れ出した木に、建物の中で座禅行を行っていた観光客達も騒ぎ出したようだ。
 身を翻して、瑞希は中から溢れ出して来る観光客の前に立ちはだかった。
「こちらは駄目! 皆、体勢を低くして、反対へ回るのよ!」
 逃げる観光客を落着け、宥めて瑞希は安全な場所への誘導を繰り返す。頭上で打ち振られる枝が、いつ襲って来るか分からない状態の中で、彼女は踏み止まり、たった1人で戦い続けたのだった。

●自身と向き合う事
 最初に感じたのは、揺れだった。
 地震かと顔を上げたのはまりあ。血の汗流し、涙を拭かず耐えに耐えて来た特訓が、実は全く見当違いであった事、念のためにと購入して来たグッズが役に立たなかった事と、座禅を始める前から精神的衝撃が大きかった彼女の頭の中には、既に全ての雑念は消えていた。
 思うものは、ただ1つ。
 この苦痛の先に待つ、白い至福の事だけ。
 その瞬間の幸せな幻想を邪魔したのが、微かな振動だったのだ。
「喝っ」
 打ち下ろされる警策を、思わずはしっと受け止めて、まりあは周囲を見渡した。
「こ‥‥こら! 放しなさい!」
 慌てる僧の警策を両手に挟み、押さえ込んだままの彼女に伝わる次なる振動。
「まりあ! 木が!」
 闇紫の声に頷いて、彼女は騒然とした観光客に向かって叫んだ。
「皆、逃げるのよ! ここにいては駄目!」
 彼女の叫びが引き金となって、座禅を組んでいた者達が次々と立ち上がり、外へと駆け出して行く。
 颯爽と立ち上がり、彼らを先導しようとしたまりあは、しかし次の瞬間、その場に膝をついてしまった。
「まりあ! 大丈夫!?」
 駆け寄った闇紫の腕を掴み、まりあは苦しげな表情を彼女へと向ける。
「足‥‥痺れた‥‥」
 周囲の喧騒が一層大きく膨らんで彼女達を包み込んだ‥‥ように思えた。
 笑みを浮べて、闇紫は魔皇の足を軽く叩く。途端に上がる気の抜けた悲鳴。
「ここかしら? それともここかしらぁぁぁ? 早く痺れがおさまるように、わたくしが協力して差し上げますわねぇぇぇ」
 時と場合にそぐわない悲喜劇を完全に無視して、キャニーは呆然とする僧達を振り返った。
 気づくと、その場に残っているのは僧と魔皇、逢魔だけとなっている。
「慮外者とは、あの木の事でしょうか」
 静かなキャニーの問いに、蒼白となった僧達は答えない。
「これ以上、この空間と禅の心を乱させるわけにはいかない。後は任せます!」
 言うなり、外へと飛び出して行った真紀の後を、フォルティーナが追う。
「皆様が禅を組まれるのは修行の為。ですが、観光客にとっては、どうなのでしょう」
 後から来た者達に出されていた茶器を手に取って、キャニーは続けた。
「練り方が足りなくとも、また過ぎても良い茶を点てる事は出来ません」
 キャニーの言わんとしている事に気づき、猛は僧達へと歩み寄る。
「長く座禅を組む、それが禅を極める事じゃない‥‥ですよね」
「誰に何を言われたか知らないが、観光客は寺の鏡だと俺は思うぜ。僧がきっちり修行を積んで、風格を備えてりゃ、訪ねて来る奴らも背筋が伸びる心地がするってもんだ。それは、決して客に修行を強制して生まれる気持ちじゃねぇ。あんた達は何か勘違いしてるんじゃないのか」
 歯に衣を着せない伊織の物言いに、僧達は顔を見合わせた。
「あなた達は、慮外者と言いました。マナーを知らない観光客の事を指したのだと思いますが、いくらマナーが悪くとも命の危険に晒して良いのですか? それが、仏の教えですか」
 自分達が招いた無慈悲を猛に射抜かれて、返す言葉もない。
 つんと袈裟の裾を引いて、アンモは僧を見上げた。そのまま、人化の術を解く。
「禅は自分と向き合う事だって言う人がいたよ。人は、皆、悩んで苦しんで、そして、その心を偽って生きている。そんな余計な事を無くした自分と向き合うんだって」
 逢魔の姿に、僧達は後退る。
「強制された行で、無の自分と向き合えますか?」
 アンモの隣りに立ち、問う猛に、困惑を顕にする僧達の様子に、伊織が息をついた。
「後は、あんた達が考えるこった。あんた達自身と向き合ってな」

●戦闘は細心の注意をもって
「やれやれ、これは破魔矢が必要なようだな」
 倒したサーパントの数を数える事を止め、美凪は軽く肩を竦めた。
「本当、おいたが過ぎるよっ!」
 座禅で大変な思いを―その前の特訓も含めて―したまりあの怒りの一撃がゲル状サーパントを吹き飛ばす。周囲に一般観光客の姿はない。的確で迅速な瑞希の誘導に従い、寺の外へと脱出したのだ。
 うようよと彼らを囲んでいたサーパントも、彼らの攻撃を受ける度に数を減らしていった。そして、巨木も。
「建物や周囲の景観を損なわないようにっ」
 真紀の注文に、剣を構えていた伊織が硬直する。僅かに空いた時間の隙を埋めて、キャニーの凍浸弾が放たれた。
「今です、伊織さん!」
 完全に動きを止めた巨木を、伊織の両断剣が切り裂く。傾いだ木の残骸は、真紀の魔力弾によって細かい欠片となり、ぱらぱらと周囲に降り注いだ。
「あっちも終わったかな」
「後は速やかに撤収あるのみっ! ね」
 サーパントの残骸を地面に残し、仲間達を見回した美凪に真珠が腕を上げる。彼女の言う通り。彼らはその任を果たした。後は、この寺の者達の判断だ。
「こっちです!」
 退路を確保していた瑞希の声に頷きを返しながら、魔皇達は寺から静かに姿を消したのだった。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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