どらごにっくないと

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【加護の鎖】銀閣寺・線上の攻防

  • 2008-06-30T15:43:06
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 御所の真上に浮かぶテンプルム。
 一般の者には窺い知れない内部から、また新たな令が発せられた。
「史跡、名跡に入る者は、身元を明らかにすべし」
 人の集まる場所はテロの標的になりやすい。日本有数の観光地を誇る京都は、まさにその標的と成り得る。
 それを未然に防ぐ為に、怪しい者の出入りを予め制限するらしい。
 第一段階は、幾つかの寺社仏閣。
 出入り口は1カ所を除いて封鎖され、制服を身につけた係員が常駐する検問が設けられた。住所、氏名の記入が義務づけられ、長い人の列が出来た。
 周囲にはサーパントが放たれ、不審者は連行されていく。
「そんな面倒な事をして、奴らに何の得があるのだ?」
 訝しんで尋ねた魔皇に、翠月茶寮の主は力無く首を振った。条例が発布されて間もない上に、実態が掴めないのだ。魔皇のサポートを務めとする翠月茶寮も現状を把握するだけで精一杯のようだ。
「入場を待たされた観光客のイライラを搾取する‥‥ってだけではなさそうだな」
「封鎖された観光地の内部で感情搾取が行われている可能性もあります」
 考えを巡らせても、神帝軍の真意は見えない。
 分かってはいるが、相手の動きだけでも分からなければ手の打ちようもない。
「1つ1つ、手分けして潰していくしかないか」
 はいと頷いた葵は、1枚の地図を魔皇達の前に広げた。
「これは‥‥銀閣寺か」
「条例が試行されている場所の1つです。従来の参拝受付に検問が設置されております」
 なるほどと頷いた魔皇に、仲間達の視線が集中する。地図を指で叩くと、仲間達の視線の中、彼は葵を見た。
「中門から総門までの参道には銀閣寺垣がある。垣を飛び越えて侵入しようにも出来ない代わり、参拝客と神帝軍だけが存在する、切り取られた空間になる」
 参拝客の状態、神帝軍の目的を探るにはうってつけという事か。
「検問には、参拝客と関係者、そして、別途入場を申請した者用に3つの窓口が設けられています。関係者窓口には通行証が必要です。通行証は、規定年数以上そこに住んでいる、働いている等の証明がある者に限って発行されるので、手に入れるのは困難かと思われます」
「‥‥証明があったとしても、神帝軍の審査を通らなければ発行されない」
 補足したイレーネに、魔皇は息をついた。
「別途申請する場合は?」
「旅行会社等が一括して申請するのですが、これも無制限と言うわけではありません」
 別に構わないと、紫煙を燻らせていた魔皇が呟く。
「俺達は、内部に侵入するんじゃなくて、神帝軍の目的を探る事だろう?」
 ならば、参拝客に紛れていればいい。警備や検問の神帝軍と接触する事も可能だろう。それに‥‥。
「不審者は連行されると言ったな? 連行された後はどうなる?」
「連行された者の情報も少なくて確認出来ていません」
 その辺りも調べる必要がありそうだ。場合によっては、連行された者を救い出さねばならないかもしれない。
「ただ、今後の事もございますし、一般客や内部に潜入する方の安全も考慮して、魔皇として騒ぎを起こす事はなるべく避けた方がよろしいかと」
 あくまで「普通の人間」として神帝軍を探り、尚かつ、連行された者の行方を突き止めなければならないのだ。
 それから、とイレーネは新聞の1ページを魔皇達に見せた。
 よくある求人広告だ。
「これがどうかしたか‥‥って‥‥神帝軍!?」
 覗き込んだ者が声を上げた。最後に記されるのは、企業名の代わりに神帝軍の紋章。
『急募! 受付係:各地2名 勤務先:銀閣寺・清水寺等 待遇:要相談 担当:各地責任者まで』
「「「‥‥‥‥‥」」」
「まぁ、これもリスクがあるわけだが。それでも構わなければ、何人か、より深くまで潜入出来るな」
 無言になった魔皇達の間に、イレーネの呟きが静かに流れた‥‥。



「‥‥計画は動き始めた」
 低く、男の声が流れる。
 幾重にも重なった紗の向こう、僅かに身じろぐ気配がした。
「恐らく、魔皇の妨害がありましょう」
「だろうな。足りぬ手は補っているが、さて、どれほどの役に立つか」
 憂いを帯びた溜息が届く。男は肩を竦めた。
「まあ、魔皇如きに我らの邪魔はさせぬよ。精々が街中を嗅ぎ回るぐらいだろう」
 漏れた笑いに、衣擦れの音が重なる。
 薄布の奥で消える気配に、笑みを履いたまま、男は踵を返したのだった。


【本文】
●待ち時間
「長っ!」
 検問が設置された参問から、総門の外にまで溢れ、並んだ人の列。
 思わず口に出した後に、綾小路雅(w3g677)は慌てて周囲を見回した。
 多かれ少なかれ、誰もが雅と同じ事を思っているらしい。彼の言葉を聞き咎める者はいない。
「参ったなぁ。麿、飽きちまわないかな‥‥」
 しっかりしているようでも、彼の逢魔はまだ幼い。興味と忍耐力が持続しないのは、幼児に多く見られる傾向である。逢魔にそれが当てはまるかどうかは謎であるが。
 空を見上げて仕方ないと呟き、雅は手に持っていた鞄からスケッチブックを取り出した。
 建前は、銀閣寺に絵の題材を求めてやって来た美大生だ。目的は違っても、身分に偽りはない。神帝軍に怪しまれない自信はあった。
 手早く、目についた光景を紙の上に描き写す。何枚も、何枚も。同じ物を描いても、捉え方1つで絵の印象はがらりと変わる。物事の本質は1つか、それとも‥‥。
「‥‥参ったなぁ」
 鉛筆を走らせながら、雅は呟いた。
「色が決まらねぇよ」
 緑濃い垣。その向こうに今を盛りと真っ赤に染まっているであろう紅い紅葉、青い空。
 それを示す定番の言葉はすぐに思い浮かぶけれど、小さな1枚の紅葉でさえも、全く同じ色をしているものはない。単色で描き切れるものではないのだ。
「楽しそうだな」
 突然、目の前に立った少女に、雅の手が止まる。
「えーと?」
 首を傾げる雅に手帳を閉じて、キース・ライル(w3e400)は声を潜めた。囁かれた言葉に、雅の表情に笑みが戻る。
「目立った動きはないようだな」
「うん。無さ過ぎて拍子抜けするぐらい」
 事を荒立てようと思う気は無いが、それでも、ただ観光客の中に混ざっているというのは退屈なものだ。キースは息を吐き出し、髪を掻き上げた。
「サーバントはいるみたいだ」
 木の下、落ちた葉を寝床にしてお昼寝中と、鉛筆を動かしながらさらりと告げる。
「お昼寝中‥‥か」
「俺の逢魔が見たって言ってた。奴らに見つかるとまずいんで、すぐにそこを離れたらしいけどな」
 一応の相槌を打って、キースは手の中にある携帯の画面を見つめたのだった。

●行列の光景
 飛び退った人々が踏む砂利が一斉に不協和音を奏でた。
「ナ‥‥ナンデスカ、アレハ」
 見るからに高そうなスーツの上に乗る頭は、ハチワレ猫の頭。静謐な銀閣寺の風景に浮きまくったその姿は‥‥。
 怪しい。
 何度も見直す必要もない。一目で十分。
 何度見ても、怪しいものは怪しいのだ。
「ほ、ほら‥‥、昨今は政治の場でも認められているし‥‥」
 囁かれる言葉の語尾が自信を失って萎む。
「ママー、ネコさんが服着てるー」
「見ちゃいけませんっ! 指さしちゃいけませんッ」
 顔を輝かせた子供の視線を、体全部を使って遮る母親の潜められた叱責。
 それらの全てが、猫の耳に仕掛けられた集音マイクによって拾い上げられていく。
「‥‥‥‥」
 むぅと唸りを1つ上げて、彼‥‥ネコネコマスクを被った御堂力(w3a038)は、目の位置に開いた穴から周囲を見回した。予想以上に注目を浴びているようだ。
「まずいな、これでは」
 騒ぎを起こすのは本意ではない。情報収集を務めとしてやって来た彼は、京都の神帝軍への用心で、マスクを被って来たに過ぎないのだ。
「注目して下さいと言っているようなものだと、俺は思うが」
 力から少し後方に並んでいた速水連夜(w3a635)が、晴れ渡った秋の空へと目を泳がせて呟く。影月が漏らした盛大な溜息にも気づく事なく、静夜は唇を尖らせた。
「そーですかあ? 普通だと思うんですけどぉ」
「普通、に見えるわけか。あれが」
 人の感性は千差万別。そう思わずにはいられない連夜の頬に、一筋の汗が伝う。
「ほれほれ、新人。ネタですよ、ネタ」
 こつんと魔皇の頭を小突き、逢魔は、かつて一世を風靡した某星人のような奇妙な笑い声を上げた。新人ライターの取材に付き添うお目付け役の元編集者という仮初めの立場からすると、彼の行動は正しい。
 ぐっと怒りを抑えた魔皇に、ほくほくと笑む。
「いやあ、なかなかに気分がよいものですなぁ」
 渋い顔でカメラを構えた連夜の、シャッターボタンに掛けられていた指が、ふいに外れた。液晶画面越しの視界に、同じ制服を来た数人の影が映る。
「お出ましね」
「彩夏さん」
 サングラスを外す仕草が決まるのは、その職業の為か。
「あれだけ目立っていれば、当然と言や当然よね」
「貴女も、少し自覚して頂ければ有り難いのですが」
 永来彩夏(w3h253)、職業、モデル。
 周囲の一般人とは比べものにならない垢抜けた存在感は、力同様に目立つのだ。
「そこの人、何をしているのですか?」
 呆れた声色は演技だけではあるまい。
「並んでいるだけだが」
 検問から飛び出して来た係員達に取り囲まれて、心底、怪訝そうに応える。自分が誰何を受けた理由に気づいていないらしい力に、こめかみを押さ、ロボロフスキー・公星(w3b283)は参拝客の列へ視線を送った。少々早いが、この場を穏便に済ませるには、神帝軍の意識を逸らせるのが一番だろう。
「あーっ! パパーッ!」
 応えるように、地味派手な色合いに染まった列の一角、渋い茶色と目の覚めるようなどピンクの間から、幼い少年がぴょこりと顔を出す。ロボの逢魔、ルサールカだ。列を飛び出し、一目散に駆けていく「待ち時間の潤い」に、おばさま方から落胆の息が漏れた。
「あら、ルー君」
「パパにお弁当持って来ました♪」
 てへっと語尾が跳ねる少年のあどけなさに、緊張に強張っていた係員達の表情も和む。
「この子は君の子なのか?」
「いいえ、預かっているだけよ。甥なの」
「パパがいつもお世話になっています! ルサールカと言います!」
 
●検問所
「‥‥可愛いよなぁ」
 自分の隣りに立つ人物とルーとを見比べて、逢坂薫子(w3d295)は自虐的な笑みを浮かべた。隣りの芝生は青い。他人が持つ林檎は赤い。それは分かっているし、別に不満があるわけではない。
 だが、想像するぐらいは許されるのではなかろうか。
 可愛い系だったり、イケてる系だったりする逢魔と自分の姿を‥‥
「何かおっしゃいましたか? 魔嬢様。そろそろ我らの番ですが‥‥」
 夢想の園から戻って来た薫子は、ふふふと微笑んで分かっているワと呟く。目の据わった笑顔に、千代丸はぎょっと身を退いた。そんな逢魔を気に留める事なく、彼女は係員と対峙した。
「ええ? こんなに待たされたのに、何故ですの?」
「何故って、決まりですから。身元の明らかでない人はお通し出来ません」
 目を大きく見開き、薫子は係員の男を見上げた。潤んだ瞳で真正面に見つめられ、男は返答に困る。どうやら、これはただのバイトのようだ。即座に見抜いて、胸元で指を組む。祈るように、彼女は男に縋った。
「そんな‥‥。祖父は見ての通り、老い先が短くて‥‥、最後の旅行かもしれないんです」
 男は、18世紀辺りのヨーロッパ宮廷文化もかくやと思わせるフリフリレースに艶のある黒い燕尾服の老人を見た。人生最後の旅行を、盛装で華やかに盛り上げている‥‥と見えない事もない。
「ねえ、お爺様! 冥土の土産に銀閣寺が見たいですわよねっ」
 突然に、薫子が千代丸へと抱きついた。
 祖父に縋る孫娘の健気な姿。絆されたらしい周囲の同情が集まる。薫子は、伏せた顔の下、にんまりと唇を上げた。
 が、しかし、薫子を受け止めた千代丸はそれどころではなかった。
 嫌な音を立てた腰にムチ打ち、「燻し銀」と自賛する演技力を総動員して耐える。
 ただひたすら耐える。
「と、とりあえず、ここに住所と名前を記入して貰おう」
 あまり楯突き過ぎてもいけない。大人しく、薫子はペンを取った。予め、彼女達に似通った者のデータを手に入れてある。住民票の照合等にも対応出来る、実在の人物のデータだ。
「で、身分証明は」
「え? あの‥‥新幹線の切符じゃ駄目ですか?」
 偽の身元がばれないよう、身分を証明する類のものは翠月茶寮に置いて来た。免許はもたない、クレジットカードは好きではない、そんな人間も多いのだから。
「保険証とかも持ってないのか? いつ死ぬか分からない爺さんがいるのに」
「そ‥‥それは‥‥」
 日帰りでも無理のない距離の人物を設定している。持っていなくても不都合はないはずだ。だが、咄嗟に薫子は言葉を濁した。
 うまく行けば、不審者として扱われるかもしれない。
 そんな算段が頭を過ぎったのだ。
「怪しいな。おい、本部にデータの照合をかけろ」
 素早く、薫子は千代丸と視線を交わした。彼の耳にかけられた補聴器は、今の音をちゃんと拾っただろうか。
「他の人達に迷惑をかけてしまうのね」
「いい加減待つのにも飽きておられるじゃろうに、申し訳ありませんのぅ」
 腰をさすりさすり、千代丸も薫子に合わせた。
「あー、じゃあ、その2人はこっちへ。先輩は次の人をお願いします」
 渋々と列を抜けた薫子と千代丸に、野乃宮美凪(w3g126)はやれやれと頭を掻いた。
「千代丸が相手では、あまり嬉しいものじゃないが」
 よたよたと歩き辛そうな千代丸に腕を回して支えると、美凪は小声で囁く。
「涼霞、聞えているな? 今から言う電話番号の住所を調べろ」
 ルーが補聴器に仕込んだ盗聴器は、程近い喫茶店で待機している涼霞の元へ音を飛ばしているはずだ。本部への連絡を指示した男から聞いた番号は、京都市内のもの。
 見習として一通りの説明を受けた美凪も、まだ、その所在を知らない。ただ、怪しい者は本部に問い合わせろと、しつこいぐらいに念を押された。上の指示だからと。
「問い合わせてどうするんだろう」
「正体がはっきりとするまで、各所で拘束する。不審な点がある者は本部へ連行され、改めて身元調査が行われる」
 その後は?
 長い列が続く検問に目を遣って、美凪は独り言のように呟いた。
「人々を長時間並ばせて、苛立ちを搾取しているのか? ‥‥いや、違うな」
 うんざりとした表情を浮かべつつも、待ち時間のおしゃべりを楽しんでいる参拝客の様子に変わった所はない。
「一体、奴らは何をしようとしている? 目的は何だ‥‥」
「潜り込もうか?」
 尋ねる薫子に、いいやと首を振る。
「奴らの目的がはっきりと掴めないままに潜入するのは危険だ」
 公開講座に潜入している永遠達は何か掴めただろうか。検問所に詰めている係員と、以前は券売所であった小屋の様子を素早く探った美凪の足下に小さな影が音もなく降り立つ。
「‥‥麿か」
 雅の逢魔だ。
「えっとね、サーバントが動いたアル」
 雅の元に戻る途中で美凪達に気付き、知らせに来たようだ。用件だけ告げて、動物の形をした逢魔はすぐに姿を消す。
「サーバントが動いたってどういう事だ?」
 顔色を変えた薫子に、美凪もまた硬い表情で頭を振った。不審者が発見されたか、それとも中の者達の素性がばれたのか。
「手伝って!」
 そんな不安を過ぎらせる彼らに、ロボは苛立ちを隠さずに声をかけた。
「何があった?」
「中で騒ぎが起きたみたい。並んでる参拝のお客さんを外に誘導するわ。手伝って頂戴」
 既に、ルーはどピンクの上着を着た婦人の手を取って総門へと駆け出していた。何が起きたのか分からないままの参拝客達も、その後に続く。
「ああっ、駄目よ! 係員の指示に従って、慌てずに! ‥‥だから、避難口が1つしかないのは危険だって言ったのよ!」

●不審者
 前方で注目を浴びている者を確認すべく、列から身を乗り出したキースは、目に飛び込んで来た光景に額を押さえて大人しく元の場所へと戻った。
「何? 何だったん?」
 無言でスケッチを続けていた雅が顔を上げる。
「‥‥気にする程の事じゃあない」
 不審者として連行されれば御の字だ。精々、情報を仕入れて来て貰おう。だが‥‥。
「ああっ! アナタはバロン・ザ・オセロ! ファンです〜サインして下さい〜」
「しまった、ばれてしまったか!」
 きゃあきゃあと楽しげな歓声を上げる少女と、係員の制止を振り切って彼女から逃げ出す厳つい男が、勢いよく砂利を踏みしめ仮面の男がキースと雅の隣りを駆け抜ける。
「べったべたのべただな」
「‥‥それよりも、「ばれてしまったか」って‥‥」
 いくら何でもばれるってばさ。
 去って行く後ろ姿を見送った2人が脱力感に襲われたその時、キースの携帯電話が震えた。
「何?」
「ドリフトだ」
 美凪の逢魔、涼霞と共に近くの喫茶店で待機している彼女の逢魔からの連絡だ。
「‥‥喫茶店の店員からの情報だと、何度か、夜遅くに怪しい人影が哲学の道を通ったそうだ。‥‥恐らく、検問に引っ掛かった不審者だ」
「なんで分かる?」
「店員は、最初は犯人を連行する警察だと思ったらしい。だが、それが何度も重なって、変だと思ったんだろう。それ程の犯罪が起きているならば、周辺住民にもアナウンスがあってしかるべきだしな。だが、彼らは一体どこへ‥‥」
 考え込んだキースに、雅は画材を仕舞った。もう少しで中へ入れるが、大きな手がかりを得た。調べておいた方がいいだろう。
「白川通に出ると、夜でも車が通る。‥‥哲学の道は住民しか通らない」
 目立つ大通りを避け、不審者を銀閣寺から連れ出したというのは想像がつく。ずらりと並ぶ人垣を振り返った雅は、獣化したままで飛びついて来た麿を受け止めて、むぅと唇を尖らせた。
「‥‥けど、その前にもう一仕事だな」

●神帝軍の目的
 客と一緒にパニックを起こしたバイトの係員を補助して客の避難を手伝い、公開講座潜入組よりも一足早く翠月茶寮に戻った魔皇達は、集めた情報を交換し合った。
「本部とやらの連絡先は、国際交流会館に新設されたもののようだな」
 涼霞が調べた結果を告げて、美凪は息を吐き出した。
「南禅寺の、近くだ」
 嫌な符号だと、彼は眉を寄せる。
「南禅寺か。哲学の道を抜けた先‥‥だな」
 ドリフトが聞き込んで来た話とも合う。キースの呟きに、ああと雅も同意を示す。
「麿がさ、係員達の気になる会話を聞いてんだ」
 こくこくと頷いた麿は、飲んでいたホットミルクのカップを両手に抱えて上目遣いに大人達を見た。
「お仕事増えて、本部のグレゴールがおひすだって言ってたアルョ」
「おひす‥‥」
 現場で録音した音を確認し終えた力が、その言葉に顔を上げる。内容を書き留めていたメモを見直して、彼は一声唸った。
「こっちにも似た内容があるぞ」
 メモを覗き込んだロボが、なるほどと呟く。
「本部のお姉ちゃんに、また嫌みを言われるな‥‥ねぇ」
「ねぇ、どう思う?」
 仲間達の一歩離れた場所で話を聞いていた連夜は、彩夏の言葉に瞳を開いた。
「皆の話を繋げて推理した事だが」
 語り出した連夜の声が、静まり返った店内に響く。
「神帝軍の目的は、奴らが掲げている通りだと思う。これに関しちゃ、裏も表もない」
「そりゃ、どーゆー‥‥」
 思わず立ち上がった薫子を目線で押さえ、美凪も連夜に向き直った。
「掲げている通りとは?」
「テロを未然に防ぐ為に、『不審者を予め取り締まる』‥‥つまり、京都に潜入した魔皇を見つけ出す事さ」
COPYRIGHT © 2008-2024 桜紫苑MS. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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