どらごにっくないと

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優雅な監禁生活

  • 2008-06-30T15:45:45
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「銀閣寺で」
 魔皇達を前に、月見里葵は切り出した。
「情報を集めて下さった皆様のお陰で、神帝軍の動きが見えて参りました」
 テロ防止と銘打ち、観光地に検問を設けた神帝軍。
 検問に並ぶ事への苛立ちを搾取するでもない。不審者を取り締まる彼らの目的は、人々の「感情」でない事は確かだ。
 勿論、取れるものは取っておこうとするグレゴールもいるようだが、それは、恐らく付帯効果。彼らは‥‥
「この京都で活動するテロリストのデータ収集‥‥といったところでしょうか」
「つまり、俺達の‥‥か」
 検問に引っ掛かった者は、各所の検問から本部と呼ばれている国際交流会館に移送される。そこで、更に身元の確認が行われ、少しでも不審があればグレゴールの監視付きで拘束されるのだ。
 ええと頷いて、葵は息をつく。
「先の情報を元に調べましたところ、会館にほど近いホテルを徴収して不審者の拘束に用いています」
「ホテルが拘束場所? そりゃまた‥‥」
 かのホテルは確か、かなり豪華だった気がする。
 葵は溜息混じりに調査結果を述べた。
「不審者は、どうやら、ホテルの個室を与えられているようですね。食事はルームサービス、監視の範囲内であれば、館内施設は使い放題です」
−それはむしろ、拘束というよりも‥‥。
−そういう拘束なら、2、3日体験してみたいかもしれない‥‥。
 口に出かかった言葉を飲み込んで、魔皇達は宙へと視線を彷徨わせる。
「ホテルは通常通り営業していますから、一般客の利用もあります。そんな場所にテロリストかもしれない人達の収容場所に用いる理由が分かりませんが」
 言葉を切った葵に、魔皇はそれぞれの物思いを止めた。
「偵察に出たイレーネが戻って来なくなりました」
 どうして遠い目をする。
 ふふふと微笑んで、コーヒーカップを拭き始める葵に、胃の辺りが痛くなってくる。
 最初に立ち直った魔皇が、ようやく声を発する事が出来たのは、アルコールランプを外されたサイフォンから琥珀色の液体が落ちきった後。
「戻って「来なく」なったのか‥‥」
「‥‥ええ‥‥」
 道理で、ここしばらくうぇいとれすの姿を見なかったはずだ。
「結構、こき使われていたからなぁ」
「居心地、よっぽどいいんですね‥‥」
 こそこそと囁き交わされる会話に聞こえない振りをして、葵は真正面にいた魔皇の手をがしりと掴んだ。
「お願いです。どうか拘束されている可哀想な人達を救い出して下さいっ!!」


「ちょっと」
 デッキチェアに優雅に寝そべった少女に、彼女は苛立たしそうに髪を掻き上げた。
「こっちは毎日毎日パソコンと睨めっこしているって言うのに、いいご身分ね」
 顔が半分隠れてしまいそうなサングラスがずり落ちるのを直して、少女は得意そうに笑った。傍らに置かれたテーブルの上、溢れんばかりに南国フルーツを飾りつけた器を手に取る。
「いいじゃない、別に。怪しい人を見張ってるだけなんて退屈だもん。パパだって、いいよって言ってくれたし」
「‥‥あのね、アリア」
 1口、ジュースを吸い上げると、アリアは女に向かって、べぇと舌を出した。
 その仕草に、女は不機嫌に踵を返す。
「あ‥‥あのっ」
 2人をおろおろと見比べていたファンタズマの取りなすかの言葉に、一瞬だけ歩みを止める。
「油断してると、魔皇にしてやられるわよ」
「セキュリティを強化したもん。24時間、警備会社の人がカメラで出入りする人を監視してるし、それに‥‥」
 小さな顎が指し示した先に、何気なく視線をやって、女は息を飲んだ。
「‥‥あんたね‥‥、ホテルのイミテーションジャングルの中でサーパントを飼うのは止めなさいよ」
 熱帯雨林な緑の木々に巻き付いた長い生物。
 今にも鳴き交わしそうな人形達の中、不自然に大きな鳥。禍々しい色をした植物‥‥等々。どれも身動き1つしない。
「大丈夫。魔皇が現れない限り、昼間は動かないから♪」
 呆れて言葉も出ない女に、ファンタズマは申し訳無さそうに頭を下げた。


【本文】
●それぞれの方法
 馬鹿らしくなってきた。
 でんと立派な佇まい。観光地の間近だが、喧騒からは離れている。そんな極上のホテルに、哀れな捕らわれ人達がいると言う。救出に来た自分達とホテルとを見比べると、何やら空しさが先に立つ。
 どうせなら、任務抜きにして訪れたかった。
「さすがは神帝軍だ。‥‥金をかけているな」
「そう言う問題じゃ、ないです」
 呟いた夜城将清(w3a966)に、氷霊は息を吐き出した。全開笑顔の中に滲んだ色は、傍らの将清にしか分からない。至る所に監視の目が光るホテメのロビーへと足を踏み入れて、彼らの表情は更に楽しげになった。それはもう、わざとらしいぐらいの笑み。
「一緒に泊まろうとする相手が氷霊くんというのが‥‥何だが、ね」
「‥‥そんなこと、言わないで下さい」
 しゅんと沈んだのも一瞬だけ。
 将清がおやと思う間もなく、氷雲はすぐに笑顔の仮面を付け直す。
「さ、行きましょう」
 将清の腕を取って、氷霊はフロントへと向かった。
『こんな素敵な所に泊まれて嬉しい☆』
『はしゃぐんしゃないぞ、ったく‥‥』
「‥‥って所じゃな」
「‥‥おばーさま‥‥」
 目の前を通り過ぎて行く2人の様子に勝手に台詞を入れて、山田ヨネ(w3b260)は椅子から立ち上がった。よいしょと腰をのばした彼女に手を差し出したマーリが小声で嗜める。
「わかってるよ、マリちゃん。ともかく、イレーネちゃん達、捕まった人達を探さなきゃあね」
 同じ頃、通風孔から建物の中へと潜入を果たしたゼナ・ヴォーリアス(w3e305)は、周囲に人がいない事を確認して従業員の専用階段へと降り立っていた。
「とりあえずは見つからないように待機だな」
 服の埃を払って、アシルスが準備したホテルの見取り図を広げる。同じ物が、仲間達にも渡されているはずだ。
「まずは、人質の居場所を‥‥」
「よし、ここだ!」
 くるりと見取り図に印をつけて、アシルスへと放り投げる。
「ゼナ‥‥」
 そこは、アシルスの見間違いでなければ、一番近い場所にある従業員用のトイレ。
何が悲しくて、こんなリゾートホテルでトイレに潜伏せねばならないのか。僅かに肩を落としたアシルスに気づく事なく、ゼナは意気揚揚と潜伏場所への移動を開始した。
 目的は同じでも、ホテルを思い存分楽しむ気満々のヨネとはえらく違う待遇になってしまう事を、彼らはまだ知らずにいたのだった。

●帰宅拒否
 いた。
 御神楽永遠(w3a083)は、額に手をあてた。
 探していた翠月茶寮のうぇいとれすは、のんびりと柔らかなタオルで髪から滴り落ちる雫を拭っていた。自分達の苦労も知らぬ気に。
「姫‥‥」
 天舞のこめかみに汗が伝う。
 何か言いかけるのを手で制して、永遠は静かに彼女の側へ歩み寄る。
「探しましたよ、イレーネさん」
 顔を上げたイレーネの怪訝そうな表情に、永遠は僅かに引き攣った表情を隠すよう、口元に手を添えた。
「イレーネさんらしき方がプールにいたと伺いまして」
「そう」
 興味無さそうに、イレーネはボーイを呼んだ。丁寧に頭を下げて青年がやって来ると、彼女は永遠を振り返る。
「何か飲む?」
「え‥‥? いえ、私は‥‥」
 戸惑った永遠に同じ物を2つ頼むと、イレーネは白いチェアに腰をおろす。
「あの、イレーネさん?」
 羽織ったパーカーの裾を気にしつつ、覗き込むように見ると、彼女は寛いだ様子で一泳ぎの後の心地よい疲労に身を委ねていた。ここが、神帝軍の監禁施設である事を綺麗さっぱり忘れているかの姿に、永遠は知らず勢い込む。
「何を寛いでおられ‥‥」
 感じた軽い衝撃に、永遠は言葉を途切れさせた。
「あ、すまん」
 わしわしと頭を拭きながらぶつかって来た青年が、素直に謝罪を口にする。タオルから覗くその顔は‥‥。
「「‥‥‥‥‥‥‥‥あ」」
 一定の室温に保たれたプールサイドで、2人は固まった。
 ずずず。
 ハイビスカスを差したグラスからジュースを吸い上げる音が彼らの背後に流れる。
「夜‥‥夜霧さん?」
 よぉと片手を上げて、夜霧澪(w3d021)は肩にタオルを引っ掛ける。何の気負いも無いその仕草に、永遠は先ほどからの頭痛がひどくなるのを感じていた。
「奇遇だな、こんな所で遭うとは」
 ‥‥やはり。
 しかし、黄昏れている時間は永遠にはない。一刻も早く、捕らわれた人々をこのホテルから連れ出さねばならないのだ。
 改めて、そう決意を固めた永遠の後ろの繁みががさりと揺れる。
 はっと身構えた彼女の視線の中、作り物の南洋植物の葉を揺らして、サファリルックにライト付きヘルメットに1人の少女が顔を出した。
「あ! 見つけましたよ〜っ!! 澪さん!」
 感極まって見る見る瞳を潤ませ、主たる魔皇に抱きつこうと駆け寄った小百合は、襟首をひょいと掴み上げられてじたばたと手足をばたつかせた。
 いつの間にやって来ていたのか。
 額に青筋の浮かんだ天舞は、少女の体をひょいと担ぐと踵を返す。
「監視のカメラに細工を致しました」
 去り際、生真面目に任務をまっとうしていた報告を残して。
「やぁぁぁぁっ! 澪さ〜んっ!」
「‥‥俺は今、宍戸翔だ」
 そういう事でもなく。
「なんだ? ありゃ」
 我関せずでジュースを啜るイレーネの肩に手を置いて、将清は呆れた風にその後ろ姿を見送った。
「ま、俺達は俺達で一緒にお茶でもいかが?」
「あ?」
 目を上げれば、意味深に口元を上げる男と、ぷいとそっぽを向く少女がいる。
「月見里さんが心配していたし、ボチボチ戻りませんか」
 じぃと将清と氷霊を見比べて、息を吐き出す。
「い・や・だ」
「いやだって‥‥あのね‥‥」
 そう駄々をこねずにと肩を引き寄せた将清に、氷霊は顔を朱をのぼらせて、ますます在らぬ方を睨みつけた。
「こんな所でゆっくり出来る機会はそうそうないんだぞ? 心行くまで堪能しなければ罰があたる」
「‥‥そうだな」
 しみじみと頷いた澪に、きつい瞳が向く。
 そのまま、永遠は視線を背後に止めた。ざわざわと風もないのに揺れる擬似密林の気配が、声を潜めて会話を交わす彼らの周囲に集まって来たようだ。
 ホテルを堪能する時間は、終わりを迎えつつあった。

●作戦開始
「連絡が入った」
 浄水場に隣接する寺の木立に紛れ、ホテルを張っていた不破総司(w3a041)は、雲上ソラ(w3f259)に携帯を示す。ヨネの逢魔、マーリから届いた内部の情報と貰った見取り図とで見当をつけて、彼はカレンを振り返った。
「俺達がグレゴールやサーバントをひきつけている間に、捕らわれた人達を頼む」
「はい。ちゃんと、お弁当も用意致しましたわ」
 ふ、と視線を逢魔から逸らすと、総司は双眼鏡を目に当てる。
「本当は、潜入した方々に持って行って頂きたかったのですけれど。でも、ちゃんとタコさんウィンナーも入れましたし」
 見据えるホテルの窓から、ヨネが手を振っている。
 総司が返した返信を聞いたのだろう。場所からして、ヨネが居る場所はバー。いつの間にかそんな時間になっていたようだ。辺りも薄暗くなっていた。
「卵焼きは甘くしてみたのですけれど。人それぞれですわよね」
「‥‥‥‥きっと喜ぶと思いますよ、皆‥‥‥‥」
 冷え込み始めた場の空気に、ソラがカレンに微笑みかける。
 よかったわと笑う逢魔の言葉を聞き流しつつ、総司は己の装備を整えた。

●幼い光景
 じわりと、捕らわれた人々の気持ちの家族を想う心を刺激してみた。
 誰だって家族は大切だ。
 どれほど待遇のよい環境を与えられていても、それは自分達の居場所ではないのだと、彼らに思い出させる。それは、ロボの思惑通りの結果を生んだ。
「でも、全員に行き渡るまで、どれくらいかかるかしら?」
 捕らわれた全ての人達に同じ手は使えない。けれど、彼が投げ込んだ石が起こした波紋は、緩やかに広がっていく。仲間達の行動に間に合うかどうか。それは、ロボの賭けだ。
 古都の街並を一望できる部屋でスケッチをしていた手を止め、物思いに耽っていたロボロフスキー・公星(w3b283)は、部屋に戻って来た逢魔の少年を見て微笑んだ。
「あら? お友達?」
 はいと目を輝かせたルサールカは、繋いでいた手を嬉しそうにロボに見せる。
「アリアさんって言うんです!」
「可愛いわねー? ルー君と仲良くしてあげてね」
 こくんと大きく頷いた少女と逢魔との微笑ましい姿に、ロボは笑みを誘われた。思いついて、先ほどまで京の街を写生していたスケッチを手に取る。
「そのまま遊んでいてね?」
 彼の意図を察したらしいルーと、首を傾げて見上げるアリアと。
 何枚も何枚も、その時に感じた温かな気持ちを書き留めるロボの穏やかな時間を破ったのは、突然に乱入して来たヨネの、少し乱暴な声であった。
「ほらほら、ごめんなさいよ? 何か避難しろって言ってるんだよ。皆、こっちへおいで」
 驚いて見上げる少女の手を引いて、ヨネは早口で捲し立てる。その慌てぶりの裏に潜む言葉に、ロボは気づいていた。形のよい眉を顰めつつ、彼はアリアと視線をあわせる。
「アリアちゃん、このおばあちゃんとお姉ちゃんと一緒に安全な所へ避難しましょう?」
「ルーちゃんは?」
 大丈夫だよと、ロボの代わりにヨネが請け負う。
「さ、マリちゃん、行っとくれ! あんたもだよ!」
 ロボの腕を掴むと、ヨネは小声で告げた。
「内と外、同時進行で撹乱だよ。あたし達は、その隙に捕らわれてる連中を逃がすんだ」
「あまり騒ぎは‥‥」
 分かっているよとヨネは、歯を見せて笑う。
「その辺りのさじ加減は、あの子達にお任せ。ちゃんと分かっているだろうからね」

●囮と陽動
 どん、と建物に衝撃が走った。
 壁面をとんと蹴って、総司はガラスを割って飛び出して来たサーバントを紙一重でかわした。見計らったかのように、ソラとカレンの援護が入る。
 飛び出して来たサーバントの注意が逸れた。
 その瞬間を逃さずに、総司の攻撃がサーバントを掠める。
 とどめは刺さない。
 サーバントはこの1匹だけではない。出来るだけ多く自分達に引きつけなければ、中にいる仲間や一般人達が危ないのだ。
 逃走にも同じ事が言える。コアヴィークルを使うのは、最後の最後だ。
「中も始まったようです」
 カレンの声に頷いて、彼は、飛び出して来た大型の獣の前足を掴み取った。
 もう、少しぐらいは反撃してもよい頃だろう。
「気をつけて。また出て来ましたよ!」
 状況を冷静に観察していたソラの言葉通り、下から別のサーバントが襲いかかって来る。ぎりぎりまで引きつけて、身を沈める。2匹のサーバントが宙でぶつかり合った。
「数で勝負という事か。望むところだな!」
 ガラスが破られた内側からも、派手な音が響く。
「待たせたな!」
 威嚇するサーバントから一般客を庇った永遠を抱え、横飛びに攻撃を避けたゼナは、サーバントの一撃を払ったアルシスと背を合わせた。拳を手の平に打ち付けて、やる気満々だ。
 それまで潜伏を余儀なくされた鬱憤もあるのだろう。
「ありがとうございます」
 視線で頷きあい、一般客を避難させるべく動こうとした永遠は、ふと足を止めた。
「ん? どうかしたか?」
「あの、何か匂います‥‥」
 目を逸らした魔皇に代わり、逢魔がぽつりと一言だけ漏らす。
「ああ‥‥芳香剤、かな」
 それは、彼らが潜伏した場所の状況を物語る。気の毒そうに、永遠は目を伏せて頭を垂れた。
「脱出の際にはお気をつけ下さい。匂いを追跡される事も有り得ますから」
 去って行く者達に背を向けたゼナ達は、目に映ったプールサイドで未だにのんびりとリゾート気分を満喫する男女の姿に力が抜けて行くのを感じた。
「‥‥‥‥イレーネちゃんだな?」
 周囲には苛立ちを隠さずに威嚇を繰り返すサーバントが数匹。この状況で平然と寛いでいるというのは、感嘆するべきか呆れるべきか。
「葵さんが泣いていたぞ」
 嫌そうに、イレーネはゼナを見上げる。
「嘘だな」
 即座に言い当てられた。うっと1歩後退ったゼナの耳に、相棒の呆れを含んだ溜息が届く。
「状況が状況なんで、脱出して貰えないでしょーかっ! ほんっと、お願いします!」
 今度は下手に出る作戦だ。でたらめな説得方法に、アルシスの溜息が深くなる。
「葵ちゃん、本当に困っていたよ」
 ふいに声を掛けられてて、ゼナは飛び跳ねた心臓を押さえるように胸に手を当てた。気配も感じさせずに彼の背後を取ったのは、ヨネだ。捕らわれていた人々を誘導していた彼女が、最後の仕上げにとイレーネを説得に来ていたのだ。
「ねぇ、イレーネちゃんや。魔皇と逢魔は切っても切れない関係だ。それはあんただって分かっているだろう?」
 相手は子供ではない。彼女自身が出す答えを促して、ヨネの目が細められる。
「私は‥‥」
「俺もそろそろ1人には飽いてきた。‥‥宿代を踏み倒すなら手を貸すぞ」
「先ほど、誰かが本名を呼んでいたようだが?」
 踏み倒す云々は問題ではないらしい。
 倫理的にどうこう言える立場ではない事ぐらい、ゼナ達も分かっていた。何せ、自分達もお尋ね者に等しい「魔皇」だ。
 やれやれと仕方なさそうに腰をあげた澪は、水着にパーカーを羽織った軽装で破れたガラスの前に立った。凍りつくような冬の風が彼に吹き付ける。
「行くぞ、イレーネ」
「分かった」
 イレーネに至っては、水着にパレオだけの寒々しい格好である。
 雪さえ舞おうかという真冬に、その格好はないだろうと、ゼナは腕を伸ばした。せめて、何かを羽織れと言ってやるつもりであった。
 そんな彼を遮ったのは、ヨネの静かな問い。
「そう言えば、イレーネちゃん。あんたの種族は何だい?」
 吹き荒ぶ寒風に髪を靡かせたイレーネが怪訝な顔で振り返る。
「‥‥見ての通りだが?」
 地上十数メートルの高さをものともせずに飛び降りて行く澪とイレーネの背を見送って、ヨネは呟いた。
「‥‥分かるんだったら、聞かないんだよ‥‥」
 皺の刻まれた口元を上げ、1人去って行くヨネ。
 残されて、ゼナとアルシスは敵のど真ん中である事も忘れ、がくりと膝をついたのだった。

●失地挽回
「パパ、ごめんなさい」
 俯いて謝るアリアの頭に手を置いて、彼は口を開いた。
「別にアリアが謝る必要はない。ホテルには一般客もいた。魔皇に反撃していたら、彼らに被害が出ただろう?」
 そうなのだ。
 配備していたサーバントが魔皇達の攻撃の前に倒れ、新たなサーバントを呼ぶ暇もなく、彼らは捕らえてあった者達を連れ去ってしまった。
 アリアはそう報告した。
 自分から出て行こうとは思わない程に、待遇を良くしていたのに、人々は魔皇に従った。それは偽りではない。
「家族への感情を突いた魔皇に、軍配があがってしまっただけだよ。誰も、家族や大切な人と一緒にいたいと思うからね。アリアだって、分かるだろう? 彼らの気持ちが」
 はっと顔をあげたアリアは、すぐに激しく首を振る。
 彼は、アリアの体を抱き上げた。あやすように背を撫でて、慰めた。
「大丈夫。失敗は挽回すればいい。アリアなら、どんな風に家族を思うのか。それを考えればチャンスはすぐに来るよ」
 父に等しい存在の言葉は、アリアにとって絶対だ。
 けれど、彼女の脳裏に出会った人達の姿が過ぎる。
『アリアちゃんをいじめちゃ駄目です!』
 倒されていくサーバントの窮地に我慢出来ず、魔皇の前に飛び出した自分を庇った友達の背中。
 ルーごとアリアを抱き込んでくれた腕。
 繋いだ手の温もりと与えられた優しさが、彼女の中にずっと消えずに残った。

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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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