どらごにっくないと

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祈りの先

  • 2008-06-30T15:51:03
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 早朝。
 まだ誰の姿もない神社の鳥居を見上げて、彼女は不安そうに繋いだ手を握り締めた。
「どうしても?」
 彼女はまだ幼い。
 大人でさえ惑う恋愛の悩み事‥‥成就だの、縁切りだのは全く分からない。なのに。
「アリアが適任だと思うから任せるんだよ」
 男は、金髪の少女に目線を合わせて言う。
「よく考えてご覧? ティアやテリィに任せたらどうなると思う?」
 彼女は考え込んだ。
『恋愛成就〜? そんな女なんてやめて、あたしを好きになれば? あそこの舞台から飛び降りる覚悟があるなら、考えてあげてもいいわよ。おーっほほほほ』
『恋愛は他人がどうこう出来るものじゃないよ? ああ、でも、私に出来る事が1つあった。‥‥君が私を好きになってくれれば、ね‥‥』
 深く考え込むまでもなく思い浮かんだ光景に、アリアは渋々と彼に頷く。
「わかった。パパが言うなら頑張る‥‥」
 良い子だと頭を撫でた男に、彼女は微かな笑顔を作って見せたのだった。



「地主神社に天使が降り立ったそうです」
 神の社である場所に天の使いが降り立っても不思議ではない。だがしかし‥‥。
 いつものように翠月茶寮に集った魔皇達に、月見里葵は伝が泉から拾い上げた情報を語る。
「ご存じの通り、地主神社は縁結びで有名です。清水寺の中でも、特に若い人達でいつも混雑していますよね」
 清水寺の中にある小さな神社。
 鳥居を潜れば恋愛のお守りがこれでもかと並べられ、観光客が群がっている。静謐にはほど遠い様子を思い出して、魔皇達は苦笑した。
「恋愛の願掛けを、天使が神様へと取り次いでくれるそうです」
 その天使は、神々しいばかりの金色の髪を持った少女であると言う。彼女の傍らには、いつも、白い翼を持った天使が寄り添っているそうだ。
「‥‥グレゴールとファンタズマか」
「恋愛成就のお守りを買うより、お札を納めるより、天使に直接伝える方が御利益があると思いますよね」
 彼女が佇む本殿の前には、想いのありったけを伝えようと、長い人の列が出来ているらしい。自らの感情を神帝軍に捧げている事を知らぬ人の列が。
 神社の祭神に向かっていた祈りが、今は全て天使へと向かっている。
「想いが深ければ深いほどに、神帝軍を喜ばせるわけだ」
 人の心を一体何だと思っているのか。
 忌々しそうに吐き捨てた魔皇に、葵は沈痛な面持ちで呟いた。
「向かう先を捻じ曲げられた恋心が可哀想です。どうか魔皇様方、神社にいるグレゴールを取り除いて下さい」



「アリアにはサーバントがいる。滅多な事にはなるまい」
「ですが‥‥」
 我が子を魔皇の標的として差し出すには抵抗がある。己の使命と感情との間で、声が僅かに揺れた。
 幾重にも垂れ下がった絹の帳の向こう、そんな動揺に気づかぬ様子で声は続ける。
「もしも魔皇がアリアとフェリシアを攻撃し、命を奪ったとしても、その惨劇を目の当たりとした人々の心に魔皇に対する恐怖と憎悪が植え付けられるだけだ。魔皇は自らの首を絞める事となろう」
 手の平の上、小さな欠片を玩びながら言う。
「それに‥‥いとけない天使を引き裂けるほど、魔皇達は非情にはなりきれまいよ」
 アリアが人を集め、地主神社に参拝の客が増えた。それだけで十分、アリアとファンタズマは務めを果たしていると言えよう。彼女達が魔皇の手に掛かろうと掛かるまいと、彼らの計画自体に影響を与える事はないのだ。
「良い子だな、アリアとフェリシアは」
 自我の強い大人では、こうも簡単にはいかない。アリアをと指名したのは間違いではなかったようだ。
「これで、銀閣から清水まで繋がった。もう少し、強化は必要だろうがな」
 低い笑いが静かなテンプルムの内部に響いた。


【本文】
●圧力
 想像以上だ。
 ずらり並んだ行列に、木月たえ(w3g648)は複雑な表情を見せた。
 神帝軍によって感情の起伏を抑えられているにも関わらず、人はこうして恋の成就を願う。切なくて、だけど込み上げてくる嬉しさ。
「あの?」
 首を傾けた白い羽根の天使に、たえは慌てて表情を作る。
「失礼致しました。随分と人が多いので、驚いてしまって」
 天使は頷いた。一点の汚れもない笑みとは、こんな笑顔を言うのだとたえは思う。
 純粋で清らかな、たえの‥‥魔皇の敵。
「とある方より依頼を受けて、あなた方の支援に参りました」
「とある方‥‥ですか?」
 彼女に心当たりはなさそうだ。
 当然である。
 そんな依頼主は存在しないのだから。
「クライアントに関してお話しする事は出来ません。それが決まりですから。民間の非公式協力者と認識して頂ければ十分です」
 からりと明るい口調で彼女は付け足した。
「なお、支援と同時に、お二方に何らかのトラブルが起きた場合の情報収集の任も承っております」
 守秘義務を仄めかしたその口で、依頼内容を告げるたえに相手は顔色を変えた。おかしいと思うより先に、警戒を強めて1歩後退る。これで、このファンタズマの中で、たえは魔皇とは違ったプレッシャーを与える存在として認識されただろう。
「どうかしましたか?」
 更に後退る。
 逢魔が魔皇を慕うように、ファンタズマはグレゴールを慕う。グレゴール、アリアを大事に想う彼女は、感じる危険に身を翻した。
 そんな2人の様子を、離れた場所から見ている影があった。
 姫菅原逢瀬(w3b302)と神名だ。
「行こうか、神名」
「本気か‥‥逢瀬」
 秀麗な眉を寄せた神名に、逢瀬は当然と頷く。ここで依頼を失敗すれば、彼らを待ち構えているのは夜のクラブ街だ。
「ツケの為だ。仕方がないだろう」
 彼ら専用の大福帳に記された額に、そろそろ店主がにっこり笑顔で宣告して来てもおかしくはない。
「‥‥調子に乗ってお子様ランチなんぞを頼むからだ」
「どんなものか興味があってな」
 ふふ‥‥と、逢瀬は目を逸らした。
 翠月茶寮の裏メニューなるものに挑戦してみた彼は、全品制覇した後に値段を聞いて顎が外れるかと思ったのだ。
「ちなみに、オムライスの上にはケチャップで名前が書かれてあったぞ」
 そんな事はどうでもいいと、神名は身を潜めていた物陰から1歩踏み出した。

●人混みに紛れて
 圧倒的に多い女性の流れに巻き込まれて、夜霧澪(w3d021)はゆっくりと進んでいた。
 その流れから外れる事など出来そうにない。ただ流されて、澪は進む。
「はい、次の方どうぞ〜」
 突然に目の前を塞いでいた赤い髪が無くなった。開けた視界の中、飛び込んで来る自分の逢魔。
 2人は、しばし無言で見詰め合う。
「‥‥何をしている」
「バイトです」
 きっぱり答えた小百合に、澪はふいと視線を逸らした。
 よくよく考えれば、彼女はいつもバイトをしている。そんなに働かなければならない程、彼女は困窮しているのであろうか(=自分が甲斐性なしなのであろうか)。
「でも、意外ですね。澪さんがお守りを買う為に並ばれるなんて」
 表情には出さず、思い至った悪い考えに衝撃を受けていた澪は、サリーの言葉に我に返った。
「お守り? 並ぶ?」
「はい、どうぞ〜」
 サリーの隣りにいた巫女が、澪に向かって小さな包みを差し出す。
「れぅが選んであげたよ〜」
 台紙に書かれてある文字は「ふたりの愛が育ちます」。
 受け取って、澪は呆然と立ち尽くした。
「1000円になりまーす」
 元気の良いサリーの声と、背後に並んだ女性の苛立ち紛れの罵声に押され、澪は真白になったまま金を支払い、ふらふらと列を抜けた。
「あら? 面白いものを見ちゃったわ」
 そんな彼を待っていたのは、口元を押さえているロボロフスキー・公星(w3b283)である。彼の背後には、桜沢春名(w3g815)と刀使い火乃香(w3i690)の姿。嫌そうに、澪は表情を険しくした。
「そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃない。私は、お嬢さん方のエスコートよ」
 澪の仏頂面が照れ隠しであると分かっているロボは、笑いを噛み殺す。
「それから、ルー君の‥‥」
 どんと勢いよくぶつかって来た体に驚きつつ受け止めると、嬉しさで頬を紅潮させたロボの逢魔、ルサールカが瞳を輝かせて彼を見上げていた。
「びっくりです! アリアちゃんに会えたです!」
 そう、とロボは表情を曇らせる。
 楽しそうにお守りを選んでいた春名と火乃香も会話を止めて互いに見交わしている。
 そんな大人達の変化に気づいていなかったのは、思わぬ再会に高揚していたルーだけであった。

●人と人の間
 神への取り次ぎを願う参拝客の列を見下ろして、アリアは小さく欠伸をした。
 別に何をするわけでもない。ただ、1日中、こうして彼らを眺めているだけだ。
「〜さんに想いが通じますように」
 彼らの願いはどれも同じに思えるから、アリアには退屈な事この上ない。フェリシアも、テンプルムから派遣されたという巫女装束の女性に呼ばれたまま帰って来ない。
「退屈そうだね」
 突然に間近で声をかけられて、アリアは無防備に相手を見上げた。
 銀の髪が印象的な、華奢な体つきの女性だ。
「ボク、エチカって言うんだけど‥‥天使さん、あなたのお名前は?」
「アリア」
 素直に答えたアリアに、自然と笑みが浮かぶ。
「じゃあ、アリアちゃん。ここで皆のお祈りを聞いていてどう思う?」
 首を傾げたアリアは分からないと答えた。
「そっか。‥‥分からないものを神様に取り次がなきゃいけないのは大変だね」
 しみじみとした呟きが意外な気がして、アリアはエチカと名乗る少女を再び見上げる。微苦笑の彼女が、何かを語ろうと口を開いた。
「ボクは‥‥」
「エチカ? どうしてここに居るんだ?」
 大股に歩み寄って来る青年とエチカとを見比べて、アリアは咄嗟にエチカの背に隠れた。シアのいない今、彼女を守ってくれるのはエチカだけだと判断したのだ。
「‥‥悠真がここに行ったって聞いたから」
 そうかと一言呟いて、成岡悠真(w3f958)はエチカの背後から自分を窺い見る少女に目を向ける。びくりと体を震わせた彼女に、悠真は破顔した。
 笑うと優しい顔になる。
「君が、ここの神社にいるという天使だな。‥‥見せたいものがある」
 大丈夫と頷くエチカと悠真に促され、アリアは素直に従った。
−‥‥どうやら根は素直な子供らしいな
 心中呟いて、悠真は眉を寄せた。
 少々酷だが、この幼い少女に現実というものを知って貰わねばならない。
「これが何か分かるか?」
 木の裏に幾つか開いた穴を示して、悠真は彼女に尋ねた。
「これは丑の刻参りの跡だ。縁を結べと神に祈る者と同時に、縁を切れと呪いをかける者もいる。ここに打ち付けられた想いが孕む闇を、君は受け止められるのか?」
 怖いものを見てしまったかのように、アリアは首を振りつつ後退った。今にも泣きそうな彼女を真っ直ぐに見て、悠真ははっきりと告げた。
「人と人の間に生まれる気持ちが右から左へと動かせるものではないと、君は知らねばならない」
 アリアにも、悠真の言葉が自分の行いを非難している事が分かった。だが、それを流せる程に彼女は大人ではない。
 くるりとスカートを翻して駆け去って行くアリアの後ろ姿に、エチカはぽつり呟く。
「彼女は分かってくれるかな‥‥」
 躊躇いがちに触れて来るエチカの手をぎゅっと握り返す事で、悠真は彼女に応えた。

●フェリシア
 社務所から覗く光景を、たえは頬杖をついて眺めていた。
「よくやるよねぇ」
「れぅ、知ってる! あれは「なんぱ」って言うんだよぅ」
 正解と頭を撫でてやると、れぅは得意そうに胸を張る。たえに褒められた事が嬉しいようだ。
「サリーちゃん。そろそろ準備はいい?」
「あ、はい! 澪さんにも連絡入れますね」
 逢瀬と神名の誘いを振り切れず、未だ足止めを食らっている彼女は気づいているだろうか。人の出入りが少なくなった事、魔皇達が囲んだ事を。
「ですから、私は行かなくてはならないんです!」
「つれない方ですね。ですが、そんな所がまた魅力となってしまう事をご存じですか?」
 ベルリン仕込みの完璧なナンパ術を駆使して、逢瀬はファンタズマの少女を引き留めていた。
−見たか、神名。これがナンパの極意だ
−‥‥極意って何だ‥‥
 水面下でそんな会話が交わされている事を知る由もないシアは、振り払えれば簡単なのにと唇を噛む。衆人環視の中、よもやアリアに危害を加えられる事もないだろうがと周囲を見渡して、彼女は息を呑んだ。
 参拝客の姿がまばらとなっている。
 慌てて振り返れば、社務所からたえが手を振っていた。
 正体の知れぬ彼女の存在が、シアに焦りを生み、冷静な判断を狂わせていた。
「アリア!」

●己の手で
「いかが致したのじゃ?」
 しゃくりを上げるアリアに、柔らかな声が降った。
 見上げた人影は、ゆっくりと膝を折ると彼女の頬へと手を伸ばした。少し冷たい指先が静かにアリアの涙を拭う。
 声と同じく、穏やかで落ち着いた印象を与える瞳に見つめられて、アリアは泣いていた事も忘れて瞬いた。
「あなただれ?」
「わしか? わしは狂闇昂露(w3i330)と申すものじゃ」
 一度に覚えられなかったらしい。
 口の中で音を探すアリアに微笑んで、昂露はやんわりと言い直す。
「呼び難ければ桔梗とお呼び。どちらもわしに変わりない故」
 袂から取り出した手布で丁寧に顔を拭ってやって、昂露は背後を振り返った。
「ほら、可愛くなったであろう? 桜華」
「本当に。何があったか存知ませんが、泣いていては折角の可愛いお顔が台無しですよ」
 頭を撫でてくれる手が優しくて、アリアは思わずしがみついた。
 反動で僅かにバランスを崩したものの、昂露はしっかりと彼女を受け止める。まぁと顔を綻ばせて、桜華は2人を抱くように腕を回した。
 その時であった。
 アリアを呼ぶ叫びが静けさを切り裂いた。
「アリア! 逃げなさい! 魔皇がっ!」
「待った! 俺達は話し合いを‥‥」
 腕を掴む逢瀬が、彼女を傷つけないようにと力を加減している事も知らず、シアは身を捩って叫び続ける。
 お守りを物色しつつ様子を見ていた者達も、突然のファンタズマの狂乱に彼らの周囲へと集った。
「シア!」
「お待ち。落ち着くのじゃ」
 昂露の制止を振り払い、アリアはシアへと駆け寄ろうとした。しかし。
 彼女の足下の石を弾いて、なにかが打ち込まれる。
「アリアちゃん!」
 騒ぎの中心にいるのがアリアだと知って、ロボはルーの背を押した。
「行きなさい、ルー君。あなたがアリアちゃんを守るんでしょう?」
 いつかの約束だ。
 大きな瞳に決意を込めてルーが駆けだすのと、巨大なサーバントが現れるのは同時であった。
「止めて、アリアちゃん!」
 巨大な鳥の形をもったサーバントの羽ばたきで、小石混じりの土が舞い上がり、彼らを襲う。
 腕で目を庇いつつ、アリアの元へと近づいた春名は、自分に降り注ぐ小石がふいに止んだ事に気づいた。頭上に感じる気配に顔を上げる。
「‥‥行くんだろ」
 低い声。
 どんな時でも決して聞き間違えたりはしない声。
「はいっ!」
 自分を小石の雨から守ってくれる腕に、春名は小さな花束を大事そうに抱え直した。
 火乃香が放つ鋭い剣の一閃が礫を弾いた隙をついて、彼女達は一気に間合いを詰める。だが、その行く手を阻んだ者がいた。
「アリアちゃんをいじめちゃダメですっ」
 小さな体でルーがアリアを庇う。
「アリアちゃんは優しい子なんです。きっと分かってくれます‥‥」
 アリアを抱き締めたまま、ぎゅっと目を瞑るルーの肩に、火乃香はそっと手を置いた。
「もう、いいんだよ」
 いつの間にか、サーバントの攻撃は収まっていた。
 促す火乃香の声に、恐る恐る目を開けると、そこには笑顔。
 穏やかな春の日差しを思わせる笑みで、春名はアリアの手を取った。傍らに立つ久遠に笑みを向けて、彼女は花束をアリアへと持たせた。
「綺麗でしょう?」
 彼女の意図が掴めず、アリアは花束と春名の間で視線を彷徨わせる。
 留める逢瀬の手に抗っていたシアも、その動きを止めてアリアと春名を見た。
「あのね、好きって気持ちは、こうやってちゃんと相手に届けないと萎れてしまうの。このお花が、いつか萎れてしまうように」
 ルーの頭をくしゃりと撫でて、火乃香はアリアに片目を瞑ってみせる。
「そうそう。自分で動かなくちゃ、相手にはいつまで経っても気持ちは届かないんだよ。ちゃんと行動で示さなくちゃ。‥‥ルーみたいにさ」
 でもねと、火乃香はアリアにだけ聞こえる声で耳打ちをした。
「頼りたくなる時も、たまにはあるよね」
 ちらりと見せたのは、小さなお守り。ずっと大切な人達と、彼女の逢魔であるイクスと共にいられるようにと願う心は、時に不安を生む。
 だから、人は自分を越えた存在を頼みとするのかもしれない。
「‥‥アリアが間にいちゃいけないの?」
「アリアちゃんは、受け取った祈りに力を貸してあげる事が出来る?」
 出来ないと頭を振ったアリアに、昂露は視線を合わせた。
「それでよいのじゃ。そのような力があっては人生面白ぅない」
 その言葉に、アリアはようやく笑顔を見せたのだった。
「これでよかったのよね」
 恋占いの石の間を目を瞑って歩くルーとアリアの姿をスケッチに写しながら、ロボは呟いた。
「ええ、きっと。ルーちゃん! もっと右よ」
 確信を込めてロボの独り言に返事を返した春名は、楽しげな子供達の姿に満足そうな笑みを浮かべて立ち去る澪の姿を見つけ、影のように自分の傍らに寄り添ってくれる存在へと視線を巡らせた。返って来た微かな、彼女にしか向けられない笑みに、春名は手を差し出した。
「ほら、何が見える?」
 続いて挑戦した逢瀬に右だ左だと声援を送っていたアリアは、突然に肩に担ぎ上げられて驚きの声を上げた。そんな彼女に悠真は尋ねる。
 彼と同じ目線から見る光景は、いつもとは違って見える。勿論シアに抱き上げられて空を飛ぶ時とも。
「いいか。同じものでも、見る位置を変えるだけで全く違うものになる。それを忘れずに、自分の正しいと思うものを選ぶんだ」
 例えそれが自分達と敵対する選択だとしても構わない。その時は、再び彼らの見た真実と彼女の真実を突き合せればいい。
 言葉に出さない悠真の想いは、アリアに通じたであろうか。

●日暮れ
 暗くなるまで遊んでしまった子供は、叱責を覚悟して首を竦めた。
 しかし、彼女に投げられたのは怒声ではなく、溜息。
「仕方がないな。‥‥楽しかったかい?」
 彼女が手に持ったマトリョーシカに目を留め、彼は笑いを声に滲ませる。顔を上げた少女に、彼は手を差し出した。
「さあ、戻ろうか」
「怒ってないの?」
 しっかりと手を繋いで、家路を辿る親子のように歩き出す。
「アリアはちゃんと役目を果たしたさ」
 彼の頬に、穏やかな口調とは裏腹の剣呑な笑みが浮かんだ。
「十分な程に」
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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