どらごにっくないと

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【古都巡り】壬生・維新の埋み火

  • 2008-06-30T15:52:07
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 大学教授、氷室龍弥が企画した公開講座。
 史跡を巡り、刻まれた歴史に触れるという講座は魔の者の妨害で中断を余儀なくされた。魔の者の標的となった事で危険を感じた参加者のキャンセルが相次ぎ、企画自体が成り立たなくなったのだ。
 暗礁に乗り上げたかに見えた講座は、だがしかし、神帝軍のバックアップによって、再び動き始めたようだ。
 魔の者達‥‥つまり、魔皇の襲撃に備え、テンプルムから警護がつくとの噂に、歴史好き達は競って申し込み、教授の研究室は久々に活気づいているという。
「善意で神帝軍が氷室教授の企画に協力していると思われますか?」
 チラシを魔皇達に差し出して、月見里葵は彼らに意見を求めた。
「まさか」
 どう考えても感情搾取が目的だろう。
 警護がつくと言っておけば、サーバントが徘徊していようが、グレゴールやファンタズマが同行しようがおかしくはない。
「古き時代を求める純粋な心に協力する‥‥か。よく言うぜ」
 吐き捨てるように呟いて、チラシを指で弾く。
「純粋な心に協力するじゃなくて、純粋な心を搾取するの間違いだろ」
 ともかくと葵は魔皇達を見回した。
「1回目のコースは新撰組がテーマです。四条大宮駅から壬生寺、西本願寺の近辺ですから、皆様‥‥」
 魔皇の1人が手を閃かせた。不敵に浮かぶ笑みは、全てを承知していると言いたげだ。
「分かっている。奴らの感情搾取を阻止し、参加者を守ればいいんだな」
 それぞれの役割分担を決め、作戦を詰めていく魔皇達。
 彼らに任せておけば大丈夫だ。
 葵は、無表情に洗い物を続けるイレーネに視線で頷く。
「でも‥‥どうして今頃になって神帝軍は‥‥」
 心の奥で何かがひっかかる。
 過ぎった不安を振り払って、葵は魔皇達の為にコーヒーを煎れ始めた。


 神の使いが住まう空中の城には些か不似合いな、派手な装いの女が1人、人気のない長い廊下で春色のパンプスの爪先を止めた。
「あら。どこへ行くの?」
 分厚いファイルを何冊も抱えた男に、彼女は嫌味も込めて笑いかける。
「アンデレ様のお申しつけでな。近く配備される設備の取り扱い説明書を一式お持ちした」
 電話帳の何冊分になるのであろうか。男の腕に抱えられたそれらを見つめて、彼女は絶句した。
「それ全部? ってより、取説なんてあったんだ‥‥」
「特注品だ」
 男の眉間に皺が寄る。苦り切った彼の表情に、彼女は笑う。ここまで渋い顔をする彼なんて、今まで見た事もない。
「大変ね。あぁ、そうだ。私、これから街に降りるから」
「そうか。お前も参加するんだったな、ティアイエル」
 彼の口元が僅かに歪められた。つんと顎を逸らしたティアイエルも気づく事がない、微かな笑み。
「ええ、そうよ! お陰様でね」
 傍らを通り過ぎつつ、彼はいつもと同じ調子で拗ねた彼女を労う。
「よろしく頼む。自分の役目を忘れて暴れないようにな」
「失礼ね。でも、私、魔皇達に顔を知られているのよ? 参加者に紛れ込んでも、すぐにばれると思うわ」
 魔皇が襲って来たならしらない。
 暗に仄めかしたティアイエルに、彼は声を立てて笑う事で応えた。面白そうに跳ね上がった眉も、ティアイエルは気づかなかった。
「そういえば‥‥」
 ふと、彼女は足を止めた。
 男の背はもう遠ざかっている。
「‥‥なんでアンデレ様が取説読むわけ?」
 実際にそれを動かすのは、彼ではあるまいに。

【本文】
●覆う影
 吐き出した息が白い。
 コートの襟を合わせ直して、彼女は星が瞬く空を見上げた。
「ここも何もなし。嫌な感じは変わらない、か」
 内容は先ほどと同じだ。公開講座に起こり得る危険を予め調べ歩いてはみたものの、これではポイントを絞りようがない。
「一体どういう事? この講座自体が危険? それとも‥‥」
 近づくなと祖霊は告げる。
 鋭い爪と牙に引き裂かれたくなければ、近づかぬが賢明だと。
 ずれた眼鏡を押し上げて、彼女は忌々しそうに舌打ちをした。

●遣わされた者
 待ち合わせは四条大宮駅。
 ウェルカムボードを持って立つ講座の主催者は、にこやかに彼らを迎えた。
 混雑する休日の駅の一角に、和やかな輪が出来る。集っているのは、これからの時間を楽しく過ごす一時の仲間達である。
「おはようございます。‥‥おや? あなたは」
 杖をついてやって来た山田ヨネ(w3b260)に、氷室龍弥は腰を屈めた。
「おばあちゃん、また参加して下さったのですねぇ」
 以前の講座に参加したヨネを、彼は覚えていたようだ。彼女が杖をついていなければ、両手を握って振り回しそうな勢いで喜ぶ。
 一度は休止の憂き目を見た講座の再開に、以前の参加者との再会。感激もひとしおであろう。
「神帝様のお遣いのお陰ですじゃ。で、そのお遣いさんはどちらで? 一言御礼申し上げねば」
「申し訳ありません。私も、神帝軍の方がどちらにいらっしゃるか伺っていないのです。ただ、守って頂けるとだけしか‥‥」
 氷室の話に聞き耳を立てていた逢坂薫子(w3d295)は、ちらりと前方に立つ女を見た。
 以前に関わったグレゴールに瓜二つな女は、噂に聞くティアイエルであろう。彼女を見る度に誰かを思いだして笑いが込み上げて来る。小さく咳き払って、薫子はそっと睫毛を伏せた。
 今日は和装のお嬢様である。ここで爆笑してはいけない。
「おや? 君も参加者かな?」
「かぬちこぎつねまるです!」
 氷室が鍛人錬磨(w3f776)の逢魔に語りかける声に意識を集中させて、薫子は自身の感情を必死に押しとどめた。

●虚像
 四条大宮駅から壬生寺の間には新撰組隊士が眠る光縁寺や、尊皇攘夷派の浪士を拷問にかけた屋敷などが続く。
 小説や映画、ドラマの中の登場人物として憧れていた者が、自分達と同じ生身の人間として目の前に現れた‥‥そんな心地を味わっているのだろうか。
 若い女性達が頻りに吐息をつく。
「‥‥沖田さんは土方さんと一緒にこの道を歩いたのでしょうねぇ」
 うっとり呟いた小百合に、夜霧澪(w3d021)は諦めた様子で相槌を打つのみだ。
 もはや訂正する気も起こらない。
「そりゃあ、歩いただろうね。彼らが宿泊所としていた屋敷も、確かこの近くだったし」
 ガイドにと押しつけられた本を取りだして、ジャンガリアン・公星(w3f277)はぱらぱらと頁を捲った。
 市販品ではなく、特定の事象について突き詰めた手作りの本だと、渡してくれた女のコが力説していたものである。
 彼が思考停止するまでに要した時間は数十秒。
 本が彼の手から離れ、地面に落ちる乾いた音がやけに鮮明に聞こえた。
「あ、落ちましたよ?」
 拾うな。
 拾うんじゃない。
 薄い本の装丁で事情を察した者達の心の声は、だがしかし、氷室にまでは届かなかったようだ。
 そして、氷室が動きを止めるまで更に数十秒。
「ま‥‥まぁ、こういう解釈も‥‥」
「せんせぇ、声が震えてマース」
 途端に飛んだ若い女性の声に、氷室は隠し切れない動揺を抑えつつ、丁寧に本の汚れを払ってリアンの手に戻した。
「皆、新撰組を美化しすぎじゃねぇか? 奴らだって俺達と同じ人間で、普通の男だったんだぜ? そりゃあ、中にゃ見目良い奴も混じってただろうが」
 うんざりとした口調で吐き捨てて、葛城伊織(w3b290)は腕を組む。何事かと顔を上げたのは、彼が誘った月見里葵だ。
「毎日、刀握ってた体育会系の野郎共だぜ? んな本みたいに花を背負ってキラキラしてるなんて暇ぁ‥‥」
「本‥‥やけに詳しいんですね」
 ぼそりと葵が呟いた。
 伊織の背に汗が流れ落ちる。
「なんて暇はあるわけないですよねぇ。確かに」
 彼の言葉を継いだ久遠に、伊織は熱い眼差しで感謝を伝えた。
 仕方無いと息をついて、久遠は参加者を見回す。主と違って、溜息が演技ではない。
「結局、彼らは捨て石だったんですよね。もしも幕府が薩長に勝ったとしても、何らかの罪状を被せられて追われたのではないでしょうか」
 しんと参加者達は静まり返る。浮かれていた気分が冷めたようだ。
「こうやって祭り上げられた連中は草葉の陰でどう思っているかねぇ。アタシも偶像と現実の違いってもんを聞いてみたい気がするよ」
 とんとんと腰を叩いたヨネの声に重なって鳴った携帯電話に、一斉にポケットや鞄を探り出す。
「‥‥失礼」
 鳴っていたのは氷室の携帯であった。皆に断り、彼は電話に出た。
「ああ、君か。‥‥それは君の好きにしていいよ。資料はファイルの‥‥」
 氷室を気遣って、参加者は少し離れた場所で待つ。盛り下がった雰囲気は、親しい者同士の間にも白けた空気を漂わせていた。
「なんや? えらいテンション低いなぁ」
 聞き慣れた声に相槌を打って、リアンは声の主を振り返った。
「ああ。今、伊織が皆の高揚を下げ‥‥て‥‥」
 再び、リアンの手から本が落ちる。
「ふーん。‥‥ってどないしたんや?」
 浅黒い肌にポニーテールの少女は、確かに彼の逢魔であった。
「お前‥‥なんて格好を」
 だが、彼の逢魔は男であったはずだ。
 少女は、かんらかんらと笑った。
「お前に他人の事が言えんのかあ? ところで、竜美はんからの伝言やで。今ンとこ、表だった神帝軍の動きはなし。あ? 気分でも悪いんか?」
 額を押さえて呻いた主の心中も知らず、鳳はただただ首を傾げるのみであった。

●京都
 通りの賑わいを眺めながら、彼らは一息をついた。
「魔嬢様、例の方以外にグレゴールらしき者はいないようですぞ」
 お喋り好きなおば様方と行動を共にしていた薫子は、和菓子を口に運んでいた手を止めた。
 背中合わせに座った千代丸は、紅茶のカップを小指を立てて手に取ると芳しい香りを胸に吸い込む。
「サーバントも少のぅございますし。神帝軍の警護という触れ込みの割には手薄な感がございますな」
「そっか」
 つまらなさそうな顔でコーヒーを飲むグレゴールを窺って、薫子は懐紙で口元を押さえる。
「ところで千代丸」
「何でございましょう?」
 紅の残った紙を小さく畳んで盆の隅に乗せると、薫子は冷たく言い放った。
「背広姿で派手派手しいハンカチ使うのは止めときな」
 背景に衝撃の稲妻を走らせた逢魔から離れたテーブルでは、氷室を囲んでのティータイムに穏やかな一時を過ごす者達がいた。
「わしは、勤皇志士も幕府軍も己の信念を賭して戦った者として尊敬しておりますのじゃ」
「確かに、自らの思想を貫く事はブシドーに通じると思うが、それを他人に強制するのは戴けないな」
「‥‥どうでもいいが、お前達の解釈はあくまでお前達のものであって、俺には俺の‥‥」
 護部清丸(w3g816)の言葉にリアンが自分の意見を述べれば、澪が興味無さそうに、だが熱く語る。
「皆さん、ご存じですか? 沖田総司はB‥‥」
 言いかけて、サリーは固まった。
 テーブルの下、静かに強く澪が足を踏みつけたのだ。
 事情を察したリアンと清丸が同時に息をつく。
 そんな彼らの様子を楽しそうに眺めていた氷室は、京都の地図を食い入るように見つめるマーリに気づき、彼女の手元を覗き込んだ。
「何をご覧になっているのですか?」
「えっ? いえ‥‥その‥‥京都は歴史的に重要な場所が多いなと思いまして」
 まさか神帝軍が関わった場所同士の繋がりを考えていたとは言えない。慌てて誤魔化すと、氷室は大きく頷いた。
「この街は千年の都ですからね。街の至る所に刻まれた歴史は、きっと私の一生をかけても知り尽くせない。だから、私は京都に惹かれてやまないのかもしれませんね」
 何故、神帝軍はこの男に関わるのだろう。
 口に広がるチーズの風味としっとりとした生地を味わいながら、清丸は思った。
 京都の歴史に対する彼の思い入れは並々ならぬのがある。しかし、純粋に何かに打ち込む者の心を略取するのであれば、彼に限る必要はない。
 この街には、伝統の技を守り続ける者や道を究めんとする者が多いのだから。

●仕掛け
 今のところ、怪しい動きはない。
 時折、サーバントの影がちらつくが、その程度だ。
 北条竜美(w3c607)は眉を寄せて周辺の地図を広げた。この寺の後、彼らは島原を経由して西本願寺へと向かう。
「‥‥このままで終わるはずがない」
 講座参加者の影が完全に消えたのを確認して、彼女は空き缶をゴミ箱に投げ入れる。乾いたアルミの音が響いた。
 ここからは慎重にいかねばならない。
 散策する参加者の速度に合わせ、付かず離れずで走行するバイクは不審な印象を与えるだろう。神帝軍を誘き寄せるにはまだ早い。素早く、そんな計算をしていた竜美の耳に、彼女を呼ぶ骸牙の押し殺した声が届いた。
「竜美様、あの者は‥‥」
 先ほどまで講座参加者が熱心に手を合わせていた近藤勇の胸像に近づいていく女性が1人。花が供えられた胸像の周囲を注意深く見てまわると、彼女はふいにしゃがみ込んだ。そっと、香立てに手を伸ばすと、優しい手つきで落ちた灰を払う。
 それだけを見ると、おかしな所はない。
 だが、竜美の勘が何かを訴えかけていた。無言で、抱えていたヘルメットを被る。骸牙もそれに倣った。
 ゆっくりと、2人は女へと歩み寄った。
 彼女達の気配に気づいた女が振り返る。彼女は、スモークシールド越しの視線を真っ直ぐに受け止めた。
「こんにちは、魔皇様」
 紡がれた言葉に、竜美の体が微かに揺れる。震えたのではない。笑ったのだ。
「やはり神帝軍か。ここで何をしていた?」
「わたくしがお答えするとでも?」
「まさか」
 瞬時の判断で、竜美は飛び退った。
 僅かに遅れて、彼女が立っていた場所へサーバントが襲い掛かる。
「俺達の目を別に向けて仕掛けている所を見ると、さしづめ対魔皇用の結界兵器か範囲兵器だろうが!」
 くすくすと女は笑った。
 短い髪が、まだ冷たい風に揺れる。
「まあ、鋭い事。でも、無駄ですわ」
 それは、竜美の攻撃に向けられた言葉だったのか、それとも‥‥。

●役目
 背後で走った閃光に、彼らは異常を察した。
 足を止め、ざわめき始めた人々を素早く見回し、錬磨は仲間達と視線を交わす。
「あ‥‥、はい? どうしました?」
 不安げな表情を浮かべていた氷室は、手を繋いだこんがそわそわし始めた様子に気づいて、彼に目線を合わせる。
「おしっこ〜」
「は? え? ええっ!?」
 こんを抱き上げ、大慌てを始めた氷室に、錬磨は申し訳ない風を装って声をかけた。
「すみません。連れていきます」
「何か起きたみたいですから、離れるのは危険ですよ」
 ぶらんと氷室の手からぶら下がったまま、こんは手足をばたつかせる。うるうると今にも泣き出しそうなこんを、錬磨は氷室から引っ手繰った。
「限界か!? すみません。すぐ戻って来ます!」
 厄介事から出来るだけ遠去かろうとする人の流れに逆らい、駆け戻って行く錬磨に、氷室は上擦った声を上げた。
「危険です。どうか彼らを守って下さい!」
 はっと、薫子はティアを探した。
 押し寄せる人波に、いつの間にか彼女とはぐれていたのだ。
 舌打ちは、ヨネの間近から響いた。
「仕方ないわねっ」
「あ‥‥あなた様が神帝様のお遣いで?」
 ヨネの問いかけに答える素振りすら見せず、ティアは間近で立ち尽くす参加者を乱暴に押しのけた。
「あああ、神帝様のお遣いがおられるなら安心ですじゃ。ナンマイダブ、ナンマイダブ‥‥」
 この手のタイプに遠慮する事はない。
 ヨネはその腕に縋りついて題目を唱えた。
「ちょ‥‥ちょっと!?」
 振り払おうとしたティアに、すかさず薫子が指を指す。
「あー! 神帝のお遣いがお年寄りに乱暴してるー。いいのかなーいいのかなー?」
 集まる視線に、ティアは苛々と髪を掻き上げて怒鳴った。
「分かったわよ! 守ればいいんでしょ、守れば! ったく。なんでアタシがこんな事を!」

●任務の後
 ハプニングが起きたものの、何とか予定通りの行程を終わらせて講座は終了した。
「ティアイエルは帰ったみたいだぜ」
 やれやれと首を回した薫子の言葉に、清丸はむぅと考え込む素振りを見せた。
「何やら解せぬ。あの女グレゴールは何故、講座に紛れておったのか。単に警護であれば、別に参加せずともよかったであろうに」
「何かの思惑があったのか‥‥」
 清丸と同様の疑問を澪も抱いていた。ずっと氷室の周囲で目を光らせていたが、グレゴールは熱心な歴史ファン達に接触して来る気配はなかったのだ。歴史や新撰組への憧れを搾取するのであれば、氷室の側が一番効率がよいはずなのだが。
「壬生寺に現れた女が何をしていたのかがキーだな」
 加勢の錬磨と共にサーバントを撃退した時には姿を消していた女。
「装置の類は仕掛けられてはいなかったが」
 こんと一緒に周辺の探索をしたが、これと言っておかしな装置などは仕掛けられてはいなかった。告げる錬磨に、仲間達は黙り込む。
「まぁ、ここで論じ合っていても仕方がない。とりあえず、翠月茶寮に戻っ‥‥」
「あ、わりぃ」
 片手で錬磨を拝み、薫子はぺろりと舌を出した。
「これから亀屋陸奥で買い物‥‥」
「その後は飛竜頭ですじゃねぇ」
 どうやらこの2人、最後の最後まで食べ歩くつもりのようだ。お声が掛かるのを建物の影で待っている千代丸もおそらくは付いていくであろうから3人が抜ける事になる。
 軽く頭を振った錬磨に、伊織もぱんと手を合わせて頭を下げて久遠と葵の腕を掴んで走り去る。
「‥‥いいんだ、別に」
「れーまさまー。こんもー」
 服の裾をくいと引っ張るこんに、錬磨は色が変わり始めた空を見上げたのだった。
 一方、仲間から離れ、再び壬生寺へ向かった伊織は久遠と葵を新撰組縁の和菓子屋へと誘っていた。
「さっきは入れなかったからな。ここの屯所餅はお勧めなんだ」
 何度か瞬きを繰り返し、久遠は主から目を逸らした。その顔には苦笑が浮かんでいる。
「私は遠慮させて頂きますね。お先に失礼しまーす」
「お、おい。久遠?」
 引き留める間もなく、久遠は雑踏の中に消えた。
 残された伊織は、ばつが悪そうに鼻の頭を掻く。
「どうする? 俺と2人だけってのが嫌なら‥‥」
「あら。誰が嫌だと言いました?」
 葵の焚きしめた香が、ふわりと間近で匂った。
「ぉわっっ!?」
「ささ、早く行きましょう? 勿論、伊織さんの奢りですわよね」
 葵に腕を絡められ、あたふたとしたのもしばしの事。
 ふいに、伊織は表情を改めた。
「すまねぇな‥‥」
 落とされた小さな呟きは、この地に眠る者達へ。
 あのままでは信念に生きた者達への敬意さえも奪われかねなかった。それを阻止する為とは言え、彼らを否定してしまった事を、伊織は詫びた。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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