どらごにっくないと

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【古都巡り】五芒星の導き

  • 2008-06-30T15:54:33
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「おや、おかえりなさい」
 仕事を終え、戻って一番に見る光景がこれとは。
 彼は額を押さえた。
「‥‥何をなさっているのですか、アンデレ様」
「何って、見て分かりませんか?」
 いや、分かる。分かるのだが‥‥。
 何故に、メガテンプルムの総指揮官、神帝に近き13天使の1人が象に見立てたピンク色のじょうろで花に水をやっているのだろう。
「ぼぉっとしてないで、少しは働きなさいとテレちゃんから言い付かったのですよ」
「‥‥そのテレジアはどこに?」
 頭が痛い。
 ほいほいと従う彼も彼だが、プリンシュパリティを顎で使うファンタズマは、もしや、このテンプルムで最強なのではなかろうか。
「お風呂ですよ。何だか真っ白になって戻って来たのですが」
「ご心配には及びません。子供の悪戯です」
「いやあ! ばーどの番組が始まっちゃう!」
 濡れた髪から水気を拭うのもそこそこに、バスルームから飛び出して来たのは、今まで話題に上がっていた娘。立ち話をする男2人を押し退けて、彼女はテレビのリモコンを手に取る。
「この通り、本人も元気ですから」
 あははと呑気に笑ったアンデレは、しかしと表情を沈ませる。
「世界は安寧に遠い。早く輪を広げねばなりません」
「分かっております。計画は順調に進んでおります。一部の地区では、予想以上の効果を得ております。どうかご安心下さい」
 力強く答えた副官の言葉にも、アンデレの憂いは晴れない。
「この1件はあなたに任せてありますから、これ以上は言いませんよ。ただ、1日も早く、この京都が『理想の地』に近づくように」
 畏まって頭を下げ、ところでと彼は切り出した。
「‥‥鉱物にいくら水をやっても育ちはしませんが?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 象の鼻から勢いよく流れる水を見つめて黙り込んだ男達の背後で、テレビから流れる明るい声が空しく響いていた。



 魔皇が祇王寺から持ち帰ったものをテーブルの上に転がして、月見里葵は周りを囲む者達を見回した。
「確かに、これは水晶のようです。中に金線が入っている、俗に言う針水晶ですね」
 遠目にはソロバン形に見えるそれは、調べた限りただの水晶だ。何かの仕掛けがあるわけでもなさそうである。
「神帝軍が仕掛けたものならば、皆様の予想が正しいと思われます」
 局地的な効果ではなく、もっと大きな効果を持つ何か。
 それが何であるのか‥‥。
 彼らの考えは予想と推測の範疇を越えてはいない。もっと確実に、神帝軍の目的と真意を暴かなければならない。
「もしも、これが神帝軍の手によるものであれば、次の安倍晴明の縁の地にも同じ物が仕掛けられるはずですし、もしかすると、これまでの場所にも隠されているかもしれませんね」
 葵の言葉に頷いて、うぇいとれすのイレーネが地図を広げる。
「皆が言ってた通り、これまでの神帝軍は御所を中心に、少々いびつだが円を描くように動いている。そして‥‥」
 その軌跡を辿るイレーネの指が、次回の講座開催地である晴明神社を指して止まった。
「もうすぐ円は完成する」
 まだまだ不確定な要素は多い。
 神帝軍が氷室教授の講座を利用しているらしいと感じていても、その理由も分からぬまま。講座の後を追う女の正体も、鋭い爪を持つ影の正体も。
「だが、少しずつだが敵の姿は見えて来た。今度こそ、奴らの正体と目的を暴く」
 低い呟きに、彼らは決意を新たにした。


 いらいらと、彼女は爪を噛んだ。
「少しは落ち着きなさい、ティア」
 兄の声も聞こえてはいない。彼女の頭の中に巡るのは、講座に参加していた者達から問われた言葉と、そして、あの男の含み笑い。
−君は、講座の警護をしてくれればいい。私が表立って動けない分、代わりに彼らを守っておくれ。
「‥‥一体、何を企んでいるのよ」
 自分だけを除け者にして。


【本文】
●親しみ
 辺りを見回して、鍛人錬磨(w3f776)は黄昏れた。
 のっけからこんなに疲れていいのだろうかと思うが、仕方がない。神社に足を踏み入れた途端、精神的疲労が押し寄せて来たのは確かなのだから。
「‥‥ここも変わったな」
 晴明神社。
 数々の伝説を残した稀代の陰陽師、安倍晴明を祭神とする神社である。
「きゃあ〜☆ 澪さん、澪さん、これ可愛いです〜☆」
 撫で物をキャラクター化したあぶらとり紙に、小百合は歓声を上げて夜霧澪(w3d021)に手を振った。
「ああッ! こっちには超美形な晴明サマの絵葉書がッ!」
 ここは同人誌即売会場か?
 澪と錬磨の体が同時に揺れる。
 五芒星が刻まれたリングにペンダントまでは良いとして、この五芒星がちりばめられたネクタイは一体何だろう? 誰が締めるのだろう?
 祭神として祀られている本人は、どんな気持ちでこれを見ているのやら。
 複雑な表情で店内に溢れかえるグッズの数々を眺め回す2人には、サリーの声も遠くに感じられ‥‥
「あ、アンパンマン!」
「「なんでだッ!」」
 楽しそうな3人の様子を微笑ましく見守っていた物部百樹(w3g643)は、参加者から離れた場所で不機嫌さを隠そうともせずに佇んでいるティアイエルに気づいて彼女の元へと歩み寄った。
「あらら? どうしたの? つまんないって顔してるわよ〜?」
「‥‥つまらないからに決まっているでしょ」
 拗ねているようなティアに、百樹はくすりと笑った。ポケットを探って指先に触れたものを取り出すと、彼は素早くそれを剥いて彼女の口元へ押しつける。
「っ!?」
 口の中に広がる甘い味。
 百樹はそれをもう1つ取り出して、自分も同じように口に含む。
「これね、モモのお気に入りの苺キャンディ。美味しいでしょ?」
 吐き出すでなくそっぽを向いたティアと2人で並んで飴を舐めて、何を話すでなく自由に周辺を散策する講座の参加者を眺める。おみくじを引く者、絵馬を奉納する者、土産物屋をひやかす者、さほど広くない境内に楽しげな笑い声が満ちていた。
「ねぇ、モモ、思うんだけど」
 小さくなった飴玉を噛み砕いて、百樹はぽつり呟く。
「あんまり考え過ぎても体に毒よん? 考えても答えが出ないものは考えない方がいいんじゃなあい?」
 悩んでマスって顔に出てる。
 百樹に言われて手を顔に当てたティアは、すぐに我に返ると気まずそうに視線を逸らす。その仕草がおかしかったのか、くすくすと笑う百樹に、彼女は僅かに頬を染めた。
「なになに? なんの話?」
 話に加わって来た逢坂薫子(w3d295)は、注意深くティアの表情を覗き込む。表面上はあくまで邪気なく、好奇
心いっぱいだ。
「何でもないわよ」
「ええ〜? 教えてくださいよぉ。って、そんな事もー、聞きたい事があるんですぅ」
 べったりとティアにくっついて、薫子はころりと話題を変えた。1つの話題に拘ってティアに疑心を抱かれたら手に入る情報も入らなくなる。それよりも浅く広く話題を振りまいて必要な情報だけ拾う方が効率がいい。
「グレゴール様ってぇ、天使様と一緒にいるって聞いたんですけどぉ」
「天使? ああ、レアの事かしら」
 さらりとその名を口にしたティアに、薫子はちょこんと小首を傾げてみせた。
「レア‥‥? 生?」
「‥‥違うわよ。パロレア。あたしのファンタズマ!」
 生って何よ、生って!
 憤慨するティアの顔をじぃと見つめる。その視線に、彼女も居心地の悪さを感じたようだ。嫌そうに顔を蹙めると、僅かに体をずらして薫子と距離を取った。
「綺麗なグレゴール様にはやっぱり美人な天使様が付いておられるんですよねぇ。いいなぁ」
 半分程、本気が混じっている。いいなぁ、美人のお付き。自分と魂の絆が結ぶ者を思い浮かべて、ティアに気づかれぬよう溜息をつく。見た目は決して嫌いではないのだが。
「今日はご一緒じゃないんですかぁ?」
「四六時中一緒にいないわよ。うっとぉしいし。そういえば、今日は合コンで知り合ったオトコとデートだとか言ってたわね」
 思わず、薫子は百樹と顔を見合わせた。
 目と目で通じ合うのは、多分、2人とも同じ気持ちだったからだろう。
 あははと乾いた笑いを発しつつ、百樹は鳴り始めた携帯に気づいてポケットの中へと手を入れた。
「はぁい。‥‥あら? 敬助?」
 電話の相手は彼の逢魔。
 今回の講座には参加せず、彼は薫子の千代丸と共に神帝軍が関わった場所を洗い直していたのだ。
「へぇ、ふぅん、そーなの。分かったわ」
 やれやれと肩を竦めて、百樹は電話を切った。
「やぁねぇ。取れなかったみたい」
「チケット?」
 興味を示したティアに曖昧に返す百樹の声を聞き流す薫子の頭の中では、様々な仮説と検証が駆け巡る。可能性を消去法で潰した後に残るものは‥‥?

●離れた場所から
「やれやれ、年寄りにはきついねぇ」
 聞こえよがしに愚痴る山田ヨネ(w3b260)の言葉を聞こえない振りでかわして、北条竜美(w3c607)は離れた場所から講座の様子を窺った。今のところ、何の変化もない。
「山南さん、千代丸さんから連絡が入っています。予想通り、壬生寺の近藤勇像、隊士の墓碑などから例の水晶が見つかったそうです」
 事務的に告げたマーリを、主に寄り添っていた骸牙が振り返る。
「その水晶は回収出来たのですか?」
「いいえ‥‥触れる事も出来なかったようです。確認するのが精一杯だったとか」
 恐らくは、とマーリは手にした地図に目を落として呟く。
「清水、銀閣寺周辺と同じく、我々の力を抑える何かが働いているのではないかと」
「仕掛けているのはあの女と、爪の獣人か」
 ふんと鼻で笑って、竜美は腕を組んだ。
「何者か知らないが、こっちの武器はDFだけじゃない」
「そりゃあまあ、そうだけどね。用心するに越した事ァないよ。あァ、ほら!」
 ヨネの視線が鋭くなる。
 氷室の携帯が鳴ったのだ。

●向かい合って
 鳳の証言を元に作った「女」のCGプリントを手に、ジャンガリアン・公星(w3f277)は買い物を楽しむ女性達をそれとなく観察していた。どこかに、この女もいるかもしれない。
 しかし、どこかで見た顔だ。CGの限界で、人形のように見える事を差し引いても確かに見覚えがある。
 ここ数日、氷室に張り付いていた鳳からの連絡では、彼の生徒や研究室の関係者の中にこの女はいない。そもそも、氷室にはアシスタント自体が存在しない。
「気になる」
「どうかしたのか?」
 土産物を物色している振りをして、さりげなく隣に立った澪にリアンは胡乱な目を向けた。
「‥‥楽しそうだな」
 リアンがそう言うのも無理はない。澪の手には既に大量のビニール袋が下げられている。そのどれもが怪しげな晴明グッズのようだ。
「こっ、これはサリーが‥‥っ!」
 あたふたとする澪の手には、彼自身が選んでいた晴明饅頭と式神クッキーがあるのだから説得力に欠ける事甚だしい。
「まぁ、いいが」
 1つ息をついて、リアンはバニラのカップアイスを買って店を出た。
 ベンチに腰掛けた彼の足下に、茶色の影が走り寄る。
 キタキツネのユイに少しずつアイスを与えながら、リアンは独り言のように呟いた。
「京都は呪術の力を利用して造られた街だという説がある」
 以前、葛城伊織(w3b290)も言っていた。東西南北に四神を配し、その力をもって京を守ろうとした‥‥と。災いは全て怨霊がもたらすと信じられていた時代の話だ。
「晴明の桔梗印は天地五行を象り、宇宙万物の除災清浄を現すものだそうだ」
 背後に立った澪の言葉に、リアンは頷いた。
「‥‥ソロモンの封印と同じだな。そういえば、籠目とダビデの星も似ている」
 平安時代の日本と古代ユダヤ。大陸と交流があったわけだから、可能性で言えば0ではない。だが、彼らには別の経路が思い浮かぶ。
 本殿に吊された提灯に入った桔梗印を、2人は眺めた。
「風水的にも」
 ビニール袋の中にある、サリーが購入した晴明印の風水盤を思い浮かべて、澪は呟く。
「京は完璧に近い街だそうだ。神帝軍が京都という町を利用して俺達の力を封じ込めにかかっているとしたら‥‥」
 澪の言葉を遮るように、携帯電話の音が鳴り響いた。
 離れた場所にいた氷室が胸ポケットから電話を取り出す様子に、彼らは立ち上がった。周囲の仲間達にも緊張が走る。そんな中で、小さな影が氷室の手から電話を奪い取った。
「あ、あの! 小狐丸くん!?」
 慌てて取り返そうとする氷室の手をかいくぐり、こんは携帯を耳に当てる。
−もしもし?
 電話口から聞こえる声に首を傾げる。
 相手は優しそうなお姉ちゃん。声から分かるのはそれぐらい。
 何の応答も返さないから、相手は何度か呼び掛けてくるだけだ。
「もしもし? おねえちゃん誰ですか?」
−あら? ボクはだあれ? これは氷室教授の電話じゃなかったのかな?
「鍛人小狐丸、3歳です!」
 電話から聞こえて来る笑い声に、こんは理由もなく嬉しくなった。
−小狐丸くん、氷室先生はいらっしゃいますか?
「えっと、んっと‥‥」
 ひょいと抱きかかえられて、めっと怒られた。
「すみません、教授」
 錬磨は片手に抱えたこんの頭をぐいと押して氷室に謝罪する。その間も、注意深く彼の様子を探る事を忘れない。
「定期連絡だけですから、構いませんよ。ちいさい子は電話とか好きですしね」
 氷室の応対だけを聞くと怪しい所はない。やはりただの事務連絡なのか。しかし、疑いを拭いきれず、錬磨は参加者と共に本殿へと向かう氷室の背を睨め付けた。
 と、彼の視界の隅に、ヨネの姿が過ぎる。
 瞬時に、後方から氷室を観察しているはずの彼女が動いた意味に思い至って、錬磨は身構え、周囲を鋭く見回した。
「先生様、遅くなってすまん事です!」
「わっ! や‥‥山田さん?」
 膝にタックルを掛けたヨネに驚き、氷室は体勢を崩した。2人して地面に転がった直後、影が石畳の上に着地し、再び舞い上がる。それを追って、竜美が地面を蹴った。
 境内の木に足を掛け、本殿の上に飛び上がる。
「こんな狭い場所で何を考えているの!?」
 非難の声を上げた女に、竜美は口元を引き上げる。
「狭い場所で良かったな。痛い目を見ずに済んだ」
 骸牙が用意した催涙スプレーは、人の多い場所では使えない。その代わりとばかりに、竜美は鋭く足を回す。風を切る音が遅れて耳に届いた。
「ちょっ‥‥!」
「助けを呼ぶか? この間の男でも」
 ちらと見遣った境内では、怯えた風を装った薫子がティアにしがみつき、動きを止めている。
−グレゴールまで相手にしている余裕はないからな。
 奴が出て来たら、二十秒が勝負。そう竜美は践んでいた。
「あの方の力をお借りするまでもないわ!」
−‥‥あの方?
 冷静に状況を見ていた骸牙が眉を寄せた。
 ファンタズマが奉仕種族たるサーパントに敬意を払うとは思えない。つまり、あの時の獣人はグレゴール以上の者という事だ。だが、グレゴールは元々が人である。獣化は有り得るのだろうか‥‥。
「竜美様! 気を付けて下さい!」
 骸牙の叫びに、女の気が逸れる。その一瞬を逃さずに、竜美の蹴りが女を襲った。咄嗟に、女は後方へと飛び退ろうとした。その視界の隅に、逃げようとして転んだこんの姿が映る。
 このまま竜美の一撃をかわしては、こんに害が及ぶ。目の前で腕を交差し、彼女は竜美の蹴りを受け止める。彼女の体が、後方へと弾き飛ばされ、街灯に激突して止まった。
 その衝撃に、街灯に吊られていた五芒星を象った看板が吹き飛ぶ。それは、固唾を呑んで戦いの行方を見守る者達へと向かった。
 自分達を目掛けて飛んで来る看板。
 避ける事は簡単だ。だが、それでは自分が普通の人間ではない事がばれてしまう。また、氷室や一般客に被害が及ぶ。ヨネは咄嗟の判断で、その場に留まった。
 主の危機に、マーリは手にした資料を投げ捨ててヨネへと駆け寄る。
 鈍い音がした。
 続いて、重いものが間近に落ちる。
 ゆっくりと目を開いたヨネの前に、男が1人立っていた。信じられないと、マーリが、周囲の仲間達が息を飲む。
 加速のついた看板を素手で払い除けた彼は、何事もなかったようにヨネを助け起こした。
「せ‥‥先生様は神帝様のお遣いじゃあないって言いやしませんでしたかね?」
 半分、彼に疑念を抱いていた。だが、それを目の当たりにしてしまうと信じられない思いの方が強い。
 呆然と尋ねたヨネに、氷室はいつもと変わらぬ笑みを見せる。
「ええ。グレゴール、ではありませんよ」
 その場にいた者達が凍り付いた。
 グレゴールではない者。
 だが、普通の人間でも、ましてや魔皇でもない。
 それが何を意味するのか、分からない彼らではない。
 竜美に向き合っていた女が、氷室の傍らへと静かに添う。
「そ‥‥んなのっ! あたしは聞いてないわよ!」
 百樹と薫子に挟まれたティアが、取り乱して叫んだ。彼女を一瞥して、氷室は口元を歪めた。
「ああ、そうだな」
 転んだまま、泣きべそをかく事も忘れて彼らを見上げていたこんの脇に手を差し入れて、女は彼を抱え上げた。
「大丈夫?」
 掛けられた声に驚いて目を見開くこんに、女は笑った。
「さっき、電話でお話したわね、小狐丸くん?」
 泥のついた頬をつんと突っついた女に、リアンは見覚えがあった。毎日のように顔を合わしている相手だ。当然だろう。
「君は‥‥」
 女はこんを抱えてリアンに笑いかけた。
「こんにちは」
「嬢ちゃん‥‥あんた‥‥」
 ヨネも、続く言葉を見つけられずに、ただ口を動かすのみだ。
 動きやすいジーンズ姿と短い髪と。彼らが良く知る彼女とは印象が違い過ぎて気が付かなかった。いつもは、髪を隠してシンプルな修道服を着ていたので。
「私も驚きました。まさか、こんな所でお会いする事になろうとは」
 こんを錬磨に渡すと、彼女は魔皇達に改めて向き直る。
「テレジア、と申します。アンデレ様の命により、リューヤ様のお手伝いを致しております」
 集まった視線を平然と受けて、氷室は掛けていた眼鏡を外した。
「私も改めて名乗っておこう。アンデレ様の副官を務めるリューヤという」
 外見は氷室と何ら変わる事はないのに、纏う雰囲気が違う。
 魔皇としての本能が、彼は危険だと告げていた。
 身構えた魔皇達に、彼は薄く笑う。
「ここで我らが争えば、無関係の者達に害が及ぶ。今日のところは見逃してやろう」
「‥‥なんだと?」
 懐に手を入れた澪をサリーが止める。
 呆然とするティアの腕を掴み、悠然と背を向けて立ち去っていくリューヤとテレジアに、魔皇達はその場を動く事も出来ず、立ち尽くした。

●神帝軍の思惑
「調べましたところ、針水晶は壬生寺だけでなく、講座で訪れた場所の至る所に仕掛けられておるようですな」
 髭を指先で整えつつ、千代丸が告げる。
「取り除いてやろうと思ったのだが、触れる事も出来なかった」
 苦虫を噛み潰したような表情で敬助が地図を叩く。
「ここの所、我々の力が削がれるという現象が起きています。その現象が起きるエリアと、講座で回った場所が重なるのは偶然とは思えません」
 調査の為に市内を回っていたマーリ達の報告は、魔皇達が予期していた通りのものであった。
「我々の力を封じる為の結界、か」
 澪の言葉に、苛立ちを混ぜた沈黙が降りる。
「それだけじゃないかもしんねーな」
 地図を食い入るように見つめていた薫子は、ふと目を細めた。
 千代丸が記した地図を見る限り、水晶は人の祈りが向かう場所に重点的に仕掛けられている。
「‥‥なんかを送るって効果もあるかも‥‥なんてな」
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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