どらごにっくないと

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【古都巡り】表鬼門

  • 2008-06-30T15:55:44
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「氷室龍弥、大学教授。今の大学に来る前はシカゴの大学でおった。その頃は、なんや10日ぐらい家に帰っとりませんみたいなぼさぼさ髪に白衣、つっかけサンダルやったらしいわ」
 調べた内容を淡々と読み上げる。
「でも、変だな。‥‥氷室がシカゴにいたのは神帝軍の侵攻前だって言うし。まさか別人が入れ替わったなんて事が‥‥」
 イレーネの言葉に、うんにゃと首を振る。
「シカゴ時代の思い出話に花を咲かせとったからな。本人だろう」
 それはともかくとして、氷室がアンデレの副官で、アークエンジェルである事実は変わらない。そして、彼はこの京都で魔皇の力を封じる策を講じている‥‥。
「皆様、これをご覧下さい」
 月見里葵は、魔皇達へと1枚のチラシを差し出した。
 氷室の公開講座案内だ。
「‥‥修学院離宮と赤山禅院? これは4回目の案内か?」
 魔皇達に自分の存在と動きを知られたにも関わらず、講座を開催するというのか。
「これは‥‥俺達への挑戦か?」
 魔皇を封じる策を着々と進めている自分を止められるかと、そう煽っているのかもしれない。魔皇達は唇を噛んだ。
「魔皇を封じる策‥‥ですか」
 葵は、今は誰もいない窓際の席を見つめる。そこが定位置となった人物は、毎日のようにここへとやって来て、皆と談笑している。
「本当にそれだけなのでしょうか。もしも、我々を排除したいなら、真っ先にここが潰されてもおかしくありませんよね?」
「それはそうだが」
 だが実際に、京都市内で彼らの力は制限されている。
「確かめてみませんか?」
 氷室が何をしようとしているのか。
 そして、それは何の為なのか。
「‥‥俺達に、もう1度講座に参加しろと?」
 葵は、ただ頷いた。


「上賀茂神社と下鴨神社に設置が完了しました。これで輪が完成しますね」
 整髪料で髪を固め、眼鏡をかけた「氷室」の姿で彼は頷いた。
「一応は、な。これからは隙間を埋めていかねばならない」
「ああ、それで‥‥」
 納得したかのように声をあげた。
 今日も今日とて散歩に出かけたまま戻らないアンデレの代わりに花壇に水をまいていたテレジアは、彼を振り返る。
「魔皇のデータも取れましたし、公開講座はおしまいかと思っていましたが」
「最後はやはり、災いに去って貰うべきだろう?」
 わざわざ「そこ」を選んだのだ。
 魔皇には是が非でも出て来て貰わねばならない。
「出来るなら穏便に済ませたいものだが」
 ぐしゃりと固められた髪を無造作に乱し、彼はネクタイを緩めた。
「氷室先生ッ!」
 途端に降る怒声。
「服装の乱れは心の乱れと申します。人の目のある場所で、そんなだらしない事はおやめ下さい」
「あ、ああ‥‥」
 京都メガテンプルムナンバー2、アークエンジェルのリューヤ。
 彼もやはり京都の最強ファンタズマには敵わないのである。
−‥‥マザーよ、何故に貴女からこんな娘が‥‥。
「何かおっしゃいまして?」
 びくりと肩を揺らして、リューヤは誤魔化すように笑った。
「パパ〜?」
 教会学校の子供達と遊んでいたアリアは、彼の様子に首を傾げた。いつもは落ち着いた彼が動揺した姿に、不思議なものを見るような眼差しを向ける。
「何でもないよ、アリア。それよりティアはどうした?」
「お部屋」
 晴明神社から戻ってより後、ティアイエルは部屋に籠もったままだ。
 仕方がないと彼は息を吐き出した。
「ねぇ、テレジアお姉ちゃん、神父さまが育ててるこのキラキラはガラス?」
 アリアと遊んでいた子供達に問われて、テレジアは瞬間動きを止めた。
「そ‥‥育ててる?」
 うんと子供達は一斉に頷いた。
「この間、「早く大きくなぁれ」って話しかけてたよ」
「大きさを測って日記につけてた〜」
「僕が聞いたら、春休みの宿題だって言ってた!」
 口元を引き攣らせつつ、テレジアは笑みを作る。
「こ‥‥れはね、水晶って言うのよ。ガラスじゃなくて石なのよ」
 額に手をあてたリューヤの溜息がやけに大きく聞こえる。
「そういえば、気が付くと外に出ているな。‥‥太陽に当てたからと言って大きくなるはずもないのだが」
「ア‥‥神父様が、晴れた日は朝一番に出すんです」
 一抱えもあるそれを一番陽当たりのよい所に置いて、満足そうに笑っている姿が容易に想像出来る。
 2人は何度目か分からない溜息を同時に吐き出した。
「パパ〜、テレちゃん、溜息をつくと幸せが逃げちゃうよ〜?」
 アリアの言葉は、彼らの耳に届いてはいなかった。


 ゆっくりと、ティアは体を起こした。
 いくら考えても自分は魔皇の目を逸らす為に利用されていたとしか思えない。
『考えても答えが出ないものは考えない方が良いんじゃなあい?』
 言われた言葉が蘇る。
「でも、このままじゃ‥‥」
 ふらりと立ち上がり、彼女は部屋の扉を開けた。
 確かめたいのか、それとも親身な言葉を聞きたいのか。分からぬままに、彼女は京の町へと彷徨い出た。


【本文】
●ルチルクォーツ〜針水晶〜
 隣りの椅子に腰を掛けた逢魔・久遠(w3b290)に、逢魔・骸牙(w3c607)は読んでいた本から顔を上げる事なく口を開いた。
「どうだった?」
 紅茶を注文し、久遠は小さく首を振る。
「駄目です。噂は観光客の間に流れたのですけれど‥‥」
 噂に便乗した土産物屋に並ぶイミテーションは売れているようだが、本物は見つからない。観光客を使って水晶体を取り除くという彼女達の計画は失敗に終わった。
「我々の目には、はっきりと見えますがのぅ」
 背後から聞えた溜息に、骸牙と久遠は飛び上がる。
 今の今まで、そこには誰もいなかったはずた。
「1つの名所に2つから5つ‥‥多い所では10個ほども仕掛けられておりますな」
 どこかの舞台からそのまま抜け出して来たようなラメの衣装。ところどころにスパンコールが縫いつけられたその出で立ちは、落ち着いた雰囲気の店ではかなり浮いていた。
「そ‥‥そうですか。ところで、その服は一体‥‥」
 ぎこちない笑みを浮かべた久遠の問いに、彼、逢魔・千代丸(w3d295)は赤い蝶ネクタイを直し、胸を張った。
「やはり、巣立ちの時期ですからな。せめて、装いで華々しく若い卵達の前途を‥‥」
「いいから、ちょっと離れて。恥ずかしい」
 しっしと邪険に手を振ると、骸牙は真剣な表情に戻る。
「人には見えず、魔には触れない水晶、か。厄介だな」
 神帝軍の目的は推測出来るが、はっきりとした確証がない。ティスプーンで紅茶を掻き混ぜながら、久遠も俯く。
「‥‥主が申すには、各地に埋め込まれた水晶が人々の感情や祈りを集めるものであれば、それらをまとめるものがあるはずだと‥‥」
「まとめる、ものか。それを破壊すればあるいは‥‥」
 深刻に語らう2人の背後で、何処かへ向かって鈴のついた紙の星をひらひらと振る老人の姿がある。
「ああ、ここにも埋もれた星が‥‥」
 それが本音半分、偽装半分である事を、彼女達は知らなかった。

●大天使
 集合場所へと向かった魔皇達は、いつものように参加者を迎える氷室と、少し離れた場所に佇むテレジアの姿を見た。
 ティアイエルの姿はない。
「俺達を馬鹿にしているのか、それとも‥‥」
 目を僅かに細め、呟きを漏らした夜霧澪(w3d021)を振り仰いで、逢魔・小百合(w3d021)は表情を引き締める。
「これが罠であろうとも、私はどこまでも澪さんについて行きます。絶対に」
 頷きあい、決死の覚悟を込めて、2人は足を踏み出した。
 相手は大天使。
 彼らだけで倒せるとは思えない。
 だが、例え負けると分かっていても引く事など出来やしない。
「そういえば、昔、大天使の乙女達とゆー‥‥」
「余計な事は思い出すな」
 短く言い捨てて、澪は懐に忍ばせた銃を確認した。魔の力を封じる結界の中でも、魔に属さない武器は使えるはずだ。弾は充填してある。万が一の時には‥‥。
「はい、ごめんなさいよ」
 悲壮な決意と共に、強大なる敵の下へと向かおうとする澪とサリー。
 そんな彼らを無遠慮に突き飛ばして、山田ヨネ(w3b260)は何の気負いもなくすたすたと氷室へと歩み寄り、手に持った重箱を差し出した。
「まずはありがとうと言っておくよ」
「はい?」
 困惑の表情を浮べて首を傾げた氷室に、人を食った笑みを向ける。
「こないだ看板から守って貰った礼ですじゃ。柏餅とちまき、神父様と嬢ちゃんの分もあるから一緒に食べとくれ」
「あ‥‥ああ、はい。ありがとうございます」
 ずしりと重い重箱の中に、いったいどれほどの量が入っているのやら。
 はは、と笑う男の顔を、ヨネはじぃと穴が開くほどに見つめる。
「どうかしましたか?」
「あたしゃ、これから何てお呼びすればいいんですかねぇ? 今まで通り先生様? それとも大天使様の方がよろしいですかいね」
 ヨネ達、魔皇を敵視している者とは思えない穏やかな笑み。
「お好きな方でどうぞ。そんな呼び方など、関係なくなればいいのですけれどね」
 彼が見上げるのは、屋根の上に安置された猿の像。
 それは千年も昔、「魔が去る」事を祈念して作られたものだ。
「それは、つまり‥‥我々に、この京都から出て行くように、と?」
 尋ねた声は若々しい。
 彼らの会話に割って入った鍛人錬磨(w3f776)の腕から、逢魔・小狐丸(w3f776)が勢いよく飛び降りた。そのまま、テレジアの元へと駆け寄る。
「てれじあ姉ちゃ」
「小狐丸くん。こんにちは」
 こんにちはー!
 元気よく挨拶を返して、こんはテレジアの前に3本の指を突き出した。
「こんね、みっちゅなの」
「あら、そうなの」
 えへんと胸を張ると、こんは得意満面に告げる。
「だから、ちゃんと1人でおれーいえりゅの。てれじあ姉ちゃ、こないだはありがとなの」
「どういたしまして」
 ちゃんと礼が言えたこんを後でしっかりと誉めてやらねばと心に決めつつ、錬磨は周囲を見回す。
「あんた達はここで‥‥いや、京都で何をしようとしている。俺は、それが聞きたい」
 氷室は、視線を錬磨へと向けた。
「君達はどんな答えを望んでいる。我々が魔を滅し、理想の楽園を築く為の土壌を作っているとでも答えれば満足かね」
 面白がっているのかと、錬磨は不愉快そうに眉を寄せる。だが、テレジアと楽しそうに語らっているこんを見つめる表情からは敵意も何も感じられない。
「‥‥我々は「災い」が去ってくれさえすれば良いのだ」
 災い、と錬磨は口の中で繰り返した。

●水晶結界
 ヨネや錬磨と語らう氷室を伺いつつ、葛城伊織(w3b290)は久遠からの電話を切った。
「駄目だな。観光客を使って取り除く作戦は失敗だ」
「ならば、場ごと破壊すればいい。触れられないなら、設置されている土台ごと爆破除去するのが最も適切な処置だ」
 さらりと告げた澪の言葉に、何とも形容し難い沈黙が落ちる。
「ん? 何かおかしい事を言ったか?」
「澪さん‥‥」
 首を振ったサリーに代わり、伊織は苦笑を浮かべて澪の肩を叩く。
「確かに、そいつが一番簡単な方法だな。ガソリンとチャッカマンの1本もあれば事足りる。だが、俺はこの京都が好きだ。この街の過去と未来とを守りたいと思う」
「‥‥前回、調べていて感じた事だが」
 言い置いて、物部百樹(w3g643)の逢魔、山南敬助(w3g643)は口を開いた。さほど口数の多くはない敬助の口調がいつにも増して重い。
「我々は触れられないわけではない‥‥と思う。無理をすれば、除去する事も可能だろう。ただし、その代償は我々自身だ」
 結界の中では、人化が解けたり、DFの低下など現象が起きている。魔の者と相反する力が、彼らの力を抑え込んでいるのだろうか。
「代償を払えば、取り除く事も可能というわけか」
 伊織の呟きに、葵は頬に手を当てる。
「水晶が作る結界の中でその状態です。水晶自体に触れた時、どうなるのか見当もつきませんね。‥‥ただ、効果は何らかの条件が揃った場合に発生すると考えられます。祇王寺から持ち帰られた方もおられますし」
 ふと伊織は目を上げた。いつの間にか姿が見えなくなっていた者が戻って来た事に気づいて、口元を引き上げる。
「まぁ、それもまとめて本人に聞いて見るかな」

●理由
 他の者達から離れたテレジアが、ポケットの中から何かを取り出した。京都の至る所で見かけるようになった小さな針水晶だ。
「なあなあ」
 その背に声をかけて、逢魔・鳳(w3f277)はそれを指さす。
「それ1個、わいにくれへん?」
「貴方が持っていて何になるというの」
「ええやん。な? バードの写真と交換! アカンか?」
 茶寮に入り浸る誰かさんのお陰で、彼女の好みは分かっている。
『バードの写真』という言葉に一瞬だけ反応を示したものの、テレジアは平静を装ってそれを土中に埋めた。
「欲しいならあげてもいいわ。でも、この状態のものは、お土産屋さんで売っているものと同じよ」
 ちくりと混ざった嫌みに、アイタと鳳は胸を押さえる。
「へぇ? なら、何をどうすればいいいんだ?」
 いつからそこにいたのか。
 腕を組み、木に背を預けた北条竜美(w3c607)にテレジアはちらと視線だけを向ける。
「色んな所に仕掛けてくれているようじゃないか。それで魔皇の力を削ぎ、活動を制限すれば、何の邪魔も入らずに人々の感情を搾取出来るか」
 静かな口調とは裏腹に繰り出された拳の鋭さ。
 ふわりとそれを避けて、テレジアは溜息をつく。
「そう思いたければ思いなさいな」
 腰を落とし、片足をずらす。構えを解かずに、竜美は鼻先で笑った。
「毎回思う事だが、神帝軍という存在は、人に対しての敬意がないな。世の中の為、平和の為だとか言っているが、やっている事は牧場の羊飼いと変わらん。人の感情という糧を好き勝手に奪い、己の為に利用し、それを当然と思っている」
 空を切る手刀が、テレジアに触れるぎりぎりで止められる。テレジアは避ける気配も見せなかった。
「自分達がこの世界の主のつもりのようだな。だが、この世界を支えているのは人間だ。貴様らじゃない」
「ええ、そうよ。そして、貴方達でもない」
 睨み合う2人の視線が交差する。
「貴方達が、人にとって脅威でないと言い切れる? 人間から見れば、今の貴方達はいつ牙を剥くか分からない猛獣と同じじゃなくて?」
 はっと動きを止めて、竜美は己の手を見た。
「悪魔化した者達が各地を襲っている事は知っているわね? あなたは、自分が決して理性を無くさないと、悪魔化しないと言い切る事が出来る?」
「‥‥それは! それは答えになっていない。お前達が感情搾取を正当化する理由にはならない。お前達がこの世界を好き勝手扱う理由には。何にせよ、人から感情を、世界を奪うお前達は簒奪者だ。‥‥ムカつくんだよ」
 両手を広げて、テレジアは竜美の前に立った。
「私を殺したいなら殺せばいいわ。その先に、あなたが何かを見いだせるのなら」
「竜美姐さん」
 2人の遣り取りを見守っていた鳳が間に入る。
「わいらにはわいらの、嬢ちゃん達には嬢ちゃん達の言い分があるんやろ。な? 話、聞いてみても損はないと思うで」

●真意を見極めろ
「そういう物言いは相変わらずですね」
 溜息と呆れとを含んで、ジャンガリアン・公星(w3f277)は眼鏡を掛け直して彼らの側へと歩み寄った。
「遅れて申し訳ありません。少々探し物をしていたので」
 にこやかに、リアンは1枚の写真を氷室へと差し出す。
 途端に、ぴたりと止まる氷室の動き。
「リューヤ様?」
 怪訝そうに覗き込んだテレジアに、氷室はリアンの手からそれを引ったくるように奪って彼女の目から隠した。
「ああ、大丈夫です。ちゃんとネガもあるはずですから、見つかったらお送りしますよ」
 澄ました顔で微笑んだリアンに、テレジアが胡乱な目を向ける。テレジアだけではない。仲間達の目も、それが何かと問うていた。
「教授がシカゴの大学におられた時の『日本伝統の新年会芸』の写真だよ」
 全ての目が、背広の内ポケットへと写真をしまい込んだ氷室へと集まる。
「見たい‥‥」
「見てみたい‥‥」
 それは当然の欲求であろう。
「いいなぁ、リアン」
 指をくわえて、逢坂薫子(w3d295)はリアンを見上げた。おねだりしている子供のような視線に、リアンはお兄ちゃんの微笑で応える。
「見たい?」
「見たい!」
 その言葉に即座に飛びついた薫子の声に、わざとらしい咳き払いが重なった。
「そんな事はどうでもよかろう。君達は話があると言っていたのではなかったのかね」
 そう。
 その為に、彼らは氷室を囲んでいたのだ。
 彼と語らっていた者達だけでなく、伊織や澪、テレジアと対峙していた竜美も。
「そうよねぇ。モモ、色々と聞きたい事があったのよ。ね、ティアイエルちゃん?」
 モモの背を壁代わりにしていたティアイエルの手を薫子が引いた。市中を回っていた千代丸が見つけ、薫子が連れて来たグレゴールは、いつもの傲慢さなど欠片も感じさせず、どこかおどおどと彼らの前へと出た。
「まずは謝るわね、ティアイエルちゃん。モモもアナタを騙していたんだもの。ごめんなさいね。許して、なんて言えないけど、こっちも言える状況じゃなかったの。分かってくれると嬉しいわ」
 モモの言葉に微かに頷いたティアの首にぎゅうと腕を回して、薫子は氷室を睨む。
「わたし達の目を逸らすとか、情報操作してたにしろ、ティアに対する扱いはあんまりだと思う。教授は神帝軍でも『天使』だけが大事だったりするわけ!?」
「それは!」
 薫子の言葉に反論しかけたテレジアを制して、氷室は逆に問うた。
「何故、君は彼女の事で怒る。ティアはグレゴールで、君は魔皇。敵同士ではないのか」
「え? えっと‥‥」
 戸惑って、薫子はティアに回していた腕の力を緩める。敵であるはずのグレゴールと顔を見合わせ、薫子は己の心を見つめ直した。
「‥‥最後までちゃんとやり遂げたいから、だから、だから、ティアも一緒にって思ったんだヨ」
 撫で撫でと、モモは薫子とティアの頭を撫でて氷室に向き直った。
「正直、モモはね、戦いたくて魔皇をやっているわけじゃないの。魔皇の力で何かしたいわけじゃないし。滅ぼすって言うなら抵抗するけど。でも、もし、アナタ達の目的が「魔皇」ではなくて「魔の力」を封じるというなら‥‥別に構わないかなと思うわ」
 探るように、モモは氷室を見る。
「アタシもさ。別に暴れたいっわけじゃァない。だけど、アタシやマリちゃん、葵ちゃんに危害が及ぶと分かっていて黙っている程お人好しじゃァないんだよ」
 いつの間にかヨネの傍らに寄り添っていた逢魔・マーリ(w3b260)が、控えめに主の言葉を継いだ。
「ここは京の鬼門。教授がここをお選びになった目的は、鬼門を閉じ、我らを排除するという意志の現れと受け取ってもよろしいのでしょうか。それとも‥‥」
「教授。ご教示頂けるならば、あなたが‥‥いえ、アンデレ様がこの京都で目指しておられるものを、我々の目を欺くような真似をして京都の町にばらまいた、あの水晶の意味を教えて頂けませんか」
 あくまで師の言葉を仰ぐ生徒として、リアンは氷室に尋ねた。仲間達の問いたい事の全てを込めたとは思ってはいない。だが、それぞれに何かを得られるはず。
「我らはアンデレ様のお考えのもとに、最適と思う手段を用いて、全ての災いから京都を守っているだけだ」
 それが、京都を統括する神帝軍の真意だというのであろうか。
 あまりにも簡単に告げられた言葉に、疑念すら感じる。
 魔皇達の戸惑いを感じ取ったのか、氷室は冷笑を浮かべた。
「信じる信じないは君達の自由だ。だが、これだけは覚えておきたまえ。今、この世界は混乱に満ちている。君達、魔皇もそうだろう。意見の相違による対立、悪魔化‥‥。立ち入る事の出来ぬ混乱に巻き込まれる人間も多い。‥‥残念ながら、我らには巻き込まれる全ての者達を救えるだけの力はない。だからこそ、我らは我らの「理想の地」を築くのだ。全ての災いを封じて、な」
 今回、京の表鬼門を選んだのは、その決意の現れか。魔皇達の考えは間違ってはいなかったという事だろう。
「君達の協力にも感謝しておこう。お陰で良いデータが取れた。今後の改良に役立つだろう」
「人々の感情を奪うのも、京都を守る為と言うか!」
 低い伊織の問いに答えたのはテレジアであった。
「勿論。人の心が、祈りがテンプルムを、京都を守る防壁となるのです。そして、これからは今までのような方法に寄らずとも‥‥」
「テレジア」
 彼女の言葉を止め、氷室は手にしていた冊子を開く。
「その気があるならば、テンプルムに来るが良い。そこに全てがあるのだから」
 不敵な笑みをおさめると、彼は温厚な「教授」の顔へと戻った。
「それでは、この赤山禅院の由来についてご説明致しましょう」
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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