どらごにっくないと

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純心

  • 2008-06-30T15:57:04
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 その男は黒木の鳥居を見上げて、ただ立っているだけだった。
 なのに、彼女の目を惹き付ける何かが確かにあった。
「ここは」
 その形のよい唇から、ふいに言葉が紡がれた。
 周囲を見回してみても、男と彼女以外に人はいない。
 冬の夕暮れ時。
 皆、家路を急ぎ、観光客も早々に中心部へと戻り、夕飯の店を選んでいる頃だろう。
「あ‥‥あたしですか?」
 男は笑ったようだった。
「ここは昔、斎王となる内親王が潔斎の為に籠もった場所だね」
「よくご存じですね」
 どう見ても日本人ではない。素直な感嘆を口に乗せた彼女に、彼は1歩、歩み寄った。
「日本が好きだからね」
 肩に掛かる髪を緩く梳いて、男は彼女の頬に触れた。
「内親王とはいえ、女性には違いない。斎王として伊勢へと向かう彼女達に想う人はいなかったのだろうか。恋人と引き裂かれ、泣く泣くここへと籠もった方もおられたのではないか。‥‥彼女達の心の内を思うと、ここへ向かう足を止められない」
 戸惑う彼女の目を覗き込み、彼は囁く。
「神と恋との間で葛藤した姫の心、‥‥君は、この場所に感じる事が出来るかい?」



 一口、コーヒーを啜って、月見里葵は窓の外へと目を向けた。
「で?」
 大人しく話を聞いていた魔皇達の口元も引き攣る。
「つまり、若い女性の心を惑わせ、一途な恋心を搾取しているグレゴールがいる‥‥と」
 めくるめくはーれくいんの世界。
 心持ち退いた魔皇達に、葵は更に追い討ちをかける。
「それだけならまだしも、自分に恋心を抱く女性同士を鉢合わせさせ、自分を巡る女の戦いをも奪い取っているようです」
 どろどろの愛憎劇。
 石を飲み込んだように心が重い。誰が好きこのんで他人の愁嘆場を覗きたいものか。彼らの心を察したように、葵は困った顔を見せる。
「皆さんの負担を軽くする為に、そのグレゴールの元に私共が潜入致します」
「それは、つまり囮捜査か?」
 その言葉に、仕方がないとうぇいとれすのイレーネがエプロンを外す。
「‥‥イレーネは魔皇様達のバックアップを」
 イレーネには、潜入捜査時、ミイラ取りがミイラとなってリッチなホテルライフを満喫した挙げ句、何の役にも立たないまま魔皇に連れ戻されたという前科がある。
 それを考えた上での葵の決断であろう。
「そのグレゴールが現れるのは野宮神社。常に複数の女性をターゲットとし、砂糖に蜂蜜をかけた甘い言葉を囁いては相手を虜にするそうです。‥‥ですから、魔皇様‥‥」
 葵は、ぐっと拳を握り締めた。
「私を守って下さいねッッッ!!」
 哀れな犠牲者をグレゴールの手から守るのではないのか。
 尋ねたくとも、戻って来る言葉は想像がつく。
 魔皇達は、ただ頷くだけであった。



「どうしてですか」
 問われて、彼は怪訝そうに彼女を見た。
「何故、1人ずつだなんて効率の悪い方法をとられているのですか?」
 彼女の問いが面白くて仕方がないとでも言いたげに、彼の口元が上がる。
「分からない?」
「私には分かりません」
 弦を弾いていた指を止めて、彼女は彼がテーブルの上に並べた写真を見た。
「女性を鉢合わせさせるのであれば、互いの競争心や嫉妬を煽る事も出来るでしょうし」
「私は量より質を重んじるタイプでね。玉を磨くように、互いに争って悩んで磨かれた心がより美しいと思うのだよ」
 名前も覚えていない、夕暮れ時に出会った女性。彼女の写真の上に、新たに出会った女を重ねて置いて、彼は優雅な笑みを浮かべた。
 習い事をしているのか、和装の似合う女だ。慎ましい大和撫子が恋敵を知った時、どんな風に変わるのか楽しみでもある。
「磨き合う者がいないなら、また君に手伝って貰うかもしれないよ、杏」
「分かっています。テリィ‥‥」
 どこか辛そうに、杏と呼ばれた女性は手元に視線を落とす。
 そんな杏の様子を気に留めもせず、写真を眺めては反発しそうな者同士を組み合わせていくと、彼は呟いた。
「彼女達はどこまで純粋な心を捧げてくれるのかな。六条御息所が生霊になるほどまでに焦がれた心を捨てようとした地で」


【本文】
●下準備は万全に
 何かが起きている。
 視界の隅で、何か恐ろしい事が起きている。
 クライズ・アルハード(w3h973)はカップを受け皿に戻すと静かに席を立った。
「行くの?」
 鬼のいぬ間にと、店のテレビに繋いだゲーム機のコントローラーを握っていたイレーネが彼を見上げる。
「うん。行くよ」
 きゃあきゃあと歓声を上げている女のコ達から目を逸らして、クライズはうっすらと笑みを浮かべた。謎めいたその微笑みからは、彼の心中を推し量る事は出来ない。
「今度はこのオヤジヅラなんてどうだ?」
「じゃあ、瓶底眼鏡もつけるのにゃ〜!」
「らくだのシャツは如何ですか?」
 一斉に、少女達は笑み崩れた。既に、彼女達は当初の目的を忘れてしまっているようだ。
 ノートパソコンに向かう逢魔、三日月を覗き込んでいた猫宮いゆ(w3d611)は、キャンベル・公星(w3b493)の逢魔、スイと肩を震わせて笑っている。
−‥‥今回ばかりは、グレゴールに同情するよ
 白いロングコートの裾を翻して「外」へと出たクライズを見送って、逢薄花奈留(w3f516)は膝の上に乗せた手をぎゅっと握り締めた。
 明るい笑い声が響く店内で、ただ1人、浮かない顔をしていた彼女に気づいたのは緑閃だ。
「どうかしたのかい? 奈留」
 握られた彼女の手を包み込む逢魔に、奈留は不安を滲ませて瞳を向けた。
「奈留?」
 優しく促されて、奈留は再び重ねられた手に視線を落とす。
「私達、大事な事を忘れていない?」
「大事な事?」
 鸚鵡返しに尋ねて、緑閃は膝をついた。椅子に腰掛ける彼女から目線を下げる。
「女の子の心を利用するグレゴールが許せないって思ったわ。でも‥‥」
 自分の体に腕を回して、奈留は体を震わせた。
「でも、緑閃、私、あなたにも同じ事をさせる所だった。グレゴールの思惑を潰す為に女の子に声を掛けるなら、グレゴールと同じよ。どちらも声を掛けられた女の子の気持ちを考えてないもの」
「奈留‥‥」
 何と声をかければよいのか。
 女性の扱いにはそれなりの自信がある緑閃だが、自分の主だけは別のようである。
 そんな仲間達の様子を横目で窺っていた姫菅原逢瀬(w3b302)は、しばし思案に耽るとにんまり笑みを浮かべた。
「イレーネさん」
「なに」
 画面上の攻防を見つめたまま、イレーネは答えた。
「葵さんはあんな事を言ってたけど、本当は違うんじゃないかな」
 人形のように表情のない顔が、僅かばかり傾ぐ。
 手応えアリと判じて、逢瀬はイレーネの頬に手を当てた。そのまま顔を近づけ、声に甘さを含ませる。
 囁くのは愛の言葉ではない。
 それは、甘美な毒を含んだ誘惑。
 愛だの恋だのには興味がないレプリカントの娘に、その毒はゆっくりと浸透していったのだった。

●神域の再会
 その頃、水本一郎(w3b359)は下鴨神社を訪れていた。
 ナンパなグレゴールが現れるという野宮神社からは離れているが、彼の足が自然とここに向かった。
 野宮神社で想いを捨てようとした六条御息所が源氏の正妻、葵の上と揉めた祭は、この下鴨神社と上賀茂神社の祭りだ。平安遷都以前から、深く深く京都の人々の心と結びついている神社でもある。
 神域とされる場所から見上げれば、春も間近な京都の空に居座る巨大な空中城。
 古都に似つかわしくない、何度見ても違和感を感じる光景だ。
「アニキ。そろそろ‥‥」
 神帝軍の拠点たるテンプルムの間近である。どこに彼らの目が光っているか分からない。促した逢魔の影山に、水本は肩を竦めてみせた。
「そうだな。伊織の奴からも葵くんを守るように頼まれている事だし‥‥」
 途切れた言葉と一点を見つめて動かなくなった水本に、影山は彼の視線を追った。その先に、物憂い表情で木立の間を散策する女性の姿がある。
「杏くん‥‥」
 影山の呟きに、彼女は足を止めた。表情にみるみる恐怖が浮かぶ。
 そんな彼女の様子に、水本は少なからぬ衝撃を受けた。
 僅かではあったが、同じ楽団に籍を置いていた者同士。しかも、共に音楽を愛する心を共有した者同士である。驚かれる事はあっても怯えられるとは思ってもいなかったのだ。
「待ちたまえ、杏くん!」
 言葉では駄目だ。水本は、手にした篳篥に唇を当てた。
 澄んだ最初の音に、杏はぴくりと体を震わせる。それでも、彼女は水本達を見ようとはしない。両手で耳を塞いで駆け去ろうとした杏の行く手を遮るように、白い影が現れた。
「‥‥平安フィルのハーピスト、鳴海杏くんだね」
 すらりと立つ人影に、杏は後退った。
 背後には水本と影山。
 そっと肩に置かれた手に、杏の唇から押さえ切れぬ嗚咽が漏れた。

●作戦の秘密
 いくらなんでも、女性を口説いている最中を見学されるというのは居心地が悪い。
 しかも、それが年端もいかぬ少女であれば尚更だ。
「‥‥お嬢ちゃんにはまだ早いよ?」
 対お子さま用の笑顔も少々引き攣り気味。いつもとは勝手の違う状況に、テリエルは‥‥世間一般に『グレゴール』と呼ばれている青年は困り果てて息をつく。
「アリアで慣れているつもりだったけどね」
 グレゴール仲間よりも目の前の少女の方が幼い。
「‥‥困ったね」
 場所を変えようかと、彼は女に尋ねた。
「もっと静かな所がいい。‥‥そう、君と‥‥」
 くすくすと少女、いゆが笑う。
「寒〜い。おにぃちゃん、さっきから寒いにょ? ねぇ、おねぇさんもそう思うにょ?」
 こらと軽く睨んで見せた彼の耳を、小さな呟きが掠めた。
「「‥‥?」」
 正確に聞き取れなかった声に、テリィはいゆと顔を見合わせる。それは、目の前の女の紅く彩られた唇から零れた言葉のようだった。
「おねぇちゃん、聞こえなかったにゃ」
「な‥‥んで‥‥こ‥んな‥‥」
 それはまさしく恨み言。
 うるるんといゆは大きな瞳を潤ませる。
「怒った? おねぇちゃん、怒ったにょ? でも、でも、おねぇちゃんにはおかぁさんと同じメにあって欲しくなかっ‥‥」
「なんでこんな格好してダイヤモンドダストな言葉聞かされとんじゃーっ!!」
 いゆの目に、ひっくり返った卓袱台の幻が見えた。
 呆気に取られた青年と少女を残して、女は足を砂利に叩き付けつつ去って行く。
「ねぇ、今、何か聞こえたにょ?」
「聞こえた‥‥ような気もするけど?」
 そんな彼らの様子を、境内の絵馬の影から見つめている男が1人。
−‥‥ち。折角、アカデミー賞授賞式の女優ばりにドレスアップしてやったのに。
 どうやら人選にミスがあったようだ。
 苛々と爪を噛むと、逢瀬は携帯に手を伸ばす。ぽちぽちとメールを打ち込むと、一斉送信。
『我、作戦ニ失敗セリ』
 これで、仲間達が次の行動に出るだろう。
「‥‥某姉妹にしとけば良かったかな」
 彼は気づいてはいなかった。
 和の趣溢れる静謐な境内に、高級ブランドのスーツやご〜じゃすなドレスはちょっとばかし不自然であったという事に。ついでに言うなれば、恐らくテリィも気づいてはいなかった。
 培われた感性というものは、時に人と人の間に理解し難い溝を作り出すものだ。
 尚、女の正体を知るのは逢瀬だけである。

●心を守って
 人待ち顔で佇む女性。
 そんな彼女に声を掛ける男。
 今朝から何度繰り返された光景だろうか。
 茶番に付き合わされて、奈留も疲れた息を吐き出す。
「そっちはどう? うまくいってる?」
 軽く肩を叩いた水城せあら(w3h155)に返す頷きも、どこか力無い。
「こらこら。そんな顔してちゃ駄目だよー。奈留ちゃんが元気無いと緑ちゃんも心配するよ?」
 はいと手渡された温かな茶に、奈留はようやく笑みを浮かべた。
「うちのあっくんもね、朝からフル稼働だよ。なんか‥‥ある意味マメな奴だよね。テリィってグレゴール」
 木にもたれ掛かり、茶を一口含んだせあらは、ひのふのと秋月が口説いた女性の数を数えて苦笑する。秋月の巧みな話術で今日の所はご帰宅頂いたが、彼女達は、またここに訪れるだろう。そんな確信がせあらの中にあった。
「そうですね‥‥」
 緑閃をナンパなダメ男に仕立てあげて、奈留が打った芝居に対する女性の反応は様々であった。だが、どれほど呆れ、怒ってはみても心のどこかでまだ夢を見ている。
 そんな女性達の心を、簡単に書き換える事などできやしない。
 奈留もせあらも、それは分かっていた。
「でもさ、テリィくんがここに現れなくなれば、いつか彼女達も目が覚めると思うし」
 勢いよく、せあらは腕を振り上げた。
「あの人達の為にも、テリィくんが二度とおイタ出来ないようにしなくちゃね!」
 ぺろりと舌を見せたせあらに、奈留も決意を込めて頷く。
 その為に出来る事を、彼女達はやらねばならないのだ。
「見た限りでは、残っているのは2、3人のようですし、そろそろ彼も現れると思います。葵さんの方は大丈夫ですか?」
「詩子ちゃんがついてるし、キャニーちゃんもスタンバイOKって感じ」
 グレゴールを包囲する網は張り巡らされた。後は、獲物が掛かるのを待つだけだ。

●生まれる因縁
 おみくじを手にした葵から注意深く視線を巡らせて、玖珂詩子(w3g827)は硬い豆を持ち直した。
「来た、か」
 鉄の豆をぎゅっと掴み、詩子は周囲の様子を探った。
 仲間達の働きで、彼に口説かれたであろう女性達はこの神社から去っている。関わりにならない程度に好奇の視線を投げる通りすがりはいても、グレゴールを擁護する者はいない。
 葵に近づくグレゴールに悟られぬよう気配を殺し、詩子は彼らの側へと近づく。彼女の丁度真正面に、同じく機会を待っていたキャニーの艶やかな髪が覗いた。
「あのっ」
 葵の顎に指を滑らせたグレゴールが振り返る。
 頬を染めたキャニーの思い詰めた表情に、彼は怪訝な顔を見せた。
「誰だい? 前に会った事があるかな?」
「私、あなたの噂を聞いて‥‥。噂通りに素敵な方ね!」
 幾分興奮気味に、キャニーは早口で捲くし立てた。相手に口を挟む余地を与えずに、彼女は「聞いた噂」を語る。
「あなたも素敵だと思うわよね?」
 葵の手を取って、キャニーはぴょんと跳ねた。ライダースーツのナイロン地が擦れて乾いた音を立てる。
「気のある素振りだけで忽然と消えた男とか、押せば退き、引けば拗ねる男とかッ! 世の中、そんな男が多‥‥」
「それは良いんだが、お嬢さん、せめて名前ぐらいは教えて貰えないかな? でなきゃ、君を名前で呼べないよ」
 まぁっ!?
 キャニーは口元に手を当てた。
 表情がみるみる嫌悪に染まる。
「手慣れているわ! 何て軽い言葉なのかしらッ! そう‥‥あなたも、他の男と同じなのねッ」
「気の強いお嬢さんだね」
 素早く振り上げられたキャニーの手を掴むと、楽しそうに笑う。
 愛の言葉を囁くかのように、彼はキャニーの耳元に唇を寄せた。途端に、キャニーの体の自由が奪われる。
 抵抗出来なくなったキャニーに、彼はゆっくりと顔を近づけ‥‥。
「っ!」
 逃れようにも動けない。見開かれたキャニーの目に、悔しさのあまり涙が浮かぶ。
「そこまでだ」
 テリィの体を掠めて、鈍色の巨大な球体が砂利にめり込んだ。
「動くと次は当てるよ」
 脅しではない。
 幼い微笑みに混じる殺気に、テリィは口元を引き上げた。
「おや‥‥。君は魔皇なのかな? お嬢さん」
「ならばどうする? サーバントでも呼ぶのか」
 余裕ある仕草で髪を掻き上げたテリィに、別の声が掛かる。
「その気なら、止めておけ。彼女が怪我をする」
 杏の首筋にニードルポイントを押しつけて、クライズは言い放った。静かな口調に漲る緊張。
「彼女を助けたいならば、大人しくして貰えるかな」
 切っ先が杏の白い首筋に当たる。目を閉じたままの杏に、テリィは仕方がないと両手を上げた。とりあえずは反撃する気はないようだ。
 テリィは気づいてはいない。クライズが隻腕である事に。彼は、杏の体を拘束してなどいない事に。
「‥‥それでもって、これを見て貰いましょうか」
 ぱらぱらと落ちて来た写真を拾ってテリィは顔色を変えた。
 そこに写っていたのは、スリットも大胆なチャイナドレスで婉然と微笑む彼の姿。
 スイと三日月の技術と、魔皇達の悪ノリの結晶である。
「さあさあ! どう? この恥ずかしい女装写真をばら撒かれたくなかったら、大人しく‥‥」
 勝ち誇って指を突き付けたせあらに、テリィは肩を竦めて息を吐く。
「どうせなら、もっと趣味の良い服にして貰いたいものだ」
「‥‥は?」
「ついでに言うと、メイクの仕方も雑だよ」
「‥‥えーと‥‥」
 合成写真にメイクの質を求めないでよ。
 そう言いたかったものの、心底から嘆いている様子のテリィに掛ける言葉もない。当初の思惑とは違った意味でのダメージを与える事には成功しているようだが。
「そんなものをばら撒かれたら、恥ずかしくて外を歩けないね」
「‥‥成功‥‥した?」
 その事実が信じられないと、詩子は額に手を当てた。一瞬、くらりと視界が揺れたのは気のせいではないだろう。
「なら、二度とこんな事はしないでよね。私達だっていちいちキミの後始末をしてあげられる程暇じゃないんだから!」
「分かったよ」
 降参と肩を竦めるグレゴールに、せあらは満足そうなウインクを仲間達に向けた。
「言葉だけでは信じられないな」
 響く声は、クライズと杏の背後から聞こえた。
 影山を伴って姿を見せた水本は、挑む視線でテリィを見据える。怯む事なく、テリィも水本を見返した。
「お前の言葉が真実か否か、見極めるまで、この女性は我々が預からせて貰おう」
 先に視線を外したのは、テリィだった。
「彼女を危険に晒すのは本意ではないよ。今回は退こう。ただし、彼女を傷つけた場合は、相応の償いをして貰うよ?」
 そこで言葉を切って、テリィは口元を引き上げた。人質となったままの杏を一瞥すると、彼は魔皇達に背を向けた。
 散歩を楽しんでいるかのように去っていくグレゴールに、彼らは苛立ちに似た不快感を感じた。
「何なのでしょう‥‥。あの余裕」
 葵の呟きに、秋月に手を引かれて姿を見せたいゆが、1日かけて観察した記録を辿った。手帳に書き留められただけでも数ページ。口説き文句であったり、仕草であったりと、些細な事まで記されたそれから、テリィというグレゴールの一端が垣間見える。
「なんかねぇ、女の子を力いっぱい口説いているように見えるんだけどぉ、ただ楽しんでるだけにも見えるのにゃあ‥‥」
「彼は一体何をしようとしたんだ?」
 クライズに尋ねられて、杏は悲しそうに首を振った。
 自ら魔皇達に捕らわれる事を選んだというのに、テリィを、神帝軍を裏切る事には抵抗があるらしい。
「話したくなければ、話さなくてもいい。君は君のしたいようにすればいいんだ」
 力強い水本の声に励まされて、おそるおそる、彼女は顔を上げたのだった。
COPYRIGHT © 2008-2024 桜紫苑MS. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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