どらごにっくないと

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お茶屋の掟

  • 2008-06-30T16:00:12
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「貴方と2人でドライブしても、楽しくはないんですがねぇ」
 溜息と共に吐き出された言葉を、男は何も言わずに聞き流した。ここで下手に答えでも返して揚げ足を取られ、理由をこじつけて逃げられては元も子もない。
「あ、車をとめて下さい」
 などと思うそばからこれである。
「如何されましたか」
「あそこで泣いている娘さんが‥‥」
 目敏い。
 どうして、動いている車の中から泣いている娘に気づく事が出来るのだろうか。
 感じた疲れにハンドルに突っ伏した彼は、すぐさま気を取り直して降りた上官を追いかけた。放置しておくと、何をしでかすか分からない。
「何を泣いておられるのですか」
 着物と結い上げられた髪、そして、白塗りの化粧。その娘は、京都の街中では珍しくない姿をしていた。
「よろしければ、私に話して頂けませんか」
 彼は、ハンカチでそっと娘の涙を拭う。
 上品な仕立てのスーツに合う紳士的な男だ。その優しい笑みに、僅かばかり娘は警戒を解いた。おかあさんやおねえさんに話しても悲しい顔をさせるだけだろう。通りすがりの男に愚痴を話し、すっきりしたら、また頑張ろう。
 そう決めて、彼女はぽつりぽつりと語り出した。
「うち、ホステスさんやおへん」
 舞妓は、ただ宴席に侍るだけではない。だが、最近は何かを勘違いした客が増えた。旅館やホテルの紹介等で訪れる観光客は、毎日毎日稽古に励んでいる踊りをロクに見る事もせず、肩や腰に馴れ馴れしく手を回してくる。
「そうですか」
 舞妓の涙ながらの訴えに、彼は深く何度も頷いた。
「‥‥アンデレ様」
 嫌な予感が男の脳裏を掠める。
「貴女達の世界に土足で踏み入る無神経な者を減らす為に、及ばずながら私も協力致しましょう」
 彼は、背後に控えた男を振り返った。
「知らぬ者には教えて行けばよいのです。彼女達のお座敷で遊ぶ者は、予め必要な知識を身につける事を義務づけるよう、手配して下さい」
「は?」
 呆然とした男に、彼はにこやかに笑って続ける。
「お茶屋の講座を受講し、修了証を貰った者だけがお座敷にあがれるというのはどうでしょう」
 どうでしょうと聞かれても。
 困り果てて、男は舞妓を見た。彼女もこの成り行きに呆気に取られ、言葉を失っている。
 そんな彼女の手を取って、京都メガテンプルムの総責任者は慈しみに溢れた眼差しを向けた。
「挫けずに、これからも芸とお座敷に励んで下さい。私も、ちゃんと受講してあなたのもとに伺いますから」
「‥‥それだけはおやめください」
 プリンシュパリティがお座敷遊びの講座を受けているなどと世間に知られてはどんな騒ぎになるか。痛み出したこめかみを押さえて、男は上官を車の中へと押し込んだのだった。



「お‥‥お茶屋遊び講座ぁ!?」
 素っ頓狂な声を上げた魔皇に、月見里葵も何と言ってよいのか分からずに、ただ曖昧に頷くだけだ。
「これ」
 ぴらりと広報を魔皇の前に差し出して、イレーネは緑茶を啜った。
「一見の客お断りのお茶屋遊びを観光客が楽しむには幾つかの方法がある。その前に、お茶屋で遊ぶ為の講座を修了させておかねばならない、か」
「調べましたところ、どうやら観光客のマナーの悪さに困っていた舞妓に、神帝側から提案したようです。その舞妓の話によると男は「アンデレ」と呼ばれていたとか」
 魔皇達の表情が厳しく引き締まった。アンデレと言えば、御所の真上に浮かぶテンプルムの総責任者であり、強大な力を持つと言われるプリンシュパリティの1人だ。
「観光客に不自由を強いるわけですから、感情搾取の可能性もあります。ですが、今のところ、その形跡はありません。それよりも、これまで謎に包まれていたアンデレが一般人に接触している事の方が気に掛かります」
 葵の言葉を次いで、イレーネは魔皇達を見回した。
「アンデレと接触したのは、先斗町の小扇という舞妓だ。講座の手伝いもしているらしい。‥‥これは、奴の事を探るチャンスじゃないか?」


「ちょっと、なんでこの仕事は私じゃなくてアリアなのよ」
「仕方がないだろう。お前は公開講座の方を担当しているし、何より‥‥」
 べえええとアリアはティアイエルに向かって舌を出した。
「アリアの方が若いんだもん!」
 通常、舞妓の修行は中学を卒業した後に始まる。アリアはその年齢に達してはいないが、大学生のティアよりは無理がない。
 今回の一件にアンデレが関わっている事に魔皇達も気づいているだろう。何らかの妨害が、もしくは舞妓の身に危険が及ぶ可能性もある。それに‥‥。
「いいかい、アリア。しばらく舞妓さん達を守るだけでいい。それがアンデレ様のご意向だからね。気の短い人や魔皇達が悪い事をしないように見張っていておくれ」
「うん!」
 綺麗な着物を着て、綺麗なお姉さん達に囲まれる仕事は、これまでのどの任務よりも楽しそうだ。
「お姉さん達はアリアが守るから、アンデレ様に安心してって伝えてね!」


【本文】
●浪漫
 舞妓。
 なんと甘美な響きであろうか。
 季節感を大切にした装いに身を包む舞妓は、可憐なだけではなく凛としていて同性も憧れる。同じ女性であっても憧れるのだ。男性はと言えば言わずもがな‥‥。
「「京都と言えば、お茶屋遊びだよなぁ」」
 奇しくも同じ時、同じ事を呟いた男が2人。
 1人は、支度の為に再度集った翠月茶寮のカウンターに両肘をついていた川西光矢(w3b595)だ。彼の頭の中を、聞きかじりの知識と想像力が作り上げた場面が過ぎっていく。
 それは、これから訪れるパラダイス!
 不意に背筋に走った悪寒に、光矢は咄嗟に身構えた。殺気にも似た気配は、彼の間近から発せられている。その出所を確認した光矢の額を一筋の汗が伝った。
 じぃと灰色の目で見つめて来る彼の逢魔、雪夢。そして、いつもと変わらない笑みを顔に貼り付けた高町紅葉(w3a007)から感じるプレッシャーに、光矢は慌てて取り繕う。
「い、いや、その‥‥一度言ってみたかっただけと言うか」
「ふ〜ん、そうなの?」
 紅葉は一層笑みを深めた。
「良いのよ。たまに羽目を外したって。少しぐらい、別に。‥‥さ、行きましょうか。雪夢ちゃん」
 紅葉に手を取られて、雪夢は光矢に視線を当てたまま、コクコクと頷く。
 彼女達を引き留めるように伸ばした手が、空しく宙を切った。
 そして、同時刻。
 川崎から京都へと向かう列車の中で、1人ほくそ笑む怪しげな男がいた。
 愛用のデジカメを調整しつつ、気合い入りまくりのディラス・ディアス(w3h061)に、隣の席に座っていた彼の逢魔、智が首を傾げる。
「なんで、わざわざ?」
 彼女が疑問に思うのも無理はない。翠月茶寮で受けた「京都の」任務に向かうのに、何故、川崎から列車に乗っているのだろう。しかも、ゆっくりのんびり低価格に旅を楽しめる青春専用切符で。
「ふふふ‥‥偽装だよ、偽装」
 疑わしそうな目をディラスに向けて、智は肩を落として息を吐き出す。今回は、ノリノリ(死語)のディラスの暴走を押し止めるのに苦労しそうである。ツッコミハリセンは準備万端。
「ま、たまにはこんなのもいいにょ」
 ころりと気分を変えて、智はディラスの荷物からガイドブックを1冊抜き取った。

●講座
 スケッチにペンを走らせていたロボロフスキー・公星(w3b283)は、描いていた絵を些か乱暴に潰す。気を取り直し、新しいページを開いた彼の両脇から小さな頭が2つ覗き込んで来た。
「綺麗に描けてたのに」
 見上げて来る金色の頭をくしゃりと撫でて、ロボは微笑んだ。
「次は、今のよりもっと綺麗に描くわね」
「ほらほら、2人とも、早う講座にお戻りやす」
 ロボに説明をしていた先輩芸妓に急かされて会場に戻っていく見習い舞妓達を暖かく見守って、ロボは再びペン先を紙に乗せる。
「そういえば、この講習会を手配してくれたのは神帝軍の人だって聞いたけど?」
 芸妓は、紅の色が鮮やかな唇を綻ばせた。その様子から、彼女が神帝軍のお声かがりで始まった講座に悪感情を持っていない事が窺えた。
「ええ、そうどす。うちらの事まで考えて下さるやなんて、ありがたいやらもったいないやら‥‥」
 そう、とロボも芸妓に笑いかける。
「勉強しなくちゃいけないほどマナーが悪いなんて、悲しい事よね。でも、お茶屋で遊ぶお客さんだけじゃなくて、舞妓体験の子達もちょっとね‥‥」
 人目を気にせずにタバコを吸う、大口を開けて笑う等、舞妓のイメージを下げる行いが目立つ女の子達を思い浮かべ、小さく肩を竦めたロボに、芸妓は鈴が転がるような笑い声を響かせた。
「今度は体験舞妓さんの講座もやるべきだと思うのよね。神帝軍の人にぜひともお願いしたいものだわ」
「そうどすな。神帝軍のお人にお願いしてみます」
 悪戯っぽく目を細めて、芸妓は講習会に混じっている金髪の少女を視線で示した。
 その神帝軍からの使いは、半だらの帯を締め、慣れない着物に時折戸惑った仕草を見せつつ、ロボの逢魔、ルサールカと並んで周囲の参加者達と談笑していた。
「でも、どうしてアリアちゃんはここにいるの? 前の時のようにお仕事がある風には見えないけど」
 桜沢春名(w3g815)は魔皇としてアリアと面識がある。それなりに警戒していたのだが、当のアリアがあっさりとそれをうち破った。彼女の姿を見つけた途端、「お姉ちゃん」と嬉しそうに駆け寄って来たのだ。
 乱れた襟元を直す春名の手が離れるのを待って、アリアは胸を張った。
「パパが、舞妓のお姉ちゃん達を悪い人や魔皇から守ってあげなさいって言ったの」
 ‥‥私は?
 笑顔のままで、春名は固まった。
 背後に佇む久遠が、小さく息をつく気配が伝わって来る。
「え‥‥えと、アリアちゃんが悪い人から守るの?」
「うん。アリアが守るの」
 人懐っこい猫の目で見上げて笑ったアリアに、グレゴールでなければぎゅうと抱き締めてしまいたい衝動に駆られる。
 再び、久遠が溜息をついた。今度は先ほどよりも深い。
「そ‥‥そうなの。パパがって事は、アリアちゃんのパパが講座を義務付けたというアンデレさん?」
 ふるふると、アリアは首を振る。
「パパはパパ。アリア、アンデレ様に会った事はないの」
「そうなんですか。じゃあ、これ‥‥お渡し出来ませんね」
 残念そうに、ルーはあわび最中の箱をアリアに見せた。どうやら、アンデレへの差し入れを用意していたらしい。
「パパに、アンデレ様に渡して下さいって頼んであげるね! ルーくんからって」
「本当ですか!?」
 無邪気なお子様2人に微苦笑を浮かべて、リョウ・アスカ(w3e053)は紅葉を見た。
「どう思いますか?」
「ここまで「善意」を表に出されると勘繰ってしまいたくなるけど、舞妓を守る気満々なこの子を見てると‥‥ねぇ」
 向かいで舞妓を口説いている光矢の脛を、誰にも分からぬように蹴り上げて、紅葉はそっと胸元に手を置く。
「ね、聞こえてた?」
 誰に向かって囁いたのか。
 しかし、その様子を見た者から疑問の声があがる事はなかった。
「彼女はアンデレを知らないみたいだし、あまり情報を得る事は‥‥。あら、可愛い」
 リョウと顔を寄せて、こそこそと互いの意見を交わし合っていた紅葉が、ちょこんと傍らに立った少女に賞賛を投げた。アリアやルーとは色味の違う着物に、髪を割れしのぶに結って季節の花簪を挿した雪夢は、ちゃんといっぱしの舞妓に見える。
「ほんまはお仕込みの期間やおすけど、今日はお姉さんも来てはるし、特別どす」
 彼女の着付けを手伝った芸妓の言葉を聞きながら、紅葉は雪夢の姿に満足そうに何度も頷いた。
「じゃあ、見習い舞妓さん達は並んで並んで。写真を撮ってあげるわね」
 ぱちりとカメラのシャッターを切った紅葉は、ふいに腕を引かれた。何かを言いたそうなアリアに、しゃがんで視線を合わせる。
「‥‥その写真、アリアも欲しい」
「いいわよ」
 おずおずと、アリアはお願いを重ねた。
「夕方、パパがお迎えに来てくれるの。その時までに出来る?」
「じゃあ、ここの人にパソコンを借りましょうね。プリンターに繋げて、印刷してあげるわ」
 パパが迎えに来るまでに。
 紅葉が繰り返した言葉は、彼女の意図と共に伝わったはずだ。今、ここにはいない人物へと。

●小扇
 木野崎冥皇(w3d497)の告げた内容に、桜と蝶の花簪と新緑を意匠とした着物、下唇だけに紅をさした初々しい舞妓姿で、逢薄花奈留(w3f516)はこくりと頷いた。
「じゃあ、私は小扇さんの側にいて、アンデレさんについて探って来ます」
「了解。俺はこのまま、ここを探る。今のところ、感情搾取されている様子はないが、用心に越した事はない」
 それに、と冥皇は言葉を飲み込んだ。
−アリアの『パパ』とやらも気になる。
 アリアが会った事のないアンデレを知る人物だ。
「姫伽から連絡があった」
 簪を直していた奈留が、手を止める。姫伽は冥皇の逢魔だ。講座以外の情報を集めるべく、舞妓の姿で芸舞妓達に接触している。花街は、芸舞妓達の結びつきの強い縦と横の世界だ。本人に面と向かって聞けない情報を得られる場合もある。
「アンデレらしき人物はお座敷に現れてはいないそうだ」
「という事は、アンデレさんと小扇さんは最初に会った1度きり?」
「かもしれん。ともあれ、アンデレの情報は少しでも欲しい。頼んだぞ」
 廊下の向こうから歩いて来る緑閃と小扇の姿に気づいて、奈留は開き掛けた口を閉じた。
「こんな所におったん? お兄さんが心配してはったで」
 少々砕けた言葉遣いは、小扇が奈留を妹のように感じているからであろうか。
「すみません。迷ってしまって、この方に場所をお聞きしていたんです」
 冥皇に向かって「おおきに」と軽く頭を下げると、小扇は奈留を促す。
「講座の皆さん、実践のお座敷に向かわれはったよ。うちらも行きましょか」
 先に立って歩く小扇の立ち居振る舞いに見惚れつつ、奈留は好奇心に駆られた少女を装って尋ねた。
「おねえさん、神帝軍の人とお知り合いって本当ですか?」
「知り合い‥‥やおへん。そんな恐れ多うて」
 それでも、と彼女は奈留に問われるままに知っている限りの話を聞かせた。
 アンデレと呼ばれていた人が、気さくで上品な普通の紳士だったから、最初は神帝軍の偉い人だとは思いもしなかった事。
 この講座を開くと即断した事。
「なんや話しやすいおじさんや思うたら、あっという間に決めてしまわれて。驚いたわあ」
「そういえば、この規制、花街の人達はどう思っているんだろうね」
 規制による面倒や不都合を感じていないのだろうか。心に引っ掛かっていた事を尋ねた緑閃に、小扇は微笑んだ。
「うちらの大切に守って来たものを多くの人達に知って貰える機会が出来たんどす。感謝してます」

●騒動
 ぴしゃりと後ろ手に襖を閉めて、リョウは口元を大きく引き攣らせた。
「どうかしましたか?」
 彼を気遣って駆け寄るソフィーティアを、手を挙げる事で押し止めた。もう1度、リョウは襖に手を掛ける。大きく深呼吸して、ゆっくりと開け放つ。
「おや〜? お先に〜」
 地方の弾く景気の良い三味線の音に合わせて、芸妓と向かい合う男がしゅたっと効果音付きで手を振り上げた。
 どこかで見た事があるのは気のせいだ。
 そう、リョウは心の中で自分に言い聞かせる。翠月茶寮で会ったディラスという男に似ているが、きっと赤の他人に違いない。
 彼は、確か蒼井数之介なる偽名を使って潜入する手筈を整えていたはず。そう、だから‥‥
「はい、蒼井はんの負けどす〜」
「やあ、しまったなぁ。はっはっは‥‥」
 瞬間的に感じた眩暈に、リョウは咄嗟に襖を掴んだ。慌てて彼を支えたソフィーティアに手を重ね、リョウは何とか笑みを浮かべる。
「た‥‥楽しんでいらっしゃいますね」
 辛うじて、それだけを発した春名に、ディラスは止まらぬ笑いの合間にひらひらと手を振って答える。
「全ては取材の為なのでつ〜! 別に舞妓萌え〜なんて事は全然無いでつ〜!!」
 嘘をつけ!
 その場にいた全ての者達が、一斉に突っ込んだ。
 だが、それすらも彼には地方の三味線と同じく、お座敷遊びを盛り上げる心地よいBGMだ。
「じーくぎおんっ!」
 片手を斜めに挙げた彼の暴走を止められる者など、誰もいない。‥‥いないはずだが。
「にーちゃん、えらく楽しそうだなあ? 俺らが面倒くさいお勉強してる間によ?」
「講座とやらを受けたんだ。俺らも楽しませて貰おうか」
 柄の悪い男達が座敷へと上がり込む。手近にいた小扇の手を掴み、男は至福の時を味わっていたディラスの肩を乱暴に押した。
「どけや。姉ちゃんは、ここで酌でも‥‥」
「悪い人達はここにいる資格はありません! さっさと出て行きなさい!」
 びしりと突き付けられたアリアの小さな指先に、呆気に取られた男達はすぐに腹を抱えて笑い出す。
「こりゃいいや! 舞妓のお嬢ちゃん、客に出てけはマズイだろうがよ」
 胡座をかいて笑い転げる男の腕が、突然に捻り上げられた。その隙を逃さず、おぼこい舞妓が小扇を男から解放する。
「全く。無粋だよな、折角のお座敷なのに」
 男の腕を捻り上げたまま、光矢は肩を竦める。
「面倒な勉強をさせられたって言うけど、それは、あなた達みたいな人がいるからでしょ」
 小扇を庇った奈留は、まっすぐに男達を見据える。同時に、アリアの手も掴んでルーの傍へと押し遣った。
 凄みをきかせた男達に狼狽る事なく、表情も変えずに奈留は佇んでいる。すいと静かに奈留と男達の間へと身を滑り込ませた緑閃の鋭い視線が男達を射抜く。
「あんた達、もう少し勉強が必要なんじゃないの?」
 光矢の呆れたとでも言わんばかりの台詞に、逆上した男は渾身の力で彼の手を払った。
 懐に手を入れた男に、芸舞妓達の間から悲鳴が発せられた。もう1人の男も、ただならぬ様子で背広の内ポケットへと手を入れている。
 微動だにせず、光矢は男達を見ていた。その頬には笑みすらある。
 そんな光矢に向けて、男が襲いかかる。
 男が懐から手を引き抜いた瞬間、ぱちんと乾いた音がした。
 隠し持っていたナイフを光矢に突き立てようとした男は、ぎょっと顔を強張らせる。柄の先に光っているはずだった刃が、色鮮やかな花へと変わったのだ。
「はい。タネも仕掛けもございません」
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる紅葉とタイミングを合わせたかのように、遊びの席から強制排除されたディラスが男に足払いをかけた。
「警告! 退場! ‥‥ってね」
「貴様らっ!」
 もう1人の男が内ポケットに入れていた得物を取り出そうと動く。それを弾き飛ばしたのは、人々の合間から伸びた鞭。
 それは一般の人々の目に捉えられる事もなく。
 男は呆然と立ち尽くした。
「捕まえちゃいなさい!」
 アリアの甲高い声を合図に、男達へと襲いかかり、押さえ込むサーバント。すぐに、警護の者達が駆け付けて男達を連行して行った。
「ふぅ、やれやれですね」
 軽く服についた埃を払って、ディラスは騒動で倒れた袴を起こす。
「さ、無粋な輩も消えた事だし。気を取り直して最初から‥‥」
 ばし、ばし、ばしーん!
 軽快な音が3度響いた。予定外の騒ぎでざわめいていた者達も静まり返る。
「今宵の『バシット2号』は一味違うにょ!」
 主の頭を往復プラス1度叩いた逢魔の少女は、ハリセンを肩に担ぐとにやり笑みを零す。そのエプロンドレスに、主からくすねて来たポケットガイドが入っていると気づく者は誰もいない。そして‥‥。

●気配
 人気のない廊下に規則正しい硬質な音が響く。
 それは、やがて2人掛けの腰掛けに座り、足を遊ばせていたアリアの前で止まる。
「話は聞いたよ。ご苦労だったね」
「皆が強力してくれたから! あ、パパ、これアンデレ様にってルーちゃんから!」
 男は微笑んだ。
「そうか。では、アリアが直接お渡ししなさい」
 驚く少女を抱き上げた男は、廊下の奥へと視線を遣ると薄く笑みを浮かべた。
「さぁ、帰ろう」
 背を向けて歩み去る男を見据えたまま、冥皇は眉を顰めた。
 奴は、自分がそこにいると気づいていた。紳士的な見かけに騙されては痛い目を見る。
「‥‥油断は出来ないって事だな」
 影のように冥皇に寄り添った姫伽は、彼の言葉にただ頷いた。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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