どらごにっくないと

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薫風揺れて

  • 2008-06-30T16:03:04
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 暖かな陽射しと心地良い風。
 薄桃色の花びらがはらりはらりと舞い落ちる。
 長閑な春の午後の光景に、彼は日溜まりでまどろむ猫のように目を細めた。
「平和ですねぇ」
 全ての人々がこんな穏やかな時間を過ごせるならば、と彼は思う。けれど、そこに辿りつくまでの道程はまだまだ遠く。
「千里の道も1歩から。カメは歩き続けたからウサギに勝てたんです」
 うんうんと腕を組んで頷いた彼は、ふいに届いた小さな啜り泣きに足を止めた。
「おや? 何を泣いているのですが?」
 隠れるようにして泣いていたのは、1人の少女。
 突然に現れた彼の姿に怯えて、彼女は身を竦ませる。
「ああ、怖がらないで下さいね。おじさんはただの通りすがりですから」
 膝を折り、少女より視線を下げると、彼は道すがら買った団子の包みを開いた。
「よければ、ご一緒して頂けませんか? おじさん1人で食べるのは味気なくて」
 どちらも言葉を発する事なく、春の風に身をまかせ、鴨川沿いの土手で少女と2人並んで団子を頬張る。
 どれほどそうしていたのか。やがて、少女は口を開いた。
「パパのお仕事で、来週、転校しなくちゃいけなくなったの」
「新学期が始まったばかりなのに?」
 こくんと頷く。どうやら、1年間、一緒に勉強出来ると思っていた友達との早すぎる別れが悲しいらしい。
「皆で、葵祭りを見に行こうねって約束したのに」
 あー‥‥と、男は空を見上げた。
 葵祭りは5月に執り行われるのが通例。それは、彼も分かっていた。だが‥‥。
「‥‥分かりました。おじさんが何とか頑張ってみましょう」
 小さな心と約束を守る為に。


「はい? 今、何ておっしゃいました?」
「ですから、1ヶ月繰り上げます」
 何を言い出すのだ、この親父は。
「そういう我が侭が通るとお思いですか?」
 目を吊り上げたファンタズマの少女に、彼はにっこりと笑うだけだ。
 代わりに答えたのは、渋い顔をした彼の副官。
「‥‥主催の1人としてアンデレ様が参加するという条件つきで、繰り上げ開催が決定した‥‥」
「〜〜〜っっっ!!!」
 声にならない叫びを上げた少女を気の毒そうに眺めると、男はアンデレへと向き直った。
「くれぐれもお気を付け下さい。祭りには大勢の者達が集います。中にアンデレ様を狙う魔皇が潜んでいる可能性もございますから」
「大丈夫ですよ。魔皇にもお祭りを楽しんで貰えばいいでしょう」
 何か微妙にずれている気がする。
 いや、いつもの事か。
「主催となると、特等席で路頭の儀を見る事が出来るんですよねぇ」
 ほくほく顔のアンデレに、吐き出す息に疲れが混じる。
「っっっ!! どうして、いつもいつもいつも貴方はアンデレ様に甘いんですかっ!! そんな風に甘やかすから、アンデレ様がつけあがっちゃうんじゃないですかぁぁぁっっ!!!」
「お‥‥落ち着きなさい、テレジア」
 ぎゅうとネクタイを締め上げられて、彼は涙目のファンタズマを宥めすかす。
「ともかく、決定事項なのだ」
「あたしは知りませんからっ! 魔皇の襲撃にあっても、市民の前で転んで大恥を掻いても、あたしは一切! 知りませんからねっ!」
 修羅場の様相を呈して来た部下達に我関せずと、アンデレはのほほんと日本茶を啜っていたのであった。


「‥‥‥‥‥」
 またもや、翠月茶寮に奇妙な沈黙が落ちた。
「‥‥‥‥葵祭りの繰り上げ開催?」
「主催にアンデレの名があるぞ」
 お隣から回覧板で回って来た緊急通達には、「お笑い芸人がやって来る!」的にリボンの別枠を組まれた告知文。魔皇達は一般人的な反応を返すしかない。
「こ‥‥これをどうしろと?」
 一応、尋ねてはみるものの、疲れ果て、カウンターに突っ伏している月見里葵の手はひらひらと揺れるのみだ。好きにしろと言う事らしい。
「とりあえず、アンデレが参加するんだよな? 主催で」
「市長とかそういうお偉い連中と並んで行列を見たりするのか?」
 魔皇達の想像にも限界があるというもの。
 しかし、これはアンデレと接触する千載一遇の機会ではないか。
 けれども、罠という事も考えられる。罠というにはあまりに餌が稚拙なのが気になるが。
「恐らく、警戒は厳重だろう」
 罠かそうでないかを差し引いても、要人警護は厳重になるはずと衝撃から立ち直った魔皇の1人が仲間達へと語り出す。
「とにかく、今回の目的の第一はアンデレと接触する事だ。うまく行けば、奴と話が出来る」
 滅多に表に出て来ない愛皇の考えを聞く事も出来よう。
「その後は、臨機応変に行く。‥‥それでいいだろうか」
 アンデレと接触した後、彼らの身に何が起きるのか。相手は強大な力を持つとされるプリンシュパリティ。先だっては悪魔化した魔皇を撃退したとの噂もある。
 もしも、戦闘となったならば生半可な事では敵わないだろう。
「万が一にも備えておかねばな」
 彼らは、深く頷いた。


【本文】
●祭りの町
 京都の町は、いつもよりも1月早い祭りの到来に賑わっていた。
 予定が全て繰り上がり、夜も寝ずに体裁を整えた実行委員会と上賀茂神社と下鴨神社の禰宜達の疲れ切った様子とは正反対に、祭りに浮かれる市民達。悲壮な顔をして駆け回っているのは、葵祭りをメインに据えたツアーを企画していた旅行会社の社員で、どちらにしても大入り御礼、笑いが止まらないのは地元の観光協会だ。
「祭りを1月も繰り上げるなんて、ずいぶんと無茶をしたものね。その所為でどれだけの人が泣く事になったのやら」
 呟いたリースの視線の先で、携帯電話を耳に当て、何度も何度も電話の向こうの相手に謝る男がいる。開催日変更となった祭りの説明をしている所を見ると、リースが言うところの「泣いた人」の1人であろう。
「全くだ」
 短く返して、神流光(w3b705)は空を見上げた。
 真上には浮遊する神帝軍の居城、テンプルム。
 平安時代の装束を纏った行列の背景には些か不似合いだと光は思う。
「あ、斎王代!」
 目を細めた光の袖を引いて、リースは行列の中に見えた腰輿に弾んだ声を上げた。ここにいる目的を忘れたわけではないが、やはり女のコ。雅な平安時代のお姫様には心が躍るらしい。
「アンデレもどこかで見ているのだろうな」
 かのプリンシュパリティに会う為には、まず居場所を掴まねばならない。
 しかし、この人ごみではそれも容易ではない。
「相手はプリンシュパリティだ。纏う気はグレゴールどころじゃないはず。そう簡単に隠しきれるものじゃない」
 光と同様に人に揉まれながらアンデレの姿を探していた浅倉巍(w3i676)は、はぐれそうになったことりの手を掴んで自分に引き寄せると、その耳元で呟いた。至近距離と耳元にかかる吐息に動揺することりに気付く事なく、彼は続ける。
「行列についているのか、それとも先に下鴨神社に向かったか‥‥」
 会って話してみたい。
 ぶつかってくる観客の体からことりを守るかに抱き締めている状態で思うは敵対する立場にある老人の事。
 色気も何もあったもんじゃない。
 ぷぅと頬を膨らませると、ことりは思いっきり巍の足を踏みつけた。

●理由
 一体、どれくらいの人出なのであろうか。
 ニュースではよく数百万の人出と報道しているが、あれは誰が数えたものだろう。野鳥の会か?
 ‥‥などと考えつつ、大きく欠伸をして、リュード・ヴァールハイト(w3j449)は傍らの逢魔に不満たらたらな視線を向けた。
「なんでわざわざ祭りの見物をせにゃならんのだ。お前1人で行きゃいいだろうが」
「1人でお祭りに行っても楽しくないじゃないですか!」
 やれやれとリュードは肩を竦める。
「お前は何の為にここにいるんだ」
 アナタに言われたくないです、とは遙の心の声だ。
 それはともかくとして、道路は渋滞、人はびっちりのこの状態では動くに動けない。どちらにしても、1度、混雑から抜け出す必要がある。そう判断したリュードの腕を遙が引いた。
「‥‥おーい?」
「ダメです! 折角のお祭りなんですから、楽しみましょうよ」
 強引に腕を絡められ、ずるずると人ごみの中に連れ戻される。
「だからと言って、どうして混雑の中に戻るんだ、お前は」
「混雑もお祭りのうちです」
 そんなお祭りイヤだ。
 リュードの呟きをきっぱり無視して、すし詰め、押し競饅頭状態の人を掻き分けて先へと進んだ遙は、ぶつかった相手に思わず声をあげた。
 長い髪を1つに束ねたキャンベル・公星(w3b493)も、まあと口元に手を当てている。
 この数える気も起きなくなる人数の中で、僅か10数人の仲間に偶然出会える確率というのは、どれほどのものなのだろうか。
「なんだ? 確かスタッフに紛れ込んでいたはずじゃ‥‥」
 怪訝そうなリュードに、実はと声を潜める。
「どうやら主催の要人が書置きを残して消えたらしくて」
「はん、まさかそれがアンデレというわけじゃなかろ‥‥」
「ええ、『アンデレ様』ですわ」
 あんぐりと口を開けたリュードに、キャニーは溜息をつく。
「ミサさん達にも連絡して、それらしい者を探して貰っています。どうぞお2方もお気をつけて」
 お気をつけてと言われても、相手の顔も分からないのでは対処のしようもなかろう。
 人に紛れていくキャニーの姿を見送りながら、リュードと遙は顔を見合わせた。
「うーん? いないなぁ」
 キャニーからの知らせは、ミサ・スニーク(w3a864)を経由して仲間達に届けられていた。当然、風海光(w3g199)の元にも、その旨を知らせるメールが届いている。
「あの、光くん‥‥この人だかりでは無理じゃないかな?」
 遠慮がちに問うた翼に、光はちっちと指を振る。その手にあるのは、オペラグラスだ。
「無理だと思ったら最後なんだよ、翼ちゃん。新たな道を切り開き、真実を見つけるのは飽くなき探究心が必要なんだ!」
「探究心とこれとは話が別だと思う‥‥」
 呟く翼の声は、周囲のざわめきに消されて主のもとにまでは届かなかった。
「なんたって、今、僕達が探してるのは未確認生命体アンデレさんなんだからねッ!」
 嬉々としてオペラグラスを覗く光に、翼はもじもじと俯くばかりだ。言いたい。言いたいんだけど言えない。行列ではなく人ごみをオペラグラスで覗いているのは、ちょっと怪しい人だと。
 もっとも、光の無邪気さが怪しさを打ち消しているわけだが。
「未確認生命体なんですか?」
 不意に声を掛けられて、翼は飛び上がった。
「あ、あのっ、そのっ!」
 振り仰いだ先には、優しい笑顔。
「ああ、すみません。何だか面白い言葉が聞えたもので。こんな人がたくさんいる場所に未確認生命体がいるんですか?」
「そうだよー」
 オペラグラスから目を離さずに、光が答えた。
「あのね、このお祭りの主催になってるアンデレって人なんだけどね、あまりに謎の多い人だからUMA認定されてるんだって」
 はあ、と男は気の抜けた返事を返す。
 見ず知らずの相手に警戒する事なく喋る光に、傍らの翼は気が気ではない様子だ。そんな彼女に、男は再度笑いかける。
「それで、その未確認生命体を見つけて、どうしたいのですか?」
 光はオペラグラスから外した目を頭上のテンプルムへと向けた。楽しげだった表情が、真剣なものへと変わる。
「なんでお祭りを1ヶ月早くしたのか、聞いてみたいな。それから、どうして神帝と魔皇が戦っているのかも」
 人々は楽しそうで、屋台からは美味しそうな匂いが漂って、この場所には、神と魔の争いも何もない。
「そうですか」
 男はしばらく考え込む素振りを見せた。
 喧騒の中で僅かな沈黙が流れる。
「もしかすると」
 テンプルムへと向けていた視線を戻して、光は振り返る。上品な色合いのジャケットに白のマオカラーのシャツ。そして、鈍い銀色をしたロザリオが光の目に映った。
「皆の楽しそうな顔が早く見たかったのかもしれませんねぇ」
 人の波に流されて行く男が残した言葉は、ざわめきに掻き消されそうになりながらも確かに光の耳に届いた。

●アンデレ
「ようやくお会い出来ましたね」
 何食わぬ顔で社頭の儀に戻ったアンデレが再び抜け出す事を見越して、裏を張っていたのは正解だったようだ。
 自分達の勘が当たった事を喜んでいいのか、それとも目の前の男に呆れていいのか。複雑な溜息を漏らした岸谷哀(w3h560)の傍らで、キャニーが息を飲んだ。
「まさか、そんな‥‥」
 面識があった。翠月茶寮に部屋を持つキャニーは、何度も彼と顔を合わせていた。
「神父様、あなたがアンデレ様だったのですか‥‥」
 彼はおやと眉を上げた。
「言ってませんでしたっけ?」
 聞いてません。
 そもそも、聞いていたらこんな苦労はするものか。脱力する仲間達からいち早く立ち直り、巍は背筋を伸ばして礼を取る。
「突然に失礼致します。ですが、我々は争いに来たわけではありません」
 巍の言葉に、アンデレは警戒心の欠片も見せず微笑んだ。そのまま、彼は近くにいた哀の腕を掴んだ。
「なら、一緒に行きましょうか」
「え? え? ええっ?」
 ずるずると引き摺られて行く哀に、彼女の逢魔、Nはプリーツのスカートを握り締めて、おろおろと主と仲間を見比べるのみだ。
「大丈夫、大丈夫。取って食いやしませんから」
 歌い出しそうに楽しげなアンデレを追いかける。
 僅か数歩の先、彼らは屋台の並ぶ一角で突然に足を止めたアンデレの背にぶつかった。
「リンゴ飴、食べませんか」
 返事も待たず、アンデレは大きなリンゴ飴を人数分買い込む。
「はい、どうぞ」
「あ‥‥ありがとうございます」
 困惑しながらもそれを受け取り、ミサ達はアンデレに倣った。京都における最大の敵であるはずのアンデレと道路の縁石に座り込んで飴を舐めているのは、何だか奇妙な感じだ。
 傍らのイルが、万が一に備えて気を張り詰めている。ちらりとアンデレを窺い見て、ミサは小さく息を吐き出した。
「おや? お嫌いですか? リンゴ飴」
「い、いいえ! そうではありませんけれどっ」
 慌てて首を振ったミサにそうですかとのほほんと笑って、アンデレは黙って飴を舐めた。しばらくの間、彼らは何も語らずに飴の甘さとリンゴの酸っぱさとを味わった。
「アンデレ様」
 ふと気付いて、キャニーはハンカチを取り出した。飴でべたつく彼の頬をそっと拭う。
「ありがとうございます。‥‥あ、しまった。舌が真っ赤ですよ。買い食いしたのがばれてしまいますねぇ」
「貴方は‥‥」
 ん?
 くぐもった哀の声に、アンデレが振り向いた。
「他のプリンシュパリティの事をどうお思いですか? 彼らの動きを‥‥」
 唐突な問い。
 しかし、それは彼女が聞きたくて胸に抱いていたものだ。
「彼らには彼らの考えがあります。自分が正しいと思う道を進んでいる彼らに異を唱えるつもりはありません」
 ですがと彼は言葉を切った。
 芯だけになった飴を近くのゴミ箱に捨てて立ち上がる。
「私にも、私の考えがあり、理想があるのですよ。奇麗事だと言われるかもしれませんがね」
「それは?」
 尋ねた哀に、アンデレは微笑みかけた。
「誰もが穏やかに暮らせる場所を地上に造る事。人も天使も、魔皇も関係なく、お祭りを楽しんだり、おしゃべりをして過ごせる時が来ればいいと思いませんか?」
「人と魔は共に生きる事が可能なのでしょうか」
 黙って彼らの話に耳を傾けていたキャニーが漏らした言葉に、アンデレは困った表情を浮べた。
 息を詰めて、彼の答えを待つ。
 魔皇と逢魔の視線がアンデレに集まった。
「それは、私が決める事ではありませんね。人と共に生きるか否か、決めるのは貴方達です」
 哀が、巍が、弾かれたように顔を上げる。
「では神帝が倒れた今、貴方はどうするおつもりですか?」
 ミサの真摯な瞳がアンデレを射抜く。
 真剣な彼女の問いに、彼も居住まいを正した。
「以前もこれからも、私のすべきは任されたこの地を守り、皆が安寧に暮らせる地へと変えて行く事ですよ」
 彼の言葉には静かな決意が溢れている。
「貴方は、魔の者をどう思っておられますか」
 穏やかなアンデレの気配に、それは、するりと巍の口から零れた。
「我々と相反する者、でしょうか」
 問わずともわかっていた。こうして語らっていても、敵同士である事実に変わりはないのだから。自嘲の笑みを浮かべた巍を、ことりが心配そうに見遣る。
「ですが、貴方達と話してみて、互いに歩み寄る事は出来ると‥‥そう思いました」
 巍は目を見開いた。
 神魔の和平を目指す彼が望んでいた言葉だ。表情を明るくした巍に、アンデレは勿論と付け足す。
「もしも貴方達魔皇が人に害なす存在であると判断したならば、その時は容赦なく排除させて頂きますよ?」
 ウインクと共に投げられた宣告はどこか悪戯めいて、哀はミサと顔を見合わせて笑った。
「そういえぱ、悪魔化した者を撃退したという噂を聞いたのですが」
 目の前にいる老人は、そんな荒事を行うようには見えない。しかし、返って来た答えは肯定だった。
「ええ、山田君と一緒に」
 それは誰?
 突然に彼が口にした名。グレゴールだろうか。それとも、彼のように人の名を使っている天使だろうか。あれやこれやと考えを巡らせる彼らの様子に気づく事なく、アンデレは続けた。
「コユウザにしようと思ったら、皆に反対されまして。仕方がないので山田君と呼んでいるのですが‥‥」
「それはどなたなのでしょう?」
「はい?」
「山田君というのは‥‥」
 ああ、と彼はぽふと手を打った。そして、その手で頭上を指示す。
「あの中にいる、私のヴァーチャーです」
 彼らの脳裡に、座布団を抱えて走るヴァーチャーの姿が過ぎったのは言うまでもない。
 どっと疲れが押し寄せる。
「なんだかなぁ」
 込み上げて来る笑いに、光は肩を揺すった。
 アンデレと仲間達の様子を見ているうちに、ここのところ、ずっと彼の心に影を落としていた悩みに光が射した気がしたのだ。人は人である理由を考え続けて来た。しかし、人という種の全てを納得させるだけの答えには未だ至らない。
 魔皇もきっと同じなのだろう。魔皇である理由を決めるのは、魔皇本人。そして、それは恐らく魔皇の数だけ答えが存在し‥‥。
「何かお悩みかね」
 突然に真後ろから声を掛けられて、光はぎょっと身を強張らせた。目の端に映る白のロングコート。クライズ・アルハード(w3h973)だ。
「ク‥‥クライズ! お前、今まで何を‥‥」
「折角のお祭りだからね、彼女達のエスコートをしていたんだよ」
 彼の背後には、葵とイレーネ。
「エスコートぉ?」
「彼女達は、目に入れても痛くない孫のようなものだからねっ」
 少々頬など赤らめてみたり。
「いや、ホントに入れると痛いだろうけど」
 アンデレの姿に驚く葵以上に複雑な表情を浮べて、光は額を押さえた。そんな光の肩をぽぽんと叩いて、クライズはアンデレの前に小さな箱と旗を差し出す。
「はじめまして。僕は結社グランドクロスの『ハサミ怪人ろけっとコート(仮)』だよ。以後、お見知りおきを」
「あ、はあ。どうも」
 手土産を受け取ったアンデレは、不思議そうに旗を手に取った。
「それは、我が結社の旗だよ。君の部屋にでも飾って貰えると嬉しいね」
 ぱたぱたと小さく振られる旗に、クライズは満足そうに目を細める。どんな相手の手によるものでも、結社の旗が翻るのを見るのは悪い気はしない。
 まったりとした空気が流れ始めたその時、時計を見たアンデレが慌てて立ち上がった。
「ああ、そろそろ行かなくては」
 上賀茂神社で行われる社頭の儀で、葵祭りは締められる。
 最後にアンデレがいなければ、形も整うまい。
「では、また今度」と気安い挨拶で別れたアンデレが、人の数も減った祭りの締めに主賓席からX旗を振る姿に魔皇達が仰け反ったのは別のお話。

●いつもの光景
「おはようございます」
 からんと涼しい音をさせて店内に入って来た人影に、その場でいた者達が凍りついた。ついで、一斉に後退る。
 一連の報告を行っている最中の事であった。
「ア‥‥アンデレ様」
「いつものをお願いします」
 上擦ったキャニーの声に笑顔を向けて、彼は日当りの良い窓際の席に腰を降ろす。今日は神父服だ。
「え、と。アンデレさん? 僕達の事、わかってるんです‥‥よね?」
 恐る恐る尋ねた光に、彼は首を傾げた。
「いやですね。私はまだそこまでボケてませんよ? ところで、未確認生命体と話したご感想は?」
「〜っっっ!!」
 しっかりと覚えられていたようだ。口元を押さえ、叫び出しそうになるのを堪えた光の肩を叩いて、クライズは静かに首を振った。水コップとおしぼりを盆に乗せた葵の手からそれを取ると、彼はアンデレのテーブルまで運ぶ。
「昨日は宣伝をどうも」
「いえいえ、どう致しまして」
 他愛ない会話と美味しいお茶と。
 翠月茶寮の奇妙な常連は、いつもと変わらぬ笑みで寛ぎの一時を満喫したのだった。
COPYRIGHT © 2008-2024 桜紫苑MS. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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