どらごにっくないと

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アンデレを探せ!

  • 2008-06-30T16:06:30
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「いい‥‥お天気ですねぇ」
 窓から吹き込んでくる爽やかな風に目を細めて、彼は呟いた。
「そろそろ仁和寺の桜も終わりでしょうか」
「あー、はいはい、そうですねぇ」
 適当に相槌を打って、少女はぱたぱたと忙しく動く。暇そうにしている彼と違って、彼女は忙しいのだ。
「金閣寺のツツジも見頃でしょうねぇ」
「そーですねー」
 手にしたハタキで埃を払い、会堂の椅子を1つ1つ綺麗に磨いていく。今日は夕方から大切な祈祷会がある。それまでに会堂の中から外まで、塵1つなく清め、そして、神父たる彼には祈祷会の準備を、自分はオルガンで演奏する讃美歌の譜面を用意して‥‥。
「お日様も気持ち良いですし、絶好の散‥‥」
「却下! です」
 皆まで言わせる事なく、彼女は1言のもとに切って捨てた。
「‥‥」
 彼はふらふらと糸が切れた風船のようにどこにでも行ってしまう。散歩と言って出かけたかと思えば、山の中をぐるぐると彷徨っていたり、ご近所の子供達に捕まって鬼ごっこさせられていたり。ともかく、まともに帰って来た例しがない。
 こんな忙しい日に、それだけはご免被りたい。
「いいですか、アンデレ様。今日は、この教会の‥‥‥‥」
 振り向いたテレジアは、しばし動きを止めた。
 彼女の目に映ったのは、5月の風に揺れる白いカーテンだけ。
「・‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ふふ」
 天使らしからぬ笑みが、彼女の口元を彩った。


「それで、なぜ私たちの所へ?」
 額に青筋が浮かんでいる。
 彼女の手に握り締められた布巾に視線を落とした魔皇が口元をひくつかせ、別の者はそっと足音を殺して立ち去ろうと席を立つ。
「そこ! 逃げない! ‥‥失礼。それで、どうして我々にそのようなお話が来るのでしょう?」
 先ほどよりは幾分落ち着いた声で、葵は電話の相手へと尋ねた。
『あなた方ならば、あの方も油断して姿を現しますでしょう?』
 ふるふると、葵の拳が震える。
「そう言う事ではなく! 何故に、神帝軍から魔皇に人捜しの依頼が入るのでしょうねぇ?」
 電話口の向こうで、相手の女が笑った。
 その気配が伝わって来た。
 葵の怒りのボルテージが上がる。
「いいぞ、葵さん! 魔皇の意地にかけて神帝軍に屈するな!」
 小声で声援を送った魔皇達の視線の中、葵は大きく息をついて言葉を整える。
「ともかく、私達はあなた方のお手伝いをする義理も何も‥‥」
『‥‥あの方のツケ‥‥』
 葵の眉が寄った。受話器を握る手に力が籠もる。
『ご協力頂けるのでしたら、あの方のツケを一気に払う用意がこちらにはございます」
「分かりました」
 ‥‥即答である。
 再び逃亡を図ろうとした魔皇の襟首を掴み、葵は打って変わってにこやかに答えた。
「喜んで協力させて頂きますわ。‥‥ええ、はい、分かりました。すぐにそちらに何名か向かわせます」



 受話器を置いたテレジアに、リューヤは息をつく。
「魔皇の手を借りる、か」
「背に腹は代えられませんから。というわけで、仁和寺で魔皇達と合流して手分けして探して来てください。アンデレ様のお話から察するに、仁和寺、金閣寺辺りをうろうろとしているはずです。アリアの姿が見えないところを見ると、多分、彼女も一緒。ケーキ屋さんとかお団子屋さんも要チェックです」
 アークエンジェルを顎で使うファンタズマ、テレジア。
 彼女の言葉には誰も逆らえない。
「‥‥わかった」
 渋々と、リューヤは置いてあった眼鏡をかける。
「ああ、それと、アンデレ様のツケは、リューヤ様のポケットマネーで支払っておいて下さいね」
 そして、アンデレにもテレジアにも逆らえない自分は、一番可哀想なのではないかと思う京都メガテンプルムナンバー2、リューヤは懐の財布を確認しつつ溜息をついたのであった。


【本文】
●散歩日和
 こんな絶好のお散歩日和にはそぞろ歩きをしたくなるものだ。
 だが、時と場合を考えやがれ、と葛城伊織(w3b290)は内心毒づいた。放蕩天使の身柄確保など、何故に魔皇に依頼が回って来るのだろうか。しかも、相手は悪魔化した魔皇を難なく倒したと噂される権天使である。
「まあ、放っておくと葵の機嫌も悪いままだし、久しぶりに神帝軍を気にしないで京都を散策出来るわけだから、別に構いやしねぇけどな」
 ぶつぶつとぼやきながらも、彼が腹を立てているわけではないと知る逢魔・久遠(w3b290)は、苦笑して空を見上げた。
 太陽の眩しさに目を細め、微笑む。
 伊織の言う通り、こんなに良い天気に神帝軍の目を気にせずに散歩が楽しめるというのは悪くはない。
 連絡の形態がなるまでり僅かな時間、彼女は逢魔である事も神魔の戦いも忘れ、「久遠」という1人の娘に戻って穏やかな一時を楽しんだ。
 一見すると長閑な伊織と久遠が通り過ぎた店から、盛大な溜息をついて出て来たリュード・ヴァールハイト(w3j449)は、傍らで控えていた逢魔・遙に軽く睨まれた。
「だって、君、考えてもみたまえよ? なんで俺が人捜しなんぞせにゃならんのだ」
「人捜しも探偵の立派な仕事です」
 んもぅ。
 相変わらずな主に諦めというよりも達観してしまった逢魔は、テキパキと目についた電柱に自分達の探偵社の広告を貼り付けていく。あまり誉められた行為ではないが、彼らの生活の糧を得る為に地道な宣伝活動は必要だ。
「ああ‥‥帰って寝たい」
 散歩もいいが、日当りの良い場所でお気に入りのクッションなんかを抱えて昼寝をするというのも贅沢な過ごし方であろう。一瞬、その極上の一時を過ごす自分を思い浮かべ、このまま回れ右して帰りたい衝動に駆られ、リュードはほぅと息をついた。
 嗚呼、其れは何と甘美で優雅なる誘惑であらうか。考えてみたまへ、このやうな良き季節に‥‥
「お仕事終わるまで駄目です」
 うっとりと視線を現実から離れた場所に向けた主を察した遙が、釘をさす。
 ちっと容姿に合わない舌打ちを1つ。
 リュードは話を逸らした。
「しかし、アンデレは何を考えているんだ」
「‥‥リュードさんが考えていたような事でしょう?」
 即座に返されて、リュードは二の句が告げず、目を逸らすしかなかったのであった。

●出会い・運命編
 待ち合わせの場所で文庫本を読みふけっていた男の足元に、見覚えのある茶色の小動物がじゃれついていた。
 邪険に扱うわけでなく、文字を追いながらも爪先を突っつく手に応えていたり、膝に飛び乗る体を撫でてみたりと、遊んでやっているように見える。
「キャニー様?」
 その様子を見つめて立ち尽くしたままのキャンベル・公星(w3b493)に、逢魔・スイは怪訝そうに彼女の表情を覗き込んだ。
「え? ああ、何でも‥‥」
 スイの声に、キャニーは咄嗟に笑顔を取り繕う。自失していた事に驚いたのは彼女自身だったようだ。
「あら? あれはユイでは?」
「そのようですね」
 静かにペンチへと近づいて、キャニーは男に声を掛けた。
「リューヤ様‥‥ですか」
 顔を上げた男に、深々と頭を下げる。
「キャンベル・公星と申します。いつも兄がお世話になっております」
 それと、と彼女は白い手を差し伸べた。
 リューヤの読んでいた文庫から垂れ下がるブックマーカーの紐を目で追っていたユイが、その手にぴょんと飛びつく。
「ユイがご迷惑をおかけ致しました」
「いや、迷惑などでは」
 素っ気なく答えて、リューヤは本を鞄へと仕舞うと立ち上がった。
 ‥‥のだが。
「りゅーやのおっちゃん!」
 ユイの代わりに飛びついたのは、逢魔・小狐丸(w3f776)。公開講座で顔馴染みとなったこんに遠慮はない。小さいとは言えコギツネとは違う人の体に飛びつかれて、リューヤは体勢を崩して再びベンチへと座り込む事となった。
「こら、こん」
 渋い顔をした鍛人錬磨(w3f776)に、こんはしょぼんと頭を垂れる。
「別にこれぐらいは構わないが」
 途端に、こんが表情を輝かせて顔を上げる。ほら見ろと言わんばかりに主を見た逢魔の現金なまでの変わり様に、周囲から笑いが漏れた。
「リューヤ様、早速ですが」
 丁寧に折り畳んだ地図を取り出すと、キャニーはリューヤの前に広げて見せる。彼女の逢魔が見つけて来たそれは観光ガイド付録で、金閣寺から仁和寺周辺の甘味処が丁寧に記されてある。
「アンデレ様のお好みはお分かりになりますか? お話を伺う限り、アンデレ様は甘いものがお好きなようですから、きっとこの辺りに‥‥」
 リューヤが受け取った小さな地図を指さしたキャニーの指先が、リューヤの指に触れる。
「あっ」
 熱い物に触れたかのように、キャニーは慌てて手をひいた。
 苦笑して、リューヤは肩を竦める。
「心配しなくても、危害を加えるつもりはない」
「あ、いえ‥‥そうではなく‥‥」
 思わず押さえてしまった、赤く染まる頬を見られはしなかっただろうか。どうして、こんなに早く心臓が鼓動を刻むのだろうか。
 思い当たる事は、ただ1つ。
 今はあえて、その可能性に目を塞ぎ、キャニーは平静を装って再度地図を示す。
「翠月茶寮では、よくわらび餅を召し上がっておられたようですわ」
「でも、こないだ、こんとあいす食べたー」
「ああ、そう言えば特製プリン・ア・ラ・モードも」
 次々と暴露されて行くアンデレの敵中での行状に、リューヤは額を押さえた。付け足すならば、それらの代金は彼のポケットマネーで支払わなければならないのである。
「ともかく、だ。アンデレが立ち寄りそうな店に先回りして張っておこう。仲間達も動いているはずだ」
 錬磨の言葉に頷いたリューヤの肩に、こんがよじ登る。
「りゅーやのおっちゃん、かたぐるま〜‥‥」
 講座中は、よく抱っこや肩車をして貰っていた。相手が大天使だろうが、何だろうが、こんにとっては「今更」なのだ。
「‥‥大物ですね」
 ぽつり呟いたスイの言葉に、錬磨はふ、と吐きだした息で応えた。

●出会い・偶然編
 くすん。
 人の多い寺の境内で1人ぼっち。
 御室桜の辺りまでは一緒にいたので、はぐれたのはその後だ。それは分かっていても、簡単に見つけられるはずもない。デパートと違って、お寺の中で迷子呼び出しなんてしてはくれない。
「迷った時の鉄則は、その場を動かない事なんだよ」
 自分に言い聞かせて、山本雪夜(w3c568)はこみ上げて来る涙を必死に堪えた。
「絶対、絶対、憐はボクを見つけてくれる。だから‥‥だから‥‥」
 それでも、目の前を行き過ぎる人の流れは冷たくて、色さえも無くしてしまったかに感じられて、心細くなって来る。
「絶対‥‥ぜった‥‥」
 泣きそうに歪んだ雪夜の袖が不意に引かれた。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
 視界に飛び込んで来たのは金色の光。
 心配そうに見上げて来る少女に、雪夜は首を傾げた。何やらどこかで覚えがある気がする。
「おじーちゃん、このお姉ちゃんが」
 連れらしき初老の男性を呼ぶと、少女はポシェットからハンカチを取り出した。
「おやおや、どうかしましたか?」
 雪夜は、まじまじと男を見詰めた。
 寺には不似合いだ。それが、雪夜が抱いた第一印象。
 何故なら、彼は神父服を身に纏い、胸元に鈍い色を放つロザリオをつけていたのだから。
 泣くのも忘れて、雪夜は男を見上げた。
「他宗お断りって書いてなかったから、いいんだよね」
「は?」
 他宗お断りなら、外国から来る観光客は出入り出来ない事になる。本堂を振り返り、雪夜は1人で納得して頷いた。
「いいえ、何でもありません。神父様」
 ハンカチを貸してくれた少女に礼を述べ、涙を拭うと雪夜はにっこり微笑んだ。
 と、不意に彼女のうちに記憶の断片が過ぎる。
 何か大切な事を忘れているような、そんな焦燥が湧き上がる。
―大切な事? 憐とはぐれちゃった事以外に何かあったっけ‥‥?
 心に浮かぶ大事な友達の顔。
―そもそも、何でボク達はここに来たんだっ‥‥け‥‥
 じぃ、と雪夜は神父と少女を見つめた。
―えーと、確か、人を探していたんだよね。アンデレって名前の、京都メガテンプルムにいるラスボスと、アリアって名前のグレゴール‥‥。
 教えられた容貌を思い返す。
 グレゴールは金髪で、小学生くらいの女のコ。
 ラスボスは、上品な感じの神父様(ロザリオ付き)。
 雪夜の思考が、停止した。

●追跡劇
 まずは、と桜アイスを食べさせてくれる店に向かった追跡部隊は、店員の話からターゲットが一足違いで立ち去った事を知った。
「くっ! 急いで追わねばっ」
 焦るリューヤと、他の客が食べているアイスを羨ましそうに指を加えて見ていたこんの視線がかち合う。
 大きな黒目がちの目が、うるうると潤んでいた。
「い‥‥急いで‥‥」
 いつか見たCMが、リューヤの脳裡によみがえる。
 こんの隣りに、何かを訴えかけるユイがちょこんと座った。
 ごくりと生唾を飲んだリューヤの肩を錬磨が叩く。ひどく気の毒そうに、それでいて、どこか楽しげに。
「どうする?」
「リューヤ様? リューヤさまぁ〜?」
 固まってしまったリューヤの目の前で、ひらひらと手を振るキャニー。
「ああ、何やらを彷彿とさせる光景ですわねぇ」
「これ、おいし〜」
 勝敗は最初からついていた。分かり切っていた事だ。
 それを見越して、ちゃっかりと席につき注文まで済ませていたスイは、こんの口元についたアイスを拭ってやると上品に笑う。彼女の主達はと言えば、未だ葛藤中のリューヤを心配しているのか、リューヤで遊んでいるのか分からない様子で周囲の注目を集めている。
「そろそろ正気に戻って頂かねばなりませんね」
 手の掛かる方々だと、スイは椅子から立ち上がった。そこへ、
「あ、スイお姉ちゃんです〜」
 てててっと軽快な足音を立てて駆け寄って来た少年に、スイはあらと目を見開いた。深く被った帽子は人化が解けた時の用心であろうか。主たるキャニーの兄、ロボロフスキー・公星(w3b283)の逢魔・ルサールカの無邪気な笑顔に、スイの表情も自然と和らぐ。
「ルーくん、奇遇ですわね」
「奇遇‥‥って、今使う日本語じゃないのは、私にも分かるわよ。スイ」
 同じ目的で動き、同じ人物を探しているのだ。途中で出会う事もあろう。
 少年の後からやって来たロボは苦笑を浮べたまま、視線で状況を問うた。
「それもそうですね、ロボ様。目的の人物とは入れ違いになってしまったようです。店員の話によると、銀色の髪をした少女が1人増えていたそうですので、皆様にご連絡せねばならないと思っておりました」
「そうじゃなくてね」
 ロボの目が、甲斐甲斐しくリューヤを励ます(?)妹に向く。
「あれはどうした事かしら?」
 もともと世話好きではあったが、あんな風に異性と接するなど、家族や特定の人物以外にはしない娘だ。
「あっ!」
 突然に、ルーが声を上げた。
 ロボが止める間もなく、ルーは悩むリューヤの元へと駆け寄るとペコリと頭を下げる。
「アリアちゃんのパパさん、こんにちは」
 何の悪気もない発言が、憶測とざわめきを連れて周囲へと広がっていく。
「子持ちだったのか、教授。道理で子供の扱いに慣れていると思った」
「‥‥君は今、明らかに「イヂメ」モードに入っているだろう」
 錬磨とリューヤの遣り取りを呆然と聞いていたキャニーは、我を取り戻すときっ、とリューヤを見据えた。その視線の鋭さに、思わず半歩下がる男2人。
「構いません。例え子持ちのバツイチだろうとわたくしはッ」
 頬を掻くと、ロボはゆったりと長閑にお茶を頂いているスイを見た。
 ブラックなキャニーはよく見かけるが、炎の幻を背負っているのには、兄であるロボでさえ、あまり遭遇した事がない。
「いいの? 放っておいて」
「ええ」
 戻って来たのは、何とも清々しい即答であった。
 目元を和ませて、彼女は続ける。
「キャニー様の楽しそうなお顔を見るのは久しぶりですし」
「楽しそう‥‥って言うのかしらねぇ、あれ」
 傍観している分には楽しいに違いはない。
 スイの向かいの椅子を引き、ロボが腰を落ち着けたと同時にスイの携帯が控え目に着信を告げた。
「情報?」
「‥‥憐さんからです。仁和寺で雪夜さんとはぐれてしまわれたようですわ」
 とりあえず、桜団子と抹茶を注文したロボが「そう」と相槌を打って動きを止めた。
「ねぇ」
「‥‥はい」
 トーンの落ちた彼の声に、どうやら同じ事を考えていたらしいスイが幾分低くなった声で応える。
「確か、さっき‥‥アンデレ一行に1人増えてたって言ったわよね」
「‥‥はい」
 どちらともなく目を逸らしあって、彼らはテーブルの上に置かれていたものに手を伸ばした。
 ロボは水コップ、スイは自分が頼んでいた抹茶に。
「良いように考えれば」
 ぽつり、ロボが呟く。
「接触には成功したって事よね」
 一方、成り行きでキャニーとリューヤの間に挟まれた錬磨は、敵であるはずの大天使を庇う位置に立たされている不条理さと、全身から吹き出す冷や汗の不快さに耐えていた。
 何とかキャニーを宥めようと、彼は手を伸ばす。
「ま、まぁ、まずは落ち着け。こういう話は当人同士の‥‥」
「バツニまでなら許しますッ」
 彼女は激情の紅だったか?
 一瞬、本気で考え込んでしまった錬磨は、不思議そうに見上げて来るこんに気づき、慌てて、その耳を塞いだ。
「うわぁん〜なーもきこえなーですー!」
「いいんだッ! 子供は聞かなくてもッ」
 何が悲しゅうてこんな目に遭うのだろう。こんの情操教育にもよろしくないし。
「‥‥早くアンデレを探し出して、帰ろう。ああ、そうしよう」
 錬磨は、そう心に誓った。

●ラスボスと
『京都のラスボスは普通のおじさんでした』
 お洒落な造りの喫茶店の中、ちょこんと椅子に腰掛けて、雪夜は憐達への報告文を頭の中で纏めていた。文字数にして18。一文で終わってしまった。
 言い様が無いのだ。それ以外。
「アンデレ様」
「はい、何ですか?」
 呼び掛ければすぐに答えてくれる。にこにこ笑顔付きで。
 この店の一番人気を突っついていたスプーンをくわえて、雪夜は言い淀んだ。
 一応、彼は敵だ。
 敵にこんな事を言っていいのかと止める魔皇の自分と、何でも聞いてくれそうな彼に心の中に留めていた悩みを打ち明けてしまいたくなる「山本雪夜」としての自分がいる。
「どうかしたのですか?」
「あのね、ボク‥‥」
 ちらりと上目遣いに窺い見ると、やんわりと先を促す優しい笑み。
「大好きな人が出来たんだ。ボク、その人の役に立ちたいし、幸せにしてあげたいって思うんだ。でも、ボクは本当にその人の為になっている‥‥のかな」
 不安そうに消えていく語尾に、アンデレはそれで? と静かに問うた。
「ボクの頭の中、その人の事でいっぱいで、‥‥それで、大事な友達に悲しい顔をさせてる。寂しい思いをさせてる。ボクはどちらも大切で、大事で、幸せに笑っていて欲しいのに」
 アンデレは手にしていたスプーンを皿の上に置いた。かちりと響いた冷たい音に、雪夜は身を竦ませる。今更ながらに、自分が誰に何を語ったのかを思い出した。
 相手は神帝に次ぐと言われる13天使の1人、京都御所の真上に位置するメガテンプルムを、京都エリアを掌握するプリンシパリティ。落ちたギガテンプルム、きな臭い周辺と、刻々と移り行く世界の情勢に目を向け、暗躍する魔皇と理性を持たぬ悪魔化した魔皇を排する者。
 雪夜を‥‥自分よりも強い魔皇をも一瞬で倒してしまう力を持つ天使だ。
 膝の上で握り締めた手が汗で湿る。
 微かに身体が震えた。
「あなたは」
 口を開いたアンデレに、身体が揺れた。俯いた顔からは血の気が引いているだろう。
「大切な事を忘れています」
 逃げ出してしまいたい。そんな心をありったけの勇気で抑え込んで、叫び声をあげそうになる唇をぎゅっと噛み締めた。
「あなたが大好きな人と大事な友達を想う気持ち、彼らが幸せであって欲しいと願い、その為に何が出来るのかと悩む気持ちは分かりました。ですが、あなたは大事な事を忘れているのですよ」
 恐る恐る、雪夜は顔を上げた。
「あなたが彼らを想うのと同じくらい、彼らもあなたを想っているのではないですか? あなたが幸せであって欲しいと願っているのではないですか? 悩み、辛そうな顔をしているあなたを見て、彼らは幸せを感じるでしょうか」
 膝の上に置いた手に、手が重ねられる。
 励ますように、ぎゅっと握られたその手は大好きな彼や大事な憐と同じく温かかった。

●甘美なる一時
「‥‥‥‥それで」
 半地下に造られたそのフロア。
 眩い太陽の光は、絶妙な位置に取り付けられた灯り取りの小窓から差し込み、室内に自然と人の手が融合した芸術となって降り注ぐ。
 そんな心安らぐ空間で寛いでいる目的の人物を見つけて、シグマ・オルファネル(w3g740)は軽い眩暈を感じた。
「何をしているんですか。一体」
「チェス」
「将棋」
 真剣な顔をして差し向かい合っていた2人から同時に声があがる。
「‥‥ほほお?」
 微妙に変わった口調に、背後に控えていた逢魔・ミハイル(w3g740)が苦笑を浮かべた。
「同時にチェスと将棋とは、なかなかに面白い事をしていますね」
 静かに歩み寄り、盤面を見下ろす。しかし、どう見てもそこに並ぶのは白と黒の石。
「チェスと思えばチェス、将棋と思えば将棋なのですよ。はい、チェック」
「‥‥どういう理屈ですか、それは」
 平然と言い放つアンデレもアンデレだが、相手をしているクライズ・アルハード(w3h973)の方も真剣に腕を組んで唸っている。
 シグマの目にはルール無用のデタラメな一戦にしか見えないが、彼らには彼らなりのルールがあるのだろう。
「いつまで経っても金閣寺に来ないと思ったら、ここに居座っていたのですか」
 ミハイルに祖霊招来して貰って正解だったとシグマは冷たい視線を、アンデレに向ける。
「全く。ツツジを前に待ちぼうけを食らう所でしたよ、私は」
「いいねぇ、風流だねぇ。やはりそこで一句捻るべきだね」
 ぽんと膝を打って、クライズは高らかに思いついた句を詠み上げた。
「東洋の国かと思ったコロンブス。‥‥いいねぇ、やはり」
「‥‥どこかで聞いた覚えがあるんだが?」
 指摘したミハイルに、白い石が飛んで来る。難なくかわした彼の背後、コンクリート打ちの壁にそれはめり込んだ。魔皇の力や恐るべし。
「あっはっは。もっと聞きたいかい? いい国作ろう鎌倉幕府とか。あ、ここは京都だし、鳴くよ鶯平安京かな」
「あ、それなら私も知ってますよ。『マータイマールコルカヨハネ伝、使徒ロマコリントガラテア書〜エペソピリコロテサロニケ〜♪』」
 突然に歌い出したアンデレに、店内が静まり返った。
 メロディは昔懐かしの鉄道唱歌だ。歌詞は今ひとつ意味不明であるが。
「‥‥新約聖書だな」
「おや、さすがですね。そうですよ。新約聖書の章の覚え方です」
 えへんと胸を張ったアンデレに、額を押さえて息を吐き出すと、シグマはちらりと金色の髪の少女を見た。
 途端に、じりと距離を置くように、幼いグレゴール、アリアは後退った。
「?」
 少女に警戒されるような事は何もしていない。
 怪訝な顔をしたシグマに、もう一局と石を集めていたアンデレがふふと笑った。
「先ほどね、ハグされたんですよ。思いっきり」
「いやあ、可愛かったから、ついね」
 しれっと答えたクライズと少女とを見比べて、シグマは再度息を吐く。
 魔皇に思いっきり抱き締められて、幼い少女は驚いただけではすまなかっただろう。
「気の毒にな」
 頭を撫でたミハイルに不審も顕な視線を向けながらも、警戒は解いたようだ。同時に安全地帯である事も悟ったのであろう。シグマとミハイルを窺って背後に回りこむ様子は、突然の雨に軒先へと避難して来た野良猫だ。
「あ、彼女は僕の孫だからね。手を出さないようにね」
 いつの間にとか、何がどうしてとか、尋ねない方がよかろう。
 そう判断したシグマは無言をもって応えた。
「まあ、そんなところに突っ立ってないで座ったらどうですか?」
 軽く手を上げて、アンデレは店員を呼んだ。
「彼らにもアレを」
「‥‥アレ?」
 その場に居た者達が一斉に頷いた。
 アンデレやクライズは勿論、彼らの一局を眺めていた雪夜も、シグマ達を壁にしているアリアまでもが反応を返したのだ。
 何のことか分からず、顔を見合わせたシグマとミハイルの前に、皿が並べられる。
 白くシンプルな皿の上に流れるのは、恐らくメイプルシロップであろう。
 それはいい。問題なのは‥‥。
「‥‥かぼちゃに見えるのだが」
「「「「かぼちゃです」」」だよ」
 種の部分は刳り貫かれ、ムースが詰められているようだ。
 とりあえずスプーンを差し込んで、彼らは更なる衝撃を受けた。
「‥‥‥‥かたい」
「ああ、駄目ですよ、皮から食べちゃ。硬くて当たり前じゃないですか」
 世話が焼けますねぇ、とアンデレが笑う。
「シュークリームを蓋で掬って食べるのと同じだよ。あ、そうそう。だけど慌てちゃいけないよ? 喉につかえるからね」
 クライズの言葉に隠されたモノに、誰が気付くのか。当然ながら、アンデレとアリアは首を傾げるのみだ。
 覚悟を決めて、シグマは一掬いしたそれを口に運ぶ。
 口の中いっぱいに広がるメイプルシロップの芳香と、そして‥‥。
「かぼちゃだ」
「だから、かぼちゃだと言ってるじゃありませんか」
 あははと笑うアンデレに他意は無さそうだ。
 もう一掬いしてみる。
 隣りで、ミハイルも複雑な顔をしていた。
「あ、やっぱりここに居たか」
 光量を計算し尽くされた店内に、外の光を持ち込んだのは伊織と久遠だ。
「絶対、ここにいると思ったぜ」
 屈託なく笑うと、彼はシグマの隣りに腰掛けた。
 店員が持って来たメニューを開く事なく「アレを2つ」と簡単に注文を済ませた伊織は、シグマの物問いたそうな視線に裏も表もない表情を見せてきっぱりと言い切る。
「ここに来たら、まずはアレだよな」
「そうですよね」
 隣りの久遠も、うんうんと同意してみせた。
「アレとは、コレの事ですか」
「当たり前だろ。1度食ったらやみつきだぜ」
 自分を落ち着かせる為に、シグマは詩篇の一節を心の中で暗誦した。
 その後、今、スプーンの上に乗っているものについて考える。
「ああ、そうだ。アレに似てるじゃん」
 ミハイルが不意に呟いた。
「アレ?」
「ほら、アレだよ。かぼちゃの煮つけ」
 黙りこむ事数十秒。
 やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「‥‥かぼちゃの煮つけにメイプルシロップは掛かっていない」
「でも、似てね?」
 確かに似てはいるが。
 平気な顔で、いや、美味そうに食べている伊織と久遠を信じられない物を見る目で見て、シグマは席を立った。
 碁盤に石を‥‥何故だか将棋(チェス?)風に並べ終えたアンデレの元へと歩み寄り、その腕を取る。
「はい?」
「金閣寺のツツジを見たいなら、そろそろ出なければならない時間です」
 それもそうですねと、あっさり応じたアンデレはアリアと雪夜を手招いた。
「見頃と聞いていますが、いかがでした?」
「‥‥今が盛りでしたよ」
 わいわいと騒がしく出て行くアンデレ達に慌てたのは伊織だ。
「お、おい、待てよ!」
「先に行っています。金閣寺ですよ」
 営業用の顔を作って、シグマは伊織の皿の上にあるかぼちゃを指して微笑んだ。
「ゆっくり味わって来て下さい」
 次いで、慌ててやって来た店員に伊織達を示す。
「勘定は彼らが払うそうです」
 誠実で優しげな営業顔のシグマの言葉に、店員達はあっさりと納得したのであった。

●発見、その後
 次にアンデレ達が立ち寄りそうな場所まで、かなりの距離があった。
 そこに辿りつく為にはバスは使えない。この人数ではタクシーを使うのも面倒だ。
「いっそ金閣寺までバスを使ってはどうだ?」
 錬磨の提案に、キャニーが首を振る。
「でも、このお店はバス道沿いではありませんし、近くにバス停もございません」
 その店までひたすら歩くしかなさそうである。
「あの、アリアちゃんのパパさん! 僕の歌をアリアちゃんに届けて、場所を決めて待っていて貰うっていうのは駄目ですか?」
 ルーの頭を軽く叩いて、リューヤは肩を竦めてみせた。
「残念だが、この一帯で君の力を使えるかどうかは微妙だ。使えたとしても、アリアのいる所まで届くかどうか」
「それは、例の水晶を使った結界のせいかしら?」
 ロボの問いに、リューヤは頷く。講座に参加し、その一部始終を見ていた錬磨を見、彼は静かに語った。
「聞いてはいるだろうが、結界の内部では君達の力は制限される。力を持たぬ者ほどその影響を受けるだろう」
 仁和寺から出てすぐに合流を果たした雪夜の逢魔・憐(w3c568)が、赤いリボンに飾られた頭を手で確かめる。
「でも、人化は解けていません」
「力を使えば解けやすくなる。気をつけたまえ」
 しょぼんと、ルーは項垂れた。
「アリアちゃんとなかなか会えませんから、歌でお話出来ればと思ったのですが」
 その気落ちの仕方があまりに微笑ましかったので、キャニーはスイと顔を見合わせて笑った。
 同時に、好奇心が頭をもたげる。
「歌で何を伝えようと思ったの?」
 弟を見守る姉の心境で肩に手を置いたキャニーに、ルーは無邪気に、きっぱりと答える。
「アリアちゃんが大好きですって!」
 空気が一瞬で凍りつき、割れた音が響いた

 ‥‥かに思えた。
 
「ア‥‥アリアはまだ幼い。交際とか、そういうのは感心しないな」
「りゅーやのおっちゃん、ぽんぽいたい?」
 抱っこされていたこんが、リューヤの眉間をぐりぐりと指で押す。
「いいや、何でも無いよ」
 けれど、何でも無いという顔をしていない。
 まだ幼い者達を除いた魔皇と逢魔は思った。
『大人気ない』
 ただ1人だけ、それにプラスして『末はマイホームパパ』まで連想し、慌てて頭から振り払った者もいたようだが。
 歩くには少々遠い道のりは、そんな他愛のない会話を交わしているうちに過ぎた。
「あら? あれは‥‥」
 その店の壁に背をつけ、腕を組んでいたのはリュード。
「どうかしたのか?」
 尋ねる錬磨に、リュードは何も言わずに笑って彼の肩を叩くとその場を去って行った。
「なんだ? 一体‥‥」
 訝しみながら、店の扉を開いた錬磨に、中から声が掛かった。
「待ってたぜ!」
 伊織ががしりと掴んだのは、リューヤの肩だ。
「ほい、電話」
 自身の携帯をリューヤに握らせて、伊織はそそくさと帰り支度を始める。
『リューヤ様』
 携帯越しに流れて来たのは、聞き慣れたテレジアの声。
「テレジア?」
「‥‥アンデレが戻って来たんだとさ」
 こっそりと伊織は仲間に囁いた。
「んで、ここの代金もリューヤに払って貰えと葵が‥‥」
 彼が視線で示すのは、嵐が過ぎ去ったかのような店内。重ねられた皿と並べられたグラス、何故だか壁にめり込んでいる白い碁石に、散乱したままの碁盤‥‥。
『彼らは無事に任務を果たして下さいました。後はよろしくお願い致しますね』
 そろりと、伊織は店員にリューヤを指差して店を出る。
 錬磨は、リューヤに声を掛けようとしたこんの口を塞いでその後に続く。
 やがて、誰もいなくなった店内に取り残されたリューヤは、にっこりと会計書を手に清算を迫る店員を前に呆然と立ち尽くしたのであった。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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