どらごにっくないと

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【アンデレからの招待状】おこしやす、テンプルム

  • 2008-06-30T16:07:41
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 その爆弾は、夕飯時に落とされた。
 突然に美味しい冷や奴が食べたい等と我がままを言い出した彼の為に、下準備を完了していた食材を明日に回し、まだ大学にいた大天使に、歩いて行くには少々遠い豆腐の名店までのお使いを頼んだ。
 そうして、ようやく完成させた料理に舌鼓を打ち、自分(達)の苦労を僅かばかり慰めていた時に、彼が言ったのだ。
「魔皇達を、テンプルムへご招待しようと思います」
 当然、誰も即座に反応は返せなかった。
 いつもと変わらない笑みを浮かべて、彼は凍りついた周囲を気に留める事なく豆腐を口に運び、「これは大豆の芸術と呼んでもいいですよね」などと呑気な事を呟いている。
「魔皇を招待とは、どういう意味でしょうか」
 とりあえず、真っ先に自分を取り戻したのは、アタッシュケース片手に豆腐の買出しに出向いた大天使であった。大学の研究室には当然ながら丁度良い大きさの桶もボウルもなかった為に、どこからか調達して来た実験器具に2丁の豆腐を入れて帰って来た強者でもある。
「言葉の通りですが、どうかしましたか?」
 不思議そうに尋ね返されて、副官たる彼も再び黙り込むしかなかった。
「魔皇をテンプルムへ招待して、それからどうされるおつもりですか?」
 少しだけ言葉を補って、彼女は尋ねた。
 のほほんと、彼は彼女に視線を向けて微笑む。
「勿論、テンプルムの中をご案内するんです。彼らにとって、御所や秘仏の観覧よりも滅多に出来ない経験になりますよ」
 そりゃそうでしょうとも。
 その言葉を、彼らは暖かなご飯と共に飲み込んだ。
 ギガテンプルムに捕らえられていた経験はあるはずだが、あの時の彼らに「観覧」なんて余裕はなかったはず。
「私はね」
 箸を置いて、彼は居住まいを正した。
「ここしばらく彼らと交流して思ったのですよ」
 交流とは、日がな一日、魔皇の「溜まり場」で呑気にお茶を頂いて、談笑する日課のアレだろうか。
「魔皇と人の間にある隔たりは、まだ埋める事が出来る。手遅れではないのです。そして、我々も」
 ああ、愛皇様。
 世の中には、悪魔化した魔皇も、神帝軍滅すべしと戦いを挑んで来る凶暴な魔皇もいると言うのに、それでも貴方は「魔皇」と手を取り合う事が出来ると信じておられるのですか‥‥。
 テレジアは手元に視線を落とした。
 このまま、卓袱台をひっくり返して暴れてやろうかしら。
 そんな考えが一瞬過ぎる。
「いくら我らがそう望んでも、彼らが応じない限り無理です」
 言い切った。
 言い切りやがりましたよ、この大天使。
「ですから、彼らの本意を聞く為に、テンプルムへ招くのです。京都のテンプルムがどのような所で、我々が何を望むのか、互いに本音をぶつける時が来ていると、私は思います」
「しかし、万が一にも彼らがテンプルムで戦闘を仕掛けた場合、如何ほどの被害が出るか」
「お母様にも危険が及びます」
 何しろ、彼女は儚げで守ってあげたいっ! ‥‥と、娘の自分が思うくらいなのだから。間近で戦闘なんかが起きた日には、卒倒した挙げ句、しばらく寝込んでしまいかねない。
「ああ、それならば大丈夫です。彼女も大変ノリ気で」
「へ?」
 大天使が一緒に買ってきたアジの開きを解し、アリアの皿に移しながら、彼は事もなげに言った。
「早速、当日は娘さん達におもてなしのお菓子を作るよう頼んでいたそうですよ。丁度、美味しいストロベリーティーを頂いた所だったそうで、魔皇とお茶会が出来ると楽しみにしています」
 ‥‥お母様‥‥アナタという方は‥‥。
「それに、テンプルムの中でもDFは制限されますしね」
 水晶の結界の中心地である。だが。
「例えDFが使えなくても、物理的手段は使えます」
 自宅にテロリストご一行様を招待すると言っているのと同じなのだ。大天使も強固に反対している。
「大丈夫ですよ。もしも、魔皇が相容れぬ存在だと分かった時には‥‥」
 ほんの少し。
 油断していると見落としてとまいそうな程に、彼の笑みの中に凄みが混じった。
 忘れがち(信じられない)だが、彼は権天使。人とこの街とをこよなく慈しんでいる者だ。人とこの街に害なす者は、容赦なく排除する。そう、いつかの悪魔化した魔皇のように。
 そして、日々、うだつの上がらない婿養子のような扱いを受けている傍らの大天使も、魔皇と戦うだけの力を持つ。これまで、彼らが戦って来たグレゴール達とは比べものにならないほどに。
 大丈夫。テンプルムに魔皇を招いても、戦いが起きても、彼らがいるのだから。
「ああ、そうでした。彼らに山田君も紹介しなくては‥‥」
 ヴァーチャーの名前に多少問題があっても、多分、きっと。


 にこにこと笑う本人に面と向かって「罠ですか」と聞ける者などいない。
 月見里葵は、アンデレから受け取った招待状と彼とを見比べて、曖昧な答えを返した。
「気楽に遊びに来て下さい。服は平服でいいですし、手土産なんて必要ありませんよ」
 勘繰れば、武装してくるな‥‥という事だが、彼が言うと言葉の通りにとれるのは何故だろう。
「うちのマザーも大喜びで娘さん達とお茶会の用意をしていますから、それだけは覚悟して下さいね」
 どうやら、お茶会は『強制参加』のようである。
 どうしたものかと、葵は途方に暮れた。


【本文】
●おこしやすテンプルム
 いつか、と思っていた。
 いつの日か、このシールドを越えて内部へと雪崩れ込み、そして‥‥。
 彼らの為に開放されたメガテンプルムの扉を見上げていたテリアード・リュウト(w3b909)の背を思いっきりどついて、山田ヨネ(w3b260)は豪快に笑ってみせた。
「長生きはするもんだねぇ。テンプルムの中をゆっくり見学出来る日が来るたぁ思わなかったよ」
「‥‥確かに」
 口元に笑みを浮かべて、テリーは再度テンプルムの扉を見た。
 敵である魔皇を本拠地たるテンプルムに招き入れようというのだ。酔狂な事だ。
「まぁ、このまま不毛な戦いを続けるよりも、寧ろ‥‥」
 言葉を途切れさせ、ごく自然に、テリーはぐらりと揺れた背後の逢魔・ミトン(w3b909)の身体を支える。以前の戦いにおいて負った怪我が未だ癒えていない逢魔は、泣きそうに顔を歪ませた。
「う〜‥‥ゴメンナサイ‥‥」
「気にする事はない」
「おや? お怪我をなさっているのですか?」
 ふいにかけられた声に、テリーとミトンは同時に顔をあげた。
 そこに立つのは、穏やかな笑みを湛えた初老の男性。
「え‥‥ええ、はい」
「それはいけませんね。もし辛いようでしたら、遠慮なさらずに誰かにおっしゃって下さいね」
 戸惑いながらも頷いたミトンは、背後から飛び出して来た少年に驚いて、おもわずテリーの腕を掴んでしまった。
「でんでれのおじちゃん!」
 ぴょんと、元気いっぱい男に飛びついた天宮済(w3b139)を受け止めて、彼は相好を崩す。
「済くんも来てくれたのですか。‥‥今日は、早めにお手洗いに行きたいと教えて下さいね」
 何の気もなしに、その会話を聞いていたテリーがごくりと生唾を飲んだ。この『でんでれ』と呼ばれ、済に肩車をせがまれている人物が何者であるのか気づいたのだ。
「お気持ち、お察し致します」
 いつの間にか隣に立っていたヨネの逢魔・マーリ(w3b260)が伏し目がちに呟いた。折角の招待なのだからと主が誂えた振り袖は華美ではなく、物静かな彼女の気品を引き立てている。
「ほらほら、マリちゃんもテリーの坊主も何やってんだい! こっちゃお客なんだからね、神帝の城だろうが何だろうが遠慮する事ァない。堂々と胸をお張り!」
 独特なヨネの笑いが静かなテンプルムに響き渡った。
「その通りです。皆さん、どうぞ楽になさって下さいね」
 済を肩に乗せたアンデレが振り返る。
 恐縮しているのか、それとも主を案じているのか、彼らの周囲であたふたしている済の逢魔・鐵(w3b139)の姿に妙に笑いを誘った。
「ここがアンデレさんのおうちかと思うと緊張しちゃうよ。ね、翼ちゃん?」
 自分の袖をしっかりと掴んで話さない逢魔・翼(w3g199)に、風海光(w3g199)は笑って同意を求めた。彼が本当に緊張しているわけではない。落ち着かない様子の逢魔の気を少しでも楽にしたかったのだ。しかし。
「で‥‥でも、光くん。昔、お母さんによく言われなかった? 悪い事していると秘密基地に連れていかれて、改造人間にされちゃうって‥‥。未確認生命体さんの基地もやっぱり‥‥」
 京都の真ん中に、これでもかとばかりに浮かんでいる城のどこが「秘密基地」なのだ、とか。
 悪い事をすると改造人間にされるなんて言うのはどんな母親だ、とか。
 ツッコミどころは満載なのだが、誰も何も言わず、聞かなかった振りをした。ここは、彼女の魔皇に任せておこう。暗黙のうちに、そう彼らの間で取り決められる。人、それを日和見とも言う。
「大丈夫だよ、翼ちゃん! あ、そうだ! アンデレさん! これ、持って頂けます?」
 怪訝そうに振り返ったアンデレの手に、光は小さな旗を持たせた。
「これは?」
「ボク達が迷子にならないように。ツアーの添乗員さんが持ってるアレですよ。徹夜で作ってきたんです。ね、翼ちゃん。これなら大丈夫だよ!」
「テンプルム観光 歓迎魔皇御一行様」と書かれた旗に、仲間達は己の判断の誤りを知った。任せては
いけなかったのだ。しかし、気づくのが少しばかり遅すぎた。
「お‥‥落ち着きな! 全く大の大人が情けないねぇ。いいかい? アンデレさんはこれぐらいで怒るよーなお人じゃあない。そいつは分かっているだろうに」
 ヨネの叱責に、彼らはコクリと頷く。
 アンデレの数々の奇行を目の当たりにして来た彼らにとって、ヨネの言葉には説得力があった。
「でんでれのおじちゃん、ここにおっきいろぼっとがいるってほんと?」
 大人達の心の内も知らず、無邪気に尋ねた済に、何とか笑顔と平常心を取り戻しつつあった魔皇達が再び緊張に身を強張らせた。「おおきいろぼっと」、すなわち、それは京都メガテンプルムが所有しているネフィリムに他なく。その在処を尋ねるという事は戦力を探っていると取られても仕方がな‥‥
「ロボット‥‥? ああ! あれですか。ええ、ありますよ」
 それは魔皇達の杞憂に終わった。
 あっさりと肯定して、アンデレはあっちと通路の奥を指さす。頑丈な扉が、アンデレの頷き1つで開いた。
「ぅ‥‥わぁ!!」
 中に並ぶネフィリムに、光は目を輝かせた。
「凄い‥‥凄いよ、翼ちゃん! 巨大ロボットがいっぱい並んでいるッ」
 頬を紅潮させて喜ぶ光の反応は、魔皇としては悪い例にあげられるだろう。普通は「こんなにネフィリムが‥‥」「くそぉ‥‥全て破壊出来たならばッ」というのが正しい反応だ。
 そして、ここに、もう1人、魔皇として悪い反応を見せる者がいた。
「ねーねー、でんでれのおじちゃん、ねふぃりむ、いっこちょーだーい♪」
 今度こそ、魔皇達は頭を抱えた。
 鐵に至っては、燃え尽きて真っ白になっている。
「ネフィリムを? 何に使われるのですか?」
「んっとね、ばらしてかいぞーするのー」
 済は無邪気そのものだ。
「んー‥‥どうでしょうねぇ? 今の済くんの手には余るかもしれませんよ? もう少し大きくなってから考えましょうか」
 真面目に答えているのか、それともその場しのぎに口からでまかせを言っているのか、判断が付かない所である。
「そういやァ、確か、ここにゃアタシと同じ名前のヴァーチャーがいると聞いたんだがね」
 アンデレが騎乗するヴァーチャーの名を「山田」と言う。別の名を用意していたが、提案したらソッコー、満場一致で却下されたらしい。
「ええ、この奥にいますけれど‥‥どうかされましたか?」
 真剣に考え込む素振りを見せたヨネを気遣って、アンデレがその顔を覗き込む。
「いや‥‥まさかアタシの生き別れの息子じゃなかろうかと思ってね」
「‥‥ヴァーチャーは人を元にしたものではなく」
 静観するに徹していた大天使リューヤが正論で答えようとしたその時、アンデレの眉根が寄った。
「アンデレ様?」
「山田くんがヨネさんの息子さんなら‥‥」
 顎に手を当て、考え込むアンデレ。
「山田くんの相方は私。つまり、私はヨネさんにとって嫁という事になり、毎日お味噌汁の塩加減とか掃除の不手際でお小言を言われ、ついには‥‥」
「ア‥‥アンデレ様ッ、アンデレ様ッッ」
「ちょい待ちッ」
 暴走を始めたアンデレの思考を止めたのは、リューヤの声ではなく、ヨネの鋭い一言であった。
「アタシが嫁イビりするって、一体誰が言ったんだい?」
 低くなったヨネの声に、周囲の者達が‥‥リューヤでさえも後退る。そんな中で、アンデレは1人の青年を指さした。
「あの方から、ヨネさんは息子さんのお嫁さんをイビるのが生き甲斐だと伺いましたが?」
「‥‥どこへ行く気だい? 鳳の坊主」
 主たるジャンガリアン・公星(w3f277)が襟首に引っかけた指先で、辛うじて場に繋ぎ止められていた逢魔・鳳(w3f277)の運命は‥‥。

●お茶の香りと共に
 幾重にも重なった薄布の向こうで、影が身を起こした。
「はじめまして、魔皇の皆様方‥‥。いつも娘達がお世話になっております」
 聞こえて来る声は優しげで、彼らは僅かの間、呆けた。
 出会った京都のファンタズマがアレな連中だっただけに、強い肝っ玉母ちゃんを連想していた彼らのイメージが一瞬にして差し替えられる。
「諸事情により、マザーはカーテンの向こう側で皆様と歓談されます」
 テーブルがセッティングされたマザーの部屋で彼らを迎え入れたのは、修道服を脱いだテレジア。事務的に告げた彼女に、真っ先に不満の声をあげたのはテレジアの母親に会うのを楽しみにしていた済だ。
「あの、やっぱりボク達魔皇に会うの‥‥嫌なの‥かな」
「いいえ。ですが、皆様にお見苦しい姿をお目にかけ、驚かれる事を考えますと、やはり躊躇われて」
 儚げな声が布の奥から聞こえて来る。
「驚く? マザーは我々が驚くような姿をしているのか?」
 シグマ・オルファネル(w3g740)の問いに、通訳に徹していたテレジアは言葉に詰まった。
「私にとって、お母様のお姿は生まれた時から拝見しているものですから‥‥」
「んー」
 首を捻ったアンデレは、不意に真面目な顔でシグマへと向き直る。
「例えるならば、みつばちハッチの女王様?」
「‥‥どういう例えだ、それは」
 ぴくりとシグマの眉が上がる。辛うじて、シグマはソレを脳裏に思い浮かべる事が出来たのだ。だが、ネタの分からない低年齢魔皇の表情に溜息をつく。何と説明してよいものやら。
「‥‥アンデレ様も資料でしか知らないモノを例えに使うのはおやめ下さい」
 リューヤからも注意が飛んで、アンデレは肩を竦めた。
「そうですねぇ、では、スライムというのはいかがでしょう? 実は、まだ最終ダンジョンがクリア出来なくて、昨夜も‥‥」
 テレジアが咳き払った。
「お母様をスライムに例えるのはおやめ下さい」
 本気で怒っている声音であった。
 しまった! と顔を顰め、アンデレはシグマを盾にする。と、そこへ軽やかな笑い声が響いた。
「わたくしは気に致しておりませんわ。それよりもテレジア、皆様をテーブルへご案内してくださいな。そして、お茶を‥‥」
「失礼」
 のそりと巨体が魔皇達を掻き分けて前へと出た。御堂力(w3a038)だ。その隣に、逢魔・静夜(w3a038)も並ぶ。
 布の奥にいるマザーに敬意を表するように胸元に手を当て、深く頭を垂れた。
「俺‥‥我らは、その道のプロ。どうぞ我らにも手伝わせてください」
「まぁ! 嬉しい事‥‥」
 近くに控えていたファンタズマの少女が、準備していた茶葉を手に力の前へて歩み寄る。
「ふむ。ストロベリーティーと聞いていたが‥‥。どうやら、我らの読みは正しかったようだな。静夜」
「そうですね」
 力と静夜を交互に見比べたファンタズマに、力は手にしていた箱を差し出した。
「クランベリーやベリー系の果物を中心に用いた「ベリーベリーケーキ」と、後は、うちの定番の菓子をいくつか準備して来た」
「それから、お茶も色々と持って参りました。これも定番からみかん緑茶まで!」
 胸を張った静夜と力とを見比べて、ファンタズマは驚きに目を丸くした。さもあらん。見るからに厳めしい男が自作だとスィーツを差し出したのだ。
「俺も作って来たぜ。御堂の旦那に負けちゃいられないからな。大人用とお子様用、きっちり用意させて貰った!」
 自信たっぷりに、鐵が綺麗にラッピングを施した白い箱をテレジアへと手渡す。
 なお、製作に使用した茶寮の厨房は、時間の関係でそのままの状態で放置して来てしまった。戻った時の店主の怒りが目に浮かぶが、今は無理矢理に頭の隅から追い出す事で平静を保つ。
「あ‥‥あの」
 目の前に次々と並べられて行く芸術的な菓子達。
 逢薄花奈留(w3f516)は、大事そうに抱えていたバスケットをテーブルの上に静かに置いた。職人技の前にあって、それは形が揃っていなかったり、焼き加減にムラがあったりと少々不格好に見えるが、多少の事は目を瞑ろう。
「前回は神父様の前でハシタナイ姿を見せてしまったのですもの。今回は、これで汚名挽回しなくちゃっ」
「‥‥奈留、名誉挽回」
 ぼそりと、彼女の逢魔・緑閃(w3f516)が彼女の言葉を訂正する。恐らく、彼女は自分の考えを全て口に出している事に気づいてもいないだろう。
「そう、名誉挽回しなくちゃ。お茶によく合うスコーンと乙女チックにフォーチュンクッキー。これで前回の惨劇の事なんて、皆の頭から宇宙の彼方へぽぽいと‥‥」
「‥‥そんなにおかしな事、しましたっけ?」
 アンデレに尋ねられて、奈留はマザールームにいる全て者達から自分に注がれる視線に気づいて、顔を真っ赤に染めた。
「やっぱり気づいてなかったか」
 やれやれと息を吐き出した緑閃を慰めるように鐵が肩を叩く。
 交わされる視線が伝える言葉は、
−お前も苦労するな
−お互いに、な
 ‥‥である。
「実は、俺も持って来たんだ」
 シグマの逢魔・ミハイル(w3g740)は無地の包装紙で乱暴に包んだ箱を取り出した。
「少々時期はずれてしまったが、パスティエーラだ」
「おや、これが」
 興味深そうにアンデレが箱の中を覗き込む。
「そう言えば、お前は‥‥」
 ふと気づいたように、シグマは顔を上げた。
 神帝軍のプリンシパリティ、アンデレ。京都でカトリックの教会を預かっている彼は、神帝軍の侵攻以前の人の世界を知識でしか知らない。
「ええ、本物を見るのは初めてです」
「‥‥の割に、色々と知っているようだが」
 遙か昔の名作アニメとか。
「副官が優秀ですから」
 にっこり笑って、アンデレは苦り切った顔で席についているリューヤへと視線を向けた。
「‥‥私は、ごく一般的な事をご報告したまでの事」
 なのに、何故に、この権天使は俗世に染まりきっているのだろう。それは、神帝軍の先遣隊として神帝軍侵攻以前に人界へとやって来ていたリューヤにも分からない。
「一般的な事、ですか」
 ぽつりとリアンが呟く。
「何が言いたい」
 先遣隊当時のリューヤを知るリアンは、余裕ある笑みと共に、1通の封筒を彼へと差し出した。
「先日、お渡しした写真のネガです。それから」
 鞄の中から1本のビデオテープを取り出す。
「シカゴでのハロウィンパーティの記録です」
 それらを引ったくるように奪って、リューヤはこめかみに青筋を浮かべた。
「一般的な記録ですよね」
 こそこそと、アンデレはシグマに小声で尋ねる。どうやら、そのビデオの内容が気になるようだ。
「何なのでしょうねぇ」
「知りたければ自分で聞いたらどうだ」
 それでは、と副官が素直に教えてくれはしない事を彼はよく知っていた。
「なぁなぁ旦那、リアンが旦那の昔を知ってるっちゅー事は、旦那もリアンの昔を知っとるんやろ?」
 はたと気づいたように、リューヤは顔を上げた。その目に、一筋の冷や汗がこめかみを伝うリアンの表情が映る。
「‥‥そうだな。彼はごく一般的な真面目な生徒だったよ。確か、当時の論文に「関西語とラテン語の比較と性格形成に及ぼす影響」というものがあったかな。ちょっとこじつけっぽかったが」
 瞬きを何度か繰り返した逢魔の視線が、魔皇へと向けられる。
 リアンの背筋に、汗が伝った。

●願い
 姿は見えなくとも、布の幕の奥にいる人が楽しそうなのは伝わって来る。
 彼女はきっと笑っている。そんな確信にも似た気持ちに後押しされて、ミトンは思い切って彼女に声を掛けた。
「これ‥‥コースターとか、マスコットとか‥‥ミトンが作ったものなの。もしよければ‥‥」
 さらり、と布が揺れた。
 差し出される細く白い手。
 その手に、そっとミトンは一生懸命に作った品々を乗せる。
「可愛らしい事‥‥。ありがとう。皆で使わせて頂きましょうね」
テーブルを囲う者達の元にコースターを配っていくファンタズマ達を嬉しそうに見ていたミトンの髪を、白い手が優しく撫でた。
「もしも」
 唐突に、テリーの口をつく言葉。
「もしも、平穏な日々が再び訪れるならば‥‥」
 己が無力に唇を噛み締め、拳を打ち付けるしかなかった記憶が、彼の中に蘇る。あの時感じた虚脱感も、悔しさも、いつか笑って語り合える日が来るかもしれない。今は、どこにいるかさえ分からない人と一緒に。
 いつか、平穏な日が訪れたならば‥‥。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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