どらごにっくないと

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【結婚しようよ】愛のために

  • 2008-06-30T16:09:59
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
 京都メガテンプルムのプリンシパリティ、アンデレ付きのファンタズマ、テレジアは考えた。
 水晶の結界も京都全域にほぼ行き渡った。
 魔皇達との状態も、一応は安定してきている。
 未だにきな臭い周辺エリアの方々には申し訳ないが、少しぐらいハメを外しても良いだろう、と。
「という訳で」
 茶碗に炊き上がったばかりのご飯をよそいながら、テレジアはにこやかに宣言した。
「結婚式を執り行いましょう」
 食卓を囲む者達の反応が僅かばかり遅れる。
 爆弾を落とすのは、のほほんプリンシパリティ、アンデレの役目(?)だったのだ。予想外の人物からの投下は、その威力を倍増させて周囲に襲いかかった。
「け‥‥結婚式?」
「結婚式〜っっ!?」
「結婚式ですか」
 上から順に、大天使のリューヤ、グレゴールのアリア、そしてプリンシパリティ、アンデレである。
 眉間に皺を寄せ、瞳を輝かせ、いつも通りにのんびりと。
 反応にも彼らの性格が表れて非常に分かりやすい。
「ええ、結婚式です」
 大仰に頷きを返して、テレジアは1枚のチラシを見せた。
 毎週、彼女が手作りしている教会報によく似たそれには、結婚式場の広告もかくやな宣伝文句が踊っている。
「京都もだいぶ落ち着きましたし、この辺りでそろそろお仕事をしなければなりません」
 笑みを湛えながら、ファンタズマは上官達に現実を叩き付けた。
「リューヤ様が大学から頂くお給金は研究費とフィールドワーク代でほとんど消えます。信者の皆様からの善意だけでは、この教会は運営出来ません。
 有り体に言えば、おまんまの食い上げです」
 ならば教会を引き払い、テンプルムに戻ればよいのだろうが、京都の人達の間で暮らしたいというのが総指揮官殿の強い願いであるからして、そうはいかない。
 楽しいはずの食卓に、沈黙が落ちた。
「テ‥‥テレジアおねーちゃん‥‥」
 瞳一杯に涙を溜めて箸を置き、アリアは手を組んでテレジアを見上げる。
「アリア、早く大人になって玉の輿に乗って、おじーちゃんやおねーちゃんを楽させてあげるからッ」
「‥‥‥‥気持ちだけ、受け取っておくわ」
 誰だ。
 汚れを知らぬ少女に変な知識を入れたのは。
 ちらりと探るように見ると、芋の煮っ転がしに箸をつけていた大天使が溜息と共に呟く。
「‥‥アレしかいないだろう」
 一時の落ち込みが嘘のように、イケイケ(死語)に戻ったティアイエルは、夜な夜な仲良くなった魔皇達に所に現れ、夜遊びへと引きずり回しているらしい。
「‥‥あれはあれで教育的指導が必要だと思うのですけれどね。ともかく、アリアは心配しなくていいの。生活の心配をするのは大人の仕事です」
 ね?
 強制的に同意を求められて、権天使と大天使は頷くより他なかった。
「そ・こ・で!」
 ばん! と卓袱台に叩き付けられるチラシ。
「結婚式、です」



「それで」
 カウンターの上に差し出されたチラシを前に、月見里葵はがくりと肩を落とした。
「どうして、いつもいつもウチに回ってくるのでしょう?」
 目の前のアンデレに悪気がないのは分かっている。だがしかし。
「‥‥駄目ですか?」
 日々、魔皇、逢魔と交流を深めている京都のプリンシパリティは、最近、色々な知恵をつけた。
 きゅうんと耳を垂れた子犬のような表情で葵を見上げる様は、まるで飼い‥‥もとい、主に審判を仰ぐ逢魔のソレを彷彿とさせる。
「だ‥‥駄目なわけでは‥‥」
 そして、質の悪い事に、彼は葵がソレに逆らえないという事実も正確に把握していた。
 息をついて、渋々と葵は承諾の意を込めて頷いた。ただし、という条件をつけて。
「私に協力出来るのは、このチラシを店内と隠れ家の掲示板に貼る事と、結婚を考えているらしい方々に声をかけてまわる程度です。それでもよろしいですか?」
「ありがとうございます」
 にこやかに、彼は笑った。
「当教会で結婚式を挙げて下さる方々の為に、このアンデレ、精一杯、力の限り、祝福させて頂きますね」
 葵の顔から血の気が引いた。
 すっかり失念していたのだ。
 彼の教会で結婚式が執り行われるという事は、すなわち、目の前の彼が‥‥‥‥。
 人生の新たな門出を、どうぞ平穏無事に迎える事が出来ますように。
 葵は、そう祈らずにはいられなかった。


【本文】
●サプライズ・ウェディング
 朝早くから目が回る程に忙しい。
 動きやすいようにと、長い髪を1つに纏め、教会には少々不似合いだが割烹着を着込み、御神楽永遠(w3a083)は、赤いレンガ造りの聖堂に駆け込んだ。
 今日、ここで式を挙げる新郎新婦は永遠の友人達である。
 何かの手伝いをと名乗り出たのはよいのだが、いつの間にか、親戚やご近所のおばさま方の仕事であるはずの裏方を引き受ける事になってしまっていた。
「普通、永遠ちゃんぐらい若い娘さんなら、受付嬢じゃあないのかねェ」
 彼女を気遣い、受け付けへ回れるように計らってくれる者もいたが、永遠は感謝しつつ、それを辞退した。参列者の応対をするよりも、こうして体を動かしている方がいい。
 動いていれば、不安も、ほんの少しだけ胸を掠める羨ましさもしばらくの間、忘れる事が出来るから。
「新しい蝋燭、持って来ました!」
 式と式の僅かな合間に、聖堂を清めなければならない。青空の下、ライスシャワーを浴び、祝福を受ける新郎新婦と楽しそうな参列者の笑い声が耳に入る。
 ふ、と永遠は表情を緩めた。
「ああ、ありがとうございます。重いでしょう? そこに置いて、貴女も着替えていらっしゃい」
 梯子の上に上がり、短くなった天井のシャンデリアの蝋燭を外していた神父が、にこやかに笑う。
 初対面の永遠も、ずっと以前からの知人と同様に接してくれるこの老人が、京都テンプルムの総司令官であると知った時には、不躾にも頭から爪先まで眺め回してしまって、とても恥ずかしい思いをした。それと同時に抱いた親しみは、町内会のおじさんに対するものと変わりなく。
「いえ、お手伝いします」
 アンデレが交換しているシャンデリアとは別に、聖堂の壁にはいくつかの燭台が掲げられている。その燭台に手をつけようとした時、永遠の手から蝋燭の箱が取り上げられた。
「あ‥‥あの?」
「全く。君はこんな事をしなくてもいいのだと、アンデレ様はおっしゃっているのだよ。そんな事も分からないのかい?」
 何度か顔を合わせた事があるグレゴールは、些か呆れ顔で永遠を見た。
「おや、テリエル。来ないと言っていたのではないのですか?」
「‥‥気が変わりました。どうせ、こんな事になってるだろうと思いましたからね」
 溜息混じりに、テリエルと呼ばれたグレゴールは、わざとらしく永遠に肩を竦めて見せる。
「こういう事を自分でやるプリンシパリティって、この人ぐらいだと思わないかい?」
 くすりと笑った永遠の手を、別の手が引く。
「って、そうやって自分が引き留めてどうするのよ。兄さん」
 どこか怒った風に、テリィと同じ顔をした少女が永遠の腕を強く引っ張った。
「あ‥‥あの?」
 戸惑いを隠せない永遠に、派手な外見のグレゴールは苛立ったように答える。
「何よ? こんな事してる時間はないの。分かる? もう! 男どもは何も話してないのね? これだから役に立たないったら‥‥」
 上官や兄を睨みつけると、ティアイエルは永遠の腕を掴んだまま、引きずるように聖堂を出た。
「あ‥‥あの、一体何が?」
「急いで着替えないと、間に合わないんだよ!」
 聖堂の外で、中を窺うようにして覗いていた山本雪夜(w3c568)に、永遠は驚きに声を上げた。
「雪夜さん? 貴女まだそんな格好で!」
 本来ならば、とっくにドレスに着替えていなければならないはずの雪夜は、小さく舌を出すとティアと笑い合う。
「そんな事は後だよ、後!」
 今日は控え室として開放されているアンデレ達の居住空間たる神父館へ戻ると、ティアは己のファンタズマを呼んだ。
「レア! ビズア! 時間がないのよ。急いで頂戴!」
 名を呼ばれると同時に現れた2人のファンタズマが、永遠の体を拘束する。
「ちょ‥‥ちょっとお待ち下さい! 一体、何がどうなって‥‥」
 有無を言わせずに、彼女達は永遠の割烹着を脱がせ、1つにまとめていた髪を解く。
「なんか、昔、映画で見たシーンのようね」
 問答無用と浴室に放り込まれ、磨き上げられた永遠に向かって、長椅子に寝そべっていたティアはにまにまと笑った。
「あっちはお芝居だけどね」
 彼女が視線で示す先を何気なく目で追って、永遠は息を飲んだ。
 そこにあったのは、純白のドレスと白百合のブーケ。
「あ‥‥の‥‥」
「まだ分からない? それとも分からないフリをしているのかしら?」
 ティアが茶目っ気たっぷりに片目を瞑った間にも、レアとビズア、2人のファンタズマの手で永遠は美々しく着飾られていく。
 長い黒髪は結い上げられ、いくつもの真珠のピンを使って纏められる。
 白いドレスは誂えたかのようにぴったりで、永遠は鏡の中で完成していく「花嫁」の自分を呆然と見つめた。
「へぇ。厳つい割に繊細な仕事するじゃない。あの男」
 その男が誰なのか、永遠には分かった。参列者の中にいた彼だ。
 式を挙げる仲間達の為にドレスを作った彼。
 最後に、ふわりと被せられた白いヴェールが、緩やかなドレープが幾重にも重なり、縫い止められたスワロフスキービーズが輝きを放つドレスを覆った。
 このヴェールを外す事が出来るのは、聖堂で待つ者だけ。そう、ティアは言い放った。
「聖堂で待つ‥‥方?」
「‥‥ちょっと。勿論、誰か分かっているわよね? ここで何人か候補がいたりしたら、困るんだけど?」
 外に控えていたテリィが、恭しく彼女に手を差し出した。
「私で申し訳ないね。今日はここの皆も、自分達が主役だから人手不足で」
 彼に手を引かれ、ドレスの裾を持ったレアとビズア、ヴェールを持つアリアとに連れられて、永遠は聖堂へと戻る。
 先ほどまでは、賑やかだった周囲が静まりかえっている。
 ゆっくりと、扉が開かれた。
 流れ出す音楽は、平安フィルの奏でる優しさに溢れた結婚行進曲だ。
 真っ直ぐ祭壇まで敷かれた絨毯の上を、テリィにエスコートされて歩く。
 そこに待っていたのは‥‥。
「‥‥一さん‥‥」
 テリィから彼女の手を受け取ったのは、タキシードに身を包んだ真竜寺一(w3d576)。
 そして、周囲で温かく見守っているのは、彼女の大切な仲間達。
 思わず涙ぐみそうになった。
 一の笑みで、彼女は全てを察したのだ。
「驚いたか」
「あ‥‥たりまえです」
 ヴェールの中から少し拗ねたように返る言葉に、一はくくっと笑う。
「少し‥‥喜ばせたかっただけだ」
 笑いに混ぜて告げられた本心に、永遠は様々な感情が溢れ、声にならない声で、はいと答えた。恐らく、一には伝わったはずだ。
 明るい陽射しが溢れている外から切り離されて、新しくなった蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れるシャンデリアの下、にこやかに笑って見守るアンデレへと向き直った一は、彼が言葉を発するより先に口を開いた。
「永遠の愛は誓わない」
 結婚式においては禁句とも言える言葉を言い放った一は、不敵な笑いを浮かべて続ける。
「だが、永遠に愛を誓う」
 ゆっくりと頷いたアンデレが、ぼやけた視界越しに見えた。
 権天使である彼は、全てを分かっているに違いない。一と同様に‥‥いや、一にも、誰にも語っていない、彼女自身が内に抱えた不安も、決意も何もかも。
「貴女は‥‥いかがですか?」
 穏やかに促されて、永遠は小さく息を吸い込んだ。
「私は、この命が例え尽きようとも愛し続ける事を誓います」
 覚悟をはっきりと口に乗せた彼女のヴェールに、一の手が掛かる。
 壊れ物を扱うかのように、そぅっと覆われていたヴェールを上げた一の目が、微かに見開かれた。
 ヴェールに手を掛けたままで止まってしまった一に、永遠の怪訝そうな視線が問うた。
「いや、その‥‥」
 男らしい頬に刻まれたのは、どこか照れた笑い。
「思わず実行したくな‥‥」
 き、と睨みつけた永遠に、一は慌てて言葉を変える。
「綺麗じゃないか。うん。永遠は滅多に着ないが‥‥こういう姿もいいものだな」
 白い頬を染めた永遠の唇に掠めるだけの口づけを贈って、彼は彼女にのみ聞こえるように囁く。
「今日のは‥‥突然で、ちゃんと用意が出来なかったからな。あくまで仮だ。‥‥いずれ、もう1度、正式にな」
 言うなり、彼女を抱き上げた一の胸に頬を埋めて、永遠は小さく頷いた。
「一さんの傍に居られるのが、私の幸せだから‥‥。一さんの温もりを感じていられるだけで、充分。私には、過ぎるぐらいに‥‥」

●全てはここから
「上出来じゃん」
 柱に寄りかかるように立っていたラルラドール・レッドリバー(w3a093)に、花嫁を抱えた一は僅かに表情を緩める事で応えた。
「お前はいいのか。‥‥あの年齢じゃ犯罪だぞ」
 ふん、とラッシュは一の非難を鼻で笑い飛ばす。
「犯罪と言う俺達の話を聞いて3分で決断し、行動を起こしたお前には言われたくはないわな」
 3分。
 じぃと自分を見上げる永遠の視線に冷や汗を掻きつつ、一は少々引き攣った笑い声を響かせた。
「と‥‥ともかく、今度はお前の番だ。年貢とやらを納めて来い」
「言われなくても」
 永遠と一の結婚式の間に、自分もドレスを纏った雪夜に手を差し出すと、ラッシュはその白い手の甲に口付けを落とした。
「さあ、行こうか。お姫様」
 うひゃあと、雪夜が素っ頓狂な声を上げる。
 他の花嫁のように、自分もエスコートされてヴァージン・ロードを歩くものだとばかり思っていたのに。
 扉が開き、花嫁を抱えて祭壇まで進むラッシュに、参列者の誰もが言葉を無くす。
 らしいと言えばらしい。だが‥‥。
 参列者達の動揺に気付きつつも素知らぬ顔で、ラッシュはヴァージン・ロードを進み、祭壇の手前で歩みを止めた。
「雪夜」
「なあに?」
 その赤い瞳が真剣味を帯びて雪夜を見つめる。
「本当に、いいんだよな?」
 虚を突かれたように、一瞬だけ黙り込んで、雪夜は僅かにラッシュから目を逸らす。
「小さな頃から、ボクはほとんど病院の外に出られなかった。多くのものを諦めて、空っぽで。憐と出会って魔皇になった時、ボクは自分が何をしたかったのか思い出せなくなっていたんだ」
 けれど、と雪夜は綺麗に笑った。
「貴方と出会って、無くしていたものを見つけた気がする。夢の欠片や未来‥‥。大好きな人と一緒に時間と記憶を笑顔で埋めて行きたい」
「雪夜‥‥」
 自分からラッシュの首に腕を回して、雪夜はぎゅっと抱きついた。
「だから、ラッシュさん。今更なんだけど、言います。山本雪夜は貴方が大好き‥‥愛しています。これからも、ボクを幸せにして下さい」
 ぽろりと零れた涙を唇で拭って、ラッシュは頷く。優しい‥‥決して、他の者には見せない笑顔を雪夜に向けて。
「俺もだよ。今まで、ずっと光の差さない影の中で生きて来た。でも、雪夜と出会って、俺は本当の俺を知る事が出来た。雪夜が、俺の光だよ」
 朱を散らした雪夜の頬に口付けて、ラッシュは彼自身の誓いの言葉をその耳元に落とした。
「雪夜が俺の心を光で満たしてくれたように、俺は雪夜を幸福で満たすと誓うよ」
「ラッシュさん‥‥」
 見つめ合い、そのまま顔を近づける2人に、低い声が掛けられた。司会者が、こほんと咳き払って、立場を無くし、ぽつねんと立つ神父を目で示す。
「とりあえず、続きは神父に任せておけ」
「あっ! はっはいッ!」
 慌てて、雪夜はぽこぽことラッシュの胸を叩き、刺繍入りの靴を絨毯の上に降ろした。
「ごめんなさい、アンデレ様」
 悩んでいた時に話を聞いてくれた相手に謝ると、彼は相変わらずな笑顔で応えてくれる。ほっとして、雪夜はラッシュを振り返った。
「この方が、貴方の大好きな方なのですね」
「はい!」
 胸を張って答えた雪夜は、アンデレの何とも言えない視線に首を傾げる。
「‥‥どうかしました? アンデレ様」
「いえ、別に‥‥」
 ぴんと、何かがラッシュの脳裏に閃いた。
「‥‥言っておくが、俺は『男』だからな」
 ぽん。
 手を打って、京都テンプルムの総責任者はおお、と声を上げた。
「なるほど」
 なるほどじゃねぇだろ、なるほどじゃ‥‥。
 こめかみに青筋が浮かんだラッシュを宥めながら、笑い出した雪夜につられて、周囲からも笑みが零れる。
 緊張が解れた所で、ラッシュは懐から小さな箱を取り出した。
「雪夜、これを」
 一目で分かるその箱に、雪夜は照れながらも微笑み‥‥
「だから、式の進行は神父に任せろと‥‥」
 司会者の声が一層低くなる。
「あ、っと‥‥」
「ああ、いいですいいです。どうぞ若い人同士でごゆっくりと」
 あはははははは。
 呑気に笑ったアンデレに、司会者は額を押さえた。「見合いじゃないだろ」という突っ込みは、彼の心の内だけで何とか止められた。
「じゃあ、改めて‥‥」
 箱の中におさめられた誕生石のバライバトルマリンの指輪を取り出し、ラッシュは雪夜の左手の薬指にそっと添わせ‥‥添わせ‥‥
「まてぇい!!」
 突如として乱暴に開かれた聖堂の扉。
 逆光を背に、息を乱して立つ男の姿に、雪夜は息を飲んだ。
「お‥‥お父さんッ!?」
「お義父さんッ」
 ずかずかと2人の元まで歩み寄ったのは、オーストラリアにいるはずの雪夜の父。その後ろから母親が手を合わせて片目を瞑る。
「悪いわねぇ‥‥。お父さん、どうしてもって聞かなくて」
「お母さんも‥‥」
 雪夜の父は、ラッシュを観察するように睨めつけ、彼に向かって指を突き付けた。
「貴様のような奴に娘は渡さんッ!」
「お父さんッ!」
 突然に発生した嵐に、参列者は固唾を呑んで見守るばかりだ。
「おお、青春ですねぇ」
「いや、青春じゃなくて」
 完全に観客モードに入ったアンデレに、司会者が感じていた頭痛がだんだんとひどくなっていく。
「ア‥‥アンデレ様、どうにかして下さい〜っっ」
 花嫁にも泣きつかれて、ゆさゆさと揺さぶられて、アンデレはう〜んと考え込んだ。
「どうしましょうかねぇ‥‥」
「アンデレ様ぁ〜っ!?」
 心配するなと雪夜の肩を叩き、アンデレは睨み合う男2人の間に入る。
「娘さんがお嫁に行く寂しさは私もよぉぉぉぉぉく分かります。つい先ほど、2人ほど持っていかれちゃいましたからねぇ」
 しんみりと、アンデレは雪夜の父に語りかけた。
「でも、娘さんの幸せの為に、ここはひとつ‥‥」
「いいや、許さん。おい、貴様! 雪夜を嫁に欲しければ、俺と勝負だッ!」
「望む所です。‥‥俺は一歩も引く気はありませんよ?」
 改めて、2人はアンデレに向き直った。
「勝負の内容は、神父さん、アンタが決めて下さい」
「私がですか!? う〜ん?」
 横から見上げてくる雪夜の「穏便に」という視線。
「娘はやらん」と気炎を上げる父親の視線。
 そして、静かに闘志を燃やすラッシュの視線。
 3者3様の視線を受けて、アンデレは仕方ないと息をついた。
「そうですね。やっぱり男の勝負と言えば‥‥これしかないでしょう」
 何故、そんな所からそんな物が出て来る。
 それを目の当たりにしてしまった司会者は、再び突っ込みそうになった言葉を無理矢理に飲み込んだ。
 祭壇の影から出て来たのは、一升瓶。
「男と男の勝負、飲み比べと言う事で」
 熱い戦いになりそうだ。
 勝負を始めた2人に諦めた参列者は、ふ、と互いに視線を逸らしあった。そんな中で。
「2人とも! ここでは次のお式の邪魔になるでしょッ!」
 ヴァージン・ロードの前に座り込んだ2人を急き立てて、雪夜は一升瓶を取り上げた。
「勝負するなら別のお部屋で。‥‥いいですか? アンデレ様」
「ええ、構いませんよ〜」
 唖然とする男2人を後目に、白いドレスの裾を翻して別の部屋へと向かった花嫁に、誰からともなく拍手が巻き起こったのであった。

●2人だけの誓い
 とんとん。
 夜の静けさの中、遠慮がちに叩かれた扉を開けたアンデレは、闇に溶け込むようにして立つ2人の男を黙って中へと招き入れた。
「あの‥‥」
「ああ、はい。伺ってますよ」
 聖堂へと続く廊下の灯りをつけて、アンデレは2人を振り返る。
「決めたんです。これからの為に‥‥後悔はしたくありませんから」
 翠月茶寮や隠れ家に貼られた告知ポスターを見た時から様子がおかしかった平坂陸都(w3h056)が何に悩んでいたのかを知って、彼の心も決まった。
 もとより否と言うつもりなどなかった。
 だから、2人で話し合って決めたのだ。問題は多いけれど、そんなものよりも大切なものを選ぼうと。立ち塞がる問題は2人で越えて行こうと。
 アンデレへは、茶寮のうぇいとれすが話を通してくれた。
 茶寮の主は衣装だ家具だと毎日のように出歩いていたので。
「さ、どうぞ」
 静かな聖堂。
 並ぶ椅子には誰も座っていない。2人を祝ってくれる者は、誰もいない。
 それも2人で決めた事だ。
「改めて伺ってもいいですか」
 花見小路斎(w3g021)は、真剣な表情でアンデレに尋ねた。
「俺達は男同士です。それでも、祝福して下さいますか」
 通常のカトリックの神父ならば、答えは分かり切っている。彼らは認めない。例え、どれほど互いが愛し合っていたとしても、性別が同じというだけで彼らにとっては許し難い異端に見えるのだろう。
 だが、カトリックの教会を預かるとは言え、アンデレは本当の神父ではない。
 ヴァチカンの意志も、宗派による見解も関係ない。
 彼は、神帝軍の権天使だから。
「勿論ですよ。私の祝福でよろしければ、いくらでも」
「ホン‥‥トに?」
 頷いたアンデレの表情に嘘や偽りは見えない。
「お互いに好き合っているのでしょう? では、構わないではありませんか。何か問題が?」
 神帝軍と魔皇、そして人間の間にある垣根を取り払おうとする彼の物の見方は、やはり他と違うのかもしれない。額を押さえつつも、斎は少しほっとした表情を浮かべた。
「変な奴だなぁ、おっちゃん‥‥」
 しみじみと、陸都が呟いた。
「陸都」
 窘めた斎に、アンデレは何も気にしていないと笑って手を振る。
「ああ、そう言えば」
 祭壇に向かおうと彼らに背を向けたアンデレが、ふと立ち止まった。
「1つだけ問題がありました」
 振り返った顔があまりに神妙だったので、喜びと期待に満ちていた斎と陸都の心にも不安の影が兆す。
「‥‥何か?」
 揺れた陸都の瞳に不安を見出し、彼に代わって斎は尋ねた。
「実はですね。今日、うちの娘さん達が、みぃんなお嫁に行ってしまいまして、私1人なんですよ」
「‥‥はあ」
 突然に何を言い出すのだろう。
 顔を見合わせた斎と陸都に、すまなさそうにアンデレは頭を下げた。
「アテンダーとか居なくて、少々不手際があるかもしれません。申し訳ありません」
「それは別に構わないのですが‥‥」
 斎の返事が聞こえているのかいないのか、アンデレはぶつぶつと呟き続ける。
「せめてアリアが残っていれば、ヴェールを持ってくれたんですけどねぇ。アリアも披露宴の方に行ってしまいましたし」
「ちょい待て、おっさん! 誰がヴェールを着けるんだ! 誰がッ!」
「陸都、‥‥陸都!」
 苦笑を浮かべて、斎は彼を宥めすかすと改めてアンデレへと向き直った。
「折角のお申し出ですが、俺も洋服は苦手でして。このままでも構わないでしょうか」
「はあ、それは構いませんが?」
「え? 俺はこんな時ぐらいはきちんとしたいぞ?」
 式に臨んだ早々に意見の食い違った2人。さすがに、ここで揉めるのは避けたいと、斎が譲歩する。
「タキシード?」
「そう。一緒に」
 当然と頷いた陸都に、今度はアンデレが渋い顔をした。
「えーと、今、お貸し出来る衣装は、タキシードとドレスが1着ずつなんですよねぇ。今日は大繁盛で」
「「大繁盛言うな!」」
 仕方がないと、陸都は息を吐き出した。
 大切なのは見てくれではない。互いが互いを思い合う心なのだから。
「ないんじゃ仕方がないよな。斎さん、普段着で申し訳ないが‥‥」
「俺も、普段着ですよ」
 笑い合って、2人は祭壇の前に進んだ。
 アンデレが使い込まれた七枝燭台に新しい蝋燭を立てて、火を点す。
 誰もいない、2人だけの式。
 2人の誓いを見届けてくれるのは、ちょっと間の抜けた権天使のみ。
 祭壇の前に立ち、何と言おうかと数瞬の迷いを見せた後、斎は静かに口を開いた。
「ずっと、傍にいますよ。何があっても離れたりしません」
 汝、病める時も健やかなる時も‥‥
「愛しています。俺の全てをかけて」
 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り、固く節操を守らんことを誓うか‥‥
「陸都が俺のものである様に、俺の全ては陸都のものです」
「俺も。一生、傍にいるよ、斎さん。あんたを愛してる」
 神父が尋ねるべき誓約を、互いに取り交わす。
「…2人の誓約、確かに見届けました」
 厳かに響いたアンデレの声にほっとして、肩の力を抜いた2人は、ようやく素に戻った笑顔を浮かべた。
 ちゃんとした式の手順の通り、結婚証明書に署名し、最後にそれを証明する立会人‥‥アンデレが署名を入れる。
 全ての俗事から切り離された静謐な聖堂の中で交わされた誓いの儀は、2人にとって生涯忘れ得ぬものとなったのであった。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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