どらごにっくないと

カウンターカウンターカウンター

【Kou】ディナーご予約承ります(男性限定)

  • 2008-06-30T16:15:16
  • 龍河流MS
【オープニング】
 この日、近くのドラッグストアにシャンプーを買いに出掛けたユキトは、美容液たっぷりのフェイスパックシートなるもののサンプルを貰った。彼は化粧もしないし、興味もないので、魔皇の安村幸恵に渡すことにする。
 ところが、サンプルは二シートあったのである。
「たまにはユキトもパックしてみたら。楽しいわよぉ」
 何が楽しいのかさっぱり予想もつかなかったが、昨年末に母親と妹もやれパックだクリームだと騒いでいたのを思い出し、一度経験してみることにした。
 ただし。
「洗顔料はもっと泡立てて、きめを細かくしなきゃ。それからその泡でマッサージするように洗うのよ。ごしごしこすったら、今はよくても十年後に肌がうんと衰えるでしょ」
 逐一、幸恵の細かい指導付きである。ユキトはこんなに丁寧に顔を洗うのは、生まれて初めてだった。化粧水をつけるのは、先日妹がふざけて顔に塗ってくれて以来だ。
「うわっ、サチエさん、これは千五百円もするんですか」
「詰め替え用だと千三百円ね。割引のあるときに買うと、いくらだったかしら。有名ブランドに比べたら、安いもんよ」
 化粧水のボトルの値段を見て驚くユキトは、CMされているような化粧品の価格を知らなかった。妹が使っていたのは、百円均一ショップの化粧水だ。幸恵の十三分の一の価格。
 しばし呆然としてしまうユキトである。
「ほらほら、何をぼんやりしてるの」
 とりあえず気を取り直して、パックシートを顔に乗せてみる。それで床に転がっているのは、ちょっといい気持ち。幸恵が手の爪を磨いてくれるので、更にいい気分。
 そうしてパックを剥がしてみると。
「わあ、自分の顔じゃないみたい。女の人がパックする気持ちが、ちょっと分かったかも」
 すべすべつるつるになった肌を押さえて、思わず感心していたユキトは、ややあってから幸恵が何事か考えているのに気付いた。ちょっと顔に触って欲しいが、なんだか言い出せる雰囲気ではない。
「よし、決めた。今度、男性限定のディナーしよう。‥‥やっぱりすべすべになったわね。パックはともかく、洗顔は気を使ってやるのよ。接客業なんだから」
 なんでそういうことになったのか分からなかったが、ユキトはこの日もやっぱり反論出来ずに頷いていた。

 レストランバーKou男性限定ディナー。魔皇、逢魔とも男性のみ、予約受付である。


【本文】
 レストランバーKouの『男性限定ディナー』の話を聞いて、タカムラ・ユウヒ(i203)は思った。
 男ばっかりで、魅惑の内緒話?
 現実は大分違いそうだが、彼が何を考えようともそれは自由である。題して『ナイスガイメモ帳』なるものを持参して、嬉々として来店しても問題はない。
 問題は、
「ぼ‥‥僕、動物性蛋白は虫とホビロン以外は駄目で」
 に始まる、食物アレルギーの数々を持ちながら、飲食店にやってきたことだろう。
 ちなみにホビロンとは、カラを割るとゆで上がった雛が出てくるゆで卵のことだ。
「ご飯やパンやパスタは大丈夫です。納豆はご馳走ですよね」
 こんなお客を皮切りに、この日の営業は始まった。

 男性限定と言うことで、店主の安村幸恵は『グループで来ないかしらね』と逢魔のユキトに漏らしていた。けれども実際はタカムラに始まり、予約は一人か二人で埋まっている。例えば深影慧斗(b824)も一人での予約だ。
 この深影、店内に入ったところであちこち見渡し、カウンターに席を占めるとメニューを表紙から裏表紙まで眺めている。アラカルトのメニューも出させて、思案顔だった。
「なにしてるんですかぁ?」
 メニュー片手に遠い目をした深影の脇に、突然現れたのは逢魔のウィルミスだった。魔皇のヴァルト・ログヴォイス(d773)は、深影から三つも離れたカウンター席にいる。ウィルミスはその隣から、興味津々飛び出してきたようだ。
 その直前までは、ウィルミスはユキトの爪が綺麗だと、手を握り締めていた。
「一人ですか? どうして?」
「いや、一度どんなところか確認してから」
 デートに使おうと思った。と、深影は最後までは言わなかった。でも態度で分かる人には分かる。ゆえにヴァルトがやってきて、ウィルミスの脳天に手刀を入れると席に引き摺っていった。『すまない』と冷静に謝罪されても、深影もなかなかこっぱずかしいが‥‥
「あー、ぼくと同族ですねぇ」
 深影からデートの相手を聞いたユキトはこう言い、それを聞いた幸恵は『ナイトノワール限定ディナー、メニューリクエスト表』を深影に差し出していた。これ幸いと彼はアラカルトメニューのあれこれを説明してもらい、それなりに満足したらしい。
 ウィルミスは、料理を待つ間に紙ナプキンで器用に折り鶴などしてしまうヴァルトに小言を並べられて‥‥でも、反省した様子はなかった。
 この日の予約は、こうした魔皇と逢魔の二人連れか、一人での予約客が主である。

 しかしながら。
「幸恵さん、幽さんから予約があったと思うんですけど」
 ディナーなのでいつもよりちょっといいジャケットでやってきた流石猛(b246)は、カウンターの端に座っていた夜霧澪(d021)と引き合わされた。二人はこの日初対面。しかしながら、どちらも頭が上がらない女性の指示で会食することになっていた。なにやら手紙も渡せと言われている。
 ちなみに相手は無口で無表情、渡した手紙を一読して眉をひそめたきり、やはり無言。それはもう、団らんや弾む会話とは縁遠いディナーになりそうだったが‥‥
「こちらのお客様もお友達なの?」
 自分の逢魔鳳と来店していたジャンガリアン・公星(f277)が同席を申し出てくれたので、気詰まりを脱することが出来た。鳳が『なんか企んどるんや』と呟いたことは、流石も夜霧も聞かなかったことにする。
 別にリアンが頼んでいた、いかにも高そうなワインでの乾杯に釣られたわけではない。多分、きっと。
 ともかくも四人でテーブルを囲んで、最初に口を開いたのは流石である。
「仇野さんとは、どういう関係ですか? あ、俺はアパートの管理人代理なんですけど」
「なんだ。珍しい取り合わせだと思ったら、あの人の引き合わせか。なぜ?」
 尋ねられた夜霧は無言を通し、会話に加わったのはリアンだった。でも結局は夜霧への質問が二つに増えただけである。流石と夜霧の会食を計画した女性は、彼にだけ手紙を寄越していたからだ。
 けれども受け取った夜霧は相手の思惑がさっぱり理解出来ていなかったので、返答しない。正確には飲もうとしていたワインが喉に詰まって、声も出ない状態だったのだ。噴き出さなかっただけ、幸いであろう。誰にとってかは、それぞれの考えがあることだろうが。
「澪は、昔は小さくて可愛かったのに、いつからそんなに無愛想になったんだ」
「実はあの姐さんと、ヤバい関係なんか?」
 鳳が軽い冗談のつもりで口にした台詞には、三人分の咳き込みが応えた。何も揃ってむせなくてもええやんと、鳳は素直に思ったが‥‥この後の会食が、奇妙に白々とした和やかさの中で進んで行く理由を幾つか考えて、阿呆らしいので食べることに集中した。
 夜霧はいっそう無口になり、流石とリアンは料理の話題で盛り上がっている。

 白々とした雰囲気は、別のテーブルにも流れていた。中門和志(d137)と逢魔ミヤの二人連れだ。高校の先輩、後輩の様にも見えるが、年長のミヤがむっつりと黙り込んでいる。彼は非常に美人だが、この場にいるからには男性に違いない。
 それに対して、派手めな茶髪の中門はテーブルに頭をすりつけるようにして、なにやら懸命に謝っていた。内容は、この一言に集約される。
「真面目に勉強します〜」
 これを聞けば、どうやら成績を問題にされていると分かっただろう。実は中門は隠していた期末試験の赤点答案を複数見付けられ、その後のまずい言い訳などで、すっかりミヤの機嫌を損ねていた。本日はご機嫌取りにディナーを予約などしてみたが‥‥いまだこの有り様である。
 それでも食事を始めたのだが‥‥
「口の中に食べ物を入れて話すんじゃない」
 ミヤがやはり不機嫌に注意してくるので、黙って食べる羽目に陥っていた。

 平坂陸都(h056)は逢魔のタモツをつれて、予約時間通りに店に来ることが出来た。同性との待ち合わせには遅刻が常のタモツが約束を守ったので、平坂の機嫌はよろしい。
 しかし、それも席に着くまでの間のこと。
「おまえ、女性と見れば声掛けるのよせよ」
 ナンパなロクデナシの逢魔に今更言っても無駄と思いつつ、平坂は今日も言ってしまう。タモツはこれまたいつも通りに馬耳東風だが、平坂が言葉を重ねるとこう言い放った。
「俺の都合は無視しやがったくせに」
 確かにタモツの都合を聞かずに予約したので、これは平坂の分が悪い。それで彼は早急に本日の要件その一を済ませることにした。
 その細長い箱を投げたのは、逢魔へのせめてもの腹いせである。中身は少々遅れた誕生日プレゼントだ。でも受け取ったタモツは。
「おまえ‥‥まさか俺のこと片思い?」
「友達の誕生日くらい、祝うじゃねえか!」
 非常に剣呑な会話が、彼らの『いただきます』の代わりになった。

 店内に様々なお客がいるが、一番普通に食事をしているのはクリス・ディータ(g844)と逢魔ヘリオドールの二人だろう。逢魔があちこちのテーブルに出歩くことも、魔皇がメニューを眺めて独語をすることも、どちらかが不機嫌なこともなければ、話題にも困らない。
 話題のほとんどが、自分の恋人のいわゆるのろけ話でも、誰に迷惑が掛かるものではないし。ただクリスが十代後半、ヘリオは前半なので、たまに話が噛み合っていないことはある。後はクリスが口にしたことが、ヘリオには赤面ものだったりもしているようだ。
 で、今はヘリオがからかわれていた。
「最近、進展はあったのか?」
 人の悪い笑みを浮かべたクリスに、『彼女の積極的すぎるアプローチ対処法』を尋ねたいヘリオだったが‥‥ここでは他人に聞かれるので、恥ずかしくて口に出来なかった。
 もちろん、一緒に住んでいて進展具合も知ってるくせにからかうクリスへの文句も言えなくて、代わりに皿の上の人参のグラッセを突き刺してみたりする‥‥

 かしゃんと、派手な音を立ててフォークが床に落ちたので、店内のほとんどの目がそちらに向いた。その視線の先では、極上の微笑みを浮かべたリアンの正面で、夜霧がテーブルに突っ伏している。フォークは夜霧が取り落としたもののようだ。
 こうなるとしゃしゃり出てくるのは、ヴァルトの迷惑顧みないウィルミスである。
「どうしたんですかぁ? 酔っ払い?」
 失礼な物言いである。でもミートパイの皿を前に仰天している流石に咎めるような余裕はないし、鳳は子供のやることと目くじらも立てない。
 でもタカムラまでが覗きに出てきたので、とりあえず二人を元の席に戻すことにして‥‥先にミートパイの口元まで運んでいた一切れを食べた。次の瞬間に、口を押さえる。興味津々のウィルミスとタカムラ。
「澪向けに、特別メニューで極甘のミートパイを作ってもらったんです」
 反応から、どう見ても甘いもの好きではない夜霧は、物凄じい目付きでリアンを見上げている。でもテーブルから起き上がらないのは、よほどダメージが大きかったからだろう。
 問題の極甘ミートパイは、期待に満ち満ちた目に負けた流石から、ウィルミスに一切れ譲り渡されていた。
「‥‥ミネラルウォーターと、あとは何か良さそうな物を見繕って、あちらに差し上げてもらえるか」
 おかげでヴァルトは色々大変である。しかしリアンもこの気遣いには申し訳なさそうに会釈を寄越したので、剣呑な雰囲気にはならなかった。
 代わりのように、中門がミヤの機嫌を取るのに、また懸命になっている。せっかく自分のデザートをミヤに進呈して機嫌を直してもらったのに、彼が頼んだのはアップルパイだったのだ。外見は問題のミートパイとちょっと似ている。
「ほら、ちゃんとアップルパイだ。変なものじゃないぞ」
 季節のデザートを二種類って頼んだんだとの主張に、深影が騒動の元を忘れたようにユキトに尋ねている。
「予約だったら、メニューも色々調整してもらえるのか?」
 この時の彼が何を考えていたのかなんて、ニブちんのユキトにだって分かる。デザートは三日前、メニュー全部なら一週間前にご予約くださいと、スマイル付で答えていた。ちなみに彼は、先程から納豆を混ぜ続けている。
 納豆を百回以上混ぜ、そこで初めてちびちび醤油を足しながらもう百回混ぜると美味しいなんて、深影には関係ないのだが‥‥カウンターに戻ってきたタカムラは感涙に咽びながら、白米をおかわりしていた。
「ここって、こういう店でしたっけ?」
「だって、注文があったんだもの。おみやげのババロアは普通に自信作よ」
「だそうだ。それも頼んであげようか、澪?」
 その前にミートパイを全部食べるように。極上の笑顔は崩さないリアンに、流石は奇異の視線を向けた。なんだか友人と店に対するイメージが、とても変わった気がする。
 そんな彼は、ちゃっかりミートパイの責め苦から逃れた奴と、夜霧には記憶されていた。
 その譲り渡された極甘ミートパイは、ウィルミスがストレートの紅茶を片手に攻略中だ。ヴァルトは疲れ果てた感じだが、ウィルミスが楽しそうなので厳しくしつけるのもどうかと小言だけにした。当然『人様に気軽に物をねだらない』だ。
 ちなみにヴァルトの前にはバーボンのグラスが一つ。デザートはウィルミスの前にだけあった。ミートパイの後は、生クリームをたっぷり添えたシフォンケーキが待っている。
 シフォンケーキを頼んだのは、一人だけではなかった。だがクリスとヘリオは一連の騒動も最初に一瞥くれたきりで、相変わらず独自の世界を作っていた。
 べたべた甘々の‥‥恋愛談義。先程はなかなか会話が弾まなかったが、クリスが相手の恋人を誉める手法に出て、ヘリオもあれこれ語るようになった。自分の恋人の魔皇、または逢魔を誉めるのだから、どちらも決して無理はしていない。
 要するに彼らは魔皇同士、逢魔同士で交際中である。そして一緒に住んでいるから。
「お土産って誰かが言ってたから、買って帰ろうか」
「そうしましょう。今から帰ったら、まだお茶が出来ますよ」
 幸恵が現物を示した六種類のデザートから、ヘリオがシフォンケーキと苺のババロアを選んで、包んでもらうことにした。
 店内でそんなことやこんなことが行なわれているうちに、当然時間は過ぎて、平坂は当初とは正反対の気分で食後のハーブティーを飲んでいた。ハーブティーは彼の好みではなく、タモツが『これは美味しいらしいから飲んでみろ』と勧めたので頼んだものだ。そのタモツはアルコールの杯を重ねて、かなりいい気分でいる。
「そういや、プレゼントありがとな」
「そう素直に言うなら、来年も祝ってやるよ。でも飲み過ぎないうちに帰ろうぜ」
 平坂は未成年だからと飲酒はしていないが、タモツはかなり飲んでいた。それで二人が会計を済ませて店から出たところで、タモツの携帯が鳴った。
「ん、わかった。今から行くから」
 彼の台詞に耳を疑っている平坂が口を開かないうちに、タモツは突然しゃっきりしてしまった足取りで、『じゃっ』と一言挨拶すると言ってしまった。また誰か、女の子と会うつもりだろう。そういう奴なのだ、平坂の逢魔ときたら。
「ばっかやろー! 二度と祝ってやるかっ!」
 路地に響き渡るような捨て台詞は、肝心の逢魔の耳には入らない。ちょうど店から出てきたクリスとヘリオ、それから深影が、土産の箱を取り落としそうになって慌てていた。
 でも、店内では。
「帰ったら、早速勉強だな。学年末テストはちゃんと見せろよ?」
 なんてミヤに言われてへこむ中門や、
「零さずに食べないか」
 とヴァルトを困らせているウィルミスが、ティーカップを持って唸っている。流石とリアンと夜霧は、まだ極甘ミートパイの処分に時間を費やしていた。
 そうしてタカムラは、納豆一品で三杯目のご飯を噛み締めている‥‥
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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