どらごにっくないと

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遥かなる想いを

  • 2008-06-30T16:19:31
  • 本田光一MS
【オープニング】
 比較的温暖な地中海性気候に似た、瀬戸内式気候と同じく、魔皇たちも他の土地とは違うのんびりムードで秋を迎えようとしていた。
 翡翠の司、インプから緊急の呼び出しをもらうまでは。

「香川を担当していたグレゴールも、ここのところ動きを感じないわ」
 別段問題はなさそうなのだが、過去の事例にのっとって考えてみると、グレゴールが何かを闇で行っているとも考えられる。
 特に香川県を統括するグレゴールは、一度も人々の前に姿を見せていないので有名でもある。
「とはいえ、何の目的もなく調査や索敵しても時間の無駄ですから、グレゴールが最後に姿を見せたと言われている古代城砦から調査してください。香川県中央北部、高松港から東に望む台形の山に、その城砦はあります」
 司の言い出した城砦とは『屋島城』。
 歴史上、空想の建造物としかされていないが、研究家達の調査が本物であれば、紀元前の城砦ということになる。
「この時期はアベックもいない観光地、屋島の周辺は寂しいでしょうから、貢献してきたら良いでしょうね。暇でしょ? 遊びに行って地元にお金でも落としてきたら、下手な政治家よりは地方に貢献できるわよ」
 身も蓋もないのだが、確かに寂れている場所だという話だけは聞いている。
 ただ、気をつけておかないと何らかの作戦を敵が行っていないとも限らない。漠然とした、しかし慎重にならざるを得ない調査。
 魔皇たちは、とりあえず観光がてらに歩き出すのだった。


【本文】
遥かなる想いを《第一話》
●結夏と御国と‥‥光と翼
「屋島ってあの源平の屋島よねぇ、屋島城か。あんまり聞いた事ないな」
 源真・結夏(w3c473)。無く子も黙る疾風娘だが、そんな彼女にも思う所があったのか、今日は珍しく『普通』の服装だった。
「相変わらず、俺は結夏のお守りだな‥‥」
 愚痴をこぼしながらも、それでも御国は事前に屋島周辺の観光ガイド片手に店舗や美味いどころ等をチェック済み。
「ほんと、香川のグレゴールって、良く分かんないよね。そいや、前にうどん屋巡りしていた奴がいるって話があったけど、そいつの事?」
「そう聞いている。尤も、ここ最近はネットでは見かけないそうだが‥‥最新の書き込みは9月中旬、だったな」
「ふーん」
 やっぱり先に調べていたのかという納得と、そこまでという呆れが入り交じったのが結夏の純粋な感想だった。
「うどん好きな男‥‥やっぱり変人」
「言い切るな‥‥」
 さっぱりとしているのが結夏の良い部分なのだが‥‥と、そこで御国は振り返って遠く離れた位置の電信柱に身を隠しているブラックホール‥‥にでもなりそうな勢いで内面世界に陥没していそうな『ker空間』を生んでいる男に哀れみの一瞥。
「南無‥‥ま、貰い手が見つからなければ、俺が嫁に貰ってやる‥‥が‥‥」
 半ば今の状況を楽しんでいるのは御国くらいの物だった。
「さっ御国、行くわよっ」
「え?」
 強引に腕を掴まれて、さっさと歩き出す結夏。
「結夏姉、一緒に捜査いこっ!」

 スカッ―――――――

「あ」
 と、翼が唖然とする間もなく、ひっくり返った風海・光(w3g199)の横を、御国と腕を繋いでいた結夏があれっと地べたに転がった物体を見下ろした。
「光? あんた? ‥‥あ、駄目! ちょっとそこのケーブルカー待ってーーーっ!」
 私鉄だけに留まらず、ここの山上に続く唯一の乗り物、ケーブルカーは20分に一回しか出てくれない。
「あ‥‥」
 と、光が顔を上げた時には、既にケーブルカーはガタゴトと音を立てながら山上に向けて登り始めた頃だった。
「‥‥運のない‥‥」
「‥‥」
 南無と、手を合わせるのも束の間。
 人も片手の指程の数しか乗り合わせていないケーブルカーの中で、結夏は屋島城があると言われる周辺を見つめて、まるで景色を楽しんでいるかの如くに窓の外を指さしながら小声で話し出した。
「何か細工でもしてるのかしらねぇ。何かの封印、神殿の候補、それとも魔皇達をおびき出す罠?」
「さぁ? 面白い事に800年程前にも、この山を砦として闘ったもののふが居るな」
「800年? 源氏平家の戦い?」
 小学生程度の歴史をそらんじてみれば、屋島の壇ノ浦という語彙は思い出せるだろう。
「何故山上の様な、水に不便な地にと思ったが‥‥古来、この山頂には清水がわき出ているらしい」
「え? 標高300mの、真っ平らな‥‥見渡す限り周囲に他の山なんて無いのに?」
「真水が湧くそうだ‥‥」
 グレゴールよりも非常識と、結夏が呟くのも無理はない。唐・新羅との戦いを現実の脅威としていた古代日本で建築された城。
 だが、日本書紀にも記されている国家的なプロジェクトで浮き彫りになった屋島城(やしまのき)には、別の一面もあったと地元の歴史家は力説している。
 曰く、古代の讃岐にあった謎の超文明‥‥邪馬台国の根拠となった存在があるのだと、言うのだ。

●キリカとナナ
「う〜ん‥‥。安くてたくさんたべられるのは大歓迎だケド‥‥」
 10軒目のうどん屋で、流石に飛ばしすぎたと後悔の念に駆られ始めたキリカ・アサナギ(w3b902)が目の前に置かれたタライうどんに胸焼けを覚えた。
 感覚的に安めにと、一軒500円以下を目安にしていたのだが、考えが甘かった。500円を出せば、普通の感覚の人間では『御免なさい』が出るボリュームだ。途中で財布の中身を考えて300円台に控えたのだが、それでも相手はうどんの『大』シリーズ。基本的に3玉のうどんが入った相手と格闘する事9回‥‥トドメに頼んでしまったのが店の名物と言われた『釜揚げうどん』1000円也。
「な、ナナちゃ〜ん」
「ん〜。なにかな〜キリカ?」
 心なしか、ナナの言動には棘が‥‥しかもドライアイスで強化された氷の様な棘が装備されている気がする。
「‥‥あの‥‥お腹一杯‥‥」
「‥‥胸に入れたら〜?」
「‥‥気にしてるんだ‥‥ナナ、こないだの定期健診の時の‥‥」
「気にしてないわよっ! おーぐいのよー分がぜーんぶ胸に行ってる人何て、くいだおれちゃったらいーのっ!」
 どうやら、思いっきり健康診断での結果を気にしているらしいナナ。
 これ以上続けると、ナナのご機嫌が非常にピンチだ。キリカにもその辺りの機微は充分に感知できるので、慌てて食を進める事に専念した。
「はむほむ‥‥んー。鰹だしとみりん‥‥さっきのお店はイリコだから香ばしかったけど、ここのは丸いね」
 釜揚げうどんのダシとキツネうどんのつゆを比べるのも変な話だが、ナナにしてみれば『うどんはうどん』なのかも知れない。キリカに付き合って東奔西走してはいるものの、全くと言って良い程に注文する気配がない。キリカの横について、ご相伴にあずかっている程度なのだが‥‥それでも何だか満腹感を味わえてしまうのは、ただひたすらに食べ続けているキリカの量に圧倒されているからなのだろうか?
「うーん。ここも違うみたいね」
「そ、そふ?」
 流石に、満腹感の出て来た所に氷の気配のナナ付きだと、元気なキリカの胃袋もその役目を十分には発揮できなかった様だ。
 二人で立てた作戦もこの店では不発となり、暫く散歩に興じる二人だった。

●キリアと九門
 屋島南側斜面に沿って九十九折りに続く細い道。かつては木の根と落ち葉に被われた獣道に誓い山道だったのが、昭和の時代になってコンクリートで舗装されたのだと先を行く観光のガイドがアナウンスをしている。
 キリア・プレサージ(w3a037)は、ちょうど屋島の遍路道に沿って屋島寺への道を歩いていた。彼の隣には九門・冬華(w3a200)が慣れない徒歩での強行軍に肩で息をしているのだが、人の多い場所で力を開放する訳にもいかない。
「大丈夫か?」
「ええ。‥‥どうしたの?」
 小首を傾げる九門に、キリアの方が眉を寄せて不可解だと言いたげな表情を作った。
「うん‥‥その‥‥」
 冬華とデート。
 まさか、自分の趣味と実益を兼ねた今回の二人での『お出かけ』が、神帝軍の動向を探るのは二の次の、地元住民への貢献‥‥有り体に言えば、お金を使ってこいと言う情けない限りの地元貢献なのだとは、理解していても納得がいかない。
 キリアの逢魔、シェリルは元気よく屋島のケーブルカーの麓側の駅周辺で聞き込みという一見お仕事をして居る様で、ただ単に雑誌にも出る有名なうどんやでまったりしていた。
「お二人の間に入ろう何て‥‥ねぇ?」
 のほほんとした表情で、店員の運んできたうどんに箸を延ばすシェリル。彼女はグレゴール達の動きがないか探る為に私鉄の駅周辺での情報収集に限界を感じていた。香川の大らかな風土はあまり神帝軍にとって『感情の起伏』を搾取するのに向いていない土地ではないのかと‥‥グレゴールも今更ながらにそう思ったから仕事をしにくくなったのではと勘ぐりたくもなる。

「俺の外見にも驚かないんだな‥‥」
 どことなく冷めた県民性‥‥そんな言葉がキリアによぎる。日本の城郭と聞いて、堅牢なTVに出る様な城塞を一瞬考えていたのだが、実際には急勾配の途中で岩をくみ上げた壁が見られたという気がしただけ。勿論、それが勾配の中で城壁の構造をしているのは判るのだが、遍路道に復帰した所で観光客にばったり出会ったのは運の尽きだったのかも知れない。
「屋島山上水族館というのがあるらしいから、そこに行ってみるか?」
 あらかじめ、連絡を入れておくとイルカと遊泳できるサービスがあるのだ。
 九門の驚く顔を思い浮かべて、微苦笑しながら山道を歩き出すのだった。

●刀摩とルゥ
「始めて来たな、屋島‥‥壇ノ浦ってどの辺だ?」
 辺りを見渡してみても、田畑の広がる光景は特に感慨も浮かばない。少し静かな田舎町、屋島東町に真行寺・刀摩(w3a622)と彼の逢魔ルゥ。
「迂闊に気は抜けないし、しっかり観光‥‥もとい、調査をして帰るとしよう!」
 力説はしてみるものの、親戚の女の子という設定のルゥの行動に振り回されっぱなしの刀摩。
「一応目的は調査だぞ? 分かってんだろうな、ルゥ」
 観光中に買い物なんかしつつ、世間話がてら店員にでも色々話聞いても、流石に香川の情勢や神帝軍の統治についての愚痴には客商売の相手の方に美味くはぐらかされている様な気分がする。
「相手は生活から揺さぶるのが得意らしいんだぜ? 日々の生活の愚痴とかでもなぁ‥‥」
 同意を求めたのだが、ルゥは目の前のうどんを食べるのに四苦八苦だ。
「暑いの、頼まなきゃ良いのに‥‥オバちゃん、うどんお代わり!」
 気は抜かない代わりに、観光も楽しむと決め込んだ刀摩に倣うつもりなのか、ルゥもお腹一杯になるのを楽しんでいる風情がある。
「まったく、あんなにガッつくからだぞ?」
 問題の屋島城にゆく前に、腹ごなしに散歩でもしないと破裂しそうなルゥ。
 仕方なく、壇ノ浦と呼ばれていた土地で『義経の弓流し』縁の場所と『那須与一の岩』を見学と洒落込んでみた。
「ほらほらトーマ。ナスノヨイチだよ、ナスノヨイチ♪」
「‥‥判って言ってるのか?」
 那須与一が馬上から扇の的を射る為に、沖に馬を進めた所、海中に岩があって馬の足場が安定したのだと、立て看板には書いてあった。
「嘘くせぇ‥‥」
 流石に眉唾物だと、胃もこなれた所で屋島城に向かう事にする。
「携帯持ったし、カメラもあると‥‥しっかし、城って聞いてたから観光地かと思ったら、違うのな‥‥」
「うんうん。やっぱりトーマだね♪」
「‥‥仕事だぞ?」
「うんうん、チョーサだよ。分かってるってば」
 己の迂闊な発言には気付かないルゥが、大きな看板を見て指さした。
「‥‥あ、水族館。ねね、いってみよーよ♪」
「水族館だ?」
 見上げると、日本最高度の水族館という看板に世界最大の淡水魚ピラルクの絵が描かれた看板があった。
「最大に、最高に‥‥」
 はしゃぐルゥを見て、穴があったら入りたいと、肩を落とした刀摩は切実に願うのだった。


●公星とスイ
 観光日よりの良く晴れた日。
 キャンベル・公星(w3b493)はスイを伴って紅葉狩りの下見へと繰り出した。
「ええ、小豆島の寒霞渓(かんかけい)にも行ってみようかと思いますわ」
 土産物屋のおばさんとの話に、事前に学習しておいた土地の名を並べる事で現実味を帯びた会話になる。
「どうやら、こちらにはいらしてないようですわね」
「ええ。流石にもう、これ以上は食べられませんしね‥‥」
 スイの言葉に、満たされた胃を押さえながら苦笑するしかない。
 グレゴールの判別方法も知らない彼女達には、相手が地元の名産品である『讃岐うどん』に並々ならない関心を寄せている事を使う以外に手がかりらしい手がかりがなかった。
 他の地方の名産品と比較する、あまり宜しくない会話で相手をつり出してみようと言う策は、効果無く終わってしまった。
「それでは、皆さんも向かわれているでしょうから‥‥」
 健康第一と、歩き出した公星の黒髪が山を吹き抜ける風に舞って漆黒の絹の旗の様だ。
「悪戯な風ですわね」
「本当に‥‥」
 スイも白銀の髪を風になびかせながら歩くのだが、その目は少し道から離れた場所に引き寄せられていた。
「どうしました?」
「いえ、ここからではよく分かりませんが‥‥」
 蠢く影を追って、二人は道から一歩踏み出すのだった。

●詠二と美琴
 携帯電話にデジタルカメラ。
 行楽必須の神器を携えて、美琴と共に山に登った御山・詠二(w3f796)は、ネットで探し得た屋島城遺跡上空の航空写真に眉を寄せていた。
「どうしたの? 考え込んで?」
「ん、いや‥‥」
 寄り添う様にして、写真をプリントした紙を覗き込む美琴に詠二ははっとなって顔を上げた。
 考え込んでしまったのだろう、俯いていた彼の頬を美琴の柔らかい黒髪が風に浮かんで撫でていた。

 ――シャンプー、変えたのか?

 甘い香りに思考が止まった瞬間、手元を覗き込んでいた美琴が彼を見上げた。
「‥‥何か、判ったの? 変だよ?」
 漆黒の瞳の中に映る自身が、頬を染めている様な錯覚に囚われて詠二は明後日の方角に視線を向けた。
「ほら、あの参拝道を降りれば、ここに当たるんだ。行ってみよう」
「うん」
 土産物屋を抜けた屋島寺の境内。
 少し開けた広場を横切ろうとして、ついと引かれた手が美琴の手に握られているのに詠二は焦った。
「ちょっと待‥‥」
 そこではっとなる。
 まだ人が居る場所だ。急に彼女の手を振り解くのはどう他人に映るのかと考えて、詠二は手が汗ばむのを感じ取られないかと緊張しながら美琴に続いて山門をくぐり抜けた。
「ん?」
 美琴を背に庇う様に先に歩き出す。
「‥‥」
 詠二の変化に、美琴もその存在に気付いた様だった。
 二人の進む先、登山道となっている遍路道は、先程まで人通りが確かにあったはずなのに、今は誰も居ない『無』が支配した様な空間になっていた。
 その異様な変化に戸惑いながら、目的地までたどり着けば、先客‥‥彼等と同じくこの地に来ていた公星とスイが居た。
「どうしたんです?」
 誰に見られているか判らない。
 念の為に、今出会ったばかりという芝居を続ける四人。
「いえ、こちらに史跡があると聞いて」
「へぇ?」
 いかにもな会話だなと、互いに吹き出しそうなのを堪えていた所に詠二の携帯が鳴った。
「‥‥もしもし?」
『あ、今どこかな? 屋島寺まで来たんだけど?』
 結夏の声に、詠二は美琴の視線を感じながら会話を続けた。

 ――任務だろ

 ――ええ、でも楽しそうね

 目と目の会話が、他者の介入を阻んでいる。
 場の雰囲気もそうだが、急に人気が感じられなくなった山道に四人が緊張していた頃、他の者達もそれぞれが山道に入る頃合いになっていた。
「ん? 揺れ?」
「地震?!」
 スイの手を取る公星の横で、よろけた美琴の腰を支えてやる詠二。
 四人が揺れの収まったのを確認して安堵の溜息を吐いた所に、参道を走る様に登ってきた光達が合流した。
「凄かったね、今の地震」
「地震なのか、本当に?」
 揺れは彼等の足元、しかも直ぐ側で起きた様な地鳴りが聞こえていたのだ。しかも、直ぐ側の林から飛び立った鳥達が戻ってこようとしない。
「行ってみようか?」
 山道から外れる道へと一歩踏み出す結夏。
 魔王達は、獣道になっている横道に踏み込んでゆくのだった。

【第一話・完】
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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