どらごにっくないと

カウンターカウンターカウンター

遙かなる想いを《第4話》

  • 2008-06-30T16:24:23
  • 本田光一MS
【オープニング】
●あらすじ

 屋島城城塞跡。
 そこに開かれた洞窟の中で、魔皇達は不思議な空間と、そこに記された文字を発見して帰還した。

 数日を経て、壁面に描かれていた文字は閉ざされた扉を開く為の鍵だと、文字の解読班は判断を下した。
 引き続き文字の解析を急ぐのだが、それでも解読し切れていない箇所があり、魔皇達は先ずは第2の鍵である『セイレーンの鍵』を求めて一路中讃地区へと向かう。
 そこで、神帝軍達は卑劣な手を用いて破壊活動の責を魔皇達に課すのだが、鍵は彼等の手中にあった‥‥。

●救出せよ仲間を、そして未来への鍵を‥‥
「第2の鍵については、コンパスの様な物だと判しました。どうやら、あの屋島城の空間も古の‥‥そう、皆さんの想像にお任せしますが、この鍵はもしかしたら今後の私達に欠かせない物を指しているのかも知れません」
 密の逢魔はそこで言葉を切った。
「残念ですが、第1の鍵は神帝軍によって奪われてしまったようです。急ぎ、第3の鍵の奪還に向かって下さい」
「奪還?」
 逢魔の言葉が変わった。
 見つかった『鍵』の性質から言えば、それらは彼等魔に属する者の為の遺産だという意識が、逢魔の言葉を変えさせたのかも知れない。
「第3の鍵は凶骨に関連していたようです。外見に異形の角を持ち、かつて退治されたという伝説‥‥牛鬼の角が凶骨の角そのものだと判りました」
「判ったって? なぜ?」
 そこまで断定的に、この逢魔が言うのは初めての気がした。
「‥‥先に向かった魔皇様達からの連絡です。敵神帝軍は既に『牛鬼の角』のある『根香寺』を補足、包囲網を築こうとしています。内部には先行して角を手にした魔皇様達がいらっしゃいます」
 そこで言葉を切って、逢魔は涙を流した。
「お願いです‥‥魔皇様達を救って下さい‥‥角を奪還することもですが、魔皇様達を‥‥」
「‥‥」
 保障は出来ない。
 作戦に挑んだ魔皇達が、その重要性を知っているとしたら、身を挺してもその品を届けようとするだろう。
 だが、魔皇達は密の逢魔の依頼を受ける。
 神帝軍には既に返しても返しきれない屈辱と苦しみを与えられてきたのだ。
 今が、彼等に意趣返しする良い機会だった。

●高松テンプルム
『そうか‥‥今回は出なければなるまい‥‥』
 香川を統括するグレゴールが動く。
 それは、魔皇達が『何か』に迫った確かな証だが、それを彼らは知らない。
『3小隊を。敵の捕縛は考えるな!』
 グレゴールの大音声が響く。
 それは、ここにグレゴールが赴任した矢先に起きた事件以来聞かれなかったものだ。
 その息吹に、神帝軍に所属する者までもが身震いした。
 グレゴール動く。
 それをまだ、魔皇達は知らない。


【本文】
●急行! 五色台『根香寺』
 密の逢魔に依頼された魔皇救出作戦。
 これに向かった木月・たえ(w3g648)は車を運転しながら後部座席で準備を急ぐ御山・詠二(w3f796)とキリカ・アサナギ(w3b902)、風海・光(w3g199)の様子に不安を隠せなかった。
「遊びに行くんじゃないのよ?」
 一応、言うだけは言っておく。
「あ、ありがと光君」
「ううん。この手のスカートは良く絡んじゃうから気を付けないとね」
「‥‥キリカ、もう負けてる、負けてる‥‥」
 ナナの溜息が聞こえてくる。
「ワタシはともかく、キリカがあんな服着るなんて‥‥その原因が直しを手伝ってるのよ‥‥」
「なに、ナナ? 何か言った?」
 ヘアピンカーブの連続する急な上り坂で、エンジンの悲鳴を聞きながら行われる準備の為に車内では音は非常に聞きづらいものだった。
「もう少し丁寧に運転できないか?」
「間に合わなくて良いなら出来ますよ」
「‥‥任せる」
 詠二の問いかけに笑えないジョークで返して、たえはハンドルを切る。
「‥‥代わろう」
 琴美と作業を分け合っていた詠二だが、人化したままでは身体を支えきれない揺れに翻弄されている琴美の手からフィルムケースを受け取って作業を続けて行く。
「‥‥出来れば、こっちは使わずに済めばいいな‥‥」
「そうね‥‥」
 美琴の手で片付けられる胡椒入りのフィルムケースと応急セットを見比べて溜息の詠二。
 願わくば、美琴に胡椒入りのケースを投げる真似だけはさせたくないと、詠二は自分がしっかりしなければいけないのだと言い聞かせる様にして溜息を吐いた。
 分岐点にさしかかった時に、御国を助手席に乗せた源真・結夏(w3c473)が運転する車が直ぐ前になったのを見てたえは眉根を寄せた。
「あ、御国さんが何か言ってるよ」
「聞いといて」
 助手席から身を乗り出したれぅが、右に、左に揺れる車から投げ出されない様にしっかりドア上の握り手を握って御国の声を聞こうとする。
「ここは携帯は使えない! アンテナを見てみろ!」
「‥‥だって」
 そのまま聞いたことを伝えると、魔皇達は持っていた携帯電話のアンテナを覗き込んだ。
「ドッチモ、アウト!」
「buもだ」
「ビーダーフォンも‥‥」
「陸の孤島? ここはっ!」
 運転しているたえは、何となく今走っている道に自信が無くなって自分が情けなくなる。
「市内だよな、ここ‥‥」
 何とか揺れる車内で二つ目の胡椒入りフィルムカプセルを仕上げた詠二が北に広がる瀬戸内海を見下ろした。
 遙か眼下には瀬戸の海と、陸には県営球場が見える。
 テニスコートに芝生のあるサッカー場もある。
 そして東を見れば霞の奥に県庁所在地の高松市とテンプルム‥‥それなのに携帯電話の電波は切れているのだ。
「あ、今だけアンテナ立った‥‥」
 一瞬立ったと喜ぶ光に、一同は溜息吐息。
「携帯電話は諦めましょ‥‥一応持ってるってだけで‥‥」
 御国が気付いたのか結夏が気が付いたのかは判らないが、これで別れて先に出ている陽動部隊との連絡も不安になってきた。
 だが、既に賽は投げられている。
「ねえね、日本語の通じない観光客のフリをしてとぼけてたら大丈夫だよね!」
「うん、きっと大丈夫。中に入ったらすり替える飴も準備してきたからね」
 光と談笑するキリカを見ていると涙が出てくる。
「‥‥キ、キリカ‥‥」
 その長いスカートを踏んで馬脚を現さないでねっと、内心で呟くナナの願いだけが虚しく車内に消えてゆくのだった。

●包囲網混乱作戦
「既に完成しているな‥‥あっちのおっちゃんはもう準備できてるだろうから‥‥」
 茂みに身を潜めながら、須藤・明良(w3b343)は眼下に広がる根香寺の境内を見下ろしていた。
 根香寺の建築構造は、他の仏閣とはかなり異質な物である。
 通常、神社仏閣はその境内、つまり敷地内を清めて霊的悪を内部に入れない様に構築されている。
 外界よりも一段高い位置に境内は作られ、境内に於いても外界の汚れを払う為の手水が必ず置かれ、内部は清浄に保たれる様に作る。
 だが、根香寺は山の中にあるという点では既に高い位置にあるのだが、境内の造りが異常だった。
 先ず参道を通って表の門に至れば門の作りの部分だけが高くあり、後は階段を下りて境内に立つことになる。
 その為に、根香寺の外にある茂みに身を潜めている明良にも内部がよく見れる様になっているのだ。
「‥‥シェリル。この場所にはどんな云われがある?」
「近くには、日本国の3大祟り神を祀った寺が。この五色台そのものも3大霊山の一つとして数えられています」
「‥‥良く揃う物だ‥‥」
 表参道からは逆の位置に当たる本堂の裏側にキリア・プレサージ(w3a037)達は到着していた。
 連絡は待っても無駄だと、携帯電話のアンテナを見て悟ったキリアは人化したまま突入のタイミングを図り、神帝軍の一団らしき者達の一瞬の隙をついて境内に滑り込んだ。
「時間がない‥‥こうしている内にも‥‥」
 陽動部隊として突入する為にも、本隊の到着が遅れては意味がない。時間的には援護に付いている白いバンダナの魔皇が身を隠す場所を探し当てた頃だろう。
「‥‥キリア、あれは?」
 境内の中を進む和装の女性を指して尋ねてくるシェリルだが、それは質問と言うよりは確認だとキリアはパートナーの口調から気が付いた。
「キャニーか‥‥大胆なレディだ‥‥」
 キャンベル・公星(w3b493)の姿に苦笑するキリア。
 堂々と神帝軍のただ中に身を曝すということは、普通なら考えも及ばないだろう。香川に配備された神帝軍グレゴールの統率力の低さ、練度の低さがあってのお目こぼしの様な物だとキリアは祈らなくなって久しい“神”の存在を呟いた。

「到着! うーん、緑の香りが気持ちいいね!」
「‥‥」
 わざとに元気なフリの結夏の横で、精神的に追い込まれる運転で青くなっている御国の姿がある。
「キリカ、さ、行こっ!」
「!」
 ナナに手を引かれて、駐車場を歩くキリカの足元は非常に危なっかしい。
 二人が歩き出したその時、風と、木々の揺れる音しか聞こえなかった一帯に微かに聞こえてくる音があった。

 摩訶般若波羅蜜多心經

 観自在菩薩行深
 般若波羅蜜多時
 照見五蘊皆空
 度一切苦厄
 舎利子

「この音‥‥般若心経‥‥」
 聞いて直ぐに、この地の情報を【本の精霊】で得ようと試みていたナナには即座に流れた音の意味が分かった様だった。
 響いてくる音を辿って空を見れば、流線型のヘリがこちらに降りてこようとしているのかローリングしている所だった。

 色不異空
 空不異色
 色即是空
 空即是色
 受想行識
 亦腹如是
 舎利子
 是諸法空相
 不生不滅
 不垢不浄
 不増不減
 是故空中

「BELL222(トリプルツー)?」
 見上げた頭上にホバリングする影。
 音はそのヘリから響いてきているのだと判ったキリアは舌打ちをする。
「日本版の『ワルキューレ』か‥‥?」
 音の意味を知らない彼とキリカだけが直ぐに行動に移る事が出来た。他の者達は、何らかの形でその音の意味することを考えて、一行動の空白が生まれたのだ。
 だが、そんな彼等の中で人化を解かぬままに、走り出すキリアとキリカ。
 相手の攻撃一回、これで受けられれば痛みも帳消しになる。
 一気に境内を走り、本道の影から出る時には二人で連れ立って歩いてきた様に見せかける。

 無色無受想行識
 無眼耳鼻舌身意
 無色聲香味觸法
 無限界乃至無意識界
 無無明亦無無明盡
 乃至無老死
 亦無老死盡
 無苦集滅道
 無智亦無得
 以無所得故

「‥‥ッ!」
「‥‥逃げましょう!」
 神帝軍の白い服が舞い降りる。
 そして、その降臨を見た周囲の包囲網を構成している神帝軍兵が一気にキリア達を取り囲む。

 菩提薩垂
 依般若波羅蜜多故
 心無堯礙
 無堯礙故
 無有恐怖
 遠離一切転倒夢想
 究境涅槃
 三世諸佛
 依般若波羅蜜多故

「狙いはまだだ‥‥まだだぜ‥‥」
 明良はキリア達の姿を認め、同時にホバリングするヘリから大地へと舞い降りる白い装束に身を包んだ兵士達の要を狙うことだけを考えていた。
「まぁ?」
「早く出ろ、ここは危険になる」
 保護するという名目でキャンベルの腕に手をかけた兵士に、彼女は目を細めて鋭い視線で睨み付ける。

 得阿耨多羅三藐三菩提
 故知般若波羅蜜多
 是大神呪
 是大明呪
 是無上呪
 是無等等呪
 能除一切苦
 眞實不虚

「行くぞ!」
「はいっ!」
 包囲網の視線を一身に浴びて、飛ぶ様に走る。
 痛みが己の血肉を吹き飛ばし、人化の姿が消滅した瞬間に全開の力で神帝軍の一人を掴み、打ち倒すキリア。
「shot!」
 彼の手の中のデヴァステイターが咆吼し、手近な兵士達に豪雨の如く降り注いで行く。

「皆様『鬼の角』はここに。まだお救いする方々は‥‥」
 キャンベルを捕まえていた神帝軍兵士は一気に走り込んだ詠二と光に倒されていた。
 助け出されたキャンベルの荷物を2つに分け、スイが呼んで待機させていたタクシーと御国が飛び込んだレンタカーが砂埃を巻き上げてその場から走り出す。
 その両方にSFが放たれ、直撃を受けたタクシーは火を噴いてガードレールを突き破り、御国の車は辛うじて光弾を避けてカーブを曲がりきった。
「‥‥!」
 タクシーの爆発を見て、キッと視線も厳しく神帝軍に向き直るキャンベルが人化を解いた。

 故説般若波羅蜜多呪
 即説呪曰
 羯諦羯諦
 波羅羯諦
 波羅僧羯諦
 菩提薩婆訶
 般若心経

「抜けるぞ!」
 本殿に待避していた魔皇達を助け出して、コアヴィークルを召喚したキリアはヘリから最後に飛び降りた神々しき存在に一瞥をくれてやった。
「ヤツが、親玉か‥‥」
 今ここで奴を撃つのが得策か、それともと‥‥一瞬でキリアの判断は下りた。
「逃げろ、鍵は無事だ!」
 魔皇達の道先案内として、シェリルを背に乗せたコアヴィークルで疾走するキリア。

「‥‥良く騒ぎを起こしてくれる‥‥諸君が噂の魔皇なのかね‥‥」
 キリア達の脱出は見逃し、根香寺の包囲網を再度堅く構築させた神帝軍の統率者らしきグレゴールの大音声が境内に響き渡る。
「坊主?」
「いかにも。拙僧は仏門に帰依した身‥‥されど神帝様の教えに心打たれ、神帝軍に身を置く者也!」
 まだ壮年の域を出ないだろう人物であるが、剃髪されて輝く頭部以上に、目映く輝く純白の法衣が魔皇達の目の前にあった。
「‥‥巫山戯てるのか?」
 詠二は上着のポケットの中で握り締めたカプセル2つの使いどころを探る様にすり足で位置をずらして行く。
 その背では、美琴も彼に倣って投擲の用意をしていたのだが詠二は視線で止めさせる。
「一気にやらないと、不味いよね‥‥‥」
 レンタカーの横に隠れているれぅの存在を認めて安堵するたえ。ここに来て何かドジを踏まれても取り返しが付かなくなるだけだ。
「どうやら‥‥求める物は同じと見るが‥‥一般人を巻き込んでのこの所行、許されるものではない‥‥神帝様に成り代わり、拙僧が相手致そう!」
 法衣を一挙動で脱ぎ去って、横に控える者に持たせて進むグレゴールの前後に4名の兵が並んでいる。
「逃げろっ!」
 踊り出す様にDFを開放して叫ぶ明良。
 その姿を認め、グレゴールの視線が外れた瞬間に魔皇達は逢魔と共にその場から弾ける様に走り出した。
「‥‥!!」
 美琴の持っていたカプセルを掴んで投げ込んだ詠二によって、神帝軍の一部に崩れが生じた。
「喰らえよっ!」
 叩き込む拳が相手を捕らえる感触が腕に響く。

「喝ーーーーーーーーーーーーーー!!」

 グレゴールらしき気合いが迸る頭上に、たえの置きみやげのワイズマンクロックが炸裂する。
「おまけっ!」
 ピンを引き抜いて、噴射口を壊した消火器を三個、ソフトボールでも投げる様に軽々と投げ込む結夏によって、境内は白煙と泡と胡椒の煙で充満していった。
「キャー、キリカ、大丈夫!?」
「動きにくいったらもう!」
 ナナを抱きかかえて疾走するキリカは泣く泣く衣装を自らの手で引き裂いた。
 お小遣いの結構な金額を裂いただけに、自分の手で引き裂くのには抵抗があるのだが命は天秤にかけられない。
「逃げろ! おっさんが無事に連れ出してくれてる!」
 キリアのことだろう。
 明良が叫ぶのを頷いて答えた魔皇達はそれぞれにコアヴィークルを召喚して一気に山を下る。
「良かった、これでみんな無事に逃げられたよね」
「うん。ね、光君一緒に帰ろう?」
 麓まで下りて人化した光と翼は、駅のホーム横に放置されている自転車の山の中から使えそうな一台を選んで一路高松へとペダルをこぎ出した。
 途中で小山を一つと山型の架橋を越えなければいけない事を失念していた光が、高松に着いたのはそれから一時間以上経ってからだった。

●神帝軍・その考え
 ベビーミルクの香りが立ちこめていた煙の薄れる頃には、魔皇達の姿は消えていた。
「良し。‥‥帰投する」
 数の減った部隊の者を引き連れてグレゴールは歩み始めた。
「ん? ‥‥やれやれ、矢張り近頃の若い者はイカン‥‥」
 しゃがんで取り上げた細い棒状の飴を、グレゴールは駐車場横のゴミ箱に放り込んだ。
「これで、貴奴らが『鍵』を起動すれば我等も先に進めるというものだ‥‥」
 手水で手の汚れを落とし、顔を洗ったグレゴールの頭を手ぬぐいがキュキュと音を立てて磨き上げる。
「久遠の平穏を望まぬ者‥‥矢張り拙僧の力はまだまだ及ばぬと言うのか‥‥和魂の救いでは‥‥」
 輝く頭を揺らしてヘリに乗り込んだグレゴール達が空の人となった時、同乗したタクシーの運転手を炎上寸前で助け出していた『鬼の角』輸送係のスイとキリア、そして散り散りに逃げた魔皇達が無事に帰還したのだが、それはまた別の話である。

【第四話・完】
COPYRIGHT © 2008-2024 本田光一MS. ALL RIGHTS RESERVED.
この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
第三者による転載・改変・使用などの行為は禁じられています。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]

Copyright © 2000- 2014 どらごにっくないと All Right Reserved.