どらごにっくないと

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【Kou・クリスマスシーズン】ディナーご予約承ります

  • 2008-06-30T16:25:34
  • 龍河流MS
【オープニング】
 クリスマスイブまで二週間を切ったこの日、レストランバーKouの店主安村幸恵は、店員のユキトに一枚のポスター製作をするように告げた。
「やっとですかー。ところで、持ち帰りディナー予約って、なんですか?」
「んー、店には入れる人数は限界があるから、ケーキとディナーメニューのお持ち帰りして、自宅で楽しんでくださいってこと」
「今日作るのは、普通のディナー予約開始のお知らせですよね」
 じゃあ、ポスターは二枚作るんだと紙も二枚用意して、ユキトは文字の色を悩み始めた。クリスマスらしい色を使うのは当然として、店内ディナーと持ち帰りの区別がつくようにしなくてはならない。
 字は上手だが、イラストが描けるわけでもなく、パソコンで綺麗な図柄を印刷してどうこうするほどの知識もなく、飾りはいつも適当なシールやテープで誤魔化しているユキトも、一生懸命ポスターは書いているのだ。一応、全力投球で。
 だが、今悩んでいるのは、いかにしたらサッカー日本代表カラーを横浜チームカラーっぽく仕上げずに配置するかだった。素人には同じ青でも、彼にとっては全然違う。
 ちなみに幸恵にとっても全然違った。
「ねえねえ、一枚は青と黄色で書いてよ」
「この天皇杯シーズンに、野球のカラーを使えって言うんですかぁ?」
 そもそも全然クリスマスっぽくないと、心にもないことを主張したユキトに、幸恵も一度は頷いたが‥‥後に彼が鹿島カラーでポスターを書いているのを見て、その背中を蹴り飛ばした。
 結局赤と緑と金銀の文字が踊るポスターが出来上がり、まずはクリスマスイブ当日の店内でのディナー予約が始まった。



【本文】
●最初のプレゼント 〜港と朔〜
 レストランバーKouのクリスマスディナーの最初のお客は、なかなか型破りな二人連れだった。正確には功刀港(h700)が型破りなだけで、逢魔朔に罪はない。港だって、別に悪いことをしているわけではなかった。が。
「とりあえずメニューのここからここまで」
 メニュー全部制覇を狙っている時点で普通ではない。でも朔はいつものこととばかりに、店内を物珍しげに見回していた。
 ちなみに当人も認める世間知らずの朔は、港から『クリスマスはキリストの誕生日らしいが、前日のほうがプレゼント交換やパーティーで盛り上がる楽しみ日』と説明されていた。宗教的意義も何もあったものではない。
 でもこの二人の場合、のんびりと食事を楽しめるというのが、なにより重要だった。
「食いたいモンがあったら、遠慮なく言えよ。それより一口ずつ取ったほうがいいな」
 四人掛けのテーブルに零れ落ちそうな皿が乗っている状態で、港は器用に取り皿へ料理を少しずつ取り分けている。それが朔の分だから、残りが全部彼のものだ。
「港さんは、どれが気に入りました?」
 料理を食べながら考えていた朔が港に問いかけた。気に入ったものがあれば、教えてもらって自分も作ってみると、にこりと笑う。この日はクリーム色のブラウスに黒のワンピースを重ねて、髪も解き流している。いつもと違う彼女の笑顔に、港はしばらく俯いて‥‥
 それから、紙袋を取り出した。
「催促してるみたいで、なんだけどさ」
 でもせっかくだからとと港が示したのは、料理の本のある頁だった。プレゼントに用意してくれたのだと言う。
 彼からの初めての贈り物に、朔はもちろん断ることなどなく、嬉しそうに頷く。それを見て、港も顔をほころばせた‥‥

●届かない面影 〜千郷と彪〜
 前に扉があったら、必ず彪は開けてくれる。もちろんこの日もそうだ。高椋千郷(h851)の逢魔彪は、気が利かないことなどない。
 でも二人だけで出掛けて、食事をするのは初めてだった。それは彪に限らないが‥‥
「千郷、最近元気がないようだが?」
 この場にいない女性のことで物思いに沈んでいた千郷は、彪の心配気な声に現実に引き戻された。彼も同じ相手を意識から振り払ったばかりだとは思わず、なんとか笑顔を作る。
「そんなことないですよ。‥‥あの、でもほんとは、彪さん元気ないなって思ってたけど」
 二人の視線が左右に流れる。でも彪が自分のことを考えてくれて嬉しいのと、心配させて申し訳ないのとで、千郷は彪を見上げた。
「なんだか、同じこと考えてたんですね」
「みたいだな」
 本当は思うところも、知りたいことも互いにあり、でも以前から切り出せずにいる二人だったが、今日は折角のディナーだ。今確かめずともいいと、二人共胸の中で思っていた。
 それに彪は、千郷が喜びそうなプレゼントを見付けて、早くあげようと思っていたし。雫型のガラスの中に、雪の結晶が三つ並んで入ったペンダント。雪の好きな千郷は、彪がほっとするほどの笑顔になった。でも、自分が用意した物を出すのは恥ずかしそうだ。
「定番ですけど‥‥マフラー編んでみました」
「手編みか。帰りに早速使わせてもらうよ」
 帰り道、本当に彪がマフラーを巻いてくれたのを見た千郷は、その端をぎゅっと引っ張った。何事かと顔を覗き込んでくる彼の頬に、勢いだけで唇を寄せる。
「‥‥クリスマスだから、洋風にね」
 ただの挨拶だよと口にして、その後二度と正面から顔を合わせてくれなかった千郷に注ぐ彪の目は暖かいのと同時に、とてもすまなそうでもあった。

●これからの関係 〜時親とパトリシア〜
 現状打破は、人目があるところで。これは最初に菊本時親(a690)が決心したことだった。ちょっと自分の理性に自信が持てないから。
 そんなふうに思い悩んでディナー予約を入れた彼は、逢魔のパトリシアが『人目があったら出来ないこと』を考えていて、計画の頓挫を悲しんだなどとは思いも寄らなかった。
 つまり彼らは、互いに『今度こそ恋人になるんだ』と思っていながら、相手の心中はまったく予想できていないのだ。それでも意気込み一杯に、どちらも一張羅で張り込んで、当日を迎えていた。パトリシアの着けているネックレスは、時親が誕生日に贈ったものだ。
「これ、プレゼントなんだけど」
 ここまで気合いを入れながら、時親が用意したのはミニスカートのサンタ服だ。店に預けた際も店主に呆れられたが、変えていない。
 当然だがパトリシアもそれを見て、目が点になった。そんな顔など初めて見る時親は、『ちょっと可愛いかも』不謹慎な感想を抱いて‥‥次の瞬間、人生最大の後悔をした。
「洗面所をお借りしてもよろしいでしょうか」
 こんなものを贈ったら千年の恋も冷めて、魔皇と逢魔の普通の関係に戻れるかなとほんの少しだけ考えていた時親だが、パトリシアが着替えようとしたので、慌てて立ち上がって腕を掴む。はっきり言って、彼はサンタ服より今のほうが、パトリシアには似合うと思っていた。と、白状するついでに。
「怒りません? 呆れてません? こんな奴がパートナーで後悔しませんか?」
 こくりと頷いたパトリシアがほのかに浮かべた笑みに勇気を奮い立たせ、彼はスーツの内ポケットから小さな箱を取り出した。自分の左手に、同じ手を乗せてくれるように頼む。
 そうして握った細い指に、小さな輪を通した。何度失敗したかは、数えていない。

●聖夜に秘めた‥‥ 〜キャニーと雪夜とスイと憐〜
 クリスマスディナーの予約は大半が二人連れだが、キャンベル・公星(b493)の名前で申し込まれた人数は四人だった。後はキャニーの逢魔スイと、年下の友人の山本雪夜(c568)と逢魔憐である。女性四人、一番年少の憐が黒だが、それぞれにドレスを身に付けた華やかな一団が店の中央を占めることになった。
 ただし服装を変えて、キャニーに貰ったチェリーレッドのルージュをつけても、雪夜の口調が改まるわけではない。それは憐の無口が、どんなに親しい相手を前にしてもほとんど改善しないのと同じことだ。
 でもどちらも、更にスイも、他の誰かがいる時よりはくつろいだ様子でいる。それはキャニーも、もちろん当人達もよく気付いていた。
 だからこそ、雪夜がキャニーに『あのこと』を謝れたのだ。なかなかキャニーと会えなかったと言うこともあるにしても。
 事情はどうあれ、他人の恋愛事情に口をはさんで、当人達よりあれこれ言ってしまったことを、雪夜はたいそう反省していた。特にキャニーに辛い思いをさせたのはどっぷりと反省済みだ。ただし‥‥
「そんなふうに雪夜さんが悲しそうな顔をしていると、わたくしも辛いですわ」
 折角のディナーだから、楽しく過ごさないと。そうキャニーが言うことを、他の三人はすでに知っていたかもしれない。ただその表情が、どんな風かを確かめてみたいだけで。
 そうしてキャニーがただ困った顔をしてみせたから、雪夜はルージュよりちょっと薄い色に頬を染めた。
 そんな様子を、それぞれの逢魔は心中穏やかとは言い切れぬ思いを抱いて、見守っていた。魔皇が物思いに沈んでいるところなど、どちらも見たくはない。
 だから彼女達は、雪夜とキャニーが笑みを交わしたところで、ようやくこの日の衣装に似合った華やかな雰囲気を纏うに至った。
 後はなごやかに会食が進んでいたのだけれど‥‥『事件』が起きたのは、デザートのケーキが出てきたところだった。切り分けようと最初にナイフを取り上げたのはスイだが、それを雪夜が取り上げたのだ。ちょっとだけ事情を了解している憐は、この時も黙っていた。
「じゃあ、切り分けようね」
 語尾にハートや音符が舞い踊りそうな口調でナイフを握った雪夜は狙い違わず‥‥サンタの砂糖菓子の脳天に刃を埋め込んだ。キャニーとスイの目が真円に見開かれる。
「今日はボクのバースデーなのに、毎年毎年、この髭親父がケーキを占領してるんだよっ!」
 雪夜の告白または八つ当たりに、笑い声が弾けた。日頃は大声など上げないキャニーもスイも、涙まで浮かべて笑い転げている。
 店主から、ちゃんと雪夜の名前入りのチョコレートプレートを貰ってきた憐も、いつもよりは目許が優しい。
「ではこの方は遠慮していただいて、わたくしが切りましょう。雪夜様、どのあたりがよろしいですか?」
 スイが綺麗に切り分けたケーキにプレートを乗せて、まずは雪夜の前に。それからキャニーと憐の前にも皿が回って、四人は今度は紅茶で乾杯した。少々無作法だが、それが楽しそうだったから。
 食所の途中でワインを飲んでいたらしい雪夜が、真赤な顔でにこにことケーキを食べていたが‥‥食べ終わる頃には寝入ってしまっていた。それをタクシーに乗せるのは一苦労だが、彼女を膝枕した憐と、その満足そうな様子を目にしたキャニーとスイとは、来たときより、よほど軽い気分で家路をたどることになった。

●お目付役は小ブタ 〜昇悟と穂乃香〜
 クリスマスだから洒落た格好でデートをする。という感覚は、実のところ葛城昇悟(f256)にはあまりなかった。多分逢魔の初穂香帆流媛命こと穂乃香にも、あまりないだろう。
 そんな昇悟の思い込みは、単なる勘違いだった。自分の実家が禅寺でクリスマスをしたことがないからといって、現在巫女を職業にしている穂乃香もそうだと思ったのだが。
「巫女になってからクリスマスを祝ったことはなかったさかい、楽しみやわぁ」
 そんなことを言いながら、ペットの小ブタの首に赤と緑のリボンを巻いて、穂乃香は大変嬉しそうに店の扉をくぐっていた。
 おかげで彼は、小ブタの『ぽん』が店内を走り回らないようにしなくてはいけない。予約時に小ブタの入店許可は取ったが、条件は店内を勝手に歩かせないだから、どちらかが面倒を見ていなくてはならなかったが‥‥
「なんでこいつは、俺の頭にいつも」
「ぽんちゃん、昇悟はんの頭がほんにお気に入りやなぁ」
 会食中に帽子を被っている人はいても、ブタを乗せているのは珍しい。だが下ろせば走り回るので、昇悟は仕方なく頭に乗せていた。
「一週間だ。一週間待てば、本物のプレゼントを用意するから」
 そんな変わった食事中、ほんの弾みでプレゼントの話題になって、急に慌て出した彼に、穂乃香はかなり驚いた。
 別に恋人でもないのに、こんなところでプレゼントなんか渡せるかと思っている昇悟と、一週間後の誕生日プレゼントが一足早いディナーだと思っている穂乃香との間には、意思の疎通があっても‥‥完璧ではない。
 そんな二人を、ぽんが見下ろしていた。

●温泉前の策謀? 〜竜子とラーガ〜
 この時期に騒動を起こしても人々の落胆を誘うだけ。いっそ御自分もお休みになられてはいかがでしょうと、逢魔ラーガに勧められた冴闇竜子(d010)はクリスマスディナーを予約した。もちろんラーガの分もだ。
 それだけのことで、ラーガが彼女スーツ、自分には真紅のイブニングドレスを用意したときには、何が起きるかと思ったが。まあ、参謀役を喜ばせることが出来たようだと、竜子もエスコートに神経を使うことにする。
 ただし、いつ、どこへ行ったところで、竜子がアルコール、この日はブランデーを楽しみながら、熱弁を振るうことに変わりはない。いかに神帝軍を倒して、自分が世界を手に入れるか、だ。
 この日はさすがに、それだけではなかった。
「クリスチャンでくとも、プレゼントをな」
 他になかなかこうした機会もないしと、竜子が取り出したのは布張りの長方形の箱だ。彼女はそれをラーガに手渡さず、その前で開いてみせた。中身はゴールドとプラチナにサファイアがあしらわれたネックレス。サファイアの鑑定書付きだ。
 首筋までほの赤く染めて嬉しがっているラーガを見て、竜子も随分と満足したらしい。店主に鏡を持ってくるよう頼んで、席を立った。ラーガの背後に回ると彼女がしていたネックレスを外して、自分が贈ったそれの留め金を、髪を挟まないよう注意しながら留めてやる。
 ドレスの色とは少々噛み合わないが、それでも頬を染めたままのラーガが竜子に差し出したのはカシミヤのセーターと温泉のペア宿泊券だった。温泉とは地味なと笑った竜子だが、行かないとは言わない。
 それから互いにグラスを傾けて、店を出る段になって‥‥竜子は、酔って足元の怪しくなったラーガの肩を、当然のように抱いて歩き始めた。

●魔皇の恩返し 〜きいろとアフタール〜
 先日のただ飯のご恩は早く返しておかないとと思っている橋本きいろ(a096)は、まずクリスマスディナーに臨んでいた。最終組を選んだのは、その後に機械類のメンテナンスで恩返しをする心積もりだからだ。
 そういう魔皇の性格は十二分に理解している逢魔アフタールは、きいろの『おいしいもの食べさせてあげる』という言葉の意味合いも、よくよく分かっていた。『味を覚えて、家でも作ってくれ』だ。思わずため息の漏れるアフタールだった。
 しかし味に煩いのと、料理の出来る知人達が常連の店の味は覚えて損はないと考えるあたり、彼はやはりナイトノワールである。
 けれども。
「あのね、二皿目のお野菜が色々重ねてあったやつ。あれが美味しかったんだけど、アフタールに教えてあげてくれない?」
 二人とも味も量も満足して、デザートのケーキに余ったアイスクリームも付けてもらってきいろが大満足で、アフタールも嬉しかったが、その後が問題だった。ただ飯恩返し中のきいろが、世間話の合間にあれこれ教えてやってくれと店主に持ちかけるのだ。挙げ句に。
「予約取れると思わなくて、誘うにもアフタールしかいないし。色々覚えてほしいなって」
 こう言われた彼は少々へこんだが、食事中のきいろがそれはもう楽しげで、また嬉しそうだったことを覚えていたので、嫌だとは言わなかった。
「美味しいものを、誰かと一緒に食べるのが一番のご馳走ですからね」
 後できいろに『ちゃんと覚えたか』と尋ねられたアフタールは、そう笑い返した。
 食事は一人でするものではないと思っている魔皇は、逢魔の言葉に頷いたが‥‥逢魔の大半が魔皇と一緒にいることだけで幸せだと言うことを忘れていた。

 誰かと一緒にいられる、しあわせ。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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