どらごにっくないと

カウンターカウンターカウンター

お正月、こう過ごしました。

  • 2008-06-30T16:26:47
  • 龍河流MS
【オープニング】
 年末最後の営業日、レストランバーKouでは、グレゴールのお客を二人迎えていた。一人は良く知っているし、何度か来たこともある須藤豊だが、もう一人はもうちょっと年配だ。四十代後半くらいで、いかにも生真面目なサラリーマン風のその人は、葉山正治と名乗った。職業は公務員だそうだ。
 これを脇で聞いていた店員のユキトが思ったのは、『グレゴールはどうして職業グレゴールだと名乗らないんだろう』ということだった。グレゴールがお仕事というのも嫌な話だが、本来はそのくらいの時間を割いて活動するものなのではないだろうか。と、ユキトはさすがに怖くて聞けない。
 ましてや店主の安村幸恵は、葉山から先日承ったケーキの代金で追及されているところだ。同様の疑問を抱いても、尋ねている場合ではない。
「ですから、こちらの見積書と請求書の差額五万円の理由をご説明いただけませんか。理由もなしに、こんな値引きはこちらも受けかねます」
「先月末にお客様でたいそう太っ腹な方がいらして、クリスマスには他のお客様にサービスしてあげてくださいと、たくさんチップを下さったんです。せっかくのお気持ちなので、たくさんの人に喜ばれるものにつぎ込もうと思って」
 全額値引きに充ててみました。そう断言した幸恵の横で、ユキトも頷いたものだから、葉山もようやく納得したらしい。それでいいのならと、用意してきた封筒から現金を取り出した。彼と幸恵の間で領収書や支払い明細が取り交わされて、ケーキの件はおしまいになる。
 でも二人のグレゴールは、もう一つの用件でも幸恵に話があった。
「うちの最年少で、犬塚瑠璃亜って八才の女の子がいるんだけどね。幸恵さん、正月は実家?」
「そう。このユキトも実家に帰るし、来年の営業は五日から。テンプルムは年中無休?」
「交代で詰めるので、休みなし。俺、二日は空いてるんだけど」
 いいから用件を言え。幸恵にすげなく急かされた須藤は、彼女の実家にルリアが寄宿するのでよろしくと、端的に告げた。
 後は、葉山が補足する。

 さてテンプルムでは、最年長グレゴールの辺見鶴代が、バイオリン奏者の津村裕香とテンプルム詰め日を交代を相談していた。鶴代の二日と、裕香の元旦を取り替えたいのだ。
「うれしいぃ。うちの親ぁ、グレゴールで忙しいならぁ、こっちが出掛けるわよぉって、山形からぁ、出てくるんですよぉ」
「あらまあ、じゃあ元旦は一緒のほうがいいものね。私のところは、二日に子供達が孫と一緒に来るのが恒例だから、交代してもらえて有り難いわ」
 一番上の孫は来年中学生だと鶴代が言うのを聞いた裕香は、しばらくぽかんと口を開いていたが、算数の結果でちょっと落ち着いたらしい。還暦前に孫がいる人など、けして珍しくない。それが長じれば、鶴代の年齢でも中学生の孫になる。
 ともかくも、お互いに家族とのんびり過ごす算段がついた彼女達は、スケジュール管理担当のところに、交代を届出に行った。

 その翌日、茨城の某所では。
「お母さんっ、お兄ちゃんがすごいもの持って帰ってきたっ」
 ユキトがごくごく普通のマンションで、家族に出迎えられていた。お土産を開けて叫んだ妹の傍らでは、弟が幸恵の作ってくれたお惣菜をつまみ食いしている。ユキトもおなかがすいていたので、一緒になってつまみ食いに参加し‥‥
 お茶の用意をしてきた母親に、まとめて怒られた。
「さすがに本職の方は、彩りが違うわね。せっかくだから、お父さんが帰ってくるまでこのままお重に詰めておきましょう」
「いーよなー、魔皇さま。俺、まだ一度も会ったことないぜ、幸恵さん」
 来年になったら、店に来ればと呑気に答えたユキトに、母親が休みはいつまでかと訊いた。営業が五日で、前日から仕込などがあるから、余裕を見て三日の夕方に横浜に戻る。そう彼が幸恵と相談したスケジュールを告げると‥‥
「一週間も魔皇様と離れるなんて罰当たりな。もっと早く帰らなくていいの」
「でもあちらの家族団らんを邪魔したらいけないし。サチエさん、ぼくが戻ったら気を使うから」
 こんなにお土産持たせてくれるんだからそうかも。そう双子の弟妹は納得したが、母親は魔皇様に気遣われるなんて申し訳ないとぶつぶつ呟いた後、旅行代理店に行くと突然出掛けていった。
 そうして、父親も帰ってきた夕飯時。
「二日のホテルが三人分空いてたから、駅伝を見に行きましょう。もちろん横浜よ」
 これで長男を早く横浜に戻せると意気込んだ母親に、父親が賛同して‥‥五人家族の伊藤家は、一月二日から横浜に出掛けることになった。ホテルが取れていない二人分は、息子達がカラオケボックスでもなんでも行けばいいということになっている。
 さすがにそれは嫌なので、ユキトはせっせと幸恵にメールを打つことにした。

 お正月も、忙しい人はたくさんいる。


【本文】
●お正月って、おいしい?
 新年を迎えた某会社では、年末と変わらぬ光景が繰り広げられていた。つまりは年末進行がずれ込んで、社員が泣いたり怒ったりしながら仕事を続けている。そんな光景だ。
 その中の一人の佐崎郁恵(h145)は、逢魔の紫良と共にパソコンの前に座り続けて何時間目かである。しかしながら彼女達は、着た切り雀の男性社員に比べて、よほどおしゃれだった。単に洗濯の行き届いたシャツにスーツ、またはジャケットを羽織っているだけで大違いと言うのは、悲しいものもあるが。
 ちなみに社内は紫良が次々流すCD音楽がかかりっぱなし。曲種は色々だが、正月色は徹底的に排除されていた。下手に元旦だと思い出されて、里心がついては困るのだ。
 だから昼に郁恵が作ったのも、単なる味噌煮込みうどんだった。しかも給湯室でノートパソコン抱えての調理である。遠距離恋愛中の相手が見たら‥‥郁恵らしいと苦笑するのだろうか。はてさて。
「あの靴、履けるのは連休の頃だろうなぁ。おせちの前に七草粥かも」
 クリスマスに貰ったヒールのことを考えながらも、手は動いてキーボードを叩いている。そういう生活の郁恵に休む暇などあるはずもなく、作った味噌煮込みうどんを配膳する間にも、他の社員を叱咤激励したり、仮眠に回したりしていた。
 紫良は黙々とうどんをすすりながら、やっぱり作業を続けている。たまに立ち上がってストレッチして、また仕事。
 やがて夜になると、彼女達は昼間の改まった服装をジーンズなどのカジュアルなものに変え、化粧を落として‥‥やっぱり仕事。
 彼女達の唯一の幸いは、寝不足でどんなに肌荒れしても、人化を解いたらリセット出来てしまうこと‥‥くらいだろう。

●初詣でに行こう!
 元旦の早朝。逢魔の氷后が楽しみにしているからと、瀬崎観雪(d330)は四時起きを敢行した。もちろんおせちとお雑煮のためだ。
 この時間、コウは羽根布団に包まって幸せそうに寝入っていた。逢魔といっても六歳児、寝ていて当然だ。
 そのコウの布団を寒くないよう直してやって、観雪は石油ストーブの火を点けた。まずは上にやかんを置いて、乾燥対策だ。後ほど餅を焼くが、それはコウが起きてから。
 あまり音をさせないように、彼女はテーブルにお重を広げた。祖母に習ったことを書き留めたノートを出して、彩りと風習を吟味して料理を盛り付けていく。しかもお重は二組あった。一つは慶事用の風呂敷に包んでおく。
 それから雑煮の具の準備。これは下ごしらえも済んでいたからすぐ終わり‥‥時間はまだ夜明け前だ。このところ観雪があまり持てないでいた、読書の時間となる。
 コウが起こされたのは八時。途端に家の中は賑やかになった。餅は二つだの、これからどこに行くの、初詣でのお願い事はどうするの。コウが一人で観雪の分もしゃべっているような騒ぎだが‥‥これはいつものこと。
 お雑煮を食べて、餅にむせながらも美味しいを連発して、挙げ句に立ち上がっての美味しい宣言では箸であらぬ方を指したので‥‥
「いってぇ〜」
 デコピン三連発を食らったコウだった。
 その後、観雪が妹にお節を分けるのとあわせて、二人は初詣でに出掛け、コウは月並みだと思いつつ『観雪ねーちゃんやみんなとずっと一緒にいられますように』と願った。これから楽しい、仲間との新年会もある。
 観雪はそんな彼を連れて、家内安全と必勝祈願のお守りを買い‥‥何事かとコウの目をみはらせていた。

●初詣でに行こう! その弐
 正月に玄関に日の丸を飾る家は少なくない。しかし大きな×印の旗を立てるところは、藤宮深雪(i013)宅以外には滅多にないだろう。
 しかしながら縁起ものだと信じる旗を立てた深雪はご満悦で、同じアパートの皆に年始の挨拶をしてから、逢魔の鳴神を連れて初詣でに出掛けることにした。朝からおせち料理を食い散らかし、お神酒と称して日本酒をかっくらっていた鳴神にしたら迷惑な話だ。しかし神社には巫女がいるはずだと思い直して、愛用のカメラ片手に出掛けることにした。
 深雪は鳴神の心中など知らず、ご満悦度を上げて神社を目指していた。

 里帰りしていた逢魔を迎えに出たついでに、初詣でと本年初外食も済ませよう。そう決めたのは栄神春日(g978)で、双子の兄の朔夜(h299)は財布の中身を確認してから頷いた。
 朔夜の逢魔ヴェスパーは、年末は餅つきとそば打ちの手伝いを楽しんでいた。その上初詣でなので、今度は屋台を覗くのに忙しい。さっきまでは、春日が振袖を着たのが珍しくてついて歩いていたのだが‥‥久し振りに戻ってきた春日の逢魔ルシファーが面白くなさそうな顔をするので遠慮した。
 今はルシファーが春日にべったりくっついて、横浜桜木町の神社の階段を登っている。その後ろを朔夜、ヴェスパーは屋台でシシカバブを売っていたのに気を取られて、現在追いかけている最中だ。
 そのヴェスパーとルシファーの胸には、真新しいPHSが揺れている。お年玉代わりに朔夜と春日がくれたものだ。ストラップの飾りは、正月飾りも自分で作るジュエリーデザイナーの春日手作りだった。
 これが最近流行りの現在地追跡機能付きだとは、逢魔二人は思っていない。もちろん魔皇二人だって、万が一はぐれたときの用心程度で買ってみただけである。一応は、神帝軍も警戒していなくはないけれど。
 まあ、無事に初詣でが終わればよい。
 でも、社務所の前から、こちらに向けて手を振る鳴神の姿を認めた朔夜は、平穏無事な正月が終わったことも理解せざる得なかった。
「や。おめでとー。写真撮ろうぜ」
「春日さん、今年もよろしくお願いします。えと、こちら‥‥」
「兄の朔夜とヴェスパーだ」
 略式の挨拶に写真のお誘いと、普通の挨拶に初対面の自己紹介、いつも通りに偉そうな家族紹介をまとめて聞いて、朔夜は溜め息を吐いている。ヴェスパーはカメラに興味津々だが、鳴神は基本的に女性にだけ愛想を振りまいていた。深雪と春日は極々普通の新年らしい会話だが、ルシファーが激しく人見知りしているので、あまり会話が弾まないらしい。
 たまたま出会ってしまった彼らは、それでもとりあえずは記念撮影をすることにした。鳴神は振袖姿の春日に執心だが、深雪がたしなめてくれて多分ちゃんとした集合写真になったことだろう。
 で‥‥これからは。
「飲むのか。おまえ好みの酒があって、子供二人が満足するメニューが出て、こちらの二人もOKな店が、どこにあるんだ」
「駅の反対側に出ればいくらでも。どこかリクエストはあるか?」
 ルシファーはこういうとき、率先して希望は述べない。だがヴェスパーはお正月らしい料理がいいと主張し、深雪は食事ではないがサッカーの横浜チームユニフォームを買うのだと言った。
「それは土産かぁ?」
 鳴神の突っ込みは、今度は朔夜に諫められた。ついでによその晴れ着の娘さんを撮るのもだ。鳴神はせっかくのお参りを深雪に中断させられたのだからこのくらいと文句を垂れるが、延々三十分も祈っていたら、いくら諭吉先生のお札でも十分だろう。
 お願いの内容が『今年中に彼女が出来ますように(以下贅沢なお願い)』だったので、春日と朔夜、そして彼らに連れられた逢魔には無視された。彼は深雪のように、自分や友人の健康など祈る趣味はない。自分のだけなら祈ったけれど。なんにしても、みな、しらんぷり。
 それからまずは深雪の買物を済ませ、飲食店街に回ったが‥‥深雪は鳴神が、朔夜とヴェスパーとルシファーは春日が、飲み始めたらかなり飲む酒好きだと知っていた。知らざる得なかったというか、なんと言うかではある。
 当然朔夜と深雪は、財布の中身を心配する。朔夜は先程も確認したが、飲み仲間がいると妹の飲酒度合いが増加することも知っていた。
 結論。せっかくおせちもお雑煮も準備されているので、家に帰って宴会をする。そうしたらルシファーも少しは気が楽だし。
 そうして。
「俺はおさんどんじゃねぇっ」
 餅を焼いて楽しんでいるルシファーと、皿盛りにされたおせちをつついているヴェスパー、ビールから日本酒、焼酎とペースを上げている春日と鳴神、その横で飲酒の害を説いている深雪の世話を、朔夜が一人で担うことになった。彼の叫びなど、誰も聞いてはいない。それどころか、ヴェスパーはジュースがほしいと叫び返してきた。
 でも、さりげなく肴系の料理をおせちに組み込んだ朔夜にも、この騒ぎの原因は十二分にあるのだ。
 正月の栄神家は、とても賑やかだった。
「朔夜、お湯と梅干しと、あとほうじ茶ーっ」
「そのくらい、自分でやれっ。俺は忙しい!」
「けちけちしないで、くれよー」
 春日と鳴神の声に、深雪の悲鳴のような制止が重なるが、誰も台所には来ない。
 栄神家は、もうしばらく、賑やかなことだろう‥‥

●宴会をしよう! ただ酒で!!
 京都の某所にあるバー『花鳥風月』は、正月休みの真っ最中だ。けれども来客があって、夜霧澪(d021)は店を開けざる得なかった。日頃は彼が管理しているわけでもないのだが。
 とりあえずは来客のキャンベル・公星(b493)とその逢魔で手伝いを買って出てくれたスイ、仇野幽(a284)とその飲み友達安村幸恵の四名だ。スイは来客と言うより、店内備品などの見張り番であるが。
 本職の幸恵はいるがお客なので、本日は澪が料理の腕を振るった。家庭料理をちょっと気取らせたようなものだが、誰も文句は言わないから味もそれなりだろう。ただし水を傍らに、店内の酒を一種類ずつ味見中の幽と幸恵が、どこまで真面目に料理を味わっているかは不明。キャニーはワイングラス片手に、お姉様方の様子を眺めていた。
 カウンターの中、スイはすでに泣きの姿勢に入っていた。なにしろ本日のお客様は、澪の奢りと豪語して、自分は払う気がない。
 事件は、澪が気を利かせたつもりでキャニーのグラスにお酌して、そのまま幽と幸恵にも同じことをしようとしたときに起きた。
 まずは幽が、彼の手を払う。畳み掛けたのは幸恵だ。
「バーなら客に酌はしない。ホストじゃないんだから。親しい相手だけにしなさいね」
 ひくっと唇のあたりを引き釣らせた澪の表情に、幽が僅かに肩をすくめた。スイが今度は動悸を覚えている真ん前で、キャニーが珍しくも作法を無視してグラスを空けている。
「そういうものか?」
「そういうもんです」
「じゃあ、いつものあたしって、やっぱり幸恵とラブラブね。そろそろ日本酒にする?」
 交通費まで澪に請求した二人は、スイに日本酒のビンを取らせていた。確かに互いに酌などして、表面張力の限界に挑戦している姿は仲良しだ。ラブラブと認めるかどうかは、見る側の気分による。なにしろ女同士だし。
 この間にキャニーはそっと目の前に差し出されただけのワインを睨んで、自分が作った雑煮を食べながら、またグラスを空けている。手酌はともかく、ペースが早いと‥‥スイが指摘できるような状態ではない。
「これ、主催者。お客様はお雑煮が食べたい」
「仇野、二つでいいのか?」
「キャニーちゃんは食べてるの? ごめんね、せっかくの作ってくれたのを食べるの遅くて」
 二つだなと察して、澪はキャニーが差し入れてくれた白味噌仕立ての雑煮をよそおうとしたのだが‥‥当のキャニーがカウンター内に入り込んできて、おたまを横からかっさらった。盛り付けにはこだわりがあるようだ。
「花車でしたっけ? 素敵な振袖よね」
 それで給仕が出来るなんて着慣れてて良い感じと幸恵に誉められても、キャニーはしばらく黙っていた。顔が真赤なので、まさか酔い潰れる寸前かと幽が身を乗り出した途端に。
「世の中には腐るほど男がいるけど、私にとっては一人だけだわ。澪がどう思っても、この気持ちは変わらない。だから邪魔になったら、はっきり言ってね」
 当初きょとんとしていた澪が、『一生目の届かないところに消えてあげる』と言い切られて、無表情に黙り込んだ。突然のキャニーの豹変に驚いた幽と幸恵は、彼女の告白を最後まで聞いて‥‥首を傾げた。
「キャニーちゃん、それ後ろ向き」
「これ、一生賭けてやるくらい、好みの男?」
「幸恵、きつすぎ。本人そこよ」
 飲んで誤魔化しちゃえと、また飲み始めた二人は、澪とキャニーのことをほったらかした。そうして澪は、スイとキャニーに挟まれて、ほとんど睨まれている。
「そういえば、澪の好みはどうなのかしら」
 さすがにこの状況ではと、思わずだんまりを決め込んだ澪に、キャニーはこう宣言した。
「今度、改めて聞かせていただくわ」
 止めてほしいと、澪の表情が語ったかも知れない。でも酔っているキャニーは意に介さなかった。せっかくだから楽しく飲んでいるお姉様達に混ぜてもらおうと、カウンターから抜け出していく。
 ところが。
「今日? 実家にグレゴールが三人も来るんで、ちょっと逃げてきたの。ところでね」
「そりゃすごいわ。で、なに? 悩み事?」
「幽にはこんなに協力してもらって申し訳ないんだけど、あたしさー、どうも須藤豊に惚れた。マジ好み。どうしたらいいと思う?」
 幽が幸恵に拳骨を見舞っているところに出くわして、足を止める羽目になった。
 そうして、二人がどんな会話を続けるのだろうかと‥‥ついつい聞き耳を立てた。他人の恋愛模様を参考にしたいらしい。
 運の悪いことに、この後は幽が『馬鹿馬鹿』いうばかりで、ちっとも会話にならなかったのだが‥‥
 花鳥風月は、あんまり平和ではない騒ぎに満たされている。

 その頃。
「うわぁ、ユキトだっ」
 せっかくユキトにプレゼントするつもりで幽に作らせた野菜の教科書。野菜の写真に名前がついて、よく使われる料理名に、見た目の似た野菜の名前を列記、メモ欄も充実したそれを幸恵を経由してユキトに渡してもらえと言ったのに、幽に自宅に忘れられてふてくされていた逢魔の界は、突然の来客に驚きの声を上げていた。
「幸恵さんが電話で、忘れ物もらってこいって。あ、今年もよろしくお願いします」
「えと、こちらこそよろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げられた界は、自分もぺこりとお辞儀をする。
 こちらは花鳥風月と違って、平和だった。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『WT03アクスディア 〜神魔戦記〜/流伝の泉』で作成されたものです。
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