どらごにっくないと

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春は桜、桜の下には‥‥【花を愛でましょう】

  • 2008-08-11T00:47:34
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「春ですねぇ」
 麗らかで長閑な午後の空を見上げて、彼はぽつりと呟きを落とした。
 冷たく身を切るばかりだった風も穏やかになり、陽射しも暖かい。
「邪魔だから、退いて下さい」
 こつんと靴を突っつくモップに場所を譲り渡しながら、彼は再度呟く。
「春ですよ」
「そーですね」
 いちいち付き合っていては、いつまで経っても仕事が終わらない。それを身を持って知っているから、彼女の相槌も素っ気無い。
「セシル、そこが終わったら洗い物」
「はーい」
 やって来た無表情無愛想な女にも、彼は同じ事を話し掛けた。
「春ですね」
「もう4月だから」
 こちらもセシルと呼ばれた少女に負けず劣らずにあっさりと話を終わらせる。
 だが、彼はめげなかった。
「花見ですね」
 忙しく働く少女達を振り返ると、ほやほやとした笑顔で言った。
 ぴたりと、少女達の動きが止まった。
―ね、とか言ってますよ?
―しかも、疑問形じゃなくて、断定形だ
 こそこそと囁き交わされる少女達の会話を気に留める事なく、彼は話を進めていく。
「ここに来る途中、桜が綺麗に咲いていたんです。ですから、花見ですね」
「どうしてそうなる」
 尋ねた娘に、彼はきっぱり答えた。
「日本人だからです」
 瞬時に飛んだ裏手拳つきのツッコミは、見る者が見たら卒倒しかねない光景だった。
 だが、慣れた者にはいつもの事。
「誰が日本人だ、誰が」
 娘の裏手ツッコミを平然と受けて、彼はあははと笑う。
「私は、安曇慎一とゆー名前なんですよ?」
「そんな誰も覚えていないような偽名だけで日本人とか言うな」
 ふぅと額の汗を拭った娘に、まるで一試合終えた先輩にタオルを差し出す後輩のような甲斐甲斐しさで、セシルがお手拭を渡す。
「でね、皆でお弁当持って花見をするんです」
 そして、人の話をまるっきり聞いていない男が言った。
 こうなると、何を言っても無駄である事は、彼女達も分かっている。
「‥‥別にいいけど」
「わぁい! お花見だ〜!」
 手にしたモップを振り上げて、セシルはぴょんと跳ね上がって喜んだ。
 どうやら彼女は、直属の上司よりも、常日頃世話になっている娘の言葉に重きを置いているらしい。人、それを餌付けとも言うが、それはこの際横に置いておくとして。
 レプリカント‥‥逢魔の娘と、ファンタズマの少女の心温まる光景をにこにこと見守りつつ、彼は満足そうに茶を啜った。
「楽しみですねぇ」
「あ、そうだ」
 ツインテールを揺らして振り返ったセシルが、ぴしっと指を立てて上司に釘を刺す。
「折角のお花見なんですから、山田くんを洗っちゃ駄目ですよ?」
「‥‥なんだ、それは」
 怪訝そうに尋ねた娘に、男は片方の眉を器用にあげてみせた。
「おや? イレーネさんはご存知ない? 山田くんというのは、私の‥‥」
「それは知っている。だが、何故、洗うのが駄目なんだ?」
 その問いには、腕を組んだセシルが、口を尖らせて答えた。
「だって、アンデレ様が山田くんを洗った次の日って、必ず大雨が降るんですもの。雨で桜が散っちゃ、お花見の楽しさ激減って感じ?」
「‥‥というわけです」
 のほほんと笑った男の傍らで、セシルは元気よく手を挙げる。
「はいはーい! セシルは皆に回覧板まわしてきまーす!」
 モップも仕事も放り出して駆けだしたセシルを見送って、イレーネは視線を虚空に彷徨わせた。
「花見、無事に出来るといいな‥‥」
シナリオ傾向 ほのぼの、交流中心



【本文】
●危機一髪
「ふむ」
 よく晴れた春の日にやりたい事。
 暖かい縁側でお昼寝。
 のんびりまったりお散歩。
 お茶しながらおしゃべり。
 若い子達と食べ歩き。
 それから、やはり‥‥。
 神父服の両袖を捲り上げて、彼は相棒を見上げた。新東京は比較的安定しているけれど、相棒はまだまだ現役である。こういう穏やかな日ぐらい、彼を労ってあげても罰は当たるまい。
 ブラシや洗剤を突っ込んだバケツを手に取り、気合いを入れて、彼は足を踏み出した。
「ストップ」
「あいや、またれよ」
 同時に掛けられた2つの声に笑顔で振り返るよりも早く、両脇をがしりと掴まれ、ずるずると引き摺られていく。
「はて? どうかしましたか?」
「アンデレ‥‥大切な事を忘れていないか?」
 彼の右腕を抱えた速水連夜が、溜息と共にそう尋ねた。花見の場所取りをしながら、本業である探偵業務の報告書を作成しようと、書類一式を持って出かけた直後、見つけてしまったのだ。問題天使を。
 このまま見過ごすなど、彼には出来そうになかった。
「大切な事、ですか?」
「左様。大事な事でござる」
 連夜の反対側から、2mはあろうかという大男が重々しく頷く。御神楽永遠の逢魔、天舞である。明日の準備を整えている最中に、この光景に出くわしたらしい。
 彼もまた、連夜と同様に、お気楽権天使を野放しには出来なかったようだ。
「明日は花見。花見とくれば、男の役目は場所取りに決まっているだろ」
「はあ」
「そんな事も知らないで日本人の心を説くなんて、100年早い」
 反論の隙も与えずに捲し立て、連夜はアンデレを引っ立てていく。仮にも相手は神帝軍13使徒が1人、愛皇アンデレであるが、そんな事を気にしている場合ではない。
「今夜は、1番綺麗な桜の下で夜明かしだ。風流でいいぞ」
 適当に言いくるめ、連夜は天舞と視線を交わすと深くふかーく息を吐き出す。
 散りゆく花びらの中、趣に浸りつつ報告書を書くという予定が、男3人、むさ苦しく花見酒となりそうだ。それも運命と潔く諦めて、連夜はアンデレを引き摺り、山田くんの駐機場を後にした。

●今、ここにある幸せ
 微風快晴。花見日和。
「んん〜! 日本晴れって感じよね! 帰って来たって気がするわ」
 3年間に及ぶ長期出張から戻って来たばかりの仇野幽は、気持ち良さそうに目を細めた。
 空を見上げれば、青い空を背景に薄いピンクの花びらがはらはらと舞っている。毎年、当たり前だった光景が、こんなにも懐かしく慕わしい。
 1人微笑むと、幽は胸いっぱいに春の空気を吸い込む。
 そんな幽と同じく、綺麗に晴れ渡った空を感慨深く見上げていたのは永遠だ。
 この3年の間に好き合った相手と結ばれた彼女が想うのは、やはり最愛の夫の事。今、隣にいて欲しいと思う相手がいない。それが無性に寂しい。
 小さく漏らした永遠の吐息に気付いた幽が、彼女の肩に手を回す。
「駄目よ、永遠ちゃん。折角のお花見なのに。笑って笑って」
 だが、幽に返された微笑みはどこか儚い。何が彼女の表情を曇らせているのかは追及せずに、幽は敷かれた茣蓙の隅っこで既に燃え尽きている男3人を視線で示して、小声で囁く。
「このお花見企画を守り抜いた彼らの苦労に報いる為にも、私達が楽しまなくちゃね」
 魂が口から抜け出している男達に目を留めて、永遠ははい、と小さく、だがはっきりと頷いた。
「永遠ちゃんが楽しんでるなら、彼らも頑張った甲斐があるってものよ?」
 ぽん、と軽く永遠の肩を叩いて、幽は人の合間に見え隠れする男に目を留めた。
 獲物を見つけた猫さながらに目を輝かせ、足音を殺して、幽は女性を連れた男性の背後へと忍び寄る。
「時間って残酷よね。あんなに愛し合っていた2人が、こんなにあっさりと終わってしまうなんて」
 硬直した相手に、更に言葉を続ける。何かに耐え、感情を抑えたような声で。
「信じてた‥‥でも、信じている間、私は幸せだった。ううん、いいの!」
 相手の男が何か言いかけるのを遮って、幽は目元を押さえる。
「ありがとう。幸せになってねーーーーっ!」
 泣き(真似)ながら走り去って行く幽と、混乱と動揺のあまり、ただ立ち尽くすしか出来ない男とを眺めていた永遠は、ついと空を見上げた。
 桜の花びらを乗せた風が、さらさらと永遠の髪を揺らす。
「何事もなく過ごすこの日々が幸せ‥‥。そうですわね。まだ分からぬ先を憂うよりも、今はこの幸せに感謝致しましょう。ええ、今は」

●これも、きっと
「んや? なんかあっちが騒がしいねぇ」
 何杯目か分からない酒を飲み干して、山田ヨネは傍らで肉を焼いているキャンベル・公星に尋ねた。吐く息が大分酒臭くなっているところをみると、ヨネさん、かなりお酒を召しているようだ。大きなお腹を抱えた逢魔のマーリが、ハラハラとしながら魔皇の口元と水コップとの間に視線を往復させている。
 問われたキャニーはと言えば、ちらりと冷たい一瞥をそちらに投げて、さぁと愛想無く答えるだけだ。彼女らしからぬ素振りに、ヨネは、ははんと訳知り顔で頷いた。
「先生様はまだお戻りじゃないんだね?」
「‥‥私は別に‥‥」
 自分がどんな顔をしていたのか気付いたのだろう。
 顔を赤らめ、キャニーは小声で付け足した。
「リューヤ様は素っ気ないように見えて、とても優しくして下さいます」
「でも、なかなか家に居着かないんだね」
「い‥‥忙しい方ですから。でも、ちゃんと毎日連絡して下さいますし!」
 アンデレの腹心たる大天使を夫としたキャニーは色々と気苦労が絶えないようだ。そして、そんな彼女の逢魔、スイもキャニーを気遣い、紙皿に取り分けた羊肉を手にオロオロしている。
 似た境遇の逢魔2人は、互いを労り合うように視線を交わした。
「全く。可愛い嫁さんをほったらかすなんて、とんでもない男だよ。今度会ったら、アタシがきっちりと言い聞かせてあげるからね!」
「ヨネ様!」
 慌ててマーリは魔皇の口を塞ぐ。
「遅れてすまない」
 落ちた影と、聞き慣れた声に、キャニーは信じられない思いで後ろを振り返った。
 余程慌てて来たのだろう。いつもは一分の乱れもないスーツの襟元ははだけられ、整髪料で纏められているはずの髪も額に落ちている。
「リューヤ様‥‥」
 桜の木の下には、人の想いが詰まっている。
 宴の前、キャニーはそう語った。
 喜びや希望、夢や哀しみ。
 そんな人の想いを吸って、桜は色づき、散って行くのだと。
 今、キャニーの想いも桜の木に託された。
 愛と願いと、少しばかりの寂しさと切なさがひらひら、ひらひらと舞う花びらに乗って流れていく。今、この時から未来へ。
「ところで、キャニー」
 瞳を潤ませた妻に、彼は真剣な表情でにじり寄った。
「はい?」
 一体何事かと、ジンギスカン鍋で焦げかけた肉を裏返したスイが手を止めて2人を見つめた。おお、と声を上げて生唾を飲んだヨネを、マーリは諦め顔で窘めてみる。聞きいれられない事は分かってはいたが。
「あっちで挑戦を受けた。一緒に参戦してくれ」
 ぱきりと響いた小さな音に気付いたのは、近くにいたスイだけだった。
「あちら?」
「うむ。挑んで来る者がいる限り、私はそれを受けねばならない!」
 おもむろに、キャニーは肩にかかる黒髪を払った。髪の毛に絡んでいた花びらが1枚、引き剥がされて飛んでいく。
「そう‥‥。ええ、そうですわね」
 婉然と微笑んで、キャニーはリューヤの腕に腕を絡めた。
 ぽっきりと折られて投げ捨てられた箸に、額を押さえたスイが呻く。
「ブラック降臨かい。久々だねぇ」
 触らぬ神に祟りなしと、マーリを伴ってさっさと移動を始めたヨネと、リューヤを引きずるようにして去って行くキャニーに、只一人残されたスイは、がくりとその場に膝をついた。

●3年めの‥‥
 突然賑やかになった雰囲気に、グラスを傾けていた夜霧澪はふと顔を上げた。
 舞い散る花びらを肴に、しばし静かな時間を堪能していた澪であったが、こうも騒がしくなってはそうも言っていられない。
 浮かぬ溜息を漏らして、澪はグラスに残っていた酒を煽る。
「やれやれ。一時だけでも、この静寂に酔っていたかったが」
「澪さぁぁぁん? 聞いていらっしゃいましたぁぁぁ?」
 ぜぇはぁと息を切らしている逢魔小百合に、澪は目を瞬かせた。
「‥‥いたのか、サリー」
「ずっと! さっきからいましたっ」
 澪さん、ひどいですッ!
 ぷんすかと怒りながら抗議してくるサリーの言葉は、澪の右の耳から左の耳へと抜けていくのかもしれない。反応を返してくれない相手に、サリーが半ば諦めかけた時、澪が急に立ち上がった。
「澪さん?」
 嬉しそうに顔を上げたサリーは、隣にいたはずの主が1人の女性に歩み寄る姿を目撃してしまった。
「‥‥元気そうだな」
「貴方もお変わりなさそうですね」
 視線を交わし、微笑み合う男女の間に何やら親密そうな空気が流れているような気がするのは、サリーの思い過ごしだろうか。
「み‥‥美穂しゃん‥‥」
 かつて、主と浮き名を流した相手(サリー認識)だ。思わぬライバルの登場に、頬を膨らませたサリーへの助っ人は、思いもかけない所から現れた。
「ちょっと、澪! 3年振りに会った私には何の挨拶もなし?」
 サリーの肩を抱きつつ、澪を一喝したのは幽。小さくサリーにウインクして、びしりと澪に指を突きつける。
「相変わらずの愛想無しね! 面倒見てるサリーちゃんに感心するわよ、私は」
「幽おねーさま!」
 感極まり、憧れと感動の眼差しでサリーが幽を見上げたその時に、爆弾が落とされた。
「久しぶりだな、仇野。‥‥しばらく見ないうちに老けたな」
 春の長閑けき空気さえも凍り付いたかの心地がした。
 後に、この日の事をサリーはそう語った。
 だがしかし、彼女は決して多くを語ろうとはしなかった。

●尊い犠牲
 は、と意識を取り戻した連夜は、油断なく身構えて周囲を見渡した。
 いつの間にか魂が抜けていたらしい。
 置かれている状況を把握しようと努める連夜は、傍らですぴょすぴょと幸せそうに眠っている神父を見つけて頭を抱える。
「おや、起きたのかい」
「残念ですわね。折角の肴でしたのに」
 ヨネと永遠の他愛ない会話が恐ろしく聞こえてしまうのは何故だろう。ついでに、ヨネの手にあるマジックペン(油性)は何だろう。
 更には、彼らの前で繰り広げられている異種混合演奏会と、日本古来の宴会芸は何事だろう。
 しかも、その向こうが焦土と化しているように見えるのは目の錯覚だろうか。
「‥‥一体、何が起きたというんだ」
 落ち着け、落ち着くんだと自分に言い聞かせる。
 深呼吸して、目を閉じた。聞こえて来る雑音を集中力をもって意識から閉め出し、考えを纏める。確か、自分は花見の場所取りをしていたはずだ。
 報告書の作成は早々に諦めて、アンデレが問題を起こさないように目を光らせていた。
 何しろ、この権天使、コギャル言葉を使いこなし、怪しげなギャル文字にまで精通している強者である。油断をすると、すぐに若い連中と意気投合してカラオケやクラブへのお誘いを受けるのだ。
「その後、確か、天舞と一緒に酒を勧めたんだった」
 夜桜を見つつ、風流な花見酒だったと記憶している。
 最初は。
 しかし、途中でその記憶が途絶えていた。
「魔皇を酔い潰すとは、さすがだな‥‥。アンデレ」
 桜の下の宴会で気分が良かった事もあり、酔うに任せた自分にも問題はあったかもしれない。だがしかし。
 そこまで考えて、連夜ははたと気付いた。
「そういえば、影月はどこへ行ったんだろう」
 まあ、どうでもいいが。
 浮かんだ疑問をあっさりと思考の隅っこへ押し遣って、連夜は、ヨネが勧めてくる酒にコップを差し出した。

●天気のよい日には
「‥‥何やら今日は静かでございますねぇ」
 まるで日曜のオフィス街だ。がらんと静まり返った周囲に首を傾げながら、影月は主たる連夜の姿を探して歩いていた。
「あの御方は、わたくしめがお側についていないと駄目な方ですからねぇ。それに、すぐお仕事をサボられますし」
 主が居ないのを良い事に、ある事ない事を呟いてみる。たまにはこんな日も良いものだ。天気は良いし、風も冷たくはない。気分よく、鼻歌など口ずさんで建物の角を紛った影月は、ふとその足を止めた。
「おや? これは一体何でございましょうか」
 洗車ブラシ。
 少し向こうには、メタリック車専用洗車洗剤とワックス。そして、バケツが転がっている。
「‥‥はて?」
 点々と散らばる洗車セット一式を辿った先に、人の形をしたモノがぽつんと佇んでいる。影月も良く知るモノに似て異なるソレは‥‥。
「おや、山田君ではございませんか」
 しばし考えた後、影月は拾い集めた洗車道具を手にソレに近づき、そして‥‥。
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『神魔創世記 アクスディアEXceed/デビルズネットワーク』で作成されたものです。
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