どらごにっくないと

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【影の国】見えざる敵

  • 2008-08-11T23:01:33
  • 桜紫苑MS
【オープニング】
「さて、私も色々と忙しい身なのでね、早速本題に入らせて貰うよ」
 顔にかかる髪をさらりと掻き上げて、彼は言った。
 グレゴール刑事、狸小路公彦の上司にあたる男で、名をマティアスという。
「本題はいいが、ここを指定した理由を聞かせて貰おうか」
 京都御所に程近い場所に設けられたGDHP京都支部、その駐車場に20時、時間厳守のこと。
 彼らに届けられたメッセージには、ただそれだけが記されているだけだった。差し出し人の名前すらないカードからは、微かに甘い香りが漂っていて‥‥。
「おかしな事を尋ねるね。ここじゃ不満かな?」
「‥‥っ!」
 この男に、待っている間の居心地の悪さを説明しても無駄だろう。だから、拳を握り締めて言葉を飲み込んだ。
「職員もほとんど帰ってしまったからね」
「ついさっき、一斉にな」
 頷く男の表情に、魔皇の1人が眉を寄せた。
「まさか‥‥」
「この辺りは、うちに割り当てられていてね」
 その言葉に納得する。彼の部署に割り当てられた駐車場、使っているのは彼の部下達ばかりだ。
「あまり人に聞かれたくない話だったものでね」
 さらりと続けた彼に、僅かな脱力感を感じながらも魔皇達は居住まいを正した。わざわざ、他者を排除した空間を作って魔皇達を招集するぐらいだ。よほどの事が起きたのだろう。
「まず、彼女を紹介しよう。蝶野流歌さん。京都メガテンプルムのシステム管理に従事している」
 マティアスの傍らに立っていた女性が、小さく頭を下げた。
「メガテンプルムの?」
 まじまじと見つめると、流歌は居心地悪そうに身動ぎ、俯いてしまった。どうやらひどく内気な女性のようだ。
「今日の早朝、メガテンプルムのコンピュータにハッキングをかける者が現れてね。いち早くそれに気付いた彼女が防御プログラムを走らせて大事には至らなかったんだけど」
 マティアスは声を潜めた。
「ハッカーを撃退した彼女は、ハッキングの経路を辿ってハッカーを追いかけた。そして、ハッキングに使われたであろうパソコンを見つけた」
「は?」
 そんなに簡単に見つかるものだろうか。
 肩を竦め、彼は魔皇達の疑問を見透かしたように言葉を続ける。
「勿論、本来はそんなに簡単に突き止める事は出来ない。ただ、今回の場合は、ハッカーが残した足跡‥‥情報が多かったそうで、そこから特定したらしい」
 ますます身を縮こませた流歌の肩を軽く叩き、彼は魔皇達を見回した。
「だが、そのパソコンのある場所が問題でね。繁華街から一本外れた、ちょっと寂しい通りにあるビルの2階、とある特殊な職業の方々の事務所なんだけど」
 あー、と魔皇達は天を仰いだ。
 新たな秩序が生まれても、旧態依然とした独自のルールで街を闊歩する者達は多い。
 彼らは公的機関の干渉を嫌い、自分達のテリトリーを守る為には衝突も厭わない。
「厄介だな」
「そう、厄介なんだよ。事が事だけにね、我々が動いている事を知られたくないし」
「? メガテンプルムへのハッキングは公に出来ないのか?」
 国家組織でさえハッキング被害に遭う事もあるのだ。別に隠す必要もないと思うのだが、どうやら今回は事情が違うらしい。
 互いに顔を見合わせて、魔皇達は彼の言葉を待った。
「ハッカーがアクセスしようとしていたのはね、大天使リューヤが研究していたルチルについてのデータなんだ。そして、簡単に特定される程シロウトなのに、厳重に防御されているメガテンプルムのコンピュータに入り込み、他のものには見向きもしないで、ルチルの研究データだけを狙っている‥‥」
「確かに奇妙な話だな」
 プロのようでもあり、シロウトのようでもある。
 しかも、一般人には関係のないルチルのデータを狙ったという。
「くわえて、問題のビルの周辺では、最近、野良サーバントが増えている。そこで、君達の出番だ。そのビルに赴き、ハイテク犯罪に使われた可能性があるパソコンを押収して欲しい。パソコンの特定は、この蝶野くんが同行して行う。それからー」
 彼は数冊の手帳を魔皇達へと差し出した。
「我々の預かり知らない所で、『何か』を発見しても構わないよ」
 にっこりと微笑んだ男に苦笑しながら、魔皇達はそれぞれにその手帳を受け取った。



【本文】
●来訪者
 さて、どうするか。
 穏やかな笑みを貼り付けた裏側で、彼は思案した。
 目の前に座る3人の男女、更にはその背後に控える2人の娘。女達は、髪の色とかの見た目はともかく、絶滅の危機に瀕している大和撫子の楚々とした雰囲気を醸している。男はといえば、眼鏡をかけた大人しげな優男だ。到底、鉄砲玉には見えない。
「で、ご用件は何で‥‥」
「あら、美味しい」
 出された茶を一口含んだ和装の女が、唐突に声をあげた。
「あなた、お茶をいれるのがお上手ね。きっと、良いお婿さんになりますわ」
「は、はぁ」
 盆を手にした下っ端が、戸惑っている。助けを求めるようなその視線に、彼は息をつく。
「入ったばかりの若い者には、礼儀作法から茶の入れ方、飯の作り方までみっちり教え込んでますから。で、突」
「素敵。お義母さまにも気に入られますわね」
「‥‥は‥‥ぁ」
 言葉を遮って下っ端に話しかけた女に、彼のこめかみが引き攣った。
 怒鳴りそうになるのを何とか押し止める。相手が何者かまだ分からない。この事務所を仕切る者として、こちらから手を出すわけにはいかないのだ。
 いきり立つ者達を視線で制して、彼は笑顔を作った。
「では、コイツはお嬢さんが貰ってやって下さい。で、本日のご来訪は如何なご用で?」
 それまで腕を組み、黙りこくっていた優男が小さく笑ったように見えた。
 目を細め、彼は静かに口を開く。
「さて、何かおかしい事でも?」
 声に冷たいものが混じる。これぐらいの脅しならば、何の問題もない。彼の口調の変化を敏感に感じ取った部下達が、じりと立ち位置を変える。
 不穏な気配が増した室内に動じる事なく、優男は軽く眼鏡のフレームを押し上げた。
「いや、ただ残念だと思っただけだ」
「残念?」
 優男の視線が彼を射抜いた。
 本能が警告を告げる。その正体も分からない焦りと不安に苛立ちながらも、彼はそれを押し隠して真っ直ぐに見返す。その不安を認める事は、事務所を任された者、部下達を纏める統括者としての責任と自尊心が許さなかったのだ。
「ああ、この美人は人妻だから」
 人妻、と鸚鵡返しに繰り返して、その意味する所を探る。
 考え込んだのは僅かの間だった。
「は、はは‥‥。私も冗談のつもりで申し上げた事ですから」
 強張る顔の筋肉を無理矢理に動かして笑みを作った彼に、優男は懐から取り出した手帳を見せる。
「俺達は、こういう者だ」
 ぐ、と息を詰めてしまう。
 苛立った所を突いて来るとは、なかなかやる。
 忌々しそうに舌打ちした彼を無視して、男は背後に立つ女から渡された書類を淡々と読み上げ始めた。
「ふむ。なるほどな。最近はコンビニからもみかじめを取ってるのか。年末の寄せ植えも去年より多く仕入れてるらしいし、‥‥よほど金に困っているのか、それとも近々金が入り用になるのか‥‥」
「てめぇには関係のない事だ」
 吐き捨てた言葉に、男はに、と笑った。
「涼霞」
「はい。‥‥金銭に関してはクラブ等の売り上げ、その他非合法な稼ぎも含めて二割増しといった所でしょうか。しかし、最近になって、その一部がどこかに流れた形跡があります。流れた先を出来る所まで追跡した結果、某国の‥‥」
「お嬢ちゃん」
 涼霞と呼ばれた女は、ゆっくりと彼に向き直る。恐れも怯えもない、まっすぐな視線を向けて来る女に、彼は低い声で恫喝した。
「それ以上喋ると、こっちも笑って帰すわけにはいかなくなるんだが」
「‥‥とまあ、ここまでは俺達の雇い主も知っている話だが」
 彼と女との間に割って入った男が、肘を突く。
「俺達独自の情報網があってな。聞いた事があるだろう? あらゆる情報が集まって来るという、流伝の泉の話は。で、さっきの話の先も、泉に流れて来ていたわけだ。勿論、まだ雇い主には話していないが」
 窺い見る男の顔に浮かぶ笑みが不気味なものに見えた。
 確かに、流伝の泉の話は聞いた事がある。伝という存在が、その泉に流れてくる情報を拾い上げるとかなんとか‥‥。しかし、本当に自分達が秘密裏に進めている内容まで伝わっているものなのだろうか。
「そこで、だ。ここはギブ・アンド・テイクでいくというのはどうだ?」
「警察の代行が、俺達と取引しようっていうのか」
 すっかり地が出てしまっていたが、そんな事はもうどうでもいい。
 彼の言葉に、男は眉を跳ね上げた。
「確かに、俺達は警察代行でここに来ている。だが、それは今回の雇い主が警察だったって事だけだ。別に義理立てする必要はない。ただ、俺達は俺達に与えられた仕事を完遂出来ればいいのさ」
 睨みつける視線を真正面から受けて、彼はゆっくりと息を吐き出した。

●攻防
 要件を切り出した野乃宮美凪に、「所長」という肩書きを持った男は2、3回瞬きを繰り返す。厳つい男が見せる、きょとんとした表情に背後に控えていたスイがくすりと笑う。
 事務所に入ってからずっと、彼を観察していたキャンベル・公星は、そんな男の様子を演技ではないと判じた。
「ですが、まだ無関係であるとは限りませんね」
 小さく呟いて、キャニーはそっと周囲を見回した。
 何人かの社員‥‥構成員が不穏な空気を漂わせながらこちらを窺っている。事務所自体は、そう大きなものではない。彼女達がいる応接セットと、事務机が2つ。机の上には電話と灰皿、そして書類や雑誌が乱雑に置かれている。部屋の片隅には造り付けのキッチン。先ほどの茶は、ここで煎れたものだ。
 おかしい。ここで事務的な仕事を片付けている形跡があるのに、パソコンがない。
 キャニーは傍らの美凪と目を見交わし、頷き合った。
 部屋の奥に、ドアがある。
 流伝の泉のはったりが効いているうちに、あのドアの向こうを調べなければならない。
「とにかく、だ。ここのパソコンがハイテク犯罪に使われた可能性があるから調べてこいというのが、雇い主からの依頼でな。ちょっと見せてくれないか」
「見せるのは構わねぇが‥‥」
 アニキ、と諫める構成員に、彼は豪快に笑ってみせた。
「なに、俺達はパソコンで悪企みが出来るほど詳しかねぇ。あるとしたら、こいつらも知ってる集金先と収支の明細ぐらいだ」
 ソファから立ち上がり、彼は美凪達を手招いた。
「こっちだ」
 自らがドアを開けて、彼らを中へと招き入れる。
「あっ」
 中にいた若い構成員が、慌てて立ち上がった。その背に隠したものは、彼らが探していたパソコンだ。
「何を隠そうとしているのかしら?」
 目敏く見咎めたキャニーがつかつかと歩み寄る。
「私達に見られてはマズイものでもあるのかしら?」
「べ‥‥別になんでも」
「嘘おっしゃい! そう言えば誤魔化せるとでも思ったの? 女だからとなめとったらあかんぜよッ」
 高圧的に男を怒鳴りつけた彼女の姿が、映像資料の中にあったものとダブって見えて、スイは軽く額を押さえた。
「‥‥キャニーさま‥‥すっかり染まってしまわれて‥‥」
「あぁ、なるほど。懐かしいものを見たようだな」
 のんびりと肩を竦め、美凪も男へと近づいた。証拠隠滅されぬよう、彼の手元が見える位置に立つ。
「テツヤ、お前‥‥まさか、本当にハイテク犯罪に‥‥ヤバいホームページを見たりしたのかっ!?」
「あの、それではあちらの彼が被害者という事になります」
 怒髪天をつく勢いでテツヤという男に詰め寄ろうとした「所長」を、スイが引き留める。今、出て来られては話が余計にややこしくなる。
「ハイテク犯罪は、例えば、有害な情報をネット上に流したり、不正なアクセスを行ったりという」
 スイが用語解説で所長の気を引いている間に、キャニーはテツヤの頬に手を伸ばした。
「さあ、テツヤ様? ちゃんと話して下さいますわよね?」
「あの、お、俺は」
 キャニーの迫力に押されて、テツヤは一歩後退った。
「‥‥ブラック、か」
 一瞬だけ視線を宙へと彷徨わせ、美凪はテツヤに同情した。しかし、それとこれとは話が別だ。テツヤがキャニーに気を取られている隙を狙い、彼の背後にあるパソコンの画面を覗き込む。
「あっ! てめぇっ!」
 気付いたテツヤが美凪を止めようと手を伸ばしたが、少し遅かった。
「なっ‥‥!! これは‥‥」
 美凪の上擦った声に、掴んでいたテツヤの襟首を放し、キャニーも駆け寄った。
「まぁ、これは」
「キャニー様、どうかしましたか?」
「美凪様?」
 所長の相手をしていたスイと、蝶野の傍らについていた涼霞もパソコンの前へと集まって来る。
「まぁ」
 画面を覗き込んだスイが口元に手を当てる。
「何と申しましょうか‥‥」
 彼らに阻まれ、画面を見る事が出来ずに背伸びをしてみたり、隙間から覗いてみたりと忙しなく動いていた所長を振り返り、スイは苦笑しながら場を譲った。
「あまりお怒りになられませぬよう」
「?」
「ア‥‥ニキ‥‥」
 頭を抱え込んで、テツヤはその場にへたり込んだ。
「『てっちゃんのにゃにゃ日記』? なんだこりゃあ!?」
「どうやらブログのようですが‥‥」
 全ての者から注がれる視線に、テツヤは項垂れたたまま、観念したように語り出す。
「それは、俺のブログです。うちの子猫の成長日記で、毎日つけてるんですが、昨日の分が更新出来なかったんで、アニキが客の相手してる間に‥‥と思って‥‥

「ばっ!」
 怒鳴りつけようとして思い留まり、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている所長の肩を、美凪はぽんと叩いた。
「まぁ、あまり怒らないでくれ‥‥。見たところ、違法性はカケラもなさそうだし」
「どちらかと言うと、癒し系ですね」
 主の言葉を継いで、涼霞が微笑む。
「『にゃにゃちゃん、ギザカワユス』‥‥まあ、確かに写真の猫ちゃんには癒されますわね」
 毒気を抜かれてブラックも抜けたキャニーがほぅと溜息をついて、頬に手を当てた。
「とりあえず、蝶野さま‥‥。このパソコンを調べて頂けますか」
「あ、はい」
 おそるおそるパソコンに近づいた蝶野の腕を、所長がおもむろに掴む。先ほどまで怒りに取り乱していた者とは思えない、ドスのきいた低い声で彼は蝶野に「警告」する。
「おい。誰が勝手に触っていいと言ったよ?」
「え、あの‥‥」
「はい、そこまで」
 所長の腕を掴むと、美凪は力を籠めた。ほんの少し程度だったが、一般人である所長は顔を歪め苦痛に呻く。
「何もマズイものは無いから、見てもよいとおっしゃったのは、貴方ではありませんか」
 呆れたようなキャニーの言葉に、痛む腕を押さえながら所長は嘯いた。
「さっきはな。だが、気が変わった。悪いか」
「悪くはありませんわ。でも、もしそうおっしゃるのであれば‥‥」
 にこやかに、キャニーは手を差し出した。その手ひらの上に、禍々しい光が満ちていく。そして、それは形を成し始めた。
「ま、待て! 何をする気だ!?」
 微笑んだままのキャニーと、彼女の手の上で輝く球体とを交互に見つつ、彼は薄っぺらい愛想笑いを顔に貼り付け、キャニーを宥めにかかる。
「待て、早まるな。話をしよう。お互い、いろいろと誤解があるようだ」
「協力、して頂けますわよね?」
 ゴクリと、彼は生唾を飲んだ。

●事情
「あれぇ? ここにあったパソコンは?」
 素っ頓狂な声をあげた青年に、「所長」の肩書きを持つ男は腹立たしげに椅子を蹴り飛ばした。
「ハイテクなんとかの調査とやらで、持ってかれた! なんだ、お前もブログか」
「ブログぅ? なんで僕が。ちょっとゲームの続きをしようかと思っただけだよ」
 男が蹴飛ばした椅子に座って、デスクに肘をつく。
「は、ゲームか。お気楽な事だな。全く、テツヤにゃ恥をかかされるし、とんだ災難だった」
「それはお気の毒」
 パソコンを置いてあった壁際を横目で見て、青年は薄く笑う。
「なんだ、何を笑ってる」
「別に。この椅子、やっぱり座り心地がいいねぇ。あっちの椅子も全部これに変えたら?」
 馬鹿にしたように鼻で笑って、男が部屋を出る。八つ当たりの怒鳴り声を聞きながら、青年は手を伸ばした。
「‥‥どんなに調べたって、何も出ないけどね」
 引き出しの中を掻き回し、彼は満足そうに笑って何かを取り出す。
 それは、小さなスティック状のものだった。そのキャップを外し、中から現れた金属に軽く口づける。
「ね、リューヤ‥‥」
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この小説は株式会社テラネッツが運営する『神魔創世記 アクスディアEXceed/デビルズネットワーク』で作成されたものです。
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