どらごにっくないと

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あなたの愛を綴りましょう

  • 2008-08-11T23:09:44
  • 桜紫苑ライター
あなたの愛を綴りましょう

「やっぱりね、皆さんの力になりたいと思うんですよ、私は」
 ことりと湯呑みをテーブルの上に戻して、彼は深く溜息をついた。
「えー? それって余計なお世話ですよぅ」
 ツインテールの少女がぷぅと頬を膨らませる。
 相手は仮にも上司だが、この程度で咎められやしない。
「お前が口を出すと、纏まるものも纏まらないんじゃないか?」
 真剣な顔で尋ねたレプリカントの店員に、男は春の日だまりのような笑顔を向けた。
「あはははは。何組ものラヴラヴカップルの結婚式を執り行った実績があるんですけどねぇ」
 そういえば、彼は神父であった。
 すっかり忘れていた事実に、2人の娘達は思わず黙り込む。
「それにですね、一応、私、『愛皇』とも呼ばれてますし。これはもう、切ない恋心を抱く方々の愛のキューピッド!! になれと言う神帝様のお告げに違いないと!」
 愛ですよ、愛!
 彼の背後から後光がぺっかり輝いているのは見間違いではない。
「ああっ、お姉さまっ、気を確かに!」
 くらりと眩暈を起こしたレプリカント、イレーネの体を、ファンタズマ、セシルが支えに走る。
 戦く(?)少女達に微笑みを投げると、京都メガテンプルムの主、『愛皇』アンデレは厳かに告げた。
「というわけで、パーティをしましょう、告白パーティ」
 瞳を輝かせるアンデレの暴走を、誰が止められよう。
 とりあえず、彼は神帝軍の中でも高位の天使、力技で敵う者などそうそうにはいない。そして、ぶっ飛び度も13使徒の中で1、2を争っているという噂を聞く。
 そんな彼の暴走を、誰が止められようか‥‥。
「告白パーティってぐらいですからね、恋する2人の親密度がほんのちょっぴりでも深まるような演出を考えないと」
「‥‥ちなみに、どんな?」
 怖いものみたさか、それとも諦めの境地か。
 おそるおそる聞いたイレーネに、彼はしばし考え込んだ。
「そぉですねぇ。例えば、語らっている2人の背中をドンと押して、急接近ドッキリ! とか」
 あわわ、と青ざめたセシルが後退る。
「ああ、そうだ。アレも忘れちゃいけませんね。ほら、棒状のお菓子の端と端をくわえて、ぱりぽりぱり‥‥」
 イレーネは天を仰ぐ。
 魔に属する者であるが、神に祈りたい気分だ。
「ほんの少しでも、恋が実るお手伝いが出来ればいいですね」
 少女達の気も知らぬげに、彼は天使のように邪気のない笑顔を浮かべたのだった。

●特別な夜に
「い‥‥いらっしゃ‥‥」
「心が籠もっていない! 腰の曲がり度も足りない! やり直し!」
 扉を開けた途端に、青い帽子を被った見るからにスポーツ少年がツインテールの少女からダメ出しを食らっていた。
 呆気に取られたリラ・サファイトが2度、3度と瞬きをする。関わっちゃいけないと本能で察知して、藤野羽月はリラの背を押す。
「行こう。目を合わしちゃいけない」
「え‥‥え? でも、藤野君、あの人は」
 何やら虐げられているスポーツ少年を振り返るリラに、羽月の胸にちくりと痛みが走った。優しい彼女は見るからに不幸そうな少年を見捨ててはおけなかったのだろう。それは、羽月にもわかる。けれど。
ーけれど、『今日』は‥‥。
 胸中の複雑な気持ちを押し隠して、羽月は笑顔を作ってみせた。
「きっと新入りさんなんだろう。大変そうだけど、邪魔しちゃいけない」
「そ、そうね‥‥」
 背後を気にしつつも、リラは羽月が促すままに店内へと進む。
「おや、いらっしゃいませ」
 神父服の上にフリルのエプロンをつけた初老の男がにっこりと微笑んで彼らを迎え入れる。手に持った盆の上には、お冷のコップとお手拭が2つずつ。おそらく、彼らの来店を知って用意したものだろう。
「お待ち致しておりました。ささ、こちらへどうぞ」
「お義父様、それはわたくしが」
 ついと手を伸ばし、和服に前掛けの女性が男から盆を取り上げる。
「いつもいつもすまないですねぇ、キャニーさん。私が不甲斐ないばかりに」
「いやですわ、お義父様。それは言わないお約束でしょう」
 どこかで見た事があるような、聞いた事があるような‥‥。
 呆気に取られて2人の遣り取りを見つめていたリラと羽月に、女性はふふと小さく微笑むと彼らを招く。
「驚かせてしまいましたか?」
 肩越しに視線を向けられて、リラは慌てて首を振った。
「いいえっ、あの、その‥‥」
 先ほどの場面を頭の中でリピートして、リラは最も当てはまると思われる2人の関係を探し出す。
「‥‥先ほどの方はお父様ですか?」
「はい。と申しましても、義理の父ですが」
 夜景が綺麗に見える席に2人を案内すると、彼女は水コップとお手拭きを彼らの前に置く。
 ただそれだけの事なのに、まるで茶席で茶器を扱っているような気になって、羽月は思わず慎重な手つきでコップを受け取ってしまった。
「夫の父‥‥のような方なのです」
「ご結婚なさっているのですか。えーと‥‥」
 無邪気に首を傾げて問うたリラに、羽月の心臓が跳ねる。
「キャンベル・公星と申します。僅かな時間ですが、同じ場に集った誼、キャニーとお呼び下さいな」
 艶やかさの中に大人の女性らしい落ち着きがある。大和撫子というのは、彼女のような女性を指すのだろうか。
 それともと、リラはキャニーを見上げた。
 これは生涯を共にすると誓い合った者と寄り添う事から来る幸福と、愛されているという自信が滲みだしているのかもしれない。
 不意に、色んな記憶がリラの脳裏に過ぎった。
「キャニーさん、キャニーさんは‥‥」
 僅かな逡巡のあと、俯き加減にリラが口を開きかけた時に、どこからか凄まじい音が響き渡った。何かが爆発したらしい。表情を険しくし、腰を浮かしかけた羽月を制して、キャニーは静かに頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。アレは気になさらず、どうぞ今宵一時をお楽しみ下さいませ」
「気になさらずって、あれはどう考えても爆音。問題が起きたというならば」
 何をおいてもリラを守らねば。
 続けるはずだった言葉を飲み込んで、羽月は不安そうに己を見つめるリラの視線に笑みを向ける。いざという時に、リラを安全に脱出させられるよう、頭の中で幾通りものシミュレーションしながら、彼は落ち着き払ったキャニーを睨みつけた。
「いえ、問題でもトラブルでもありません。強いて言うなれば‥‥そう、あれは愛の大爆発‥‥」
「あ‥‥愛?」
 意外な言葉に絶句した羽月に、キャニーはにこやかに笑った。
「という事にしておきましょう」

●特別な贈り物
 喉が痛い。
 けほ、と咳払って、藤木結花は雪平鍋を覗いた。
 何故だろう。
 先ほどまで茶色だったものが、毒々しい色に染まっている。
「何か失敗したかなぁ‥‥?」
 思い返してみても、化学変化を起こす心当たりはない。おかしいなぁと首を傾げて、結花は出来上がった物体を木べらで突っついてみた。
「ゆ‥‥結花姉ッ! 今の爆発は何っ!? うわっ!? 何なんだ、この煙はッ」
 慌てて厨房に飛び込んで来た弟分、笠原直人の姿に、結花は何でもないと手を振る。
 しかし、直人はそれどころではない。煙に目と喉をやられてしまったらしく、ぽろぽろと涙を零して咳き込む。
「敵襲か? 敵襲だな! ネコネコ団かっ!? サッちゃんスーちゃんの襲撃か? それともシャリファの暴走か!?」
「直人くーん、シャリファはここにいないよー?」
 暢気な結花の声に、彼は我に返った。
 そう。
 ここに、暴走特急娘はいない。
 という事は、だ。
「エロランサスだッ!」
「いや、それも違うから」
 冷静な姉貴分の突っ込みに、直人は振り上げた拳をおろす先を見つけられずに仕方なく頬を掻く。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
「うわあっ!?」
 どうしようかと思案する所に、突然に背後から声を掛けられて、直人が飛び上がった。いつの間にか、背後に怪しげなマスクをつけた2人が佇んでいた。
 直人の背に嫌な汗が伝う。
ー‥‥こいつ、強いっ!
「防毒マスクを用意しておいて幸いでしたね、お義父様」
「備えあれば憂いなしと言いますから」
 煙の上がる鍋を手にしていた結花が、素っ頓狂な声をあげた。
「アンデレさん! ごっ、ごめんなさい。お騒がせしちゃって」
「いえいえ、お気になさらずに。それより、調合は成功しましたか?」
 マスクをつけた男の言葉に、直人の額からだらだらと汗が滴る。
 調合。
 今、調合と言ったか。しかも、成功とか言わなかったか。
 それは、一般的な喫茶店の厨房で使われる言葉なのだろうか。
「えーと、一応、間違ってはいないと思うんですけれど」
 照れ照れと頭を掻く姉貴分。
 直人は血の気が引いていく心地を味わった。

●待ち続けて
 店内では、恋人達が微笑ましく語り合っている。
 厨房を除いて異常がない事を確かめ、キャニーはようやく一息ついた。
「リューヤ様‥‥」
 折角の恋人達の祭典に、彼が傍にいないのは寂しい。
 今日だけではない。
 クリスマスも、大晦日もお正月も、彼は戻って来なかった。一緒に食べるはずだったクリスマスケーキや、年越し蕎麦、お節料理も、彼の分を残したまま終わってしまった。
 今頃、どこで何をしているのやら‥‥。
 アンデレは腹心の部下である大天使の動向を掴んでいるようだが、何も語ってはくれない。
 何も知らされていないキャニーは、ただ待つ事しか出来ないのだ。
「でも‥‥」
 寂しい。
 鳴らない携帯電話を握り締めて、キャニーは顔を伏せた。
 幸せな恋人達の姿を見守るうちに気が緩んだのか、潤んだ瞳から零れた涙がぽつりとメタリックのボディを濡らす。
 その時だった。
 手の中の小さな機械が震えた。
 1度、2度と短く震えて、それは唐突に止まる。
「メール?」
 何の気なしに開いたメールに、キャニーは息を呑んだ。
 差出人は、これまで何の連絡も寄越さなかったつれない夫。
 僅か1文の短いメッセージには、少し早い彼女の誕生日への祝福が込められていた。
「リューヤ様‥‥っ!」
 感極まったかのように、キャニーは口元を押さえた。
 携帯を握り締める手に力が篭る。
「‥‥今まで‥‥何の連絡も寄越さないと思ったら、こんな‥‥こんな‥‥っ」
 ばきりと嫌な音が響いて、彼女の手の中で携帯が形を変える。
 キャニーの体から黒い炎が立ち上った‥‥ように見えた。
「こんなに心配をさせたのですもの。戻って来たら‥‥分かっておられますわよね、アナタ?」
 握り潰された携帯の残骸を見下ろす瞳が妖しく危険に光る。
 危ない。
 これはブラック降臨だ。
 このままでは、何の罪もないほのぼの幸せカップルにまで危害が及んでしまう。早く生贄を捧げなければ!
 こっそりキャニーの様子を柱の陰から見守っていたツインテールの少女が、焦りながら周囲を見渡す。しかし、今日は生憎と生贄になる事が出来る者がきれている。
 この際、厨房で幸せに悶絶しているスポーツ少年でもいいか。
 彼女が駆け出そうとした瞬間、どこからか間延びした声が響いた。
「キャニーさん、ちょっと来て頂けますかぁ」
「はぁい、お義父様」
 ドス黒いオーラを綺麗さっぱりと消し去って、キャニーは足音も軽やかにフロアへと向かう。その後ろ姿に、ツインテールの少女は己の未熟さを悟った。
「さすがはブラックキャニー‥‥。でも」
 とりあえず、お供え物はしておこう。
 伝票の裏に黒マジックで「キャニー賛江」と書き殴ると、アンデレがゲームセンターでゲットしてきた白虎のぬいぐるみに貼り付ける。
 後は、触らぬ神に祟りなし、だ。
 振り返れば、アンデレと共に穏やかな笑みを浮かべて接客に勤しむキャニーがいる。
 少女は手に持ったぬいぐるみをぴんと弾いた。
「たいちょーの幸せモノめ」
 白虎ぬいぐるみの運命は、誰も知らない。
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