どらごにっくないと

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捕らわれの怪盗

  • 2009-01-08T00:45:37
  • 桜紫苑ライター
捕らわれの怪盗
●オープニング【0/5】
「やれやれ、どうにも参ったね」
 乱れてかかる前髪を掻き上げると、金属の触れ合う無粋な音がした。
 両の手首を戒める鎖は十分な長さがある。だからと言って不自由を感じないわけではない。
「これからどうしようか。ねぇ、きみ?」
 足下に寝そべっていた黒い豹が、彼の言葉に応じるように低く唸った。


「闇競売? それは‥‥」
 唇に指を当てて、エスメラルダは客の言葉を遮った。
 薄暗い店内。
 他の客達はそれぞれに楽しんでいる。彼らの話を聞いている者などいないだろうが、油断は出来ない。
「それは、一体どういう事だ?」
 ふわりと、彼女が身に纏う香水が近づく。
 耳元に落とされた囁きは、このエルザードの闇への誘い。
「悪い噂のある商人が、手に入れた珍しいモノを競売にかけるのよ。例えば、どこかの城から盗まれた宝石だったり、不思議な魔法の道具だったり」
 競り落とす側も、商人に負けず劣らずの者達ばかりらしい。そして、競り落とされた商品は、他の誰にも知られる事なく闇の中へ消えていくのだ。
「次の三日月の晩、その商人の屋敷の地下で競売が催されるの。商品は、美しい毛並みの獣と怪盗を名乗る男だそうよ」
 息を飲んだ客の瞳を覗き込んで、エスメラルダは尋ねた。
「ねぇ、どうする?」

●商品【2/5】
 確認しただけで鍵の掛かった扉は10。
 この屋敷の規模、地下の構造から考えれば、もっとあるかもしれない。
 背後で扉が閉まる音を聞きながら、カラクリが読めて来たとオーマ・シュヴァルツは薄く唇を引き上げた。
「ねぇ、おじさま」
 目一杯首を反らせて見上げてくる少女に、オーマは視線で尋ね返す。
「重くない?」
 少女の目が捉えているのは、オーマの手足を拘束する枷。分厚い鋼鉄のそれは、少女の手首につけられているものの何倍もあるように見える。
「ん? ああ、これか。重くないぜ」
 答えると、燭火の下で心配そうに揺れていた青い瞳に安堵が過ぎる。
 蜂蜜色をした少女の髪をくしゃりと撫でて、オーマは部屋の奥で身じろいだ影へと目をやった。ゆっくりと体を起こし、その影が口を開く。
「君達も捕まったのかな?」
「お前が腹黒原石胸キュンな怪盗か」
 尋ねた男は、一瞬、呆けたように目を見開いて固まった。
 そんな様子を気にする事なく、彼の傍らまで歩み寄るとどさりと腰を下ろす。寝そべっていた黒豹が顔を上げ、低く唸りをあげたけれど、オーマと視線を合わせると何事も無かったかのように眠りの体勢に戻っていった。
「サフィーは!」
 間近から聞こえた高い声に、オーマは微かに目を眇める。この状況に、小さな捕らわれの少女が精神的に追いつめられているであろう事は予測出来ていた。心の方は専門ではなかったが、医者として彼女の不安を取り除く事は出来るはずだ。
「お嬢ち‥‥」
「サフィーはね、怪盗さんを助けにきたの!」
 えっへんと胸を張る少女に、紡ぎ出そうとした言葉は中途半端に途切れて虚空へと消えた。
「私を?」
 体を起こした怪盗Mと呼ばれる青年が、説明を求めるようにオーマを見る。
「‥‥俺に聞かれてもなァ」
「サフィーの生まれた国にもかっこいい怪盗さんがいるんだよ! お姫様を助け出してくれるの! でも、今回は怪盗さんが捕まっちゃったから、サフィーが助けに来たんだよ」
 固唾を呑んだオーマが見守る中、Mは静かな笑みを浮かべて少女へと枷を嵌められた手を伸ばした。
「ありがとう。でも、その前に、君の名前を教えてはくれまいか? 小さくて勇敢な姫君?」
「サフィーは、サフィール・ヌーベルリュンヌって言うの。それでね」
 Mの傍らでちょんと膝をつき、サフィーはポケットから綺麗に包装された包みを取り出す。その手に不似合いだった冷たい鉄の固まりは、いつの間にか床に転がっている。
「お菓子を焼いてきたの!」
 一体、いつの間に枷を外したのだろう。
 疑問に思う彼らの視線も気にする事なく、サフィーは焼き菓子を皿の上に綺麗に並べた。狐色したその焼き菓子は何とも美味しそうだ。
「美味しそうだね。頂くよ」
「んじゃま、俺も」
 手を伸ばしたのは同時。
 口に入れたのも同時。
 そして、口を押さえたのも2人して同じタイミングであった。
「美味しい?」
 笑って尋ねる少女には邪気の欠片もなく。
 2人は珍妙な味のする焼き菓子を無理矢理に飲み込むと頷く。
「よかったぁ☆ まだあるから、いっぱい食べてねっ!」
「あ‥‥ああ、そうだね。でも、すぐに食べてしまうのは勿体ないし。ゆっくり、味わって食べるよ」
 あなどれん奴だと、オーマは思った。
 再度の衝撃を先延ばしにしたのは、間違いなく勝算があっての事だ。
 捕らわれた彼、流れた噂、そして、この地下に閉じこめられたもの達。何を待っているのか、いや、自分達を待っていたのか。
「よぉ」
 懐から取り出した冊子をMへと投げる。
「これは?」
「腹黒同盟へのお誘い」
 きっぱりあっさり告げて、オーマは声を潜めた。
「で? 腹に何か抱えていそうなお前が大人しく捕らわれている理由は、このプリティーラブラブ獣と他の部屋にいる奴らか」
 さあ、と曖昧に答えたMに薄笑いを浮かべる。
「そらっとぼけんなよ? 大体の見当はついてンだ」

●めでたしめでたし?【5/5】
 牢の中から聞こえて来た楽しげな笑い声に、フィンは構成猫達と顔を見合わせた。続く大きな声も、弾んでいるように聞こえる。
 暗い地下牢で、どれほど寂しい思いをしているかと早めに来てやったのに、随分と楽しそうである。
「‥‥ええんじゃええんじゃ‥‥どうせわしは除け者じゃよ」
 ぐっすんと拗ねて地下通路で蹲り、崩れた石壁の欠片を積み上げ始めたフィンに、構成猫は機嫌を取るようにすりすりと擦り寄る。
「お前達は優しいのぅ」
「おじさま? どうかなさいましたの?」
 突然掛けられた声に驚いて振り返れば、そこに1人の少女が佇んでいた。
 状況から考えられるのは3つ。フィンは冷静に考えを巡らせる。
 1つ、あの悪徳商人の手の者。だが、使用人には見えない。
 2つ、闇競売の商品。しかし、商品が勝手に出歩けるのだろうか
 ‥‥3つ、幽霊。
 フィン自身は冷静に、と思っているのだが、かなり混乱しているようだ。とりあえず、彼は少女に尋ねてみる事にした。
「あー‥‥お嬢さんはこのお屋敷の関係者かな? それとも、ここに無理矢理連れて来られた方じゃろか? も、もしや幽霊なんて事は」
「あ、はい!」
 ぱんと可愛らしく手を打って、少女は花が綻ぶように笑う。
「私はサフィール・ヌーベルリュンヌと申します。えーと、商品名で申しますと、『金髪のお人形』で」
「なんと!」
 2か!
 己の予想が的中した事と、少女の不幸な身の上を思い、複雑そうに顔を歪める。
「それで、幽霊です☆」
「‥‥え゛?」
 にこにこにっこりと翳りの無い笑顔を浮かべる少女が幽霊とは。いや、とフィンは大きく首を振った。
 ここはソーンなのだ。幽霊が普通に暮らしていても何の不思議もない。
 どこぞのカードマイスターの幽霊も、堂々と姿を現しているではないか。
 自身に言い聞かせ、フィンはサフィーの小さな手を取ると恭しく礼を取る。
「私はネコネコ団総帥、スフィンクス伯爵と申します。以後、お見知りおき下さい、お嬢さん」
「こちらこそ。あ、ここではゆっくりお話も出来ませんし、どうぞこちらへ」
 むさ苦しい所ですけれどと招き入れられたのは、M達の捕らわれている牢だ。
「やぁ」
 呑気に手なぞを挙げているMの姿に、大袈裟に肩を落とす。
「わしが一生懸命働いておったというのに、随分と寛いでおるようじゃの」
「ス‥‥スフィンクス伯爵! 何故、ここに!」
 彼の姿に、結花が身構える。真白を引き寄せ、彼の目から隠す事も忘れない。相変わらずの結花に、フィンは満悦至極で頷きかけて、ふと動きを止めた。
「なんじゃ? どうかしたのか?」
 顎でしゃくる先には、両手を床に突いた勇太がいる。いつもならば、フィンの姿に真っ先に反応するはずの少年が、彼に気づいてもいないようだ。
「あー、あれ?」
 ぽりと頬を掻くと、結花は勇太を見遣る。
「‥‥Mに騙されるなんて‥‥また師匠に怒られる‥‥」
 漏れる言葉は少年らしくなく苦悩に満ちていて、フィンは仰天した。この少年がこれほどまでに悩むとは、よほどの事があったに違いない。
「M、お前さん、どんな非道な事をしたのかねっ!?」
 首を竦めるMに、傍らで黒豹の毛並みを整えていたオーマが無言で勇太を示す。
「‥‥晩ご飯‥‥おかずを減らされちゃう‥‥僕のおかず‥‥ことりさんの目玉焼き‥‥」
 延々と続いていく晩ご飯のメニューに、フィンも状況を悟った。
「ともかく、じゃ」
 こほんと咳払って、フィンは扉に手をかける。
「そろそろ騒がしくなる。今のうちに撤退するのが賢明だと思うぞ」
「捕らわれのお姫さん達は?」
 手足を拘束していた鋼鉄の鎖を簡単に外し、オーマは長かった待ち時間で硬くなった体を解すように肩を回した。
「扉の鍵は壊して来た。騒ぎが起きれば、皆逃げだすだろ」
「なるほど。抜かり無しというわけか。んじゃあ、俺が騒ぎの口火を切ってやろうかね」
 次第に形を変えて行くオーマの姿に、酒場の歌姫が作ってくれる晩ご飯からデザートにまで思いを馳せていた勇太も目を奪われる。ふらふらと立ち上がり、オーマへと手を伸ばしかけた勇太を止めたのは、Mであった。
「危ないからおよし」
 牢の壁を突き破り、天井を破壊して翼ある獅子の姿へと変わっていくオーマを見上げて、Mは豹を呼んだ。
「彼女に乗ってお行き。このままここにいては、彼の妨げになるしね」
 頭を擦りつける豹の仕草と、崩れて落ちて来る建物から自分達を守ってくれている巨大な獅子とを交互に見て、勇太は頷いた。
「分かった。ここは一時休戦だ。脱出するよ!」
「彼女はヌシ殿の眷属だ。心配しなくていいよ」
 結花が豹にまたがるのに手を貸すと、Mはサフィーを抱き上げる。
『悪徳オヤジの事は任せておけ。2度と変な気を起こさんよう、がっつりシメといてやっから』
「頼んだよ」
 後は任せたとばかりに手を振ると、フィンはぽつりと呟きを漏らす。
「むぅ‥‥なかなかに良い毛並みじゃの。1度、さわさわしてみたいもんじゃ。あの翼もなかなか‥‥」
「おじさま、おじさま、戻って来て下さいな」
 Mに抱きかかえられたサフィーに袖を引かれ、現実に戻ると、フィンは背後で毛を逆立てていた構成猫達に撤収を命じた。
「今回の事は、貸しじゃからな」
「彼女だけなら、私1人で何とかしたのだけどね」
 勇太と結花を乗せて外へと飛び出して行く豹を見送り、Mはサフィーと顔を見合わせて笑った。
「でも、これで、皆が自由だよ」
 そうだなとサフィーの言葉に頷いて、フィンも豹の後を追う。
 続いて、サフィーとMも。
 巨大な獅子の咆吼が夜の闇に響く。
 元凶たる商人は、今頃、魂の底から震え上がっている事だろう。


 そして、その翌日。
 見るも無惨に潰れた商人の屋敷から逃げ出したと思しき珍しい動物達が王都の守備隊に保護された。
 匿名で守備隊に投げ込まれた闇競売の商品リストと一致する動物達は、エルファリア姫の計らいで元の場所へと戻される事になった。
 ただし、リストに記載されていた商品のうち4点、
 <金髪のお人形>
 <未知なる力を秘めし腹黒親父>
 <黒の宝石>
 <怪盗>
 だけは、どこからも発見されなかったという。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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0520 / スフィンクス伯爵/男/34/ネコネコ団総帥
0914 / 藤木結花/女/17/オルテリアの守護士
1795 / サフィーア・ヌーベルリュンヌ/女/18/貴族の娘
1953 / オーマ・シュバルツ/男/39/医者兼ガンナー
2396 / 広瀬勇太/男/12/探偵見習い
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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。
 今年は台風の当たり年のようですが、皆様のお宅は大丈夫でしたか?
 土砂崩れやら水の中を泳ぐ車を間近で見る事になるとは思っていませんでした。中でも衝撃的だったのは、ソフトボールのグラウンドがある河川敷が十数段ある階段の一番上の段を残して水に浸かっていた光景。足下まで迫る水って怖いものですね。
 さて、闇競売は未然に防がれました。皆様、ご苦労様です。
 黒豹は、今回は「人語を解する獣」程度になってしまいましたが、そのうち、また現れるかもしれません。

☆サフィーちゃんへ
 サフィーちゃん‥‥キムチ味のクッキーって本当にあるみたいですよ(涙)誰が食べるんでしょうね。
 でも、このテの怪しい食べ物は、桜も好きですよ。自分は絶対に食べないけど☆
 よく友人への土産にして反応を見て楽しんでます(最悪やん)
 ところで、「サフィーちゃんの生まれた国の怪盗」と聞いた時、ベル●ラを思い浮かべてしまいました。
 黒●ラとか(国が違う)
 ル●ンとかじゃなくて、どうしてソレなんだと、しばらくずぶずぶと思考の泥沼をたゆたってしまいました‥‥。
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『聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記』で発注しました。

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